第6章 * 開幕の狼煙 *
無数の人が降り始めた雨のように、遥か頭上の大龍骨から零れ落ちて来る。
再起動した思考が無慈悲な現実に再び止まりかける。
「ッ! シャル!!」
バリスさんが吠えるようにシャルさんの名前を叫ぶ。
「分かってるわよッ!!」
シャルさんが首元のネックレスに繋がれた氷魔石に手を添える。
「氷の魔素よ、集結せよ!!」
シャルさんが叫ぶと、空気中に氷の鏡のようなものが曲線を描きながら、いくつも出現し始める。
重く鈍い音を立てながらも、氷の鏡は落ちて来た人たちの衝撃を空中で逃がす。
「フィちゃん! 俺は遠くの人を受け止める! 近くの人は頼めるか!?」
バリスさんが焦りを理性で抑えながら聞いてくる。
――私は、トライと再会するためにここまで来た。
そうだ、そうだけど!!
目の前の人たちを助けられないんじゃ、そんなのは叶わない!!
「任せてください!!」
バリスさんはニッと笑い、身体強化の魔術を脚に施し、土を抉りながら駆けた。
「私も!!」
滑り込み、近くの氷の曲面を滑り落ちて来た人を受け止める。
「うぅ……」
か細くも息をしていて、ほっとする。
「大丈夫ですからね、少し待っててください!」
遠くのバリスさんの救助の様子からも、全員息はありそうだった。
けれど、この頭上の大龍骨で一体何が?
駆けながら、助けながら、冷静に思考する。
――だめだ、分からない。せめて今は、目の前に集中する!
全員を受け止めきり、様子を見る。
推測通り、全員息をしており致命傷を負ってはいなかった。
しかし、背に裂傷が刻まれており、不意打による傷だと思われた。
「はぁはぁ……」
3人で息を切らしながら、落下して来た人たちの一命が確かに無事なことを確認し終えた。
「全員、まだ話せるような状況じゃねぇな」
バリスさんが息を整えながら、地面に横たわる人たちを見る。
「そうね、見る限りジール国の魔術師なのは確か。そして、全員が背後から恐らく風の魔術で襲撃されている」
落ちて来た人たちは全員が黒衣を纏っており、その黒衣にはジール国の紋章が刻まれていた。
しっかりした作りのものだったのだろうが、今では背の傷と同じように切り裂かれてしまっている。
――あれ?
思考の最中、一瞬、白い影が視界の端に見えた。
その方向を見て、叫ぶ。
「お二人とも! 《クレイドル》の入り口が!!」
魔術によって秘匿されていたクレイドルの入り口がその姿を露わにしていた。
先ほどの白い影はクレイドルの入り口へ溶けるように消えていった。
今のは一体……!?
考える時間も与えられないまま、更に状況は激変していく。
「おいおい、またか!?」
バリスさんが焦りと苦さのある表情をする。
「クレイドルへの入り口が閉じていく!?」
クレイドルへの入り口である石造りの小屋自体が倒壊し、剥き出しになった階段部分が地面に侵食され、地中へと閉じていく。
「なんで毎回こうなっちまうかな! シャル、フィ!!」
「分かってる!! 行くわよ、フィ!」
辺りを見回すと、王宮の方角から衛兵の方々が駆けつけてきていた。
ここの方々は衛兵の人たちに任せても大丈夫、ですよね!?
不安と心配を振り切り、深く息を吸い、叫ぶ。
「行きましょう!!」
3人で地面が閉じる前に階段部分へ滑り込む。
しかし背後では、地面が松明の明かりを飲み込みながら、階段下まで侵食しようと迫りくる。
「あの扉だ!!」
バリスさんがクレイドルの入り口である鉄の扉を目指して駆ける。
シャルさん、そして私の順番で狭い階段を駆け下りる。
バリスさんが鉄の扉を蹴り開けて叫ぶ。
「早くしろ! 後ろから迫ってきてるぞ!!」
後ろから、地面が閉じていく圧迫感が迫りくる。
シャルさんが扉の中に滑り込むのを見る。
あと、少し!!
「手を出せ!!」
バリスさんの手を掴み、扉の中に引っ張り込んでもらう。
――!
えっ?
一瞬、何か後ろから聞こえた気がした。
バリスさんは私とシャルさんが入ったのを確認して、叩きつけるように激しい音を立てながらその扉を閉めた。
「……どうやら、内側までは来れないみたいね」
シャルさんが息を切らしながら言う。
「はぁはぁ、バリスさん、その扉はもう使えないんですか?」
乱れた息を整えながら、聞く。
幻聴かもしれないが、どうしてもさっきの声が気にかかり、聞いてみる。
「ああ、いくら押してみてもびくともしねえな」
すでに息を整えたバリスさんが扉を押し開けようとしても、確かにそれはびくともしなかった。
仮に開いても、その先がどうなっているかはあまり想像したくないけどな、とバリスさんは続けた。
「それよりも、ここ暗すぎない?」
わずかな蒼い明かりを杖に灯しながらシャルさんが聞いてくる。
確かに、必死で気付かなかったがここはひたすらに暗闇に覆われていた。
「確かにこの辺に照明はないみたいですね。それに、何か……」
鉄の匂いが充満しているように感じた。
閉ざされた感覚の中で、嗅覚だけが研ぎ澄まされていた。
「シャル、その灯りは強くできるか?」
灯り用の魔道具の類も地上に置いてきちまったからなと続けながら、バリスさんがシャルさんに確認する。
「できなくはないけれど、こういった単純そうな魔術ほど魔力を消費するのよね。溜めていた魔石の魔力も消費してしまったし。でも仕方無いわよね、待ってて、今から詠唱を……」
シャルさんが詠唱を始めようとしたところで、割り込む。
「それなら! お二人ともこれをどうぞ!」
私は鞄から結晶付きの簡素なネックレスを取り出した。
ぽうと弱く光るそれを2人へ渡す。
「だんだんと明かりが強くなりますからね!」
「フィ、あなたほんと器用ね……」
ふふん!
レイスタルクランの方から吸収結晶を多めに頂いて、自作したのです!
光を吸収し、留めておくことができる優れものです!
「これでも鍛冶屋の娘ですからね! あともう少しで周辺を照らして、くれます、よ……?」
自信満々に言おうとした時だった。
照らされゆくその光景は、心臓を強く叩き、吐き気を催すには十分すぎるものだった。
恐らく生き物だったナニカ。
人外のものと思われる歪に散らばった部位。
そして、奇妙な黒い骨のようなものが装飾となり、通路に真紅の絨毯を広げていた。
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