呪いと魔女とテマソンと①
「あの森には昔からマジョルカっていう魔女が住んでいるっていう噂があるの。見える人には見えるらしいわよ。彼女が何歳なのか、何年生きているのかは誰もしらないけれど、彼女の姿はいつも高校生ぐらいの女の子の姿をしているらしいわ。そして時折、怖いもの知らずの若者が興味本位で彼女の住む大きな木の下の塚を見にいくらしいけれど、そんな彼らは時折彼女から本物の呪いを受けてしまうことがあるの」
碧華はアトラスにきて最初の週末を利用してライフとシャリーを誘ってグラニエ城にヴィクトリアを訪ねてきていた。日帰りで戻る予定にしていたのだが、午後になってリリーがやってきたのもあって三人はそのまま城に一泊することにしたのだ。今夜は三人一緒の大きな天蓋つきのリリーのベッドに横になりながらリリーからこの地方に伝わる昔話を聞いている最中だった。
「呪い?」
シャリーはそういうたぐいの話は苦手なのか、碧華の隣で碧華の腕にしがみつきながら恐る恐るリリーにたずねた。
「そうよ、死よりも恐ろしい、解けない呪いよ」
リリーがすごみのある声でシャリーに言うと、真ん中で横になって聞いていた碧華が興味深げにリリーの方を見ながらたずねた。
「解く方法はないのかしら?」
「あるわよ。魔法をかけた本人に会ってお願いすればいいのよ」
「でもリリー、そんな勇気のある人いるかしら?」
「さあ、どうかしらね」
「ねえ、魔女って本当にいるの?」
「わっ!ビックリするじゃない」
三人は驚いてベッドサイドの横の扉の方を振り返った。
「ママたち、キャーッって言わないんだ」
電気を暗くして並んでダブルベッドに入っていた三人の横に突然立っていたのはライフだった。
「ライフ!入る時はノックしなさいっていつも言ってるでしょ。あなた今月小遣いカットよ!心臓が飛び出るかと思ったじゃない」
一番端にいたリリーが息子を睨みつけながら言い放った。
「えええええ~そんなのないよ。僕の貴重な夏のバカンスタイムを削ってこんなにみんなに尽くしてるのに」
「何よ、城についてきたのはあなたなんでしょ」
「まあまあ、テマソンがうるさく言ったのよ。ごめんねライフ、あなたも遊びたいでしょうに、おばさんの相手ばかりさせちゃって」
「いいよ別に、これも時計のためさ。遊ぼうと思ったら大学入ってからいくらでも時間はあるからね」
「あらでも、ライフくんあなた高校終了記念にお友達と旅行とか予定立てなかったの?うちのエンリーと違って友達多いんでしょ?」
シャリーがライフに聞くとライフはそばの椅子に腰かけながら言った。
「ああ~誘われたけどパスしたんだよシャリーおば様。あいつらの旅行の目的はナンパだから、僕はもうそういうのは卒業したから」
「そうよね、あなたにはもう本命いるものね」
リリーはそう言いながら息子にニヤニヤした顔をしながら言った。
「あらライフ本命できたの?どんな子?今度紹介してちょうだいよ」
碧華が言うとライフは膨れたような顔で碧華に向かって言った。
「碧ちゃんそれ本気で言ってる?」
「本気よ」
「あああっ、僕地味にショックだな~」
「碧ちゃん、碧ちゃん、ライフくんの本命って優ちゃんのことじゃないの?」
シャリーは碧華の耳もとで小声で言った。
「えっ?優?だってライフって優に言い寄ってるのって挨拶みたいなもんなんじゃないの?兄妹みたいな感覚なんだとばっかり思っていたわ」
「はあ?僕がこんなに真剣に思っているのに、もしかして優ちゃんもそう思っているのかな?」
「さあ?あの子栞と違って表情読みにくいし、あまり自分のこと話さない子だからわからないわ」
「親子でもそうなんだ。あああ・・・でもショックだな、僕こんなに真剣なのにさっ」
「でも、こういったらなんだけど、あなたの周りにたくさんいるでしょ。金髪で美人で性格もいいお嬢様ていう子。あなたすごくもてそうだもの、あなたがその気になったらよりどりみどりじゃない、なんでうちの子がいいの?」
「碧ちゃん、優ちゃんに失礼だよ」
「あら母親だから思うんじゃない、親のひいき目でみても、あの子可愛いけど美人って分類にははいらないでしょ」
「うーん、外見じゃないんだ。なんだろう落ち着くっていうか、一緒にいるだけであったかい気分になるんだ。それにニコッて笑いかけてくれると、ここらあたりキュンキュンしてくるんだ。めったに会えないけどさ、メールとかくれるとうれしいし」
ライフは胸の辺りを触りながら言った。
「そうなの?よかったわ。これであの子の将来も安心ね、あの子あなたが本気だって知ったらあなたを見る目も変わってくると思うわよ」
「えっもしかして、今まで何度も付き合ってって言ってきたのに相手にされなかったのは僕のことを何とも思ってなかったからじゃないの?」
驚いた顔で真剣な表情で聞くライフに碧華は笑顔で言った。
「たぶん違うわよ。あの子あなたみたいなイケメンもろ好みだもん。でもね、あの子自分を本気で好きになってくれているっていう確証がもてない限り自分から恋は突き進まないタイプよ。自分のこと可愛くないって本気で思い込んでるみたいだし」
「じゃあ望みあるって思ってもいいよね」
「もちろんよ」
碧華は笑顔でライフに言い切った。安心したのかライフは大きなあくびをしだした。
「ライフ何か私に用事なの?」
それ以上何も言わなくなったライフにリリーがたずねた。
「えっ別にないよ」
「だったら何しにきたのよ」
「なんだよ、僕がいちゃまずい話でもしてたの?」
「そんな話してないけど」
リリーとライフの会話を聞いていた碧華が急に起き出してベッドの上に正座すると、ライフに向かって手招きしながらいった。
「ライフ、今ねリリーお姉様からこの地方に伝わる魔女伝説の話を聞いていたのよ。あなたも一緒にどう?」
「えっ?さっきも魔女がどうのって言ってたよね。何何?ここら辺にそんな伝説なんてあったの?」
「ええあるわよ。ママン所有の森の中にも魔女塚もあるんだから」
「何それ、僕も聞きたいな」
「そう?じゃあ今夜だけあなたも女子トークの仲間に入れてあげるわ」
「やったあー」
碧華はそんなライフをみてリリーをうらやましそうにみながら言った。
「あああっ、私ももう一人息子を産んどくんだったかな」
「碧ちゃん、僕でいいならいつでも息子になってあげるよ」
「あら易しいのね」
「僕は女性には優しいんだ。でっどんな話をしていたの?」
「今ちょうどこの城に伝わる魔女に魅入られた男の話をしようと思っていた所よ」
「えっ何それ」
「その昔、この地方を納めていた城主がいたの。彼の名をミカエルと言ったわ。彼はその容姿もそうだけれど、性格も温厚で彼の魅力の虜になった人間は老若男女問わずにいたらしいわ。そんな彼の噂を聞いて一度会ってみたいと思っていた魔女がいたの。彼女はあの森に住むマジョルカという女性だったの。様々な薬草を煎じては人々に売っていたことから魔女だと人々は囁き合っていたわ」
「ねえママ、その彼には婚約者とかいなかったの?」
「いいえ、彼はフリーだったわ。大量に立候補者はいたらしいけれどね。彼に釣り合う女性は中々いなかったわ。そんな時、彼はお城で舞踏会を開催したの。仮面舞踏会よ、階級など関係ない一夜限りのパーティーがお城の庭園で開催されたの。彼をひとめ見ようと。村人も近隣の貴族たちも着飾ってこぞって参加したらしいわ。その中にマジョルカもいたの」
「素敵、じゃあ、彼と恋に落ちたの?」
「シャリー、あなたの関心事はそこばかりね」
「あら当然じゃない。碧ちゃん、恋バナ以外を聞いて何が楽しいの?」
「それもそうね。でもリリーお姉様、その話は昔話なんでしょ。じゃあ真実は悲しいものなの?幸せに暮らしましたなら伝説になって今も魔女塚は存在しないでしょ」
「あら鋭い指摘ね。そうよ。悲しい伝説よ。城主ミカエルとマジョルカは一瞬で恋に落ちたわ。でも恋は一夜限りのもの、彼は城主の息子、魔女とは一緒にはなれない定め。でも二人の心についた恋の炎は消し去ることができなかった。二人は人目を避けてあの森で会うようになったの、でもそんな二人の恋は長くは続かなかった」
「わかった父親にばれてミカエルは別の女性と結婚させられちゃったんでしょ」
「あらライフ、それは悲しすぎるわ。なんか貴族の政略結婚でありがちだから嫌だわ」
「じゃあ碧ちゃんならどんな結末だと思う?」
「そうねえ。私だったら・・・ミカエルは家を捨ててマジョルカと駆け落ちするって話の方が素敵じゃない」
「でも碧ちゃん、それならめでたしめでたしで魔女伝説としてはどうかしら?」
「そうねえ・・・たとえば彼女には秘密があったとか。彼女はあの森を離れては長く生きられないとか・・・それでも彼との生活を選んだ。そして、彼の子供を産んで数年後、彼の元から姿を消したのよ。自分の肉体が消滅する姿を彼に見られたくなかったから。マジョルカは一人あの森に戻って命が尽きたのよ。でも彼女は永遠の命をもつ魔女、肉体はなくなっても、魂は生き続ける。彼女はミカエルが生涯を終えた後も彼の子孫を守り続けているっていうのはどう?彼もまた、城に子どもを連れて戻った後も生涯妻はめとらずその生涯を終えるの。時折懐かしそうに、あの森に足を運んでは一人立たずむ姿をみた村人は囁きあうのよ。彼は魔女に魅了されたんだと、あの森にはきっと今も魔女がいるのだと。そして伝説が生まれたのよ。一人の男をただ愛した女性の話が、魔女の呪いを受けて、魔女に魂を奪われた男の話へと変わってね。どうこういうおちしかよくない?」
「碧ちゃん、妄想しすぎだよ。だいたい、マジョルカがどんなに素敵な女性だったにしたって、十代でであって別れたきりの女性をその後の長い人生誰も愛さないで終えるなんて寂しすぎるじゃないか。僕ならいやだな」
「まあライフ、あなたそういう男なのね。覚えとくわよ」
「なっなんで?僕へんなことをいった?」
「あなたは女心を分かってないってことよ。女は生涯愛し続けてほしいものなのよ。本気で惚れた相手にはね。でもまっ、現実問題、それは難しいだろうけど」
「そうね、リリーの言う通りね、理想は生涯一人の男を思い続けるって素敵だけど。人間だものね。周りに素敵な人はたくさんいるし、でもどうなのリリー、物語はどっちになったの?もしかしてもっと悲惨な結末?」
シャリーの問いかけにリリーは三人の顔を順番に見てから答えた。
「そうね・・・碧ちゃんの予想はいい線までいっていたわよ」
「えええ~。じゃあ純愛だったの?ミカエルは?」
「そうミカエルも魔女マジョルカかも互いに愛し合っていたの、だから村を出て別の場所で共に生きることを選んだ。でも村人も城主も正気を逸していたのよ。伝説では、人間としての肉体の寿命が付きかけていたマジョルカが十年後一人で森に戻った所で城主にとらえられたの。そして村人たちの手によって。森のマジョルカが住んでいた場所に閉じ込め火を放ったのよ」
「えええ!ひどい。最低ね村人も城主も」
「そう・・・むごいことをしたの。炎に包まれたマジョルカの館から呪いの言葉が聞こえてきたらしいわ。それを恐れた村人たちはその焼け残った場所に塚を立てた。その場所は今でも残っているのよ。今ではその場所に大きな大木があるの、マジョルカの呪いがのりうつっているっていう人もいるわ。実際のその場所で呪いを受けた人もいるしね」
「呪いなんてあるんだね、家柄とかどうでもいいと思うんだけどな。貴族同士とか固いこといわずにさ、その城主も息子の恋を許してあげればよかったのに、そしたらみんな幸せに暮らせたのにさ」
「ねえ、じゃあそのミカエルは城へ戻ってきたの?」
「ええ、戻って来たわよ。父親が亡くなった後に息子を連れてね。彼はその息子が誰の子なのか言わなかった。村人も聞かなかった。そして自分たちが彼の愛する人を焼き殺した事実もね。そうしてお城は現在も受け継がれている。彼と彼の愛する魔女の血を引いた子孫によってね」
「ねえ・・・もしかして、僕ら魔女の血を引いているの?僕ら魔法仕えたりするのかな?」
「そうかもしれないわよ。あなたの身近にもいるじゃない。魔女の呪いを受けた人間が」
「えっ?誰?僕の身近な人間っておばあ様じゃなさそうだし・・・もしかして・・・叔父さん?」
「えっ?テマソン?テマソン何かの呪いをかけられているの?どんな呪い?」
「えっ?逆にビックリだよ。碧ちゃん、不思議に思わないの?あの顔でおかまだよ。でも叔父さん。完全なおかまっぽくないと思わない?おかま口調だけど、男を好きって感じもないし」
「そういえばそうよね、えええ?テマソン魔女の呪いにかかっているの?でもどうして、伝説通りだとしたら、テマソンはマジョルカさんの子孫なんでしょ。愛する子どもの子孫に呪いなんかかけるの?」
「あら、かけるかもしれないわよ。テマソンにとってそれが必要なことだってマジョルカが思えばね」