19 生配信の力
「油に弱い……とは?」
『いや、そこまでは。弱いて書いてる。ぬるぬるがんばー』
そこに視聴者が入っている訳でもないのに、アスカはソニーくんに食い付く勢いで質問する。
近場の高い枝にソニーくんを吊るして腰のポーチをゴソゴソやりながらも、トカゲ族を牽制し、水晶板でコメントを確認し、集まってくるであろう敵に注意を配る。
この並列処理能力も勇者の万能性由来の能力なのだが、戦闘力ばかりで測られる最近の風潮では最大限に活かす場も少ない。
「油はランプ用のがあったはず……」
まだ光法術の熟練が十分ではなかった頃。初めの洞窟に入る際に光源確保の為に試行錯誤した。その時に買ったランプの油がポーチの奥に残っていたはずだった。
『でた!次元ポッケ!。どーなってんの?。ファンタジーやなぁ。容量気になる』
「あー、このポーチは隣接世界の向こう側にベロみたく袋が出てるらしいんだよねー。容量は背負袋くらいかな、んで袋に突っ込んであるだけだから探すのが……あった!」
取り出されたのは竹に似た植物で出来た水筒2つだった。
さて、問題はこの油をどう使えばいいのか。アスカは幾つか仮説を立ててみる。
その①「匂い」この油の匂いが苦手で戦意が低下。めまいなどの体調不良までいけたら尚良し。
その②「成分が反応」酸のような効果が得られるなら直接浴びせるとか、剣に塗るとかもアリか。
その③「ぬるぬる」トカゲ族の皮がぬるぬるの取れにくい皮質なら、単純に足元に撒くだけですってんころりんしまくり。
以上の事を瞬時に考え、早口で説明する。
『おおおお。回転はええw。②で。更に燃やしたれ。森の奥光った』
「という事で、①と②共に効果が出そうな顔に少量を浴びせたいと思いまーす!」
周囲の藪から枯れ枝を踏み折る音が聞こえてくる。トカゲ族の仲間が集まる前に効果的な使い方を見つけて、各個撃破したいところだ。アスカはソニーくんを吊るしたまま、右手に鋼の剣を左手に油筒を握ってトカゲ族との距離を一気に詰める。
突きフェイントからの上段振り下ろしの剣はトカゲ族の腕に防御されたが、その隙にトカゲ族の顔面に油を浴びせる事に見事成功、反撃の尻尾を前転で回避して脇をすり抜け立ち位置を入れ替える。
一瞬画角から消えたアスカを、ソニーくんは自動で画角中央に捉え直し、吸い付くようにピントを合わせる。
『追っただと!!!。自動追尾!!!。ソニーくんすげえwwww』
コメントはアスカの体術ではなく、ソニーくんの被写体自動追尾に根こそぎ持っていかれた。
「そーなんだよー!杖の部分に恋人草って引き合う性質の蔓を使って、もう片方を俺が持ってるとソニーくんを向けてくれる
のさー! 凄いよねー!」
ソニーくんを褒められたアスカは、自分の事のように喜びテンションを上げた。
だが……。アスカは目立たないように剣を握る指を開閉させる。
当てるだけのつもりで振ったせいで、中途半端な力加減になってしまい、かえって手を痺れさせる結果になってしまった。
そして今のトカゲ族の防御のしかたで、さっきまで戦っていた集団だと確信できてしまった。そう、アスカの持つ剣は通らないと知っている受け方だった。そして……。
『まてまてトカゲどうなった?。油ドクトカゲは?』
そして、油を浴びたトカゲ族は、その異臭に苦しそうに咳き込む……でもなく。毒か酸でも浴びたかのように苦しみのたうつ……でもなく。小首をかしげて顔にかかった油を長い舌でぺろりと舐めた。
「効いてないよーーー!」
『聞いてないよーーー!。よーーーー!』
異なる世界で同時に苦情の声を上げるアスカと視聴者。
ガサリと藪が割れて葉が舞い、トカゲ族の加勢が参戦する。
攻撃の通らない敵2体を相手に挟まれないように移動しながら戦闘を続けるアスカ。剣に油を掛けて斬りつけたり、足元に油を撒いたりしているが、戦況の不利に変化は見られない。
『他に案ないか!。飲む?いや飲ませる?。やっぱ燃やすだな。それなら弱点は火だろ。アスカがんばえーー』
水晶版に流れるコメントに目を通しながら戦闘するアスカの構えが少し変化する。
今までは剣を立てて右肩付近にグリップを構る、剣盾装備の基本的な構えだった。だが今は視点を大きくずらさずに水晶板を見れるように、剣を正中に置きグリップを喉の高さに、少し肘をはることで水晶版と敵とを同時に視界に収めている。
この「生配信でコメントを見ながら戦闘をする」という、この世界で唯一人、アスカ以外にはありえないシチュエーションから生まれた構えは、後に意外な副次効果をもたらす事になるが、それはまだ先の話であった。
「ユグドーよ、契約に従い繋がり給え。法はエーテル、術は事象、技は炎渦……」
『これは!。炎の龍だ!。薙ぎ払えーー!。』
「関与せよ!」
だがアスカの手先から生み出された炎の渦はか細く、距離も範囲も前回とは比べものにならない程に弱々しい炎だった。
『え????。なんでやーーー!レベルだうーんしとる。しょぼっ!!』
それでも炎の渦はトカゲ族を巻き込み、体に掛かった油を燃え上がらせる事に成功する。
ぱんぱん。
トカゲ族の顔や胸で燃え上がった油は、パニックを引き起こす事もなく叩き消され、周囲に燃え損ないの匂いを流しただけだった。
『なんで法術弱くなってんの?。違う魔法?。明日から本気だすスタイル』
「これ程の森だと、火精の力がこんなに落ちるんだねー」
樹齢百年を超す木々が乱立するこの大森林では、そもそも火精が少ないが、火力減少の原因は木々達が自分達を滅ぼす火にエーテルを融通しないからだ。
法術は決まった言葉を正しい旋律で発声すれば誰でも結果を得られる術式である。だが得られる効果はその環境に大きく左右され、環境に適した法術を選択することもまた術士の能力と言えた。
「まいるよねー」
『マイルヨネー。まいるよねー。参るよーねー。まいるよねー』
水晶版を大量の「まいるよね」の文字が埋める。
世界を超えての共感。
「ははっ」
アスカは声を出して笑った。
苦境であることに変わりはない。だが今アスカは異世界の人々と感情を共有している。そう思うだけで不思議と笑顔が溢れ、元気が湧いてくる。
3匹目、4匹目とトカゲ族が集まってきた。油の効果的な使い方は未だ不明で、油も既に一本使ってしまった。
4対1。打開策未だ見えず。だがアスカは笑っている。今、繋がっている異世界の人達と一緒に戦っている。その思いがアスカの心を強く支え、負ける筈がないと思わせる何かが心の底にある。
「油の謎は分からない。皆の知恵を貸してくれ! 時間は俺が……稼ぐ!」
『おおおおお!。燃える展開や。思いつく限りコメよろ。検討精査して使えそうなの5分毎に清書してコメしよ。おっしゃー勇者と共闘だ!!』
アスカは水晶板に沢山の文字が流れ始めるのを見て、左手に持った油筒を一旦ポーチにしまった。
仲間が知恵を絞ってくれる。肝心な時に油が無いとかあり得ない。
そしてアスカは鋼の剣も鞘に収めて両手を開けた。
「斬撃がだめなら……打撃!」
ポーチに両手を突っ込んだアスカが引っ張り出したのは、とても片手では扱えそうにない大きな鋼の槌だった。
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