07 パーティ?
「メンタル体に攻撃を受けたんですか?」
アスカは驚愕の声を上げた。
この世界における人を構成するものは肉、幽、霊、心、殻、魂の6つ。順に傷付けやすい代わりに治癒も容易いとされている。
そして勇者にとって、肉体の再生は無限と言って差し支えない。
最上位の魂の破壊は、完全なる消滅を意味し、その下の殻は各世界に魂を留める為の器とされている。
そして今回傷を負ったとされるメンタルは上位から3番目の体。精神体。人の構成物の中でも上位に当たる体で、下位の体に強い影響を及ぼすと共に、直接傷を負わせるには特殊な術や環境が必要とされている。
驚くアスカに今まで沈黙を保っていた、もう一人がたまらず会話に割って入る。癖のある長い黒髪を背中に束ねた男性、クワベナである。
「コジョ、誤解を招く発言は控えて下さい」
「早く入ろうよ!」
会話に割り込んで口を開けたクワベナの言葉を、更に遮って、空ばかり気にしていたアジョアが、洞窟への侵入を急かす。
「入ってから話そう」
クワベナは苦い顔をして首を倒し、アスカに洞窟への移動を促した。
◇
「落ち着けアジョア、ほら、空はもう見えないだろ。腹ごしらえしたから底まで一気に行くぞ」
「……ええ」
アジョアをなだめる様に腰を下ろさせ気遣うコジョを見ながら、クワナベに促されてアスカも地面に腰を下ろす。
洞窟入り口から少しだけ入ったやや広い空間。魔物が外に溢れないためなのか、そこには結界が施され、洞窟攻略を狙う者にとっては、絶好の休息場所になっていた。
ランタンに火を灯し、湯を沸かして軽い食事を取り始める3人組。携帯食を噛りながらクワナベがアスカに説明を始める。
「もう聞いてるかもしれませんが、四天王と名乗る鳥型の魔獣に勇者が何人も倒されているのです」
「何人も……ですか」
小声で話すクワナベに湯を勧められたアスカは、ポーチからカップを取り出すと、キューブ状の固形を一粒放り込んでから、カップに湯を受ける。
「マッシーという大きめの街の先、狩りに適した深い森があります。泉が点在し馬車が通れる程度の道が整備され、キャンプを張って数日レベルアップに励むのです」
「そこで……ですか」
アスカの問にうなずくクワナベ。
「先程コジョはアジョアがメンタルに傷を負ったと言いましたが、あれは正しくありません。正確には大きなショックを受け、未だにそのショックの影響下にあるということです」
「四天王に……ショックを?」
アスカは固形が溶けて甘い香りを立て始めたカップの中身を、ふーふーしながら慎重に口を付け、話しの続きを伺う。
「あ……あれはバケモノよ……あんなのに敵う訳がないわ」
少し離れて座っていた筈のアジョアが、四天王の名に反応してガタガタを震えだす。
「あれはコジョとクワナベを一瞬で血の煙にしたの!一瞬よ!二人の足は、腰から上が血煙になった事すら知らずに、地面に立ったまま光の粒になって消えたわ!」
「落ち着け。大丈夫俺達は不死身だ。ほらちゃんと生きてるだろう」
コジョが毛布をアジョアに掛け、上から抱きしめて体を擦っている。
「あれは私の頭上でゆっくりと3度羽ばたいて言ったの。……四天王って。そして私は予期した痛みを全身に浴びた……全身が一度に砕ける激痛を……あの感覚は……もう……」
アジョアはカップを取り落し、空いた腕で自分の体をきつく抱きしめる。コジョは大丈夫だ大丈夫だと言い聞かせるように何度も囁き、アジョアをさする。
「導師が言うにはレベルが上がれば心身共に強さを増し、ショックの影響は薄れ空への恐怖も消えるだろうと」
「それで空の無い洞窟でレベル上げをする為に、戻ってきたんですね」
クワナベがゆっくりと頷く。
「アスカくんは今レベル幾つですか?」
「17です」
「のんびりですね。この初めのダンジョンをソロで踏破するには厳しいレベルですが、パーティなら可能ですね。一緒にパーティを組むのはどうでしょう?宝箱の中身は全てアスカくんに差し上げます。どうですコジョ」
少し落ち着いたアジョアに再びカップを持たせて、コジョは頷く。
「ああ。いいな」
アスカは首をかしげる。
「あの、俺ばっかメリットですよね?」
コジョがアジョアを刺激しないように静かに答える。
「俺達はこのダンジョンじゃなかなかレベルが上がらない。でも短時間で経験を稼いでレベルを上げたい。ここに空は無いがアジョアはまだ飛ぶモンスターに苦手意識を持ってる。だから……」
「アジョアさんの面倒を見てれば、勝手にレベルが上がるぞってことですか」
「話が早くて助かる。あんまりいい方法じゃないのは分かってるんだが、俺達も早くアジョアに復活してもらいたいんでな」
経験。
この世界に召喚された勇者が使う経験という言葉には2つの意味がある。一つは成功や失敗を積み重ねて思考や行動を最適化してゆく為の設問としての経験。
もう一つはモンスターを倒した時、そのモンスターを構成していた一部が勇者に吸収蓄積され、勇者を構成する各体の結合を最適化する素となる、物質としての経験。
アスカは、勇者の成長を助け、この世界の情報を与える導師と呼ばれる者から、経験はそういうものだと聞いていた。
今回の場合、コジョら3人は後者である最適化の素となる経験を求め、アスカは不安の残るアジョアを守って、そのおこぼれにあずかる事になるだろう。
アスカはふと思い立ってクワナベに尋ねる。
「無いんですか?」
「何がだ?」
「ここまで戻らないとダンジョン無いんですか?」
「ああ……あるよ。塔だがね」
「空だらけですね。周り」
「そういう事だ。よろしく頼む」
アスカはコジョと握手を交わし、パーティに加わる意思を互いに確認する。
これで経験はパーティに共有され、アスカは直接戦闘に関わらなくともレベルを上げる事が可能となったのである。
コジョもクワナベも思い違いをしていた事を後になって気付く事になる。
アスカが何故にまだこんな所で、レベル上げをしていたのかを。
間隔空いてしまって申し訳ないです。