05 復活の儀
パイプオルガンのエンドレスな調べがホールを満たす。
円を十字に切り取った窓からは、はめ込まれたステンドグラスを通して色とどりの光が棺の上に降り注ぐ。
その厳粛な空間は、神と世界とを繋ぐに相応しい清廉さを持っていた。
白い高級生地に金糸の刺繍が美しく光る。金は普遍の象徴とされ、神官の帽子、ネックレス、腕輪、指輪、そして靴にまでふんだんに使われて、その象徴を高貴なものと讃えていた。
黒い肌に茶の瞳。帽子の乗せられた頭に毛は無く、法衣に包まれた身体は肉厚だった。
画角は神官を正面から捉えて。
「おお。勇者アスカよ……死んでしまうとは情けない……」
横から捉えて。
「おお。勇者アスカよ……死んでしまうとは情けない……」
斜めしたから捉えて。
「おお。勇者アスカよ……死んでしまうとは情けない……」
と3度も同じセリフを繰り返し、背後から御光が溢れる角度で神官にズームした。
「えーっと……なんじゃったか……おほん。勇者アスカの魂よ、再び肉体に戻り、世界を救い給え」
厳かに両手を天井に向けて広げる神官。しばしポーズ固定。
「……もういい? もっかい?」
「……オッケーいいよ神官ちゃーん。神々しいねー神がかってるねー。この調子で残りのカット行っちゃおうかー」
神官の目前の棺とは別の所から、勇者アスカの陽気な声が聞こえる。
その陽気さにゲンナリする神官。
「アスカよ。もうかれこれ半日じゃぞ。他の勇者も蘇生を待って並んでおるし……」
教会を思わせる建物のホール。正面ドアをほんの少しだけ開けて中を覗き見る者の姿がある。
「こら! 開けるなって張り紙してあるでしょー。写り込んじゃうじゃないの。もうちょっとだからおとなしく待っててよー。終わったら呼ぶからさー」
そう言って隙間から覗く頭を、向こうに押し込んでドアを閉じる。
小走りで戻ってきたアスカは、ガコンと自ら棺を開け、シュルっと中に横たわり、シュピっと人差し指と中指に挟んだ新たなメモを神官に渡す。
「コレ読んで。早くしないと日差しの角度変わっちゃうでしょー。これだけ取ったら後は他所で撮って上手いこと編集するから。ありがとねー」
キラリと歯を光らせて笑うと、アスカは自ら棺の蓋を閉じるのだった。
◇
カーテンを締め切った、薄暗い部屋の中、幾つもの水晶玉がテーブルに並び、大量の1と0の羅列を映し出している。
麻の衣服に身を包んだラフな格好で、アスカは水晶玉と向き合う。
「生配信が出来ない理由は分からないけど……ふふふ、これは素晴らしい。この編集ソフトってのがあれば動画内の時間を自在に操れる。異世界には素晴らしい時空法術があるな。こうして別の日に撮った動画もこの異世界の法術があればまるで同じ時間軸の如く……たぶんここらへん」
小さな水晶玉に映る1と0の羅列。その羅列の0が大量に集まっている所に切り込みを入れ、羅列から一部を取り出して、真ん中の大きな水晶球の文字列に繋げる。反対に置かれた水晶玉からも同じ様に文字列を移動させ、切り貼りする。
そんな作業を数度繰り返した後、アスカは大きな水晶玉にエーテルを注ぎ込み、淡く光るのを確認して手首の水晶板を見る。
その水晶板には、下手くそではあるものの、一応編集された動画が再生されている。
「たーのいしーーコレ! 昨日の出来事とさっきの出来事がまるで今起こったみたいに繋がるなんて。後で別に声を入れたり出来たら、あんな何度も神官に言わせなくても済むんだけどなー。方法あるのかなー」
勇者アスカは、勇者の証たるその成長の速さの全てを、動画作成につぎ込んでいた。
「んー映り込みして見にくいな」
アスカはカーテンでの遮光を諦め、木の窓を閉じて法術で光源を作り出すのだった。
「ノングレアの水晶ってないよねー」
◇
「解せぬ」
勇者アスカは大水晶の前で腕を組み、珍しく難しい顔をしていた。
異世界の編集ソフトという法術を解析し、映像でも言語でも無い領域にまで信号を遡上させることで、やっとの思いで映像を繋ぎ合わせたと言うのに。
トライアンドエラーを繰り返し、撮影の画角に動きが無いところは0が固まっていると解析したのに。
なのに。
「再生数が伸びない……」
チャンネル登録者数は今回で150を超えた。それは良い。だが再生数が解せない。
最初の動画【投稿してみた】から前回の【法術してみた&ダウン】は順調に再生数が伸びていた。前回に至っては1000を超えているのに、今回の【蘇生してみた】の回数が200ちょい。
しかも初めて低評価が付いてしまった。
「低評価……あんなに頑張って編集もしたのに……いったい何が駄目なんだろ」
ポーションをがぶ飲みし、目の下にクマを作りながら連日徹夜で編集を頑張ったアスカには、低評価低再生数の理由が分からない。
ノーカット故のリアル感。キャストが下手だからからこそ滲み出る仕込み失敗感。どうにかよくあるチューブに寄せようとしてるド素人感。それこそがこのチャンネルの味だったのだ。
技術的に未熟な編集はこのチューブの味を奪い、かつそのへんの素人チューバー動画にしてしまっていた。
アスカがコメントからその事を知るのは、更に数本、無駄に編集を頑張った後の事だった。
不定期更新ですが宜しくお願いします。