第11章 * 禁忌が創造される場所 *
教会に足を踏み入れる。
中は暗く、何のために使われるか分からない機械が所狭しと並んでいる。
すっと合間から白い顔がこちらを覗いてきた。
「うおわっ!?」
悲鳴に似た叫びを出し、倒れかける。
「……人形じゃない。すごい精巧だけど」
シャルが冷静に分析する。
「ますます何を作っているか分からねえ場所だな」
バリスがうんざりするように顔をしかめる。
工場の奥へ進むと、研究室のような場所へたどり着いた。
奥には、ステンドガラスに描かれた天使が微笑みを浮かべていた。
「やけに警備が手薄だな……」
バリスが不審そうに大剣を構えなおす。
「そうね……」
シャもが杖を構えながら、辺りを見回す。
「いや、そうでもないたみたいだぜ……」
研究室の隅には既に引き裂かれた機械獣の残骸が残されていた。
「ここに誰かが先に辿り着いていたのか?」
辺りには、水槽のようなものに機械獣や人型の何かが所狭しと陳列されていた。
――そして、見つけた。
見つけてしまった。
「何であるんだよ……」
トライは目を見開いて、透明の箱に仕舞われたそれを見た。
そこには、トライの義手と同じものが静かに置かれていた。
ギィンと鈍い音がトライの心情と同調するように、研究室に鳴り響いた。
「おい、トライ! 呆けてねえで構えろ!」
「お、おう!」
バリスの喝で我に帰る。
得体の知れない水槽が並ぶ研究室の中、機械獣とそれらを追うようにマスクを着けた貴族然とした服装の一行が現れた。
「あれは、ザガクラン!?」
シャルが叫ぶと、ザガクランのリーダーと思われる男が一礼を返してきた。
「これはこれは。探索式以来ですね」
口調は落ち着いているが、手に持つ獲物が目にも留まらぬ速さで振るわれ、魔力を纏った青い軌道が結晶狼を細かく切り刻んだ。
「マスター、まだ敵いるよ」
「マスター、敵から目を離さないで」
2人の少年、少女がマスターと先ほどの男性へ問いかける。
「ええ、ええ。片付けてしまいましょう」
そういうと、ザガクランのリーダー、少年少女は獲物を構え、機械獣を殲滅していく。
少年は銀色の斧槍を振るい、少女は黒色の傘の先端から魔力の弾丸を撃ち放っていた。
あっという間にザガクランの3人は結晶狼を殲滅した。
「すげぇ、あんなに早く……」
驚嘆していると、ザガクランのリーダーが息切れもせずにこちらへ向かってきた。
「いえいえ。結晶の脆い部分から攻めればどうということはありませんよ」
ザガクランはあの結晶について、弱点を見出していたようだ。
「よう、ザガクランリーダーさん。あんたらどうやってここに入れた? ここは川で隔離された区画のはずだぜ?」
バリスが疑問を口にした。
「ええ、我らは飛行魔術を持ち合わせていません。が、これがあります」
カチッと音がすると魔導工房クランの背から機械仕掛けの翼が現れた。
「これは魔力を少し流すだけで、飛行を可能にするものです。私のオリジナルではなく、太古の技術の応用ですがね」
カチッとまた音がして、翼が背に収納されていった。
「なるほどな。それで目的は?」
バリスが矢継ぎ早に質問を繰り出す。
先にここまで先行していたザガクランに警戒をしているのかもしれない。
「あなた方と同じく、結界の発生源を壊しにきたんですよ」
「へぇ、それにしては色々と物色してたんじゃないの?」
シャルの言うように、研究室は戦闘の形跡だけでなく、よく見ると荒らされていた形跡があった。
「それは、個人的な興味で見ていただけですよ」
すんなり肯定するが、いかにも裏がありそうだ。
「よくぞ参られました! 侵入者の皆様!」
急に天から声が響き渡る。
研究室の奥、天使のステンドガラスの真上から昇降機が降りてくる。
そこには白衣の男の姿があった。
「誰だ!?」
バリスが叫ぶと、全員が身構え白衣の男に対して構える。
「物騒ですな! いや、それでこそ侵入者! 私はこの研究施設兼兵器製造工場の責任者、リサーチャーとでも名乗っておきましょうか!」
わざとらしい一礼をしながらこちらへ名乗るリサーチャー。
「あなた、ここの住人なの!? 一体ここは何なのよ!?」
シャルがこの壁内の謎そのものを問う。
「ここ? この地を知らぬのですか? なんと……」
リサーチャーは信じられないと言うふうに眉間へ手を当てる。
「……ここは世界の中心。そして、いずれ世界そのものへとなる場所です」
答えのようで答えになっていないことを言うリサーチャー。
「世界の中心? いずれ世界そのものになる?どういうことよ!」
シャルが食ってかかる。
「そのままですよ。ここは中心であり、そして無限に広がりゆくのです。見たでしょう? 上空からの眺めを」
そこでハッとする。
上空から見たこの壁の中の景色を。
壁外からは見えた鋼鉄の壁が見えず、どこまでも広がりゆく壊れた灰色の街並みを。
「ふふ、察したようですね。ここはいずれ世界の全てを飲み込み、世界そのものになるのです!」
恐ろしい事実が突きつけられる。
「ここがいずれは世界を飲み込む? 俺たちが暮らしていた国も、工房も……?」
信じられずに目眩がする。
「んん? そもそもあなたはこちら側で生まれたではないですか、トライ」
その事実を聞いた瞬間、脳内で記憶が駆け巡った。
変わらない灰色の空。
鋼鉄の壁の中。
幾多の侵入者。
従えた龍。
塔から街を見下ろす老人。
そしてーー
――もう1人の俺……?
「う? あ……」
茫然自失し、言葉を失う。
「おやおや、あの隻眼の剣士に切られた腕と一緒に記憶まで欠損したのですか?」
リサーチャーはなおも話を続ける。
「隻眼の剣士……? まさか……!」
バリスが隻眼の剣士に反応した。
「彼は大層腕が立つようでしたね。トライの腕を切り落としたのですから!」
「トライの腕を!?」
バリスは困惑しながらも続ける。
「……兄貴はどこだ! どこにいる!?」
バリスはまくし立てる。
「ああ、彼なら」
リサーチャーはにやりと笑い。
「私が強化してあげましたよ! 少し見た目が変わってしまいましたがね。ここには」
リサーチャーが言い終わる前にバリスが斬りかかる。
「このおおおおおおおおおお!!」
キィイイイイイイン
目に見えない魔術の結界がすでにリサーチャーの前に展開されており、バリスの斬撃を止めた。
「うーん、侵入者は血の気が多いですねえ」
パチンと指を鳴らすと、研究室の閉ざされた扉が開き、結晶狼が続々と現れた。
「いやいや、最近の侵入者は手強くて数が大分減ってしまいましたよ」
リサーチャーは嘆く。
GURUUUUUUUUUUU
結晶狼が一斉に襲いかかる。
ザガクラン含めて、それぞれが結晶狼の弱点を狙い、殲滅していく。
「おやおや、トライは腕の使い方を忘れてしまったのですか? 早くこちらへ戻ってきてください」
散歩は充分に楽しんだでしょうとリサーチャーは笑いながら言う。
「うるさいッ!! 俺はお前なんて知らないッ!!」
必死に混濁する記憶を振り切り、叫ぶ。
俺がレンチで結晶狼の攻撃を弾いていると、リサーチャーが情けないとばかりに声をかけてくる。
結晶狼を殲滅し終えると、リサーチャーは再び口を開いた。
「そうですねえ、リハビリと行きましょうか」
パチンと再び指を鳴らすと、研究室の上部から天使の像のようなものがこちらを囲むように口を開けて降りてくる。
「なんだよ、それは……」
俺が戦慄しながら問う。
「これはですね! 今までここを訪れた侵入者達の脳髄のみを取り出し、魔力を抽出するものでしてね! その天使を模した像の口からは、半永久的にかの太陽の天使をモデルにした灼熱の魔弾を放出することができるんですよ!」
饒舌に語りながら、リサーチャーは再び手を構える。
「みんな、私の近くに!」
シャルがいち早く、魔力の流れを読み、強固な氷の結界を構築する。
パチンと、再び指が鳴った。
全方位から燃え盛る魔弾が氷の結界目掛けて放たれる。
「ぐぅううううううう!!」
シャルの構築した強固な氷の結界が徐々に溶かされていく。
「このままじゃ、シャルの魔力が持たない! ザガクラン! 何か手はないか?!」
バリスが焦りながらも、策を探す。
「これだけの魔力濃度、攻撃量は厳しいですね」
ですが、そこの少年なら何かできるのではとマスクの奥の眼を細めながらザガクランのリーダーは言う。
「さてさて。トライ、そろそろ両腕を使った方がいいのでは?」
リサーチャーが俺に言葉をかけてくる。
「両腕だと!?」
「忘れてしまったのですか? 本来あなたの蒼腕は両腕に宿っているのです! ですから、両腕でこの魔弾を消滅させて見せてください!」
俺の両腕で蒼腕を……!?
今まで義手だけの力だと思っていたが、違うのか!?
今は、やるしかない!!
「くそおおおおお!!!」
俺は両腕を天に掲げ、念じる。
――俺が、守るんだ!!
フィを迎えにいくんだ!!!
両腕の先から蒼腕が発現していく。
完全な蒼腕の形が形成される。
「くううううう!! もう、限界!!」
シャルの氷の結界が砕け、中から蒼腕が出てくる。
蒼腕は襲いかかる灼熱の魔弾を全て吸収していく。
魔弾が一瞬途切れた際に、蒼腕から吸収した魔弾を全て放出した。
天井から吊るされた天使の像に魔弾が直撃し、溶かし尽くしていく。
「そうです! 素晴らしい!!」
放たれた魔弾がリサーチャーの眼前に展開された結界に直撃するが、結界は破壊されなかった。
あの結界の強度は一体どうしたら破壊できるんだ!?
だが、それよりもーー
「これが俺の本来の力なのか……?」
自分の力にまだ愕然としていた。
「あの魔術結界、かなり強固ね」
シャルが息を切らしながら、結界を憎々しそうに見つめる。
「あれは、結界の発生装置を応用したものじゃないでしょうか。壁の魔術結界を考えれば、あれくらいの強度を出せてもおかしくないでしょう」
ザガクランのリーダーが解析する。
「くそ、あの結界をどうすりゃいいんだ!?」
バリスが叫ぶ。
「それでは最終レッスンといきましょうか!」
そういうと、リサーチャーは再び指を鳴らした。
リサーチャーの真上から、今まで出てきたものとは比べ物にならない魔力量が溢れてくる。
「おい、あれって……!?」
驚愕する。
周りも全員息を飲んでいた。
――天井から現れたのは、両腕に紅く輝く剣を携えた天使そのものだった。
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