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クレイドル〜忘れられし天使の都〜  作者: アルス
第2部 クレイドル〜地底に眠りし龍の楽園〜
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第7章 * 紅く咲く花 *

暗闇に照らし出されたのは、夥しい血肉の装飾を施された通路だった。


「うっ……!」


胃からこみ上げてきた物をその場で吐き出してしまう。


「フィ!!」


シャルさんが屈んでさすってくれる。


あまりにも。


あまりにも、甘かった。


初めて国を出て、開放的な景色を見た私は一瞬とはいえ勘違いをしていたのだ。

この旅路は、そんな生温いものではなく。


この景色のように、冷たい鋼鉄の壁と紅い血肉に彩られたものだったのだ。


今更ながら、そのことに気付く。


「だ、大丈夫です。動けますから」


ふらふらした体勢でどうにか身体を起こす。


「待て、何か来るぞ!」


バリスさんがしゃがむように合図する。


整えかけた思考は、しゃがむと同時に再び眼前に広がる紅い海により乱される。


結晶のネックレスを服の中にしまい、明かりを断つ。


通路は来た時と同じように、静謐な暗闇が訪れる。


旧時代の照明なのか、通路の奥には暗闇の中ぼんやりと光を放っている場所がある。

そこから、鉄製の通路を削るような複数の音が迫る。


押さえていた息が自然と荒くなっていく。


削るように響いていた足音が不意に止まったことに気づいた。


大丈夫……!


大丈夫、私たちには気付いていな



クチャ


ベリ、ギャリ


ガリ、グチャ、ギチャリ



思考を遮る咀嚼音を響かせ、ソレは満足したと言った風に吐息を漏らし、再び別の通路の奥へと鉄を削る音を響かせながら、姿を消した。


張り詰めていた息を解放するように吐き出す。


「何だったんですか? 今のは……」


私は息を整え、小声で呟く。


「わからねぇ。小型みたいだが、地表で出会した龍種と同類かもしれねえ」


バリスさんが冷静に分析する。


「ここは、なるべく鉢合わせない様に隠密行動を取りましょう」


シャルさんの提案に頷く。


暗い錆びた鉄壁で囲われた通路を最小限の灯りで照らしながら進む。


足元には、紅く滴る絨毯が延々と続いている。


ナニカが争った跡なのか、金属でできた壁が紙のように何箇所も引き裂かれていた。


「はぁはぁ……」


息を整えろ。


落ち着け。


このままじゃ、いざって時に動けないぞ、私!!


紅く染まる思考を落ち着かせるため、もう一度深呼吸をする。


無意識に腕に巻いた黒のバンダナを力いっぱい握る。

それは暗闇に溶けるように、しかし確かにそこにある。


そこでふと、最後に見たトライの表情が脳裏を過ぎる。


寂しげに、こちらへ微笑んだ彼の横顔を。


「ふぅ……」


もう、大丈夫。


いくつにも枝分かれした道でも、最後には真っ直ぐに彼へと繋がっていと信じ、再び力強く歩を進めていく。


「……大丈夫そうね」


シャルさんが優しい笑顔で声をかけてくれる。


「ええ、もう大丈夫です!」


「まだ静かにしたほうがいい。俺が先行するから、ついて来てくれ」


バリスさんが低い声で言う。


「分かりました」


私も頭が冷えて冷静になる。


警戒しながら、足場が不安定な赤い絨毯の上を踏み進めていく。


――地上への扉は壊れてしまった。もう出口はないのだろうか?


首をブンブンと降り、しっかり前を見据える。


何度も弱気になるな!

確証はないけれど、なくてもなんとかする!

それに、それにまだトライと再会できてないじゃない!


自分の弱さを抑え、再び赤く濡れた通路を真っ直ぐ進む。


通路の角のに到達したバリスさんが覗き込むように先を見る。


バリスさんの後ろからでも、先の通路からわずかに溢れる光が見える。


バリスさんがサインを送ってくる。

光が漏れ出している通路は、安全なようだ。


その通路は、どういった仕組みかわからないが、眩いばかりの純白の明かりが天井に連なっていた。


雷か火の魔素をため込んだものでしょうか?


それとも《ウォール》の中に広がっていた旧文明の仕組みによるものなのでしょうか?


思考しながらも、前を見据える。


先に続く通路は、その明かりと同じように壁も一面の純白だった。


どこか寒ささえ感じるような造りだ。


警戒しながら通路を進んでいくと、いくつか部屋があった。


中を覗くと旧時代の武器だと思わしものが散乱していた。

シンプルな短剣の様な物もあれば、鋼鉄の盾らしきものもあった。

しかし、一番多かったのは、何かを射出するような武器だった。


ザガ国に行った時、研究室で見せてもらった太古の武器に似てますね……。


それらは、何か非常事態が起きた後のような散らかりぶりだった。

武器自体は錆びつき、もう動作はしないみたいだった。


「一体、ここにどれだけの人がいたのでしょうか?」


火薬の匂いのする果物のような球体を手で回しながら、呟く。

この丸いの少し可愛いですね。

……持って行こうかな。


「フィ! さっさと行くわよ?」


「ひゃ、ひゃい!」


危うく落としそうになった球体のそれを元の場所に戻して、すぐにその部屋を後にした。


この施設がとてつもない広さだと認識するのには、時間はかからなかった。


無数の通路と部屋が並んでいた。

そのどれもが旧時代の武器庫のようで、この階層から何かを迎え撃っていたようだ。

その何かが攻めてきたのが地上からだったのか、地底からだったのかはまだ分からないが。


先行していたバリスさんが通路の角で立ち止まり、すぐにしゃがんで再びサインを送ってくる。


バリスさんが指で指し示した通路の手前には、赤い滴が誘うように先へと続いている。


バリスさんがゆっくりと大剣を構える。


私も籠手を強く握りしめ、臨戦態勢を取る。


シャルさんの杖には既に冷気が漂い始めていた。


ざり、と。


過敏になった聴覚には、その金属を引きずるような音が嫌に響いた。


バリスさんがその音を確認するため、角から覗き込んだ時だった。


「ッ!!」


声にならない怒声を発し、バリスさんが突風のように突如駆け出した。


「バリス!!」


「バリスさん!?」


シャルさんと私もすぐに光が差し込む通路へ身を滑り込ませる。


――その純白の世界に、一輪の紅い花が咲いていた。


白い壁にもたれ掛かるように倒れている人。


その胸に深々と刺さった紅に染まる純白の大剣。


引き抜くは、髑髏を模したような白の鎧に身を包む人だった。


――本当にヒト、なの?


そうとは思えないような、ただただ動く冷徹なナニカにしかそれは見えなかった。


「ふざけやがってえええええ!!!」


怒りに震えるバリスさんの剣が黒錆の剣とぶつかり合う。


冷気を感じるような通路は、たちまち戦場の熱を纏う空間へと激変していた。


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