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真夜中の提案②

その頃テマソンはというと、同じく悶々とした時間を過ごしていた。自分は間違っていないという自信はあるのに、こと碧華に関してだけは、彼女の発言の一言一言が自分の自信を揺らぎさせるのだった。


『なによ碧華ったら、電源まで切っちゃってるじゃない。まったく!あの子はどうしてああなのかしら』


テマソンはいつになくイライラしている自分に気づいた。そして碧華の言った「やめちゃえば」の言葉が頭の中でこだましてくるのだ。


『碧華ったらまた簡単に止めろだなんて、そんなことできるわけないじゃない』


テマソンはそう呟きつつ、碧華のやめちゃえばの言葉が気になって落ち着かなかった。その夜もテマソンは社長室で仮眠もとらずずっと仕事をこなしながら碧華に電話をかけ続けていた。そうしているうちにテマソンも考えが少しずつ変わってきている自分に気づいた。

碧華の携帯の電源がはいったのはそれから十時間後のことだった。

 ようやく電話にでた碧華は眠そうな声で言った。


〈何?まだ何か話があるの?もう裁判の話なら聞かないわよ!私はあなたと違って睡眠をとらないと寝不足で体がだるくなるんだから、お昼寝のじゃましないで〉


 碧華は明らかにまだ怒っている声だった。


「何よ!私だって寝てないわよ!だいたい、いつも私のやってることの方が絶対正しいんですからね。でも、一応・・・あなたの考えとやらがあるんだったら聞いてあげようかと思って電話したんじゃない。話す気がないんだったわいいわよ」


〈あら、聞いてくれる気になったの?〉


テマソンの言葉を聞いた碧華の声が急に変わったのが分かった。テマソンは碧華のこういう切り替えの早い所が好きだった。相手が考えを変えたとわかったら、意地をはらず素直になるのだ。


「そうよ。だから一応話してみなさいよ」


『やっぱりテマソンだわ。本当だったら絶交パターンだもんね。でもきちんと向き合ってくれる』

 

 碧華は心の中でそう思いながら自分の想いを話し始めた。


〈あのね、もう出版社への訴訟は取り止めてほしいの。私にはどうでもいいことだから、そんなことに時間を費やすんだったら、この際サファイア出版社とは縁をきればいいのよ。私よくわからないけど、一作目の出版権?みたいなのを買い取れば縁がきれるんじゃないの?それにジーラス社は盗作だとは知らなかったって言い張っているんだったらほっときなさいよ。あの自主回収した本の原稿の中で十作品に関しては著作権も出版権もすべてこっちのものだって証明されたんでしょ。それでいいんじゃないかなって思ったの。それに、新しく別の出版社を探さなくても、新しい本の出版は、制作から編集、出版までディオレス・ルイ社でやってしまえば今回みたいな問題はおきないでしょ。私は大金持ちになりたいわけじゃないし、マイナスにならない程度本が売れればそれでいいし。今はインターネットっていう便利なものあるでしょ。何も店頭販売しなくてもネット注文だけでもいいじゃない。そうよなんだったらディオレス・ルイのお店の隅にでもおいて売ればいいじゃない。まっ新たに部門を新設するには予算がたくさんいるだろうから、採算があるのかどうかは私にはわからないから、あくまでも理想を話しているだけなんだけどね〉


碧華の提案はテマソンの予想を大幅に超えるものだった。テマソンは想像すらしていなかった碧華の提案をしばらく考えた。


『私が出版社をつくる?考えたこともなかったわ。でもそうよね、ここで全ての作業をしてしまえば盗作なんて厄介なことにもならないわ。問題は人材よね。印刷の機材も必要だし、確かに初期費用はかなりかかるわね。何万冊もの本を出版するとなると規模も大がかりになりそうだし、第一売れる確証がなければ人材も機材の初期投資も確保できないわ』


テマソンはそう考えながらも久しぶりにワクワクしている自分に気が付いた。碧華の提案はいつも自分の想像を超えていた。そしていつも碧華の提案の方が魅力的に思える自分がいるのだ。

テマソンはすでに碧華の魔法にかかってしまったようだ、もう訴訟などどうでもよくなっていた。


「わかったわ。ディオレス・ルイ社での出版部門の新設前向きに考えてみるわ。面白そうだし」


〈本当?ありがとう。さすがテマソンね。それでね、八月にそっちに行ってまず私がしたいのはね、フランスにいるビロームさんに『キロス』制作の依頼をして、オッケーをもらったら、編集作業と並行して『アーメルナ』の新作の二本だてで本の制作を頑張ろうかなって思ってるのよ〉


「ちょっと待って、ビロームに会いに行くって聞いてないわよ。会ってどうするつもりなのよ、それにキロスって何?」


〈キロスってビロームさんと共同制作する本のタイトルよ。さっきフレッドにテレビ電話で聞いたら、彼の居場所を知っている弁護士に連絡を入れてくれるって言っていたから彼が会ってくれるっていうのならフランスに会いに行って一緒に仕事してもらえないか聞いてみようかなって思ってるの。フレッドも一緒に行ってくれるっていうから、書面で依頼するより直接聞きたいこともあるのよね。フレッドが一緒なら安心でしょ〉


「碧華、あなた私を通さないで何を直接フレッドと話しているのよ」


〈だって、テマソン忙しいでしょ。フランスのことは直接フレッドに聞いた方が早いじゃない。フレッドに聞いたら半日ぐらいだったら都合つけられるっていってたから、まだ返事していないけど、八月中のフレッドの都合がつく日に合わせてフランスに行こうかなって思ったのよ〉


「ビロームに会いに行くなら私も絶対に行くわよ。何を聞きたいのか知らないけど、それに共同制作って何よ、そんなことできるわけないでしょ」


〈やる前からできないって決めつけないでよ。とにかく、テマソンは来なくてもいいわよ。あなたそれでなくても忙しいんだから。あなたが私に送ってくれたビロームさんからの手紙を読んでて根はすごくいい人なんだってわかったし〉


碧華の言葉でテマソンの機嫌が一気に不機嫌になったのが受話器越しでも伝わってきた。


「あっそう!じゃあ、詩の件は全部フレッドにたのめば!」


テマソンが急に吐き捨てるように言ったので碧華は大きなため息をついて言った。


〈ホントに男ってめんどくさいわね。私はそんなこと一言も言ってないでしょ〉


「あら、そういう意味でしょ。私は自分の知らない事が後で大ごとになるのが嫌なの!特に『キロス』だっけそんな出版の依頼なんて重大なこと私の知らない所で決められてるしね。第一、彼が受けないってこともあるんだから。あなたが他に何を聞きたいのかは知らないけど」


〈はあ!テマソン・・・私はね、あなたが自分の会社の事でも大変なのに、ここしばらく休みなしで訴訟やマスコミ対応なんかに追われてかなり疲れているみたいだから、少しでも負担をかけないようにしようとしているんでしょ。フレッドも忙しい人だけど、フランスでのことはなんでも言ってきてって言ってくれているから、甘えようかなって思っただけじゃない。『キロス』の交渉だって、最近思いついたんだもの、あなたが知らないのは当たり前でしょ。あなたが裁判裁判ってどうでもいいことばかり言うから。いいそびれちゃったんじゃない。確かにフランス語も英語も話せないから彼にうまく話せるかなんてまったく自信はないけど〉


碧華の言葉にテマソンの怒りは収まってきたようだったが、全く納得はいっていないようだった。


「あ~も~!イライラするわね。私は全然大丈夫よ。私は今年の最初に誓ったのよ!あなたが日本をでてどこかに出かける時は一緒に行くってね。大丈夫かなとか心配するぐらいだったら無理しても同行したいのよ。あなたのことが心配だから!それに裁判はあなたの名誉のためにやっていたことでしょ。あなたにはどうでもいいことでもね。きちんとハッキリと真実を公にしておいたほうがいいと思ったから」


〈テマソン・・・ありがとう。でも私も心配なのよ。毎夜毎夜、夜中に電話がかかってきて、あなた最近時間の感覚すら麻痺してるでしょ。以前のあなただったら、こっちが夜中の時間帯の時は急用でもない限りかけてこなかったでしょ〉


「えっ?あっそうよね。ごめんなさい。そういえば時間なんか最近気にしてなかった気がするわ。私も最近余裕がないのは自覚してたわ」


〈私はね、夜中寝れなくても昼寝してるから別にいいんだけど、あなたが心のゆとりをなくしてきているんじゃないかって心配なのよ。あなたにはあなたのそばで、あなたの体や精神状態をよく観察して管理してくれる人がいないんだから。あなたが倒れちゃったら、私だけじゃなくて、あなたの会社に勤めているすべての家族の人達が路頭に迷うことになるのよ。あなたが自分できちんと健康管理するしかないのよ〉


「碧華・・・私・・・うううんもういいわ。私も言い過ぎたわ。今日は早めに寝ることにするわ」


〈そうしなさい〉

「碧華・・・ありがとう」

〈じゃあね〉


碧華はそういいながらも、突然のひらめきをテマソンにだまっておくことにモヤモヤ感は消せなかった。碧華は大きなため息をついて笑われても話す決意をした。


〈仕方ないわね。テマソンあのね〉

「なあに?」


電話を切ろうとしていたテマソンはもう一度耳にスマホをあてた。


〈私がビロームさんに聞きたいのはね、前世の記憶がないかってことよ〉


「えっ?何それ、あっだめね今言ったばかりなのに、ごめんなさい。また明日でもいいわよ。あなた眠たいんでしょ」


〈もういいわよ。話してあげる。話したいの〉


「あなたも頑固ね。いいわ。聞いてあげる」


〈私ね、ビロームさんが一生懸命辞書で調べて書いたのが分かる謝罪の日本語の手紙を何度も読んでて思ったのよ。彼はあの原稿を持ち去ったのは、アーメルナのタイトルに反応したからなんじゃないかって、そして、あなたが訳してくれた『メモワール』の詩集を何度も読み返しててある結論に達したのよ〉


「何?」


〈ビロームさんの前世はレイモンドとアーメルナのいとこなんじゃないかって〉

「なんですって!」


テマソンは突然大きな声で叫んだ。碧華は少し耳を話してまた話続けた。


〈だって、あの十作は最初の言葉も最後のラストもつけてなかったでしょ。まだ絵が完成してなかったから渡さなかったじゃない。ただ、最初のページに『アーメルナ』ってタイトルだけ大きく書いてただけなのに、あの本はすごくまとまっていたでしょ。あれは彼もまた、記憶のどこかに私たちと同じ記憶を持っていたからなんじゃないかって思ったの。だから思ったのよ、遠い昔、双子の他にもう一人共に遊んだ仲間がいたんじゃないかって。そうひらめいてから寝る前に、アーメルナに呼びかけて寝るようにしてたのよ。アーメルナの記憶に残るもう一人の人物の記憶を教えてって、そしてら夢に出てきたわ。楽しい幼い記憶達が、だからもう一度作り直そうって思ったの。彼と双子の仲直りの物語を、ビロームさんと一緒にね〉


「碧華・・・あなたそんなことを考えてたの?」


〈そうよ、だって素敵じゃない。私たち、また同じ時代に生まれかわってこれたのよ。同じ人間として、それも、日本とアトラスとフランスなんて、国も違うし、歳も違うのに私たちは出会えたのよ。すごい奇跡だと思わない?もう仲直りしてもいいじゃない〉


「そうね・・・本当にそうね。でも碧華、まだ彼がキロスだとは限らないわよ」


〈あらぜったいそうよ!テマソンに言うとぜったいそういうだろうって思ったから、彼に直接確認してから報告しようと思っていたのよ〉


碧華は少しすねた口調でいうと、テマソンは急に笑い出した。


〈何笑ってるのよ〉


「ごめんなさい。あなたの絶対がでる時はたいがい当たっているからきっとそうなんでしょうね。わかったわ。そういうことなら、やっぱり私も同行した方がいいわね」


〈でもテマソン〉


「大丈夫よ、私の体の心配ならご無用よ、あなたの提案を全部飲んであげるわ。フランス行きをのぞいてね」


〈ええ~〉

「これは引き下がらないわよ」


〈わかったわ。じゃお願いします。日程はあなたとフレッドの都合のいい日を相談しといて頂戴〉


「あら、私が行くならフレッドの同行はいらないんじゃない、私フランス語ぐらい話せるわよ」


〈そうだけどフレッドがビロームさんの件で何か進展があるようなら必ず教えてほしいって言ってたから、それにフレッド強いから一緒にいてくれると安心だし〉


「どうせ私は弱いわよ。仕方ないわね。わかったわ。私も同行することを話してからもう一度私の方で聞いてみるわ。じゃあサファイア出版社とジーラス出版社への訴訟は取り止めるわ。初版本に関する出版権や全ての権利も私が責任をもって買い取る交渉をしておくわ。今後何も言わないことを条件にだせば応じてくれるでしょ。新しい出版社の件は前向きに検討するわ」


〈テマソン、買い取るってすごくお金がかかるんでしょ?〉


「あら、あなたはそんな心配しなくてもいいわよ。お金がかかった分は新作で取り返すから大丈夫よ。アーメルナもキロスも必ず大ヒットするに決まってるんだから。しなかったら、あなたにバッグの仕事をたくさんさせて回収するから大丈夫よ」


〈私のできることなら喜んでお手伝いさせていただきます〉


「頼んだわよ。じゃあね」


〈テマソン、いろいろ大変だけど、本当に無理しちゃだめだからね〉


「わかってるわよ」


〈本当に本当によ。少しでも寝なさいよ。おやすみなさい。あっ、そういえばティムさんまだいるのかしら?〉


「あなたは本当に心配症なんだから、無理しないわよ。彼がいるかはわからないわ。始業時間になってまだいるようなら、会って彼に話を聞いてみることにするわ」


テマソンのその言葉に安心して碧華は電話をきった。テマソンは一時間前に電話をかけた時には考えられないぐらいすがすがしい気分になっていた。

方向性を決めたテマソンの行動は素早かった。早速出版部門を創設するための人材確保や場所の確保などテマソンの頭の中では様々なシュミレーションがなされていた。



テマソンはさっそく早朝、フレッドに連絡をいれジーラス社との訴訟は取り止めにすると連絡を入れた。フレッドも最初はテマソンと同じ反応をしめして反対したが、碧華の意思を尊重するというテマソンの言葉でフレッドもしぶしぶ了承した。

テマソンは出版部門創設に当たって協力を仰いだ人物がいた。彼はちょうど、事業を息子に引き継いだばかりで、これから何をしようか考えていた所だった。テマソンの依頼に心よく引き受けてくれ、今日から早速出社するとまで言ってくれたのだ。碧華の何気ない思い付きは数時間の間にあっという間に形になって始動しようとしていた。


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