第1章 * あなたのいる場所へ *
あなたを迎えに
駆ける。
一面の緑が埋め尽くす大平原を颯爽と駆ける3頭の聖霊馬がいた。
鬣と複数の尻尾を風にたなびかせ、疾走する。
私はその3頭の中で先頭に立ち、ある場所を真っ直ぐに目指す。
「おいおい、飛ばし過ぎじゃないか?」
歴戦の猛者を思わせる使い慣れた鎧を着た屈強な剣士、バリス=ズワルトさんが言う。
短く切った黒髪が風に逆らうように揺れる。
「平気でしょ。この1年でかなり慣れたものね」
優しく笑顔を向けたのは、氷結の魔術師シャル=プレニオールさん。
紫のとんがり帽子に紫のローブを着た由緒正しき魔術師というような服装だ。
長い橙色の髪が踊るように風に流れていく。
「はい! それにようやくこの旅が始まったんです、止まってられません!」
後ろを見ながらでも騎乗をこなせるように訓練してきたんです!
「シーラ大陸を駆け抜けるよ! シュヴァルツ!」
名前を呼ばれた愛馬もぶるると鳴き、その蹄を大地に刻み込んでいく。
私はさらに勢いよく、旧時代の遺構が残る大草原を駆ける。
冒険用に頑丈な生地と作りの服とスカートがたなびく。
後ろに結んだ金色の髪が馬の尾のように揺れる。
――カルメリア大陸から出発して、1週間。
翡翠色の海を分かつ《青の道》を越え、ようやく目的地であるシーラ大陸の大地を踏みしめている。
龍骨大陸と呼ばれるシーラ大陸は、旧時代に多くの人と龍が生きていたと言われている。
その名残か、地表には魔力の痕跡を残す遺構が点々と存在している。
そして、地下には大量の龍骨が埋もれているとのことだった。
逆に地下に大迷宮があったのかも、なんて!
「おい、フィ!」
「前、前見て!!」
この大陸について考えていると、後ろから2人が慌てた声で叫んでいる。
颯爽と駆ける私は2人が何をそんなに焦っているのだろうと、前を見た。
「え?」
そこにはつい先ほどまでは何もなかったのに、突如巨大な岩が立ち塞がっていた。
「わっと!?」
岩に衝突する直前で、シュヴァルツの手綱を引き衝突は間逃れた。
シュヴァルツは興奮しているのか、ぶるると鳴きながら複数の耳と尾を震わせている。
「こんな岩なかった、は、ず……?」
言いかけたところで、地面から振動が伝わってきた。
直後、その岩は動いた。
「「フィ!!」」
バリスさんは炎を大剣に纏い、シャルさんは魔術詠唱を始めていた。
「な、何なんですか!?」
私は動く岩から距離を取るため、シュヴァルツを急旋回させ、離脱を試みる。
しかし、その背後を黒い巨岩が緑色の草原に傷痕を残しながら追ってくる。
疾走する私の背後にピタリと追いつかれた気配がした。
このままじゃまずい!!
あの岩のせいか、地面が抉り出されたかのような荒地へと足を踏み込んでいた。
足を取られないように必死に疾走する。
その疾走するシュヴァルツに追いつくように地面が振動してくる。
焦燥が現実に形を持って襲いくるその瞬間――
「うらあああああああああ!!!」
草原全体へ響き渡るような雄叫びと共に、バリスさんの魔力の炎を纏った大剣が巨岩へと食い込んだ。
GURUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
岩と肉が焦げる音、続いて地響きのような咆哮が草原に広がる。
「咆哮!? 生き物なの!?」
私は呆気に取られながら、バリスさんと動く巨岩の方向を見る。
巨岩が怯む中、シャルさんが氷結魔術の詠唱を終え、空中に固定した氷柱を打ち放つ。
放たれた氷柱は1つから3つへと分離し、巨岩と地面の狭間に突き刺さる。
GURUUOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNN
再び空気を震わす咆哮が響く。
「ぐッ……!」
バリスさんが咄嗟に大剣を引き抜き、巨岩から距離を取る。
それと同時に、巨岩は天目がけてその全貌を露わにした。
シャルさんの放った氷柱を砕きながら、地中から巨大な岩の翼で飛翔する。
再び大地へと着地した瞬間、距離を取っていた私でさえ身動きが取れないほどの振動が襲ってきた。
降りかかる土砂をバリスさんとシャルさんは剣と魔術で振り払う。
土煙の中、姿を現したのはーー
「岩石を纏った龍!?」
分厚い岩を幾重にも装甲として身に纏った龍がこちらを見据えていた。
背中には地面と一緒に引き抜いたのか、旧時代の看板のような遺物や草原自体がそのまま一部張り付いていた。
こちらを見る眼に映るのは、引き摺り出された怒りか、獲物を狩れることへの歓喜か。
岩石のような外皮から覗く瞳が猛々しく光る。
戦闘態勢を崩さずこちらを見据えてくる様子から、体表に刻まれた斬撃と氷結魔術が致命傷にはなりえていないようだった。
「さすがに見た目くらいの頑強さはあるか! フィ、ここは俺たちに任せろ!!」
「あなたはあの旧時代の石橋を目指して! 上側の部位であれば、岩の装甲が薄いかもしれない! そこまでこの岩を転がして見せるわ!!」
バリスさんとシャルさんが私へ叫ぶ。
慄いていた心を静かに、そして激しく奮わせる。
「分かりました! 2人とも気をつけて!!」
バリスさんとシャルさんは力強く笑い、そして再びあの巨大な岩石龍と相見えた。
「シュヴァルツ! 駆け抜けるよ!!」
大平原に横わたる旧時代に用いられてたであろう巨大な石橋を目指す。
遠目にバリスさんが大剣に纏わせた炎と、シャルさんの氷結魔術が岩石龍へと放たれ激しい閃光を発している。
早く、もっと早く!
タイミングがずれたら、2人とも危ない!
その思いを汲み取ったのだろうか。
シュヴァルツと呼ばれた聖霊馬はさらに加速し、草原だった地面から石作りの古い道へと質感を変えた道も迷いなく、その蹄を叩きつけながら進む。
その石に引かれた白線がこちらだと導くように先へと続いている。
石橋は円を描きながら作られており、崩壊した先端がちょうど岩石龍の方向と重なっていた。
あともう少し!
そう考えた瞬間、眼前に黒色の岩石が飛翔してきた。
「ッ!!」
シュヴァルツの手綱を操作して、減速し薄皮一枚の距離で躱す。
肩で息をしながらも、視線を再び前へ向かせる。
「はッ! 怖がらないで、行くよ!!」
シュヴァルツもぶるると鼻息を荒くしながらも、前を向き直し、再び崩れかけの石橋を果敢に駆け始めた。
先ほどの岩石は十中八九、岩石龍による攻撃だろう。
なら、それに身構えるよりも、さらに先へ石橋の先端を目指す!
続け様に飛翔してくる岩石を避けながら、速度を加速させていく。
石橋自体に岩石が直撃して、足元からよろけるが、シュヴァルツも決して止まらない。
上空にも狙いを外したと思われる岩石が飛翔してくる。
いや、そもそも防衛反応による無作為な攻撃かもしれない。
思考をしていのも束の間、その上空の岩石は、石橋に備え付けられていた旧文明の文字が書かれた鉄の板をこちらへ吹き飛ばしてきていた。
「ふッ!」
鉄板が直撃する刹那に、右手に装着していた籠手を滑り込ませる。
鉄板が薄皮一枚を削り取っていくが、どうにかそれだけでやり過ごせた。
それも束の間、今度は石橋に響く衝撃から、3つ目の遺構が落ちてくる。
錆びた青赤黄色の3色がこちらを見つめる。
――このままだと、直撃する。
思考が止まりかけたところを無理やり頭を回転さえる。
「止まらないでッ!!」
シュヴァルツは応えるように、さらにその脚に力を入れ、疾走する。
頭を下げ、潜るように機械を避け切る。
背後では凄まじい音を鳴らしながら、それが壊れたことを知らせていた。
よし、やっとだ!
そして、ようやく崩壊した石橋の先端が見えた。
――バリスさんとシャルさんなら、ここまであの龍を誘導してくれているはず!
崩壊した石橋の先、その真下にはーー
「フィ!!」
「今よ!!」
シャルさんの氷結魔術が岩石龍の四肢に楔として打ち込まれ、荒れ狂う岩石龍の顎をバリスさんが大剣で抑え込んでいた。
「任せてください!!」
私はシュヴァルツの背から飛び降り、そのまま石橋の先端から岩石龍目掛けて飛び降りた。
岩石龍は己の装甲である黒岩を雨のようにこちらへ撃ち放ってきた。
「な、ん、の、これしきいいいい!!」
籠手が蒼い輝きを放ち始める。
その輝きを押しつぶすように、岩石が眼前へと迫りくる。
籠手と飛来する岩石が触れた瞬間、腕が潰れていくような鈍い音は発されなかった。
代わりに、小手に触れた鋭利な岩石の方がパラパラと氷の結晶になり変わり、砕け散っていった。
そのまま流れる星のように、飛来する岩を全て凍結、粉砕しながら落下してゆく。
「凍てつけええええ!!!」
岩石龍の装甲が薄くなっている背中へ、そのまま冷気を纏った拳を打ち込む。
GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
岩石龍は背中に打ち込んだ籠手を中心に凍り始める。
「どうですか!?」
GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
明らかに咆哮に苦痛が入り混じって来てはいるが、岩石龍も命を振り絞るように、凍結しきっていない部分で必死に抵抗してくる。
その巨体全体を震わせて、私を吹き飛ばそうと揺れ動く。
「まだまだあ!!」
私は揺れる巨体から飛翔すると、空中で一回転する。
その間に、己の踵に装着した具足が紅い輝きへ放つ。
その踵は空中で灼熱の炎を纏い、その重力のままに燃え盛る槍のように岩石龍へ撃ち放たれた。
岩石龍の凍結した部分へ燃え盛る踵が直撃し、そこを中心に凍結した岩石龍の身体は砕け散った。
「はぁはぁ……!」
地面へ着地し、肩で息をしながらバリスさんとシャルさんに親指を立てた。
「バリスさん、シャルさん! やってやりましたよ!」
自慢げに2人へ止めの一撃の称賛を期待しながら言い放つ。
バリスさんとシャルさんが無言でずんずんとこちらへ向かってくる。
「えっ、私何か失敗しちゃいました……?」
恐る恐る聞いてみる。
すると。
「おい、大丈夫か!? 怪我はないか?!」
「フィ!! 無茶しないでよ! 倒せたから良かったものの……」
ものすごい心配されていた。
まるで本物の父母のように。
――多分、両親がいたらこんな感じだったのだろうか。
知らない存在は想像でしか補えない。
けれど今は、これで、いやこれが良いのだと自分の中に落とし込む。
けれど、まだ足りない。
――トライ、後はあなただけだよ?
物思いに耽っていると、本気で心配され始めたので、腕の力瘤を見せるようなポーズをして元気なことを表した。
聖霊馬たちが静かに、3人のやりとりを見ていた。
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