第9章 * 前方の龍、後方の紅蓮 *
「この通路、爆破しませんか!?」
2人が動きを止める。
その間にも後方では、幾重もの華が凍りついたような美しい氷壁が、軋みを上げている。
龍種と白骨の剣士との戦闘の余波を浴び続けているためだ。
「フィ、あなた何言っているか分かってる?!」
「フィちゃん、流石にそれは……」
シャルさんもバリスさんも困惑顔で返答する。
「無茶は承知です! けれど今のままじゃ、前と後ろから挟み撃ちの可能性もあります! シャルさんの氷壁がまだ壊れていないうちに!!」
それにと私は続ける。
「トライも同じことを考えて動くと思うんです!」
2人はあの無茶を押し通し続けた彼を思い出したように、静かに、そして強く頷いた。
「確かにあいつなら、やるだろうな!」
「ええ、でしょうね。あいつがいなくてもこれくらいの無茶、やってやろうじゃない!」
私も2人を見て、強く頷いた。
「さぁて、発破なら任せな!」
バリスさんが懐の短刀をいくつか取り出す。
「武器庫に時限式の炎の魔術刻印を仕込む。合図をもらえればそこで発火できるぜ!」
流石バリスさん、頼もしい!
「私は後方の通路に、氷の刺を展開していくわ。これで多少は時間が稼げるでしょ?」
シャルさん、輝いてます!
「なら、私は前方をお任せあれ!!」
ぎゅっと籠手を握り、結晶に籠った魔力を解き放っていく。
後方で氷の棘をシャルさんが展開し、武器庫にバリスさんは魔術刻印の短刀を投げ放っていく。
――そして、私は。
「お出ましですね!!」
黒牙を剥き出しにした龍が敵意に燃えた瞳でこちらを睨みつける。
「先手!」
私は思いっきり踏み込み、黒牙の懐へ突っ込む。
黒牙も負けじと、複数の刃の尾を鞭のようにしならせ、こちらへ斬り放つ。
全ての尾を紙一重で躱し、黒牙の顎目掛けて拳を振り上げる。
その拳は屈強な顎を打ち砕く、はずだった。
こちらを向いた口が開き、鋭い牙が輝く闇の奥に研ぎ澄まされた剣を見た。
瞬間、その剣は私の眉間目掛けて突き出された。
「ッ!!」
それを炎を纏った籠手で弾きながら、空中へ向けて飛翔する。
刃の焦げ付く匂いを振り払い、三日月のような軌道を描きながら、氷を纏った具足が黒牙の顎を的確に捉えた。
直撃した箇所から凍りつき、黒牙はその動きを永遠に止めた。
「必勝、です!」
態勢を整え、再び下層へ向けて走り出す。
はるか後ろの氷壁についにひびが割れ始めた。
「まずいわ、もう保たない!」
シャルさんが焦った表情で叫ぶ。
「大丈夫です! 階段が見えてきました!」
前方に更なる深淵へ誘い込むように下へ続く階段が見えた。
「こっちはいつでも点火できるぜ!」
バリスさんがこっちを見て叫ぶ。
直後、重なった華のような氷壁が砕けて、氷の花弁が空中に散らばる。
白骨の剣士では無く、そこにいたのは手負いの黒牙龍の群れだった。
GYUUUUUOAAAAAAAAAAAA!!!!!!
一斉に雄叫びを上げ、こちらへ猛然と迫り来る。
まだ、階段まで距離がある……!
前方に見えているのに!
関係ないとばかりに、黒牙の龍の足音が徐々にこちらへと追いついてくるのがわかった。
「バリスさん!」
「なんだ!?」
走りながらも息を整え、決意を込めて叫ぶ。
「点火してください!!」
「今か!?」
まだこの階層の道半ば。
このまま、起爆すれば爆炎にあの黒牙の群れと共に飲み込まれるのは明白だった。
「今だったら、シャルさんが展開してくれた氷の棘で時間が稼げます! その間にあの階段へ滑り込みます!!」
バリスさんは一瞬、判断に迷ったようだったが、すぐに前を向いて答えた。
「あぁ、いいぜ! その作戦乗った!」
「作戦って言えるのかしら……」
シャルさんは走りながら、ため息を吐く。
「フィ、爆発に巻き込まれたらタダじゃおかないからね?」
シャルさんはそう言いながらも、信じていると言ったように静かに笑った。
「ええ、任せてください! バリスさん点火を! 私についてきてください!!」
一層、足を強く踏み込み前方の更なる深淵の入り口へ自ら突き進む。
バリスさんが短く詠唱すると、背後の一番離れた武器庫から火が吹き上げた。
その爆炎に横から炙られる形で黒牙の龍はたじろいでいる。
しかし、何頭かはまだこちらへ追いつこうと追走してくる。
再び爆炎が、今度は複数の武器庫から吹き上げるように通路を覆い尽くしていく。
「追手の心配はもう無さそうだが、予想以上に誘爆してるぞ! 間に合うか!?」
バリスさんが後ろの様子を見ながら叫ぶ。
「みなさん早く、この扉へ!!」
私は叫ぶと一気に階段を駆け下り、下層への鉄製の扉を蹴り開ける。
シャルさん、バリスさんが滑り込む。
「バリスさん、今です!!」
扉を力一杯閉めて、合図を送る。
「任せろ!!」
バリスさんが全ての短刀の起爆詠唱を始めると、扉の奥からは今までもよりも更に重い爆発音が鳴り響いてきた。
なんだか、ヒジョーに不味いような……。
「シャ、シャルさん! 扉の前に氷壁を展開できますか!?」
「え、ええ!」
シャルさんが素早く詠唱を終えると鉄扉の前に厚い氷壁が生成される。
――直後。
鉄の扉がひしゃげ、火を吹く。
その熱と衝撃を受けきり、氷は砕けた。
残ったその場所には、鉄屑とキラキラと飛び散った氷の破片だけだった。
上層への階段はまたしても、使い物にならなくなってしまった。
えーと……。
「やりすぎましたね!」
「ああ、そうだな」
「ええ、完璧にね」
お二人は共に頭を抱えて呟くように細く言葉を口にした。
うーん、なんだかお二人とも似てきた気がしますね!
――そこでふと、気付く。
背中に受ける光の感触を。
すぐさま、後ろへと振り返る。
そこには、極彩色に彩られた太古の街が妖しく輝いていた。
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