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キロス①

八月の新作発表会も無事終わり、一段落したある日、碧華はテマソンと二人でフランスへときていた。


「ねえテマソン、なんだかドキドキしてきちゃった。やっぱり言わない方がいいのかな。本当に彼私と会ってくれるんだよね?」


「ここまできてまた心配症の症状がでてきたの?覚悟を決めなさい。この日の為にフレッドと私がどれだけの時間をかけたと思っているのよ。ビモンド夫人にも協力してもらって彼を探し出してもらったのよ。全てはあなたの為でしょ」


「そうなんだけど、どうしてこんな場所なの?どこか普通の喫茶店でもいいじゃない」


碧華は自分が座っている高級なソファーや視界に入る豪華な調度品を見渡しながら囁いた。ここはフランス五つ星ホテルの最上階のロイヤルスイートの一室だった。


「仕方ないでしょ。ビローム氏の居場所を探し出してくれたのがビモンド夫人だったんだから、彼女がビローム氏との面会場所を選ぶことや彼女も同席することを条件に彼の居場所を探すのを手伝ってくれたのよ。大変だったのよあの事件以来彼の居場所を捜しだすの」


「だからってこんな場所じゃなくても」


「碧ちゃん、この場所だからいいんですよ。ここなら第三者に聞かれることはありませんからね。マスコミがかぎつけてあることないこと記事に書かれないとも限りませんからね。ここはビモンド財閥の所有のホテルなんですよ。ここならマスコミにもバレませんよ。碧ちゃんが何をしようとしているのか知りませんけど、被害者と加害者が直接会うなんて普通ありえませんよ、こんな早い時期に」


二人の後ろに立っていたフレッドが言った。


「そうよね。でもね・・・私気になることは聞かないでモヤモヤしてるのって嫌なのよね。そんなことより、ここすっごい高いんでしょ?後で部屋代請求されない?」


「そんなことを心配していたんですか?大丈夫ですよ、請求されたら僕が支払っておきますから、碧ちゃんに請求がいくことはありませんよ」


フレッドは予想外のことを心配している碧華に小さく笑うと言った。 


「あらでも、あなたにこれ以上迷惑をかけられないわ」


「迷惑だなんて思っていませんよ。こんな面白そうな場面に同行させてもらえるなんて光栄に思っているんですよ。立ち合い代と思えば安いもんですよ」


「そうよ碧華、普通の人間はね、自分を殺そうとした相手になんか二度と会いたいなんか思わないわよ」

「ええ~だって、本当いうと今でも少し怖いけど、聞いてみたいんだもの」

「恐怖より好奇心の方が勝ってるってことですね、碧ちゃんらしいですね」


その時部屋をノックする音が聞こえた。フレッドが扉まで歩き、のぞき窓からのぞくと、そこにはボディーガードを二人従えたカリーナが立っていた。フレッドは鍵を開けるとカリーナを招き入れた。


「お待たせしてしまってごめんなさいね」


そう言って入ってきたカリーナに碧華とテマソンは立ち上がってカリーナを迎え、握手を交わした。


「いいえ、こんな素敵な場所を提供して頂いてすみません」


碧華が言うと、カリーナは笑い出した。


「あらだって、今回のお話しをいただいた時にわたくしもぜひ同席をしたいと思いましたの。だって碧華様のファンとしては気になりますでしょ。あの事件の時、ビロームさんに会わせたのはわたくしでもあるのですもの。その彼にもう一度会いたいなんて碧華様からの依頼は本当に驚きましたのよ。でもピンときましたの。きっと碧華様の事ですもの、何か考えがおありなのだと」


「あら鋭いですね。でもカリーナ様、本当に私のわがままを聞いて頂いてありがとうございます。その上こんな素敵な場所まで提供して頂いて、なんとお礼を申し上げたらいいのか」


「あら、ご心配には及びませんわ。ここはわたくしが経営しているホテルなんですの。ここなら他の人に聞かれる心配もございませんでしょ。それに碧華様にもしものことがあるといけませんから、こちらでビロームさんの身体検査と持ち物検査は事前にさせていただきましたわ。彼には昨日から当ホテルに宿泊して頂いておりますの」


「何から何までご配慮感謝いたします」


碧華に変わってテマソンも礼を言った。カリーナは照れながら言った。


「もう本当によろしいのよ、わたくしのはただの好奇心なんですもの。主人にもきつく言われておりますのよ。お二人の会話にあまりしゃしゃりでるなって」


「あら、何か気になる点があったら会話中でもおっしゃって教えてくださいね」


碧華は笑顔でカリーナに言った。碧華自身こんな場所には恐らく一生くることはないだろうと思いながらも贅沢なその部屋を見渡しながら言った。


「碧華様はお優しいのね。そうだわ碧華様、もしお仕事に都合がつくようでしたら、今夜はこちらの部屋で宿泊して頂いてもよろしいのよ。そのつもりでこのフロア全体は今夜は誰も宿泊させておりませんのよ」


「ええ~もったいない。こっこんな広い部屋に泊まるなんて私には贅沢過ぎてとてもとても、今夜は彼の家に泊まらせていただく予定になっていますから」


そう言って碧華は自分の後ろにいるフレッドに視線を向けて言った。


「あら残念ですわ。でも、予定は未定と申しますでしょ。お話しが長引く恐れもありますもの。その時は遠慮なさらずにお泊りくださいませ。この部屋は寝室が三部屋ございますからテマソン様とフレッド様のお二人も宿泊できますから」


「では、もしもが起きましたらお願いするかもしれませんわ。その時はご厚意に甘えさせていただきます」


テマソンの言葉でカリーナは笑顔になった。その時、再び扉をノックする音がしてカリーナが出ると、そこには黒のスーツ姿の男が三人とその真ん中に無精ひげをはやし、薄汚れた白いシャツとジーンズにサンダル姿の男が立っていた。カリーナはその男の姿をみて目の前の黒のスーツ姿の男の一人に囁いた。


「ちょっと、スーツに着替えるよう伝えてと指示したでしょ。どうしてこんなかっこうのままなのよ」


「申し訳ありません。ご指示通りに着替えるように申し上げたのですが、そのままのかっこう以外では会わないとおっしゃいまして」


「仕方ないわね。おはいりなさい」


カリーナはビロームを通した。男たちもそのまま一緒に入ると、ビロームを取り囲むようにして中に入った。碧華は緊張した様子で立ち上がるとビロームを迎えた。


「今日はお忙しい時に無理を言って会って下さってありがとうございます」


碧華の言葉をテマソンが英語で通訳をした。


「ふん、暇すぎて死にそうですよ。何もかもなくなった俺にまだ何か文句があるっていうのか」


テマソンの英語に対して、ビロームはフランス語で吐き捨てるように言い放った。


「なんだその態度は!いったい誰のおかげで自由になっていると思っているんだ君は!」


「ふん、これが自由か、マスコミに追われて、泥棒犯罪者呼ばわりで、全部なくなっちまった。今じゃ住む場所もない、あるのは賠償金の支払い命令書だけだ」


「自業自得だろうが!」


ビロームのフランス語に対して声を荒げたのはフレッドだった。


「まあまあ、もうフレッド!何を言ってるのかしらないけど、喧嘩をしに来たんじゃないんだから、あなたはだまっててちょうだい!」


怒りが収まらないフレッドをテマソンの通訳で聞きながら碧華が言った。


「テマソン通訳してね」

「いいわよ」


「ビロームさん、今日はわざわざ会いにきてくださってありがとうございます」


「はあ・・・俺は逃げも隠れもしない、全部警察で話した通りだ、出版社との訴訟の証言ならいつでも出頭すると弁護士に伝えてあるはずだ」


「ジーラス出版社への訴訟は取り下げさせたわ。あの事件でのことではもう裁判は起こす予定はないわ。あの詩集の権利も私たちの元に戻ってきたし、サファイア出版社とも縁を切ったし」


「えっ?それは本当なのですか?わたくしはてっきり裁判の証言の件かと」


碧華達とは少し離れた席にいて様子をうかがっていたカリーナが思わず立ち上がり口走った。ビロームも同じように思っていたのか驚きの表情を浮かべていた。


「あらごめんなさい」


カリーナは慌ててまた席に座り直した。


「お二人が驚かれるのは当然よね。私も一か月前までは訴訟をしようとしていたんだから。でもね、この子がもう止めればなんて言って私に逆切れしだしたのよ」


驚いている二人にテマソンが説明した。


「えっ?」


「この子ねちょっと変わってるとこあってね。自分のことなのに、裁判は嫌いだとか言って、あなたのことも被害届は出さなかったし。過去にもいろいろ被害にあってるのに許しちゃうのよ。今回もそう、私は許すつもりはなかったのよ。でもね、そんな事にエネルギーを使うなら新しいことに注ぎなさいよなんて逆切れしちゃったんだけど、よくよくこの子の提案を聞いてみるとこれがけっこう斬新でおもしろそうだったのよ。だからそっちに方向転換することにしたの」


「といいますと、あっごめんなさい。私ったらまたよけいなことを・・・」


カリーナはそういうとまた下を向いた。そんなカリーナの様子をみて碧華がクスッと小さく笑うと手招きした。


「カリーナ様もこちらでお話しを聞いてくださいませんか?」

「えっよろしいの?」

「ええぜひ、何かいいアドバイスがあれば教えていただきたいし」

「あら、そう・・・じゃあ遠慮なく」


カリーナは嬉しそうにいそいそと立ち上がると碧華の隣に腰をおろした。


「じゃあ・・・あんたはこんな俺にどうして連絡をよこしてきたんだ」


ビロームがじっと碧華を睨みつけながら言い放った。碧華はそんなビロームに笑顔を向けて、足元に置いていたリュックから一枚の紙を取り出し差し出した。そこには少年の姿が描かれていた。


「この少年をご存じかしら?」


ビロームはそこに描かれていた少年の似顔絵を見て顔色を変えた。


「その少年の名はキロスっていうの。遥か昔にアトラスにあるグラニエ城の近くに住んでいた城主の妹の息子さんよ」


「知らないな、その絵が何だっていうんだ」


「そう・・・残念だわ。私ね、あなたの詩集を何度も読ませてもらったわ。あなたから頂いた謝罪文もね。それで思い出したことがあるの。実は私とテマソンには前世の記憶があるの。私の前世の名はアーメルナ。そして、彼はレイモンド。二人は双子だったわ。二人はグラニエ城主の子供として生まれたんだけど、不運にもアーメルナは幼くして死んでいるの。その彼女が今年の一月に城の地下で発見されたのよ。私ね彼女に誓ったのよ。彼女が確かにいたという証を、そして楽しかった記憶を形にしてあげるって」


碧華の言葉を英語で通訳していたテマソンも頷きながらビロームに向かって、アーメルナの発見当時の写真

をスーツの胸ポケットから取り上げてテーブルに広げビロームに見せた。


「あなたはキロスでしょ?」


碧華の問いかけに何も答えようとしないビロームに碧華はお構いなしに話し続けた。


「あの本を読んでピンときたのよ。あなたにも前世の記憶があるんじゃないかってね。だから、アーメルナってタイトルの私の詩やテマソンが描いてあった二人の絵に引きつけられたんじゃないの?」


「・・・」


「もう仲直りしましょう。私達は今を生きているの。前世の記憶なんてある方がおかしいのよ、今の私達にはなんの関係もないんだから。でも、前世からの絆があったから私はテマソンと出逢ってアトラスにもたくさんのファミリーができたし、あなたとも巡りあえた。アーメルナはあなたに文句をいいたいんじゃないわ。あなたも苦しみから解放してあげたかったのよ。アーメルナは天国へとようやくのぼっていったわ。今度はキロス、あなたの番よ」


碧華はゼロームのその後ろに見える影に向かって日本語で語りかけた。碧華の言葉を通訳したテマソンだったが、その後で自分の考えを付け加えた。


「この世の中は不思議だらけよ、人間の科学力では証明できない出来事もたくさんおこるわ。私達は幸いにも前世の記憶があってこうして再び巡りあえた。もしかしたら前世と同じ運命をたどる定めだったのかもしれない、でも前世のようにはならなかった何故だと思う?」

「・・・」


テマソンの問にビロームは答えられなかった。テマソンは少し間をおいて答えた。


「私たちはタフさを身に着けたからよ、前世のように何もできない子供じゃないわ。もう人生半分まできちゃった大人なのよ。いつまでも前世の記憶に縛られてちゃもったいないじゃない。でもね、せっかくの記憶よ、少しぐらい利用したって恨まれないわよ。あなたが記憶が無いのならそれでもいいわ。私達に必要なのは前世の記憶じゃなくてあなた自身のその才能なの」


テマソンの言葉の後に碧華が身を乗り出して再び日本語で付け加えた。


「ねえ、一緒に本を出版してみない?前世で私たちが感じた感動を今の人たちに教えてあげましょうよ。私達が遊んだあの湖も魔女塚も今も変わらず残っていたわ。私はね、アーメルナに命を救われたの、その時約束したのよ。彼女が残したかった暖かい思いを形にしてあげるって、そしてね、彼女の記憶の中にレイモンドともう一人いたことを思い出したのよ。キロスあなたよ、あなたに恨みは残していないわ、ただ楽しかった記憶が私に訴えかけてくるの」


テマソンの声を通して語られる碧華の想いは確実にビロームの心に届きつつあった。


「・・・俺は・・・ずっと心に引っかかっていたんだ。悔いても悔いても消えない傷がある。どんなに頑張ったっていつも空回りだ。親に捨てられ、一生懸命仕事したっていつも裏切られて、自分の人生を恨んださっ、それで思ったんだ、俺の前世はきっとすごい罪人だったんだろうって、だから生まれ変わってもその罪を背負ってるんだって。あのアーメルナの文字を見た時、驚いたんだ。デスクに置かれたあの原画をみたらもう気が付いたらカバンの中に入れてた。家に帰って読みかえすうちに、ふと脳裏に浮かんできたんだ。キロスの記憶が・・・俺の前世が犯した罪をな・・・だから訂正したかったんだ。本当はキロスは何もしていなくて、その後も実は幸せに暮らしたんだって・・・」


「ビロームさん、私達であの子達の幸せの記憶を形にしましょうよ。前世はどうすることもできないわ。でも今は変えられる。だって私達は生きているんだもの。すごいと思わない。私達また同じ時代に生まれ変わってきたのよ、記憶を残したまま。これはやり直すチャンスじゃない。アーメルナは日本、レイモンドはアトラス、キロスはフランス、どう考えたって出会える確立なんてゼロに近いじゃない。なのに私たちはこうして再び巡りあった奇跡を利用しなくちゃもったいないじゃない」


「ありがとう・・・あの時はすまなかった」


ビロームはそう言うのが精一杯だった。まるで重荷が取り払われていくような今まで感じたことのない解放感を感じてとめどなく目から涙があふれて止まらなかった。しばらくしてようやく小さな声でビロームの本当の胸の内を語りだした。


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