13 テーブルにて
「ふぅーー」
大きく息を吐きながら、賑やかな店内をやや疲れた足取りでカウンターに近づいてくる男が居る。
灰色を基調とし白のラインが特徴的な、執事を思わせるデザインの服に身を包んだ男。
その制服は、王国の対魔王戦力である勇者の、常識教育と成長促進の為に、勇者のお目付けとして王国から派遣されている【導師】と呼ばれる職業部署の制服であった。
重い足取りはカウンター席にたどり着くと、乱暴に椅子に腰を下ろし、上半身をカウンターへと投げ出して突っ伏した。
「緊張しましたーー」
男は伸べられたグラスを受け取って一気に酒をあおりると、無言でグラスを突き出して、お代わりを要求した。
カウンターに帰還した男に似たよな服装の者が、群がる。
「苦情の類ですか!?」
「で、セト様は何を知りたいと?」
「誰か首になるとか?」
近すぎる顔を押し戻して、男は自分を落ち着かせる為に深く息を吸い、言葉を選んで内容を正確に告げた。
「セト様が望んでおられるのは、四天王とそれに関わった勇者方の情報です。担当勇者の名前とレベル、四天王との遭遇履歴などを聞かれました」
聞き終えると同時に、複数人が我先にとカウンター各所にあるペンとメモ紙に手を伸ばして、メモを始める。
数百年前の開店時には紙はまだ高価だったが、当時の店主が文官御用達の酒場を見ざすなら、せめてペンとインクだけでもと、全てのテーブルにと置いたのがこの【ペンとインク亭】の名前の由来だった。
その名残で、紙が安価になり、ペンが個人の持ち物になっても、この酒場のカウンターとテーブルには、いつ誰が使っても良いようにペンとメモ紙が置かれている。
「おい次はナシュリーだろ。セト様を待たせるんじゃない!」
「は……はい、ただいま……っと」
走り書きしたメモを読み返しながら、指名を受けたナシュリーは店の奥に用意された勇者セトの待つテーブルへと、緊張した面持ちで向かった。
「しかしセト様は凄いですね。私の名前も覚えていて下さいましたし、私が言い忘れた勇者の名前も覚えておいででした。説明差し上げた内容をメモするでもなく、恐らく全て記憶しておられると思います」
勇者セトを称えるつもりで口にした言葉だったが、周囲に群がる導師達は顔を強張らせて自らのメモを見直し始めた。
上官の詰問を受ける前のように緊張した顔の導師達。だがカウンターの端には少し様子の違う者もいた。
「ですから、せんぱーい。褒めてくださいよぅ。転移法術の使いすぎでお肌カサカサだったんですよぉ」
「はいはい、分かったから。セト様に失礼のないように……ってピッチャーで飲まないの! マスターお水頂戴!」
◇
「なるほど……貴女の担当勇者には、二度四天王に遭遇した者は居ないのですね?」
「はい」
「日付も間違いありませんね?」
「はい。教会での蘇生は担当導師が記録を残す事になっております。明日改めて教会の資料と照らし合わせ、間違いがありましたら改めて報告書として提出致します」
勇者セトは殆どの導師の話を聞き終えたが、時折指で何かを弾くような仕草をするものの、やはり一切メモを取る様子はなかった。
「次が最後の方ですね。お願いします」
右手を胸に当てて頭を下げる正式な礼をして導師は席を去り、入れ替わりで最後の導師がセトの席を訪れる。
最後に呼ばれたショートカットの導師は結構酒に酔っており、椅子に座っていても時折両手でテーブルをガシッと掴んでは、体の均衡を保っていた。
程々のろれつ感で、セトに苦笑いされながらもどうにか報告を終えたその時。導師は周囲が青ざめる行動に出る。
「セトさまにぃ質もんよろひいでしょか」
「なんでしょう」
セトに対してこの様な対応をする者は珍しい。大体の者はセトに対して「畏敬」の念を懐き、少なからずその言動には恐れを感じずには居られない。
セトは無防備な精神を心地よく感じ、朗らかに応えた。
「セトさまってソロですよねぇ。なぁんでリーダーやってパーティ組まないんれすか? ってかセトさまの導師ってだれれす?」
「「「ちょっ!!!!」」」
セトが答えようと口を開くより早く、津波のように押し寄せた導師達が、酔っぱらいの同僚を掻っ攫って行く。
「弱っちい癖にソロってるアスカをどう説得するか、聞きたかったのにいぃぃぃ」
「ミア! 酔い過ぎよ」
遠ざかる回らぬろれつに、セトは久しい名を聞いた。
(アスカ君か、召喚当初は良く図書館で見かけたが……残念だ)
セトはかつて図書館で見た、周囲の存在に気づかぬ程に集中して書を読むアスカの姿を思い出し、軽く笑ってテーブルを離れた。
「マスター面倒をかけた。ありがとう」
そう言って店を後にするセトに、今夜の酒への感謝と魔王討伐への声援が送られ、勇者セトは右手を上げてそれに応えながらドアの向こうへ消えた。
暫くの間、勇者セトの話題で盛り上がる店内。そして……。
ジジッ。
店内に二つある大ランプが、その光の色を再び青白い色へと戻す。
賑やかさは変わらないが、ランプの色の変化と共に酒場の空気は緩んだ。
「まさかセト様とはな」
「存在感あり過ぎて酔えなかった」
「奢りの酒だ!ココから酔うぞお!」
ジジッ。
盛り上がり掛けた瞬間、大ランプは再び赤っぽい色に変わり、反射的に入口を見てしまった者を諌める同席者もいる。
バン! と勢い良く開かれたドア。
現れたのは執事を思わせる制服に身を包んだ導師だった。
「セト様がおいでたと!」
「……」
「いや……」
「先程出られましたが」
戸口の導師は泣きそうな顔になった。
「いずこへ!」
「い、や、知ら、んが」
両肩を掴まれて激しく揺すられながらも、酒をこぼすことなく質問に答える導師。
悲痛な面持ちの導師は、来た時と同様にバン! とドアを閉じ、嵐の様に去って行った。
キョトンとした空気に包まれる酒場。
その時店外から、誰かとぶつかったらしい喧騒が聞こえた。
「ああっすみません、急いでいたもので……おお! これは勇者殿……の……」
酒場内に聞こえてくる会話に、皆が自然と聞き耳を立てる。
「……ええっと、勇者殿! こんなタイミングで王都に帰還とは、クエストでもたのまれましたか? いや、それよりセト様を見かけませんでしたか!」
「調べたい事ができて図書館に。セト様は見てないですねー」
「また消えてしまった……すぐ居なくなって……トホホ、参りました」
「まるよねー! じゃ頑張ってー」
どこかで聞いた言い回しに、カウンターで酔い潰れていたミアという導師が一瞬だけ目を覚まして、またすぐに突っ伏す。
外の会話が遠ざかり、大ランプの色がまた青っぽくなると、三度酒場は緩んだ空気に包まれたのであった。
寒くなりました。皆様お体に気をつけて下さいね。