08 マイ・ウェイ
洞窟内はやや冷たい湿気で満たされており、小は食堂、大は講堂程の大小様々な空間を、直径2メートル程の通路が繋ぐ構造をしている。
暗く死角の多い構造、地上よりワンランク強い敵、そして罠への警戒。
適正レベルに届かないアスカが、もし一人で挑んだなら、数日の時間を掛けてゆっくりと攻略する事になる筈だったのだが……。
「コジョさん! そこでそのまま戦ってて下さい! ……オッケイでーす」
「クワナベさん向こうから松明で照らしながら、この空間に入って来てみてくれます?」
「アジョアさんもう少し離れて下さい」
洞窟に入ったアスカは、コジョらがモンスターをガンガン倒すのを良いことに、安全なダンジョンで次回動画の構図や構成を練っていた。
しかも時折……。
「ちょっと休憩! 静かにしてその角から顔出さないでくださいねー」
などと言ってはソニーくんと呼ぶ、水晶付きの杖を洞窟の先に仕掛けて戻ってきては、まるで今初めてその空間に入るかのように慎重に角を曲がって行く。
その様子を角から少しだけ顔を出して伺うアジョア。
「アレって何してるの?」
「さあ?」
「なんでしょうね」
コジョもクワナベも水晶に向かって笑顔で話すアスカが、一体何をしているのか見当もつかなかったが、時折アスカが使うアプチャーという光法術には心底驚かされれた。
「何という明るさ! まるで昼のようではないですか」
「レベル17で使える法術じゃねえだろ!? 俺は見たことねえぞ!」
あんぐりと口を開ける3人の下にアスカが不機嫌そうな顔で戻ってくる。
「見切れてましたよー。顔出さないでって言ったでしょー。次はお願いしますよー?」
すっかりアスカのペースに巻き込まれてしまった3人は、コクコクとアスカの言葉に頷くのだった。
◇
「アジョアさん。これ持って」
ソニーくんを渡されたアジョアは、返事もそこそこに立ち位置を指定され、動きを指示され、渡されたメモを読まされた。
◇
「お! 動画映えしそうな物が宝箱から! ちょと撮影しまーす」
3人はしょっちゅう休憩した。
◇
「クワナベさん! そのモンスター倒す前に撮影させて下さーい」
3人はモンスターを倒す手を止められた。
◇
「なぁアスカくんよ。君は水晶に語りかけて一体何をしてるんだ?さつえいとはなんだ?」
またも挟まれた撮影用の休憩。戻ってきたアスカにコジョがげんなりした顔で尋ねる。
それもその筈。効率と速度を求めてアスカをパーティに加えたのに、アスカのお陰で進行は遅く、経験のたまりも悪い。
アジョアに危険が迫る場面はないが、こうもしょっちゅう止められたのでは、3人で攻略したほうがまだマシかも知れない。
最初の思惑から外れたパーティワークは、軌道修正しなければならない。リーダーとして。
まだ若く、自分の興味を優先してしまうアスカに如何に上手くパーティワークを教えるか。自らのリーダーシップが試される場面で、コジョはアスカを理解しようとまず質問から入ったのだが……。
「素材撮りですよ! 下手な編集は臨場感を削ぐのは分かったんですけど、インサートってのどうしても試したくて」
「……」
「ですから一本撮りの動画にワイプで別アングルの映像をインサートするんですよ。タイミングよく入れればソニーくんが2つあるみたいな動画が撮れるんじゃないかって」
「……」
「……コジョさん?」
「……お?おう、そうかなるほど。大変だなアスカくんも」
「そうなんですよー参りますよねー」
そう言って離れるアスカと入れ替わるように、コジョのそばにアジョアとクワナベが寄ってくる。
「で?何してるか分かったの?」
「惣菜がワイフでいんさとだと……」
「は?」
「何を言っているのかさっぱり分からなかった……」
「もしかしたら彼は私達より最適化が進んでいて、既に過去の記憶にアクセスしているのかも知れませんね」
「実は俺達よりかなり強いとか……?」
神妙な面持ちの3人。
「ぎゃー絡まれましたー! そっち逃げても大丈夫ですかー!」
アスカの悲鳴に苦笑いで肩をすくめた3人は、それぞれの武器を手に駆け出すのだった。
◇
じりっ。
散会した3人は二対四枚の翼膜を持つ大モグラ【アースバット】を囲んで対峙していた。
このダンジョンのボス、アースバット。地中から空中までシームレスに移動と戦闘をこなし、暗い洞窟内でも相手を補足する優れた目と耳を持ったモンスターである。
鋭い爪や牙の他に、時折発する超音波が低レベルの勇者を混乱状態に陥れる最初の難敵。
だが3人はアースバットを警戒して出方を伺っている訳では無い。コジョ、アジョア、クワナベの3人は既にレベルも高く、アースバットの牙では致命傷にはなりえず、超音波も効果は無い。
では何故囲んで対峙しているかと言えば……。
「アースバット。初めのダンジョンと呼ばれる洞窟の最深部に潜むダンジョンボス。その爪で穴を掘りその翼で飛び回り、地中から空中から勇者に襲いかかる恐るべき敵……」
そうソニーくんに語りかけながら、アスカはアースバットの周囲をゆっくりと回っている。登場シーンを撮っているのだ。
「アスカちゃーん。もういいかしら?」
アジョアが呆れたようにアスカに声を掛ける。
翼膜を羽ばたかせ僅かに空中にあるアースバットを目の前にしても平静を保っているアジョア。それに気付いたコジョは少しだけ驚いた顔をする。
「最後にアースバットの全体を撮りますから、そしたら攻撃オッケーでーす」
そう言ってアースバットの正面に回り込んだアスカは、ソニーくんを構えて光法術アプチャーを使用する。
薄暗い洞窟内を照らす強烈な照明。
その光はアースバットの全容を映し出すと共に、アスカを注視していたアースバットの暗闇でも良く見える目を焼いた。
「ピギャーーーーー!!」
洞窟内に響くアースバットの悲鳴と、地面をのたまう振動。
これあるを予想して目を細めていた3人は、アースバットの意外な醜態に一瞬あっけに取られ、ついで攻撃を開始した。
悲鳴と共に放たれる超音波に頭を抱えるアスカを横目に、アジョアは弓で翼膜を。クワナベはナイフで手足の腱を。コジョは動きの鈍ったアースバットの首へと手斧を振り下ろす。
チャリーン。
アースバットは砂と崩れ、4人のポーチにはコインが舞い込んで戦闘の終わりを告げた。
「まさかこんな弱点があったとは」
「耳栓さえしっかりしていたら、もっと低レベルでも楽に倒せますね」
「アハハっ! あたしら結構苦労したわよねぇ」
「アースバットだけで3回チャレンジしたんだが……」
「こんな雑魚相手にも死んでたのよねアタシ達……。強く……なってるのよね……」
自らの右手を見つめ、力強く握りしめるアジョア。その表情には失われていた自信が、その瞳には勇気が戻っていた。
◇
四天王に心の傷を負わされたアジョアは、レベルアップを待つこと無く復活を果たした。
それは動画狂いのアスカがもたらした意図せぬ成果だったのだが、変わり者勇者と後に呼ばれるこの勇者の、語られる事のないささやかな伝説は、こんな感じで少しずつ増えてゆくのだった。
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