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クレイドル〜忘れられし天使の都〜  作者: アルス
第1部 クレイドル〜忘れられし鋼鉄の都〜
5/45

第5章 * 朝焼けに浮かぶ銀色の *

地上へと上がる。


そこに広がる光景は、想像を絶していた。


遥か先にあるであろう巨大な女神を象った塔が見下ろしてくる。

さらにその上空を見て、息を飲む。


圧倒的な質量と、肉眼でも見える凝縮された魔力の衣を纏った塊が天使の形を成し、今まさに落ちてきている。


強靭な肉体も、強力な魔力も、機転をきかせた知恵も、それら全てを押しつぶす魔力の星が空から落ちてくる。


ーー死。


逃れ得ることは叶わない、絶対の死。


あの紅い龍が暴力の塊であれば、この天使は、終焉とでも呼べばいいのか。


絶望が体を支配する中、ふと気づく。


本来ならもっと早く気づいていたであろう違和感を。

恐怖により麻痺していた事実を。


「……あの天使のようなものは、あの位置からずっと止まっていないか?」


 確かに落ちるように見えていた鉄の星は、ある位置を境にその場で滞空し続けていた。


その存在自体が規格外だが、その動きもまた規格外だった。


「あの質量が重力を無視して、滞空し続けるなんて冗談でしょ。ましてや、魔力をもってしても、現在にあの規模の質量を浮かすほどの魔術士なんて聞いたこともないわ!」


各々が混乱する中、空に浮かぶ天使は微笑み続ける。


「焦ってもしょうがねぇ。最低限、今日の寝床、欲ばりゃ拠点になるような場所を早く見つけようぜ」


そうしなけりゃ、あれに潰される前に飢えて死ぬぜ、とバリスが飄々と提案した。いや、諦観めいた結論といったほうが正しいのかもしれない。


ーー確かにそうだ。


空に浮かぶ魔力鉄塊も十分脅威だが、それ以前にいつどこでまた龍や百足のような魔物に襲われるかもわからないのだ。


それに、正直あれが落ちてきたら、俺らでは対抗できないのは明白だった。


「……そうね、まずは拠点を探してからね。もしかしたら、捨てられた工房なんかもあるかもしれないし」


そうして、俺たちは死を頭上に浮かべながら安全な場所を探し始めた。


あの天使が頭上にいる限り、ここに安全な場所など一つもないことを知りながら。


――崩れ落ちた街並みが夕日に照らされる頃。


あれから、魔物に会うこともなく崩壊した街を探索した。

他のクランの人間、いや人自体を見なかった。

やはりここは、はるか昔に忘れ去られた都なのだろう。


そして、ようやく、拠点として手ごろな場所を見つけた。


はるか天空を目指すようにそびえたつ、摩天楼の中、小柄な建物を見つけたのだ。


工房は旧時代には存在しなかったようで、ここは、食事をする場所のようだった。

食糧の確保を兼ねてここに決定。


壊れかけの外観と同じく、内装も椅子やテーブルが朽ちかけていた。


それでも食器や器具が在りし日の面影を残している。


カウンターの奥には酒とみられる瓶が大量に飾られている。

在りし日の夜には、ここで盛り上がる人たちがいたのだろう。

そう考えると、この棄てられた都にも親近感が少し湧く。


きっと、ここにいた人たちも街もこんな終わり方をしたくはなかったよな。


沈みかけた気持ちを晴らすべく、2階へ上がる。

2階からは、開放的な窓からそびえ立つ鋼鉄の群れを見ることができた。


様々な看板や街灯らしき柱の群が夕日で赤く染まる。


そして、あの天使も同じように照らされていた。

やはり、あの座標から移動はしていないようだ。


地下から出てきてからは、危機はまだ訪れていない。


ホーリットクランは無事だろうか。


あの地下で襲われた闇の住人達も地表には姿を出さなかった。

奴らは暗闇を好むのかもしれない。


それにしてもーー


「……奴らは、人だったんじゃないのか?」


つい口からそんな憶測がこぼれてしまう。


「鍛治手伝い、あんたも来なさい!」


1階からシャルが呼んでいた。


曖昧な憶測を振り払うように、階下へ急ぐ。

1階に下りると、美味そうな匂いがしていた。


「よお! 体調はいいか?」


バリスがエプロンをつけながら聞いてくる。


「ああ、バリスが作ってたのか?」


「そうだぜ。シャルは料理苦手だからな!」


「うるさいわね!」


シャルがむくれていた。


持ち込んでいた携帯食と、建物にあった缶に入った保存食、調味料で味付けされた料理は豪勢な雰囲気を出していた。


「うまそう!」


「ああ、しっかり食えよ!食える時に食わなきゃな!」


「いただきまーす」


シャルはむすっとしながらも、待ちきれないようだった。


夕陽に照らされた屋内で、3人で食事を囲んだ。


食事が終わる頃には、建物の外は夜の闇が覆い始めていた。


外の風を浴びようと、建物の屋上に来て街を眺める。

夕日はすでに沈み、夜の闇と月明かりが世界を構成していた。


夜に沈む壊れた街は、何も語ることはないというように静まり返っていた。


ふと、落ち着く匂いがした。


ほれと、屋上に上がってきたバリスが黒色の飲み物をくれた。


「これは……?」


不安で聞いてみた。


「わからねえぇが、昔の人が飲んでたもんらしい」


恐る恐る飲んでみると、おいしかった。


「少し苦いけど、落ち着くな」


「だろ? 図解付きでレシピがあったから作ってみたぜ」


「ほんと見た目に合わず、こういうの得意よね」


シャルも飲み物を片手に屋上へ来た。


3人でその飲み物を飲みながら、夜風に当たる。


「大昔は、ここにもたくさん人がいたのかしらね」


シャルが遠い目をしながら、話す。


「だろうな。これだけの都だ、世界の中心だったと言われても疑わねえさ」


バリスがくいと飲みながら、答える。


「……何があったんだろうな、ここに。あの空に浮かぶ天使も見当がつかないし」


『ウォール』の魔術結界がオーロラのように薄く夜空を覆うその中。


その蒼色のカーテンを掻き分ける存在がいる。


月に照らされた天使が、夜空の蒼色のカーテンの間から銀色の微笑みを浮かべていた。

その視線は、静かに女神の塔を見つめていた。


「さて、寝ようぜ。明日も忙しいだろうしな」


バリスに賛成して、全員が建物の中に戻る時だった。


「ねえ!! 誰かいないの!?」


女性の助けを呼ぶ声と魔術が炸裂する音が夜の街に響き渡った。


「……どうやら、今日もまともに寝れないみたいだな」


3人でうなだれながらも、叫び声の元へ駆けた。


その3人の背中を、シャルが設置した魔導転送装置の淡い橙色の光だけが見送っていた。


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