呪いと魔女とテマソンと④
やがて、目の前に大きな森の入り口が見えてきた。きれいに舗装されている道はまだ森へとつながっている様子だった。
ようやく、湖についたテマソンは荒い息遣いでフラフラだった。
「叔父さん体力ないんだね」
ヴィクトリアと一緒に車で到着して先に大きなレジャーシートの上に座り、並べられたお弁当に手を伸ばしながら今にも食べだしそうなライフが言った。
「あなたこそどうして歩かなかったのよ。今月は碧華のボディーガードなんでしょ。碧華が歩くのにあなたが先に車で来るのってどうかと思うわよ」
「だって疲れるじゃん歩くの。それに僕がボディーガード頼まれているのは、碧ちゃんが仕事している時だけだよ。今は休暇中だよ」
「まあ、屁理屈言っちゃって」
「あらでもテマソン、あなたよく来る気になったわね。ここには二度とこないって言ってなかった?」
「私もそのつもりだったわよ。でも私がいない所で、また碧華が何かトラブルに巻き込まれたら私が後悔するじゃない」
「この湖はママン所有の土地だし、こんなのどかな場所で事件なんか起きないわよ。事件といえば二十四年前の事件ぐらいじゃない。あなたここにきたらまたアレルギー症状がひどくなるんじゃないの?」
リリーはテマソンの耳元で英語で言った。碧華はそんな二人の会話を歩いてきた城のみんなを出迎えるために立ち上がって碧華の横にたまたまいたヴィクトリアに二人の会話の内容をたずねた。それを聞いたテマソンがすかさずヴィクトリアに言った。
「ママン、余計なこと碧華に通訳しなくてもいいわよ。リリー、あなたもよけいなことを今更碧華に言ったりしないでよね」
英語で言ったテマソンに碧華は膨れてしまった。そこで、碧華はすぐそばで座りながら何も聞いていないかのような態度でもくもくと先に食べ始めているライフに向かって言った。
「私、こそこそ話って大っ嫌いなのよね。ライフ、今優が一番ほしいと思っているもの教えてあげるからこの二人の会話の内容を教えて!」
その言葉に急に顔を上げたライフがすぐ日本語でしゃべった。
「ライフ!」
テマソンがライフを睨みつけたがライフは平気な顔で言い返した。
「いいじゃないか、僕も碧ちゃんの意見に賛成だし、聞かれちゃまずいことは、本人がいない所で周りに根回ししておくもんだよ叔父さん」
「そうよそうよ」
「まったく、碧華、あなたには関係ないことなんだから、聞き流せばいいでしょ」
テマソンはリリーを睨みつけながら碧華に向かってため息まじりに言った。
「碧ちゃんごめんなさいね。私、二十四年前の詳細は他言しないってテマソンに誓わされているのよ」
「誓いって?聞いちゃいけないことなの?二十四年前の事件?アレルギー?もう~気になる。リリーお姉様がしゃべれないんだったらテマソン教えてよ。ああ~スッキリしない、イライラする~!」
「あら、あなたここにきたいって言い出したの、リリーから二十四年前の事件のこと聞いたからじゃないの?」
「はあ?二十四年前の事件?何それ、私が聞いたのはこの地方に伝わる昔話でミカエルっていう青年とマジョルカっていう魔女さんの恋物語を聞いて実際に村人たちによって処刑された可哀そうな魔女さんの塚があるって聞いたから、まだ成仏できずに魂がさまよっているなら成仏できるようにお墓参りしてあげたいなって思ったからよ」
「えっ?じゃあ何もしらないのね?」
「だから何?二十四年前って」
「知らないならいいのよ」
「ええええ~信じられない!そこまでしゃべって言わないってあり?教えてよ」
「嫌よ」
「じゃあ、ママンはご存じなんですか?」
「ええ知っているわよ。私はテマソンに口止めされていないわよ」
「ママン!余計なこと言わないでよ」
「あら~困ったわね。リリーどうしましょう。私碧ちゃんにお願いされると弱いのよね」
「そうよね。私もだわ。だいたいテマソン、あなたが勝手にはやとちりしたんでしょ。私は最初からしゃべってないって電話で言ったじゃない。勘違いして飛んできたのあなたじゃない。ここまできて碧ちゃんに何も言わないのは私もどうかと思うわよ。観念して全部しゃべっちゃったらどうなの?隠し事が減ってすっきりするわよ」
「うるさいわね。だって心配だったんだもの。魔女塚には本当に魔女が今でもいるのよ。私感じるんだから、だから碧華が行ったら、魔女に何か呪いをかけられないか心配だったんじゃない。でも、あの事件は・・・」
途中までいいかけてまた口ごもってしまったテマソンに碧華がたずねた。
「呪いって」
碧華が執拗にテマソンにたずねたが
「なんでもないわよ」
そう言うばかりで何も答えようとしなかった。碧華は腕を組んでテマソンを睨みつけた。そして大きなため息をつくとフン!とそっぽを向いてしまった。
「まあまあ碧ちゃん、叔父さんの昔の恋愛事件なんかどうでもいいじゃない。それより早く食べなよ。おいしいよ」
ライフはまた食べ始めながら言ったが碧華は気がおさまらなかった。
「ライフの言う通りよ。人にはね、詮索してほしくない過去の一つや二つはあるものなのよ。さあせっかく来たんだから食べましょ」
テマソンが碧華の手を引っ張って座らせようとしたが碧華は動こうとしなかった。それどころかすごい形相でテマソンを睨みつけた。
「私は別に失恋した記憶もないし、大恋愛した記憶もないからほり出されたら困る過去なんてないけど、あなたは星に数ほどあるんでしょうね。ごめんなさい。詮索しようとして、どうせ私には関係ないし、聞く権利もなかったわね。もう聞かないわよ。私あっちで食べる!」
碧華はすっかりへそを曲げてしまいテマソンの手を払いのけてそっぽを向いてしまった。
「勝手にしなさい」
テマソンはそういうと碧華の手を放し向うに行ってしまった。二人の仲を心配したシャリーがリリーにどうしようかと小声で話しかけてきたがリリーは慌てる様子も見せずにその場に座ると、目の前のサンドイッチを手に取り口にほうばった。
「ほっときゃいいのよ、テマソンったら碧ちゃんにはかなわないのに、意地になってるのよ。まっ惚れた相手に昔のことはあまり知られたくないって気持ちもわからないでもないけどね。ほらことわざにあるじゃない喧嘩するほど仲がいいって、みてなさい、十分もしたらあの子から話しにいくわよ。それにあの事件はまだ解決してないのよ、でもきっと解決の鍵は碧ちゃんが握ってる気がするのよね。一人じゃだめでもあの子にとっての相棒が一緒ならきっと大丈夫な気がするし」
「ねえリリー、あなた何を企んでいるの?昨夜碧ちゃんに魔女の話をしたのだってテマソンさんの昔に何か関係があるんじゃないの?」
「ふふっ、そのうちわかるわよ」
リリーはそれ以上はシャリーにも何も言わなかったが、十分後リリーの言った通りテマソンの方から再び碧華に近づいてきた。
「碧華、話してあげるからついてきなさいよ」
碧華が座っている後ろに立ちそっけなくいうテマソンに、笑顔になった碧華が立ち上がり靴を履いて先に歩きだしたテマソンについて行った。
テマソンはさっきは全力で拒否した魔女塚がある方に向かって歩いている様子だった。碧華は小走りになってテマソンに追いつくと、テマソンの右腕を掴んだ。
「テマソン、無理をしなくていいのよ。さっきはあんなことを言ったけど。辛い過去なら無理に話さなくてもいいわ。確かに人には話したくない過去ぐらいあるもの」
「あらあなたはないんでしょ。話したくない過去」
「恋の話はないってだけで、言いたくない過去はたくさんあるわよ」
「そう」
そういったきりテマソンは無言になってしまった。そんなテマソンの顔を見上げながら碧華は言った。
「ねえテマソン、もしこの世に本物の魔女さんがいて、あなたに何かしようとしたら私がたてになってあげるわ。だってあなたお話しに出てくるミカエルさんみたいなんだもの」
「私は普通の人間よ。魔女と言うより、あの場所には何か強い何かを感じるだけよ。あなたに守ってもらおうなんて思ってないわよ」
二人はそんな話をしながら魔女塚のある方角へと歩いて行ってしまった。その様子をみていたリリーが召使とご機嫌で食事を始めようとしていたヴィクトリアに耳打ちするとリリーはシャリーを誘い森の中に行ってしまった二人の後を追うことにした。




