第16章 * 楽園の守護者 *
すでに日は暮れ、冷たい月の光が長槍の穂先を冷酷に照らす。
私とレイさんは動けずにその場で、彼を凝視することしかできなかった。
言葉は通じるが、ぼろぼろの衣服を纏い、どこかただならない雰囲気を出している。
神秘的な空気を纏いつつも、その穂先はどこまでも冷たくフェンさんに突きつけられている。
「お前は、誰なんだ……!?」
下手なことが言えないと空気が張り詰める中、レイさんはそれでも言葉を絞り出した。
少しでも時間を稼ぎ、隙を見つけようとしているように。
「侵入者に問われるとはな。まぁ、いい。俺はリン、この龍の楽園の守護者だ」
彼はそう名乗った。
――龍の楽園の守護者。
「この地下に広がる龍の楽園って一体何なんですか!?」
聞きたいことは山ほどあるが、これが一番の謎だった。
「ここか。龍の楽園、いや龍が楽園を自ら築いた場所だ」
「龍が楽園を築いた? 元々は違ったということですか!?」
次から次へと湧き出る疑問に、言葉を止めることができなかった。
「ああ、そうだ。ここは本来、人が住むための居住地であり」
リンさんは、一瞬複雑な表情をしたが、すぐに次の言葉を紡いだ。
「天使を造るための巨大な実験場だった」
天使。
脳裏に浮かぶのは、あの凄惨な笑みを浮かべた無機質な天使だった。
いくら時が過ぎようとも、忘れられるはずもない空に浮かぶ巨大な天使。
今、その言葉をこのクレイドルで聞くのは偶然ではないのだろう。
「天使、と言ったんですか? さらにそれを造ると」
「ああ、そうだ」
感情もないように、淡々と答える。
彼の背後に月が輝き、彼の顔が影に隠れて、実際に感情を窺い知ることはできなかった。
「そもそも天使って何なんですか!?」
未だに正体不明のそれを知りたく言葉にした。
「それを知らずにここまで来たのか? もしくは伝承が真実を隠したか」
一人ぶつぶつ呟くと、リンさんはこちらを見た。
「天使は兵器だ。それも大量虐殺を主としたものだ」
ぎゃくさ、つ?
「人を殺すためだけに造られた……?」
「そうだ。お前も見ただろう、この地底に広がる夥しい骨の大地を」
まさか。
まさか、あれ全てが。
天使の犠牲となった、命?
その場に、石造りの床に、身体が溶けていってしまいそうな感覚だった。
「な、何のためにこんなことを……?」
掠れた声を喉から絞り出す。
「争いだ。かつてこの世界は二度滅亡の危機に瀕した。この地底世界は、その二度目の危機、人類同士による争いの名残だ」
名残?
あれだけ凄惨な風景が、かつての争いの一部でしかない?
かつて、この世界が争いに包まれていたことは、昔話の中だけで知っていた。
けど、本当に争いは存在したんだ。
今更ながら、この恐ろしい風景によって歴史の事実を痛感する。
「今でも、その争いの延長線上で、主人を失った機兵と龍達が互いを殺し合っている」
今まで見てきた、一連の戦いは昔からの続きだったってこと?
なんて、虚しい。
守るべき人たちは、地底のさらに奥深くで息絶えていたというのに。
「さて、そろそろいいか? そちらの雷使いも待ちきれないようだ」
「えっ?」
振り向くと、レイさんは密かに魔力を剣へと注ぎ込んでおり、今まさに弾けんと言ったような雷剣が出来上がっていた。
「ああ、お前を殺すには充分な時間だった!!」
言うと、雷そのものと化した直剣をリンさんへと投げ放った。
直剣は正確にリンさんの喉元へと迫る。
しかし。
「未だに争いを望むか」
次の瞬間、暴風が吹き荒れ、雷剣ごとその魔力を吹き飛ばした。
「なッ!?」
全力の魔力を宿した技がいとも容易く防がれたことにレイさんは言葉を失っていた。
「勘違いしているようだが、俺は争いに来たわけじゃない」
フェンさんに向けていた槍を肩に担ぎ直して、リンさんは言った。
「退け。ここはあいつの聖域だ。いずれ目を覚ますかもしれん。そうなる前に、前時代の機龍でも掘り起こして仲間と地上へ帰るんだな」
そう言い残すと、脚から暴風が吹き荒れたちまち廃墟の上層から外へと姿を消した。
「リンさんの今の話が、本当なら……」
まだこの地底世界には、今までにない脅威が潜んでいると言うこと!?
「おい、あいつの話は今はいい! フェイの治療を!」
「は、はい!」
私とレイさんでフェンさんを治療していく。
治療が終わる頃には、外は朝焼けに包まれていた。
「地底の朝焼けって、どうなっているのでしょうか」
ぼんやりとした頭で呟いた。
「どうやら、ゆっくり考えている暇もなさそうだぞ」
レイさんが指差す方向にはーー
朝焼けの空が、魔術による蒼い粒子とその爆炎から生じた煙で空を上書きしようとしていた。




