17 水面下
「大森林かマッシーにおるじゃろ?」
「そうだねー」
「ちょっくら行ってくるでやんすね」
「気を付けてねー」
大森林の拠点となる街マッシーの門前で、ミズリ神官とドローンに手を振るアスカ。
パーティーメンバーの2人が一旦王都アビリへ行く事に決まり、しばしの別れを惜しんでいる。
つい昨日パーティーに加わったミズリ神官だったが、教会組織から自由が過ぎると抗議が上がり「せめて直接本部へ来て退職の手続きを」という事になったようだ。
ドローンはと言うと、ミズリ神官から使役魔獣用の武具を作る工房が王都にあると聞いたらしく、是が非でも武具をとミズリ神官に猛烈に詰め寄り、採寸に連れて行って貰う事にしたらしい。
アスカは魔獣の武具屋を知らなかったが、勇者がこれ程大量に召喚される前は、戦士や術士など専門職も沢山いてその中には魔獣を従えて使役する職業もちゃんとあったのだそうだ。
この世界で生まれ育ち研鑽を積んだ専門職達は、勇者のような万能性を持たぬ代わりに突き抜けた専門技能を、急成長の代わりに伝承の奥義を持っており、特定の分野では勇者さえも凌ぐ能力を示していた。
勇者が召喚され始めた頃は今ほど効率化が進んでおらず、希少な存在だった勇者に複数の専門職を同伴させて魔王討伐に向かわせていた。
だが強い不死性を持つ勇者と違い、専門職は死に対して脆弱だった。徐々に復活に時間が掛かるようになり、死の記憶が心を蝕んだり、復活しても自ら命を断ってしまう者もいたらしい。
度重なる魔王討伐の失敗で、専門職は減少に減少を重ね、貴重な伝承の多くが失われた。
失われた専門の叡智の重大さと勇者召喚の効率化が、遂には天秤の傾きを逆にし、今では魔王討伐は専門職に指導された数多の勇者によって遂行される任務となったのだ。
「テイマーでやんすか? ブリーダーでやんしたか? とにかくあっしは強くならなきゃいけないでやんす」
今現在ビア王国で魔獣使役を伝承する家は二つだけ。
野生魔獣を使役するハタム家と、魔獣の繁殖から育成を行うヤイ家である。両家はときに反目しときに協力しながら、騎兵隊の騎獣や、工兵隊の働獣などを調達して、王国を支えている。
ドローンもアスカ同様、今回何故死んだのか思い出せないようだが、無力への無念さと力への渇望があると話す。
勇者と行動を共にしない2名は、馬車乗継ぎで3日ほどアスカの元を離れる事となる。
内容は違えど、共にアスカの為になると信じ、一時別行動を取ることにしたのである。
「動画の為に無茶しちゃ駄目でやんすよ! 旦那」
「レベルは余裕あるから大丈夫ー」
心配するドローンにキラーンと笑顔で応えるアスカだった。
◇
街道から枝分かれした道の先、道に覆い被さる様に枝葉を伸ばす深い森が広がっている。
【大森林】
道は森の奥へと尚も続いていたが、昼でも薄暗いその森は、多種多様のモンスターをその懐に抱き、経験を得ようとする勇者達にとって格好の狩場となっていた。
「さてと」
そう一人呟いてアスカは、大森林入口で構造を練る。
大森林という狩場を説明し、新モンスターとの戦闘を紹介しよう。
いつのもパターンだが、安定した再生数が見込める人気コンテンツだ。勿論撮影の為には数日下調べをし、モンスターの生息地と戦闘スタイル、攻略法を確立しておく必要がある。
「白鳥の水面下は見せないけどねー」
アスカは異世界の表現を使った。
異世界の人々は、異常に疲れる日常を送っているらしい。挨拶の冒頭で相手の疲労を労うし、ザンギョウやカジがヤバイとやらで何人もが死んでいるようだ。そんな中で小さな息抜きとしてチューブを観ている。
であればチューブは娯楽として、ライトでイージーでハッピーで有るべきだ。アスカはそう考えていた。
昨日投稿した動画。「ムキムキが加入してきた!」は順調に再生数を伸ばし、コメント欄に「兄貴」の文字を溢れさせている。意味不明だ。
アスカはふと思い出す。投稿する動画とは別な、撮った覚えのない、ほんの数十秒の録画された記録を。
「分からないものは仕方ない! 次の動画もいっぱい再生されるように! 森を見下ろせる崖……は、やったから、背の高い木に登ってパノラマで大森林の広大さを魅せよう。新モンスは3~4種でタイプが被らない方がいいな。モンスの活動エリアから高い木を選んで……」
◇
ギン!
振り抜かれた鋼の剣は、二重の鱗に守られたトカゲ族の防御を切り裂くことが出来ずに跳ね返された。
「切れ味の低下が早いねー、流石大森林」
今まで使っていた武器でまず戦って見せる。それは動画視聴者がモンスの強さを理解しやすいように、今までの武器や法術を物差しにしようとアスカが選んだ演出だ。初めの洞窟では威力を存分に発揮していた鋼の剣が、大森林で弾かれる。同じ法術でもダメージや命中にこんなに差がある。視聴者はそれを見て「ここのモンスつええな」と分かってくれる。
直立2メートル超えの体格、鋭い牙と爪、そして強靭な尾を武器とするトカゲ族は、マテリアルとエーテルそれぞれに耐性を持つ二重の鱗で覆われた攻防共に優れた種族だった。
そして。
ヒュッ!
斜め後方からの風切り音にアスカは素早く反応し、鋭い爪は空中に5本の線を引いた。
「族……ね。予習しといて良かったよー」
アスカはステップで素早くその場を離れる。
トカゲ族。単体で呼ばれる事のないこのモンスは常に複数で行動し、集団戦法や連携攻撃を用いて来る難敵だった。
茂みから、沼地から、一体また一体と姿を表すトカゲ族。
その姿を目にしたアスカは、威嚇するように鋼の剣を一振りすると、腰の鞘に収める。
「斬撃が通りにくい相手なら……」
そう口にしながらポーチに手を入れたアスカは、妙な手触りを感じて思わずソレを掴み出してしまった。
それは、淡い熱と共に虹色の光を発するソニーくん。そしてその色は前回ライブ配信直前に発した色だった。
「き……来た! 異世界と直接繋がる色だ!」
突然水晶玉を手にして大声を上げるアスカに驚くトカゲ族。戦意を削がれて思わず顔を見合わせた瞬間。
「急用出来たから! またねー!」
トカゲ族相手にキラーンと笑顔を残すとアスカは踵を返し、トカゲ族に目もくれずに走り去った。トカゲ族は、きょとんとした表情でアスカの消えた方角を見やるのだった。
「異世界交流だ! 生配信だーーーーー!」
アスカの上げた歓喜の叫びに、森の鳥たちは驚き舞立った。
いつもありがとうございます!