第2章 * 岩石龍の香草焼き、月と太陽を添えて *
「ふぅ、今夜はここで野宿ね」
シャルさんが一息ついて、荷物を下ろし夜営の準備を始める。
「そうだな。岩石龍の肉は外殻と違ってうまそうだぞ? 今夜の晩飯にしよう!」
野営の準備が完了した頃には、空には星々と月、蒼い太陽が変わらず輝いていた。
「美味しい!」
お皿には香ばしい匂いの焼き上がった岩石龍のお肉と、それを包むように香草が彩られている。
岩石龍から取れた肉は、無骨な外見とは裏腹にとても柔らかく美味しいものでした!
バリスさんがリンネ国から持ってきていた香草がお肉の味をさらに引き立てています。
むむ、やりますね! バリスさん!
「うーん、バリスは本当料理上手ね! 料理人になればいいんじゃない?」
「おいおい、俺の剣捌きは料理のために鍛えたわけじゃあないんだがな……」
シャルさんがバリスさんを揶揄うと、彼はやれやれと言った風に頭を掻いた。
「しかし、ここ最近は魔物が出ていない場所って聞いてたんだがな」
バリスさんは岩龍との戦闘を思い出し、疑問を浮かべていた。
「そうね。よりにもよって、龍種の個体。アイツを思い出すわ」
シャルさんは苦い表情を浮かべる。
恐らく、アイツとはあの灼熱の憎悪を纏ったあの龍を思い返していたのでしょう。
私の記憶にもまだ、鮮明に恐怖を刻み込んで離さずにいた。
場が静まり返りそうになったので、慌てて話す。
沈黙は、苦手です。
「龍ってことは、やっぱりこの大陸の伝承が本当だったと言うことでしょうか?」
無数の龍骨の上に築かれたと言われるシーラ大陸。
かつては龍と旧人類が共にこの大陸にいたとという説もある。
未だにこの大陸に残る遺構群は、微かな魔力反応を示しており、その数も膨大らしい。
巨大な地下の国から魔力が漏れ出しているとか、巨大な龍の血管が魔力を発しているとか様々な研究と説が歴史の中で積み重なってきたそうだ。
シャルさんからの受け売りを思い出していく。
「さあな。俺はあまり信じちゃいなかったが、もしかしたら《クレイドル》の影響でその生き残りが起きたのかもな」
「すごい長生きなのかもですね!」
バリスさんに笑われました。
変なこと言いましたか?
「そういえば、ちゃんと訓練通りに起動できてたわね? その装備」
「あ! そうです、ちゃんと動作したんです! 《結晶籠手》と《結晶具足》!」
私は自慢げに籠手と具足を見せつけた。
ザガクランのマスターさんに籠手と具足の使い方を学び、リィンクランのシャズさんに体術を教わり、レイスタルクランの三姉妹さんには結晶の使い方と結晶学を叩き込まれて完成させた私の武装。
そして、それらを使いこなせるまで訓練を積んだ日々。
うぅ、皆さん厳しかったなぁ……。
おかげで今旅ができているんですけどね。
「使いこなせてたみたいだけど、私たちの魔力があってこそでしょ?」
「はい!! この装備は誰かの魔力なしには起動できないですからね!」
即答するとシャルさんはうっとたじろいでいた。
シャルさん、可愛いです!
「私には魔力を操る才能はないです。だからこそ、お2人を頼りにしてます!」
私には魔力がない。
この世界には蒼魔子と呼ばれる粒子が漂っているとシャルさんから習った。
その魔素は元々はこの世界に存在していなかったらしい。シャルさん曰く、突然歴史の間から湧いて出たようだと言っていた。何が原因かはまだ解明されていないらしい。
その魔素に対して耐性を得たのが私たち人間。
その中からさらに、空気中に漂う魔素を操ることができるのが魔術師。
あるものは剣に炎を纏わせ、ある者は空中に氷柱を造り上げたりなどだ。
普通の人は、その魔術の形を視認するので精一杯というのが通説です。
ふと夜風が頬をくすぐった。
「はぁー、それにしても野営で見る夜空はいつもより一層綺麗ですねえ」
夜風に吹かれた私は空を眺めて、感嘆のため息をついた。
リンネ国で見る夜空は街の明かりと混じり合い、中々星が分かりにくい時があった。
この平原にある光源は、焚き火と空に散らばる天体だけだ。
特に月の白色の輝きと太陽の蒼い輝きが眩かった。
町に住んでいるだけでは見れなかった景色だ。
「そうねえ。そうだ、フィは知ってる?」
シャルさんが微笑みながら聞いてくる。
彼女は魔術だけでなく、とても豊富な知識を持っている。
私の知らないことをたくさん教えてくれます!
「何ですか? 何ですか?」
私がワクワクして聞くと、彼女は得意そうな笑みを浮かべて話してくれた。
「この夜空に青く燃える太陽があるでしょ? 昔はもう一つの赤い太陽だけだったらしいわよ?」
「えぇ!? そうなんですか?」
期待通りのリアクションを得たと言った風に、得意げにシャルさんは続ける。
「本当にむかーしの話らしいけど、歴史の途中であの蒼い太陽は突如、空に出現したって書物に書いてあったわ。魔素と同じね」
いつ頃に出現したかまでは、まだ調査中ね。
そう、シャルさんは続けた。
「ふぇー、あの太陽は当たり前に存在してるものだと思ってました!」
私は遠く昔の歴史に想いを馳せました。
「まぁ、何にしろいずれは朽ちて興っての繰り返しだろうな。この平原に散らばる旧文明の遺構にしろ、あの『ウォール』にしろ、そうだったんだろう」
バリスさんも思うところがあるらしく、遠くを見つめて何かを考えているようだった。
『ウォール』。
カルメリア大陸で発見された旧文明の遺跡である『クレイドル』の1つ。
バリスさんとシャルさんが生還し、そしてーー
――トライが消息を絶った地だ。
私が鎧の男デルタに拐われ、トライが助けに来てくれたんだ。
けれど、その代わりにトライは私、いや私だけでなくリンネ国の皆の命を救い、消息を絶った。
けれど、1月前にこのシーラ大陸で隻腕赤髪の少年を見たという情報が広まった。
そして、10日前に唐突にこのシーラ大陸で確認されていた『クレイドル』の入り口が開いたと言う。
今までどんな手段を用いても開かなかった扉が開いたのだ。
さらに、近い場所でトライと酷似した情報の少年がまたもや確認されたという。
私たちは準備を整え、この大陸へと駆けた。
そして今、この月夜を眺めている。
「それにしても、改めてよく私がクランに選ばれましたよね!」
正直、かなり強引に頼み込んだところがあるのですが。
「まぁな。あれだけ頼まれたらって訳でもないけど、トライとの繋がりがある人間が選出されるのは自然なんじゃないか?」
バリスさんが率直に言う。
――そうだ。
今回は、クレイドルの探索だけでなくトライを追うことも重要な使命として言い渡されている。
それは街を救った英雄として迎えるのか、それとも過去の大罪を犯した者への罰を受けさせるためか。
――いや、そんなことはどうでもいいんだ。
私が彼ともう一度、会いたいんだ。
――ただ、会って彼の無事を確かめたい。
それが叶うなら、誰を敵に回してもーー
「それに、フィだってちゃんと鍛えてたものね! 私は知ってるわよ?」
シャルさんの声で急に現実に引き戻された。
「そ、そうです! お2人を引っ張っていく勢いで行きますよー!」
また無茶するなよとバリスさんは笑いながら言った。
私も笑いながら、再び夜空へと視線を移した。
腕に巻いた黒いバンダナを反対側の手で強く握りしめる。
「……待っててね、トライ」
決意が声として、空気を震わす。
その声は、銀色の月と蒼い太陽に静かに溶けていった。




