第5章 * 楽園への入り口 *
クレイドル《ローク》。
このシーラ大陸に属するジール国の領土で見つかったクレイドル。
今までもこのシーラ大陸各所にクレイドルの入り口と思われる遺構や魔力痕跡が発見されていた。
しかし、その全てがすでに封鎖されていたのである。遺構自体が崩れ去っていたり、魔力痕跡のある場所を掘り進めても何も発見はできなかったそうだ。
――転機が訪れたのは、あの日。
カルメリア大陸で発見された出入りができる唯一のクレイドル《ウォール》。
その中で各国から集められたクランが探索を進めていた中で起きた大規模な魔力爆発。
現在では《天使が堕ちた日》と名付けられた出来事が発端で、世界中のクレイドルの魔力痕跡が活発化し、頻繁に発見されるようになった。
ここ《ローク》もその一つであり、ついにシーラ大陸内で初めてクレイドルへの入り口を発見できたのだ。
「って、そんな大層な過程で発見された入り口がこれとはねえ」
シャルさんが事前に調べられていた調査書とクレイドル《ローク》への入り口を見比べてため息混じりに呟く。
その入り口は小屋程の大きさで、そこから地下へ繋がる階段は人が2人並んだらそれ以上は誰も入れないような狭さだった。
地下深く続く階段の先には、松明に照らされた無骨な鉄の扉が1枚静かにそこにあるだけだった。
「フィちゃん、扉にはまだ近づくなよ? まだその扉の先から生還した奴はいないらしいからな」
入り口近くまで来た私にバリスさんは釘を刺した。
この《ローク》ではまだ、誰も帰還してこないとのことだった。
扉一枚隔ているだけだと思ったけれど、その繋がっている先が毎回全く別の場所になっているのではと言う話だった。
「分かってますよ! 入念に準備してから、ですよね?」
バリスさんは分かってるなと笑ってくれた。
「それにしても……」
それにしても、入り口が《ウォール》と大違い地味だったの衝撃的だったけど、その場所自体も衝撃的だった。
《ウォール》も正式なクラン以外の無闇な侵入を防ぐために、偽の大扉を地表に作っていた。
《ローク》は小規模であり、場所の隠蔽は容易と思えたが、発見された場所が大問題だった。
ジール国内、しかもその中央に位置する巨大な草原を残したままの広場に、その入り口は発見されたからだ。
いくら貴重な《クレイドル》の入り口とはいえ、自国の中央で発見されたため、非常に扱いに困ったらしい。
クレイドルの影響は何が起きるかはまだ明確に判明されていない。
《ウォール》の場合は多様な魔獣が壁周辺から湧いてくる有様だった。
今のところは入り口から龍のような鳴き声が聞こえるだけで実害は発生していないとのことだった。
しかし、その音で《クレイドル》の場所が国民にバレても面倒だということになる。
そのため、ジール国内の風の魔術師を集め、空気の壁を作り、そこの内外の音と風景を遮断するという高等術式の構築作戦に出た。
見事にその術式は完成し、防音を成し得た。
何やら、シーラ大陸に伝わる太古の魔術を小規模ながら、蘇らせたらしい。
なので、この広場がある区画の様々な場所には風の魔術師たちが隠れながら日々、空気の魔術壁を作り上げていると言った状態らしい。
事前にみっちり、シャルさんに教え込まれました……。
けれど、この辺りって全く建物とかないですけど、魔術師さんたちは一体どこに隠れているのでしょう?
んー、と悩んでいるとバリスさんの声が聞こえてきた。
「事前にリンネ国王から魔術壁の情報は頂いていたが、実際に見るとすげぇな……」
バリスさんは《クレイドル》の入り口から目を離し、そこ以外の風景を見ていた。
「確かに、これは圧巻ですね……」
広場の中央に秘匿された空間の内部は、その周囲を引き延ばしたように延々と風景が続いていた。まるで、青空の大草原にポツリと《クレイドル》の入り口である石小屋のみが建っているような状態だった。
「これは、風の魔術だけでなく太古の魔術に類似した技術も織り交ぜられてるわね」
シャルさんが瞳に魔力を集中させ、魔素による魔術構成を分析していた。
「シャルさんでもこの術式は初めて見るんですか?」
シャルさんは魔術もさることながら、知識も人一倍あるのです!
「そうね。カルメリア大陸に伝わる魔術系統は一通り頭に収めたけれど、これはシーラ大陸独自のもので、私にもまだ全容が分からないわ」
シャルさんは冷静に自分の知識と比べた意見を教えてくれた。
「はー! まだまだこの世界は知らないことが山盛りですね!」
お爺様とお婆様と一緒に暮らしてる時は、鍛冶屋の事くらいしか分からなかったけど。
あ、後は小さい子のあやし方も覚えたなあ。
アル、ラル、リルのことを思い出す。
三人とも元気かな?
泣き虫だから、泣いてなければいいけど……。
頭をふるふると振り、思考を切り替える。
それにしても、世界は本当に色んな事だらけだ!
カルメリア大陸を出て、本当にそう思えた。
「そろそろ、行くぜ?」
バリスさんが魔術壁の方を指差しながら、外へ出る素振りを見せる。
「そうね。今回の突入は準備を入念にしてからにしたいわね」
シャルさんは前回のクレイドル突入を思い出して、苦い表情になっていた。
バリスさんもつられて苦笑いをしています。
一体どんな突入だったんでしょうか?
「置いていくぞー?」
バリスさんとシャルさんが魔術壁へすでに体半分出ていました。
「待ってください!」
私も後を追って魔術壁を抜ける。
魔術壁には感触が無く、するりと元の広場へ戻る。
振り返ると違和感なく、広場の風景が広がっていた。
完全にクレイドルへの入り口は秘匿されていた。
「すごい、魔術ってこんなこともできるんですね!」
純粋に魔術の用途の幅広さに感動する。
「それじゃ、ジール国王との謁見に行きましょうか?」
「ええ、行きましょう!」
私たち3人は《クレイドル》への入り口を後にし、王宮へ向かった。
その背に地底からの龍の呼び声を受けていることに気付かずに。
*****
ジール国の宮殿にて。
「ふわぁ、綺麗ですね!」
見上げた宮殿の門は鮮烈な赤色で染め上げられ、見る者を圧倒させる。
「あぁ、こりゃあ立派だなあ!」
バリスさんも感銘を受けているようです!
「あんたたち、観光に来てるわけじゃないでしょ? さっさと行くわよ?」
「シャルさーん、待ってください!」
早足に宮殿の入り口へ向かうシャルさん。
その手にはちらりと先ほどのバザールでの可愛い龍の形のアクセサリーがあるように見えました。
……見間違いでしょうか?
私たちは、荘厳な龍種のような装飾が施された宮殿の中へと入りました。
*****
ジール国王との謁見は、あっけなく終わってしまった。
《クレイドル》が急遽出現したために、各国に先じて情報を得るために正式な探索クランから傭兵稼業の者まで戦力になりそうな者は全て《クレイドル》へ投入するつもりのようでした。
リンネ国で行われた大々的な探索式は無く、現状のジール国では形だけの《クレイドル》への探索許可が行われる場でしかなくなっていたのです。
「まさか、形式だけでこんなすぐに終わるとはね」
シャルさんが呆れながら、呟く。
「まぁ、仕方ねえ。今まで魔素の痕跡を辿っても見つけられなかった《クレイドル》が急に出現しちまったんだからな」
バリスさんも落胆しながらも答える。
「まあまあ、余った時間で探索への最終準備もやってしまいましょう!」
2人はぽかんとしながら私を見た。
はえ?
私何か変なこと言っちゃいましたか?
「ふふ、フィの言う通りね」
「だな、残された時間は有効に使わないとな?」
どうやら、2人を元気付けられたようです!
結果オーライ!
ジール国の城門近くが宿屋街になっているため、到着した場所へ戻ってきた。
「あれ、ユアンさんたちいなくなっちゃいましたね?」
聖霊馬のみが厩舎に繋がれており、緑龍騎士団の姿は忽然と消えていた。
「あぁ、その旅団とは関係ないだろうが派手な聖霊馬が繋がれてるな……」
金色の鬣を風に揺らしながら、ぶるると鼻を鳴らす聖霊馬が3頭繋がれていた。
「これは、間違いないわね。あの3人ね」
シャルさんもその眩しさに目を細めながら言った。
「毛並みが整いすぎて、光ってますよ……!」
何となく、いつもどんな登場をしているかイメージできてしまいました!
3人で辺りを見回している時だった。
一瞬、大気全体が一方向に引っ張られるような感覚を覚える。
――その瞬間。
轟音が響き、焦げ臭い風が突き抜けてくる。
「な、何っ!?」
私は慌てて周りを見る。
シャルさんとバリスさんは私より落ち着いて、大剣と杖をすでに構えていた。
「おい、今のはあれじゃないか?!」
バリスさんが何かを発見したように、上空を指差した。
その指先には、黒煙が立ち込めていた。
「あそこって……!」
シャルさんが何かを理解した表情で、私にもその方向に何があったかを思い出す。
「あの方向は、クレイドルの入り口!?」
私たちは黒煙が立ち昇る方向を目指し、バザールの中を駆け抜けた。
*****
「なっ、何が!?」
広場はその美しい緑を燃え上がる紅蓮の炎で染められていた。
駆けつけて来たのであろう黒い鎧を纏った衛兵たちが、呻きながら倒れている。
近くに倒れていた衛兵の方に駆け寄る。
「一体何が、いえ、それよりもお体は大丈夫ですか!?」
息も絶え絶えに口を開いた。
口よりも瞳が先に、何かを必死に告げようと見開かれる。
「上、だ……っ!」
絞り出された言葉は、緑に覆われた大龍骨の方向を指していた。
「う、え?」
私たち3人は頭上を仰ぐように視線を向けた。
――人だ。
人が
たくさんの人が
落ち、てーー
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