第3章 * 闇を照らす光 *
ぴちょん
ぴちょん
水が滴り落ちる音がした。
目を開けているはずなのに周りは暗い。
もしや、まだ夢か何かで起きていないのかと思った。
ぴちょん
しかし、滴り落ちる水が肌に触れたことで、それは否定された。
「冷たい……」
1人呟くと、音が反響したように聞こえた。
ここは洞窟の中か?
疑問を感じていると、下から声がした。
「よう、起きたか?」
バリスが俺をおぶっていたようだ。
「ああ、すまない。もう大丈夫だ」
バリスから降ろされると、ランタンを持ったシャルがこちらを見た。
「あんた、あれから3時間も寝てたのよ?」
「3時間!?」
確か、俺は紅龍の炎の吐息をこの腕で防いだはず。
そして、鎧の奴がフィを連れて行ったんだ!
「フィは?! ここはどこなんだ!?」
「落ち着けって」
バリスに軽く小突かれる。
「す、すまない」
つい、自分の中に渦巻く感情が溢れてしまう。
「そ、それであの後、紅龍の炎の吐息を防いだ後どうなったんだ?」
俺の義手が蒼い濃密な魔力を帯びた後、龍の火炎を防いだことまでは覚えていた。
「ああ、お前のその義手で助かった後、紅龍の火炎がまた来ないうちに俺たちは地下の街道へ逃げ込んだんだよ」
道理で、薄暗い場所だと感じたわけだ。
「ああ、それでな。フィちゃんなんだが」
バリスが気まずそうに口を開く。
「すまねぇ、助けてやれてない」
そうだろうとは感じていた。この場にフィがいないことがそれを物語る。
「あの紅い龍は、俺たちの全力でも倒せるか怪しい。悔しいが、他に策か協力してくれるやつがいないと現状は厳しいな」
確かに、そうなのだろう。
あの暴力の化身のような存在を簡単に倒せる想像がつかない。
「聞きたいことは、それだけ?」
シャルが待ちくたびれたと言う風に話しかけてきた。
「あなたも質問だらけでしょうけど、私も聞きたいことがあるの。あなたの義手、いえ、あなた自身何者なの?」
言葉に詰まってしまう。
俺自身ですら、それが分かっていないからだ。
むしろ、俺が一番それを知りたくもありーー
「……誤魔化すつもりはないんだ。本当にあの時の義手の動きも含めて、俺自身が分からないんだ。前に話したことがあったかもしれないが、俺は記憶を失ってからあの工房に世話になっている」
暗い地下道が、まるで今の自分が何者であるかという答えが出ない状況のようだった。
この暗闇に出口はあるのだろうか。
暗く沈んでいると、バリスが手を叩き、場の空気を変えた。
「シャル、そんなところでいいだろ? 俺たちを守ってくれたこいつを信じようぜ?」
「……まぁ、守ってくれたことには感謝してるけど」
ふいと顔を見られないように感謝を伝えてくるシャル。
「こいつ、分かりずらくて悪いな!」
はっはっはと笑うバリス。
ランタンでバリスの頭部を殴るシャル。
それを見ていて、俺もいつのまにか笑っていた。
「はははっ!」
「あんたも殴られたいの?」
シャルに凄まれ、黙る俺だった。
歩いている地下街道は、真っ直ぐな鉄と木でできた道がずっと暗闇の先に繋がっていた。
「どこまで繋がってるのかしら」
シャルが少し不安げに呟く。
「まあ、いつかは出口に着くから大丈夫だろ!」
バリスが豪快に不安を吹き飛ばす。
「ん、何か道が奥と手前で別れてないか?」
俺は薄暗い進路に違和感を持ち、伝えた。
バリスが眼に魔力を集中し、先を見通す。
「確かにそうだな。手前の道はまた別の入り口から繋がっているのか」
進んでいくとその道に近くになるにつれ、何かガリガリと鉄が擦れるような音が聞こえてくる。
「……俺が見てくる」
バリスが身体に魔力を集中させ、力強く大剣を握る。
手前の道を確認したバリスが、驚愕の表情で叫んだ。
「走れぇええええええ!」
俺とシャルもバリスに続いて暗闇へ走った。
――その瞬間だった。
元来た道の壁が勢いよく吹き飛び、瓦礫が宙を舞った。
「ぐっ、何だってんだよ!?」
走りながら後ろを振り返ると、赤い眼をした鉄の箱がこちらを見ていた。
後ろに続く鉄の箱の脇からは、無数の足が蠢いていた。
「なんなのよ、あれ?! 虫なの?!」
いつにも増して、シャルが慌てふためいていた。
「いや、今は虫かどうかじゃなくて、あいつをどうするかだろお!」
俺が叫ぶと、バリスが答えた。
「おい、あれは? あの光るやつはまだあるか!?」
「ああ! 閃光弾だな!」
袋から取り出し、勢いよく後ろへ投げ込む。
背後で閃光が炸裂する。
KIKIKIKIKIKIKIKIKIKIKIKI
虫の鳴き声のようなものが地下道全体に響き渡る。
「効いたか!?」
背後を振り返ると、暗闇の奥からさらに勢いを増して、赤い二つの瞳がこちら向かってきていた。
「効かないじゃないのお!」
シャルが泣きそうになりながら叫ぶ。
「ここでやりあっても、地下道が壊れかねないな……!」
バリスが苦い表情で話す。
「ここは逃げの一手で行くぞ!!」
バリスが俺を肩に抱きかかえ、足に一気に魔術を集中させた。
シャルも氷の足場で滑るように並走する。
「らちが開かないわ!」
そう叫ぶとシャルは、背後に氷の棘をいくつも展開させた。
「行きなさい!」
その声と共に氷の棘が赤い瞳の主へ襲いかかる。
氷の棘を受けてもなお、赤い瞳は止まらなかった。
しかし、鉄の箱は吹き飛んでおり、そこから巨大な顎を持つ百足の頭部が見えていた。
「やっぱり虫じゃないの!!」
シャルの声はすでに泣いていた。
魔法を耐える巨大な百足は、止まることなくこちらへ迫ってくる。
「おい、明かりだ!」
バリスが暗闇の先に零れるわずかな明かりを指差す。
「トライ! あそこで俺がこいつを食い止める。何かあればシャルを頼むぞ!」
「何言ってんだよ! バリスも一緒に行くんだよ!」
「へへっ、そうできるように善処するよ!!」
くそっ、龍と戦った時に出た蒼腕は出せないのか!?
義手を見ても、何か起動する前兆も見えなかった。
今は逃げるしかないのか!?
苦い表情でひたすら光の方向へ走る。
光が強くなるにつれ、トンネルの脇に、無数のナニカの残骸が見えた。
後ろの紅い瞳が食い散らかした跡なのか!?
「うっ……!」
今は考えるな!
走れ!!
そう自分に言い聞かせ、駆け抜ける。
明かりが降り注ぐ広場へと出た。
そこは広さがあり、椅子などあることから昔使われていた待合所に思えた。
ガリガリと金属が擦れる音を出しながら、暗闇から百足が迫る。
「来るぞ! 俺の後ろにいろ、俺が迎え撃つ!!」
バリスが叫ぶと大剣を構える。
その大剣に灼熱の炎が纏い始めていた。
「そんなに固えならーー」
KIKIKIKIKKIKIKIKIIKI
炎を纏う大剣を前に百足が突撃してくる。
「こいつで溶かし斬ってやる!!」
百足の脳天に灼熱の大剣が深々と突き刺さる。
KIIIIIIIIIIIIIIIII
凄まじい衝撃音と百足の咆哮が地下に反響する。
百足の体が動きを止めたのを確認すると、バリスは大剣を引き抜いた。
「ふぅ、こんなもんか!」
大剣を背負い直し、トライとシャルの元へ戻ろうとした時だった。
K I
――微かに。
地下道の奥から、死んだはずの百足の声が聞こえた。
その瞬間、
KIIIIIIIIIIIIIIIII
地下道からもう一つの百足の頭が勢い良く飛び出してきた。
「なっ…!?」
咄嗟にバリスは大剣を構えようとするが、百足の動きが早く、追いつかない。
「バリス!!」
バリスの元へ走るが、百足の牙がバリスを捕らえる方が早いのは明白だった。
「当たれええええええ!!」
シャルの氷弾が百足へ迫るが、表皮を軽く削るくらいで致命傷にはならない。
ダメだ。
誰もがそうよぎった瞬間だった。
「下がってください」
バリスの上空から巨大な盾を両腕に装備した騎士が舞い降りた。
ずんと、降り立った地点の床が割れて捲り上がる。
その優雅な所作とは裏腹に、着地時の衝撃が盾の重量を物語る。
騎士はガキンと、両腕の盾を合わせて1つの巨大な盾へ変形させた。
更に両腕に魔力が集まリ始める。
百足がその巨大な盾と衝突する。
ギィンと重い音が響き渡る。
騎士がいた場所から地割れが起こるほどの衝撃だった。
しかし、騎士は見事にあの巨大な百足をその盾で動きを止めた。
「今ですよ!」
そう紫髮の騎士が叫ぶと、上空からもう1人騎士が舞い降りた。
「はいよ、出番だな!」
広場の天井から射す夕日が後光のように騎士を照らす。
その騎士が上空から百足の頭部へ、思いっきり手に持った雷を纏う槍を投げ放った。
GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII
百足が断末魔の咆哮を上げると、その場で動きを止めた。
紫髪の騎士は盾を解除し、赤髪の騎士は槍を引き抜いた。
「お疲れ様でした、2人とも」
今度は後ろから、聖天教会の制服を着た美しい黄金色の髪の女性が現れた。
「聖女さまもご無事で何よりです」
紫髪の騎士が恭しく聖女と呼ばれる女性へ頭を下げた。
「シエラさん、強化魔術ありがとうね!」
赤髪の男性は軽くお礼を言っていた。
そうか、強化魔術であの2人の騎士を後方支援していたのか。
などと、一人で納得していると、赤髪の騎士がこちらへ近づいてきた。
「悪いね! いきなり上から降ってきて!」
どこか謝るポイントがずれているなと思いながら、悪い人じゃないというのは伝わってきた。
「ほら、トンネルの入り口の上に鉄の骨組みがあるでしょ? あそこからイシュと一緒に飛び降りたんだけど、どうだった? かっこよかった?」
びしっとした騎士の身なりからは想像できない程の人懐っこさだった。
「ああ、ちなみに俺の名前はアーランド・ラトール! アールでいいぜ!」
気さくな自己紹介もしてくれた。
ん? ラトール家って確か…。
「おいおい、貴族のラトール家様じゃないかよ」
バリスが割って入った。
「はは、それほどでも!」
あっけらかんと笑うアール。
「いきなりでびっくりしたけど、助けてくれたんだよな? ありがとう!」
俺が感謝を伝えるとアールはニカっと笑った。
「……まあ、助かったことに違いはねえ。ありがとよ」
バリスはぶっきらぼうに感謝を述べた。
油断していたところを助けられて、ばつが悪いのだろうか?
「あなた達も龍を避けて、地下へ?」
シャルが冷静に問う。
「龍!? そんなのいるのか!? 翼竜よりでかいのか?」
会っていないようだった。
「私たちは地下から轟音が聞こえたので、こちらに来た次第です」
イシュと呼ばれた騎士が丁寧に教えてくれた。
「なるほどな、正直来てくれて助かったぜ」
バリスとアールが固く握手をする。
「情報をもっと交換したいのだけれど」
シャルが提案する。
「ええ、私たちも未だに謎だらけのこの地では、情報が欲しいですね」
「ええ、そうね」
シャルとシエラと呼ばれた聖女、イシュも意気投合したみたいだ。
「なあ」
「それより」
「「腹減らないか」」
俺と騎士アールも意気投合したのだった。
暗闇の中でわずかではあるが、希望の光が見えてきた気がしたと皆が感じながら、食事を囲んだ。
――暗闇の中に潜む者たちに気付かずに。
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