第12章 * 奈落の蓋 *
――効か……。
誰?
――……点があるはずだ!
何が?
いくつもの声がぼんやりと聞こえてくる。
あれ、確か私は……。
直前の記憶が蘇ろうとしていた時だった。
「ふぇ?」
誰かに抱え上げられる感覚が、意識を呼び戻した。
「悪いなフィちゃん、起きたかい?」
バリスさんが緊張感を漂わせながらも、笑顔で聞いてくる。
「お、起きました! 大丈夫です、立てます!」
慌てて、降ろしてもらう。
そのやりとりの最中も背後では、苛烈な戦闘音が響き続けている。
「一体、何があったんですか!?」
状況が飲み込めない、確か移動装置を起動して……。
その後――
「ああ、あの後に移動装置を動かしていた鎖の類が壊れたんだ。フィちゃんの操作はうまくいっていた安心してくれ」
胸を撫で下ろしながら、話の続きを促す。
「緑龍旅団の面々が風の魔術を装置が落ち切る前に発動して、衝撃を逃したんだ」
その時にフィちゃんは気を失ったみたいだけどなと付け足す。
「問題の鎖も、どうやら経年劣化で壊れたわけじゃないみたいだ」
バリスさんが誘導するように辺りを見回す。
「これ、は」
世界が全て赤茶色く錆び付いていた。
正確には、この階層の壁から天井まで全てが酷く錆び付いていた。
「ちょっと! フィが起きたなら加勢しなさいよバリス!!」
奥で鬼気迫るシャルさんの声が聞こえた。
「ば、バリスさん。シャルさんと緑龍旅団さんが今戦っているアレ、は……?」
巨大な鉄の塊が縦横無尽に暴れる風景に声が掠れる。
壁には叩きつけられて絶命した龍種たちが横たわっている。
あれは、この階層の番人なの!?
「わからねぇ。この階層に落ちてきた瞬間、俺たちに反応しやがった。錆び付いた動く鉄の塊としか言えねえ」
少なくとも龍種じゃあねえなと冗談混じりに笑うバリスさん。
視線の先には、緑龍旅団の皆さんと後方で魔術支援を行うシャルさん。
そしてーー
そして、巨大な鋼鉄の半球が縦横無人に暴れていた。
よく見ると半球に見えたのは、幾重もの均等に分かれた鉄の盾たちがドーム型に展開されているためだった。
「一体何なんですか? そ、それよりシャルさんを助けなきゃ!!」
駆ける中、その盾の装甲の一枚が目前に迫り来る。
その直前で、目の前には氷柱がみしみしと音を立てながら鋼鉄の盾を防いでいた。
「フィ、あなたは無闇に突撃するのをやめなさいよ!?」
シャルさんは魔力を集中させているせいか、焦りが感じ取れた。
「うう、申し訳ないです。でも、すぐに行かなきゃって!」
「分かったから! また来るわよ、構えて!!」
視線を鋼鉄の盾の群れに据える。
再び、鉄製の盾が何枚も壁のようにこちらへ伸びてくる。
伸び、てーー?
何かに気付けそうな瞬間、鋼鉄の壁が降り注いでくる。
ふっとそんな風の音が聞こえた。
遅れて、体が揺らぐほどの剛風が背後から押し寄せてきた。
まるで、見えない壁に阻まれたように鋼鉄の盾たちは動きを止めた。
「風の魔術は一つ一つは威力が低いですが、密集させることでこのように強固な盾を作れるのですよ」
ユアンさんが堂々と背後から現れる。
「ユアンさん、ご無事で!」
「ええ、ただこのままでは我々の魔力量が枯渇します」
焦る姿こそ見せないにせよ、内心では苦い表情をしていることが感じ取れた。
「そんな、一体どうすれば……」
鉄壁を前に立ち尽くす。
その間にも魔力は消費されていく。
「団長! 奴の背後に大穴を発見しました! あの鉄塊をそこへ落とせれば!」
闇から再び、風を纏った緑衣の少女が現れた。
その助言に意を決したのかユアンさんが頷く。
「全員、聞いてくれ! 目前の鉄塊を後方の大穴へ押し込め!!」
その号令に共鳴するように、風の魔力を宿しながら、旅団の全員が鋼鉄の番人へ嵐のような魔術をぶつける。
その剛風をも躱して迫りくる鉄の大盾には、シャルさんの氷柱が防ぎ、バリスさんの炎を纏う大剣が焼き切り、ユアンさんの風槍が貫く。
私は?
私には、何もできないの!?
――違う。
考えろ!!
できることが、必ず!!
魔術の応戦を歯噛みしながら見つつも、自らの役割が生まれるその瞬間を感覚を研ぎ澄ませて、じっと待つ。
合わさった魔術の猛攻が鉄塊を大穴へと着実に後退させていく。
――そして、ついに。
「あともう一押しだ!! 魔力を絞り出せ!!」
ユアンさんの叫びが響き、それと同時に突風が鉄塊を大穴へと導く。
「よし! これで突き落とせるぞ!!」
バリスさんが勝利を確信した雄叫びを上げる。
「待って! あいつ甲羅を!」
シャルさんが指差す方向には、鋼鉄の盾を手足のように伸ばし、大穴の縁を掴まるように耐える鉄の亀の姿があった。
「くっ、これ以上は団員の魔力量が……!」
あともう一歩というところで、追い詰めきれないという事実にユアンさんは歯噛みする。
――今だ。
私の中の直感が囁く。
「ユアンさん、私に風の魔力を分けてください!!」
不意の提言に少しの戸惑いを見せたものの、その意図を汲んでくれたのか、風の魔力が私へと集う。
「フィさん、作戦があるようですが、もう魔力に余裕はありません。この一度で決めてください」
言い切る姿は厳しいようで、そこか信頼を置いてくれているような気がした。
「はい、任せてください!!」
言うと、踵を地面に打ち付け、魔力の吸収機構を起動させる。
左足の具足に軽やかな風の魔力が集中していく。
それを感じ取ると、勢いよくその場から鋼鉄の盾の本体を目掛けて駆ける。
盾たちを伸ばしていた鉄の管を迷いなく真っ直ぐに疾走する。
そして、盾が密集していた背部にたどり着く。
そこには装甲が存在せず、ガラ空きの様相となっていた。
その場所を思いっきり踏みつけ、上昇する。
風の魔力が宿った足は軽々とこの階層の天井付近まで私を連れて行った。
「いい加減に」
発した言葉と同時に、体が重力に従い垂直に落ちていく。
重力による加速と風の魔力が合わさり、隕石のような威力が左足に宿る。
「堕ちてください!!!」
それは、クレーターを思わせる跡を盾たちの本体の背部に刻み込んだ。
咆哮のような軋みを上げ、盾の塊は先の見えない大穴の深部へと沈んでいった。
奈落の底を思わせる大穴の深部で爆発したのか、淡い橙色の閃光と重い衝撃音が響き渡ってきた。
「よっ、と」
再び風の魔力を宿した具足を軸に跳び、みんなの前に戻ってきた。
ポンと肩を叩かれる。
「やったな、フィちゃん!」
バリスさんが疲れを感じさせない笑顔で言う。
「さすがは私のフィね」
シャルさんも褒めてくれました!
「ありがとう。あのままでは我々の魔力も枯渇していました」
ユアンさんと旅団の皆さんも安堵の表情を浮かべています!
「い、いえ! 私も無我夢中に動いただけですから!」
それに。
それに、ここを越えなければ彼には一生会えないと思ったから。
それが一番私を動かしていた気持ちだった。
大きく息を吸う。
「さぁ、クレイドル探索を再開しましょう!!」
声高に宣言した、次の瞬間だった。
世界が
斜めに
傾き始めた。
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