第7章 * 駆ける者と追うモノ *
「ありがとう。本当に助かったわ」
ジェラと名乗ったレイスタル国クランリーダーの黒髪の女性はそうお礼の言葉を紡いだ。
「いやあ、こっちこそ助かったよ!」
こちらも感謝を述べる。
「あら? クランの紋章がないけれどあなたは……?」
「ああ、俺はリンネ国の工房の……」
――これまでの経緯をレイスタルクランへと話した。
レイスタルクランからも、フィへの有益な情報は得られなかった。
そして、地下から生き延びたであろうホーリットクランの話も。
「そうか、フィは見ていないか……」
「ごめんね……」
「ああ、いやいいんだ! 何か情報があればと思ったから」
「そうだわ! 代わりじゃないけれど、これを渡しておくわね!」
ジェラから淡く光る結晶をもらう。
「これは? ただの結晶じゃないんだろ?」
「それはトワラが作り上げた感知結晶! これを持っていれば、その位置をトワラが把握できるの!ただ……」
ジェラが言い淀む。
「この壁内の結界がそれを妨げているみたいなの……」
ジェラが申し訳なさそうに言う。
「そうなのか、じゃあまずはここの結界を解くのが先決だな!」
申し訳なさそうな表情を吹き飛ばす勢いで俺は言う。
「そうね! 私たちも早く結界の源を探しましょう、姉様!」
トワラが元気よくティナに同意する。
「トワラの言う通りだけど、焦らないで。魔力の消費が激しいから休憩してから私たちは動きましょう。ティナもいいわね?」
ジェラは冷静にトワラとティナに同意を求める。
「ティナもへとへとです、姉様……」
ティナは眠そうに眼を擦る。
「そうか、じゃあここからは手分けして結界の源を探すか!」
バリスは勢い良くこれからの方針を決める。
「そうね! 結界が解かれれば、どこにいてもその結晶で合流できるわ!」
ジェラも笑顔で賛同してくれた。
「なるほどね、鍛治手伝い、あんた持ってなさいよ」
シャルは納得したように言う。
「わかった!」
探知結晶をカバンにしまう。
「それじゃ! また生きて会おう!!」
元気よく再会の約束を叫ぶ。
「達者でねー!!」
トワラがブンブンと手を振ってくれた。
ジェラとティナも笑顔で見送ってくれた。
レイクリスタルクランと離れ、それぞれで結界の発生場所を探し始めた。
――1時間後。
地下は異形や百足が、建物の上は龍に再び見つかる可能性があると、街の中を探索していた。
「バリス、シャル。俺たちは休憩しなくて良かったのか?」
純粋な疑問を投げかける。
「まあな。昨夜の戦いはほとんどレイスタルクランの魔術で乗り切れたようなもんだ」
俺たちはそこまで魔力は消費してないからよとバリスは続けた。
「私は透視も氷の魔術も使ったのだけれど……」
どんよりとした眼でシャルが言った。
「うっ、やっぱり疲れてるよな! どこかで休息するか!」
俺は咄嗟に休息を提案した。
「ふん、あんた達よりも段違いに魔力量があるから平気よ」
シャルはそう言って歩き続ける。
「気にすんなトライ、実際あいつの魔力量はすげえからな」
バリスがにかっとフォローしてくれた。
しばらく古びた街を探索していると、車輪のついた鉄の箱を見つけた。
似たようなもので、複数の車輪に砲台がついたものもあった。
「ずっと気になってたんだが、こいつは昔の馬車か?」
バリスがまじまじと観察する。
「馬車かは分からないけど、移動用のものだよな。至る所にあるし。これ単体で動かせるんじゃないか?」
俺は他の鉄の箱よりきれいなそれの扉を開けて、中を調べる。
「ん? 鍵か?」
思いっきりそれを回してみる。
すると、鉄の箱全体が震え、馬が嘶くような音を響かせる。
「おお、動いたじゃねえか!」
バリスが目を輝かせて見てくる。
「それ、大丈夫なの? 爆発とかしない?」
シャルはこの機械の動作に懐疑的だった。
「まあまあ!一度走らせてみようぜ!」
シャルとバリスを乗せて、この機械を発進させる。
「おお、動いた!」
「これで移動が楽になるな!」
「……やるじゃない」
バリスとシャルの反応も良好だった。
「なんだこのボタン? 押してみるか!」
ボタンを押すと、鉄の箱の天井が開きだした。
「すげえ! これで周りの様子もすぐわかるな」
バリスは大はしゃぎだった。
崩壊した大都市を1台の鉄塊が駆けていく。
風景と相まって、体をくすぐる空気でさえ少し冷たいように感じた。
「改めてこの都市が機能していた時代に何があったんだろうな……」
街並みを眺めて、感傷的な言葉が漏れる。
「さぁな。確かなのはこの大都市を終わらせるほどのことが起こったってことぐらいか」
バリスは想像もつかないといった風に、今にも倒れそうな摩天楼を見上げる。
「そうね。古文書にも記録されていない街よ。どれだけの年代のものかも定かじゃないわ」
シャルも考え込む。
「そうだよな。この鉄の箱といい、魔力以外で動作しているみたいだし。まさか、魔力なしの状態でこの文明を築いていたのか?」
「実際にこの街で結界以外は魔力反応は感じられないし、あり得る話ね」
滅びゆく風景と共に、謎は深まるばかりだった。
「ねぇ、あれ何かしら?」
シャルが指差した方向には、何もなかった。
がらん、と。
これだけ栄えた都市の中に、何もなかったことが異常だった。
「どうして、ここだけ何一つ建物がないんだ…」
視線の先には、更地と化した区画が広がっていた。
その中央には、巨大な天使とそれに立ち向かう鎧の像だけがひっそりと建てられていた。
「どうすりゃ、ここだけ破壊されたようになるんだよ」
「どうって、空から巨大な質量でも落とさなきゃこうは…」
そこで3人ははっと空を見上げる。
悠然と雲の隙間から天使が変わらず微笑んでいた。
「まさか、以前にもこの地にアレみたいなのが落ちたっていうのか…?」
3人の背筋が冷える。
あの暴力的までな魔力質量が落ちてきた場合、壁の中どころか、結界を破壊して外の世界にまで影響するのは目に見えた。
「ははっ、どうやら壁の中の探索どころじゃあなく、外の世界まで守らなきゃならなそうだな」
バリスは苦笑混じりに言う。
「そうね、結界とあのデカブツが関係してそうだし。帰還するときに、なんとかしなくちゃいけなさそうね」
バリスとシャルが己の責任の重大さが増すのを感じていた時だった。
「おい、バリス、シャル、早くこっちに戻ってこい!」
一番早く気づいたのはトライだった。
更地の奥から、巨大な建造物に負けないくらいの大きさだったため、気づくのが遅れた。
いくつもの眼光がこちらを捉え、いくつもの足が獲物を逃すまいと、こちらへ前進してきていた。
――5分後。
「くそおおお、どんだけしつこいんだよおおお!!!」
更地から3人を乗せ、古びた街を鉄の車が車輪を爆走させ、巨大蜘蛛から走り回っていた。
「おい!! あの蜘蛛めちゃくちゃ早いぞ!」
バリスが蜘蛛の巨大な前脚を大剣で弾きながら、聞いてくる。
魔力を帯びた大剣に怯むことない蜘蛛の脚は、鋼鉄で覆われていた。
人工的な強化がされているように見えた。
こんな化け物を旧文明は製造していたのか?
恐ろしい過去を想像し、戦慄する。
背後ではシャルが、魔力放出の準備を完了させていた。
「私に任せて!!」
シャルが詠唱すると、後ろの道が凍り始めた。
「どう!?」
蜘蛛は足を取られたが、まるで重力を無視するように建物を這いながら、さらに近づいてくる。
「いやああ! 虫は苦手なのにい!!」
シャルがしつこい蜘蛛の追跡に泣き言をもらす。
どうする!?
運転をしながら、何か策がないか辺りを見渡す。
義手が使えないか?
いや、あの龍の時以来、自分の意思で発動できていない……。
そうこうしているうちに、巨大な橋の近くに来ていた。
いつのまにか坂道を走っていたようで、道の両脇は地面からかなり高い位置にあった。
蜘蛛を振り切るため、さらに加速させる。
しかし、橋の目前で気付く。
橋へ続く道が崩壊していた。
「ッ! シャル、氷の橋は作れるか!?」
「そんな巨大なのはムリ! ジャンプ台くらいないけるわよ!」
「それを頼む! このままだと川に突っ込んじまう!」
下に広がる川は澄んだ色からは程遠く、濁り、何がいてもおかしくない様相だった。
「分かったわ! 構築まで少しかかるわよ!」
「早くしてくれ!!」
どんどん橋が崩壊している場所へ近づいていく。
そして後ろの巨大な蜘蛛も容赦なく、近づいてくる。
「はぁあ!!!」
魔法使いの詠唱が完了し、崩壊した道に氷のジャンプ台が出来上がる。
「みんな捕まれ!!」
KISYAAAAAAAAAAAAAAAAA
巨大な蜘蛛が吠えながら、口から糸をバリス目掛けて吐き出した。その糸がバリスの大剣に絡まる。
「バリスッ!」
バリスは糸が絡まる大剣を離さず、むしろ魔力を込める。
「燃えろおおおおおおおおおおおお!!」
大剣から炎が溢れ、蜘蛛の糸を焼き切った。
追撃の糸を断ち切り、どしゃあと勢いよく橋へと乗り移った。
全員、そして乗り物も限界にあったみたいで、橋の上で動きを止めてしまった。
蜘蛛はまだ諦めてないようで、氷の足場へ巨大な一歩を進めようとしていた。
「しつけぇんだよ!」
バリスが懐の投げナイフに炎の魔力を纏わせ、氷の足場へ投げ放った。
見事に氷の足場に刺さったナイフは、燃え盛るその熱で足場を溶かした。
SYAAAAAAAAAAAAAAAA
蜘蛛が崩れる氷の足場と共に川へ落ちた。
じゅっと音がして、氷と蜘蛛の体が纏っていた鋼鉄ごと煙を上げながら溶けていく。
蜘蛛が溶けながら必死に陸へ上がろうとするが、水底からなにかに喰いつかれたように急激に沈んで行った。
蜘蛛は浮き上がることなく、川の底から湧き上がる泡だけが残った。
「なあ、あの川、蜘蛛を溶かしてたよな……」
俺は呆然と呟いた。
「あぁ。しかもそんな川に何か棲んでいたぞ……」
バリスも愕然と川の様子を見ている。
「一体どんな環境なら、あんな川が出来上がるのよ……」
シャルも信じられないといった表情で川に残った泡を見た。
3人で驚愕と疲労でその場に座り込んだ。
――橋で休憩した後。
橋の上空、鉄骨部分で偵察していたバリスが何かを見つけた。
「なんだ、ありゃあ……?」
怪訝な表情を浮かべるバリス。
「おい、なんだよ? 何か見つけたのか?」
バリスが呆気にとられながら指差す。
バリスの指差す方向を遠見器で見てみた。
「空飛ぶ獅子と、巨大な梟……?」
その方向には、空を駆ける獣たちが激しい戦いを繰り広げていた。
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