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真夜中の提案①

〈あああああ~もう我慢の限界よ!絶対あの社長許さないわ!〉


最近、盗作疑惑の訴訟などすべての連絡や手続きをテマソンに任せているせいか、テマソンから一応報告の電話が毎日かかってくるのだが、それが一日の内時間をとわずかかってきていた。時には真夜中の時もかなりあった。出版社との訴訟問題は進展がないようで、取材やテレビの報道など一時期かなり過激になっていたようだった。


ジーラス出版社側が一貫して多くの取材陣に対しても全く知らずに出版したことだという主張を繰り返すばかりで、フレッド側からの要望書にも全く返答する様子はなかったようだ。


その上、アトラスのサファイア出版社もまたしかりで、ビロームも供述で、サファイア出版社に自分の作品を持って行った際、机の上に置かれていたAOKA・SKYの原稿を盗んだと主張しているにも関わらず、そんな事実はないとし、担当者が故意に犯人に渡したか、持ってくる途中で落としたのだろうとし、担当者は辞任して行方不明なので詳細はわからないとし、返答できないの主張を繰り返すだけだった。


テマソンのサファイア出版社の編集長も見ているはずだという主張はまったく聞き入れる姿勢は見せていないようで、ここ最近、仕事が終わるこの時間になると、こうして迷惑な叫び声の電話をかけてよこしてくるようになっていた。


碧華はため息をつきながら一応電話に出ながら、聞いてもよくわからない内容を半分聞き流しながら聞いていた。


〈ちょっと聞いてるの?〉

「聞いてるわよ」

〈ならいいわ。それでね〉


碧華は自分が関わっている詩集の件でまだもめていてテマソンが全て窓口になって頑張ってくれているのは知っているが、こう一日に昼夜と問わず電話で報告されるとさすがにどうでもういいからもう止めてと叫び出したくなる衝動にかられる。それは中途半端な解決を嫌うテマソンには禁句の発言だということを知っているので、あえて何も言わないで電話での報告を延々と聞いていた。



 その当のテマソンはというと、毎日睡眠時間をかなり削って出版社への態度に対する裁判の手続きとなる証拠集めをフランスのフレッドと共に情報収集に奔走していた。その為普段の仕事に平行して行うためテマソンのイライラはマックスに近づきつつあった。



 そんなある夜、碧華は思い切って八月の計画をテマソンに報告することにした。


「テマソン、新しい詩集のことなんだけど、今回は真剣に集中して新作の制作をしたいから。マスコミとかもう落ち着いてきてるでしょ。だから、栄治さんとも相談したんだけど八月一日から一か月の間、そっちに行くことにしたから、一か月そっちにお邪魔してもいいかしら?バッグの新作発表会もあるでしょ」


〈あら、来てくれるとこっちも助かるけど、でも、そんなに長い間来て大丈夫なの?栞ちゃん受験生でしょ〉


「そうなんだけど、私ができることなんて食事だけでしょ。実はね、エンリーが高校課程終了したっていうから。以前から栞が暇になったら勉強教えてほしいってエンリーに頼んでいたみたいなのよ。エンリーは今更勉強は必要ないみたいだけど、栞は希望大学ギリギリみたいで焦っているみたいでね。この間エンリーから日本に来てもいいかって聞いてきたから、ついでに主婦もやってもらえないか頼んだら快く快諾してくれたのよ。さすがに洗濯は優にしてっていってあるけど。もう昨日から来てくれているのよ」


〈そう、エンリーがいてくれたら安心ね。料理は完璧だものね、あなたがいるよりみんな喜んでるんじゃない?〉


「そうなのよ、地味にショックよ、栄治さんなんか、そうか一か月おいしい料理が食べられるなっなんてすごく喜んでいるのよ。確かにエンリーの料理はおいしいけど」


〈あら、それは仕方ないじゃない、そのおかげであなたは好きなことをさせてもらえるんでしょ。受験のたいせつな時期に一か月も留守にしていいなんて普通の家庭じゃ考えられないんでしょ〉


「そうなのよ、もうエンリーには感謝感謝よ。家庭教師もやってくれて、栄治さんと優のお弁当も作ってくれるっていうのよ。もうできた息子がいて私幸せ者だわ。しかも家族なんだからアルバイト料なんていらないっていってくれるのよ。もういい子でしょ」


〈愛されているのねあなた。でも、あなたの息子じゃないでしょ〉


「あら息子も同然よ。シャリーにも連絡したら、私と入れ替わりでエンリー貸し出してくれるって言ってくれたし、あっだから、あなたは会社の仕事があるから無理だけど、あなたの自宅、本を制作するのにシャリーと泊りがけで使わせてもらっていいかしら?」


〈何、もうシャリーとそんな話になってるの?〉


「ええ、もしだめならリリーお姉様に場所提供してもらえないか聞いてみるけど」


〈なんだか私の知らないところで話しが進んでいるじゃない。面白くないわね〉


テマソンは不機嫌さを隠そうともしないで言った。

「だってテマソン忙しそうだったから」


〈わかってるわよ。もちろん私の家は自由に使っていいけど、ちょっと待って、そうだわ。あなたが一か月いるなら会社で以前はぎれの収集場所になっていた部屋あるでしょ〉


「ええ」


〈あの場所ね、あなたの考えたキーホルダーが人気でデザインは別なんだけど、定番化するようになったもんだから、まったく端切れがたまらなくなったのよ。でた端切れがすぐキーホルダーの制作部に回るようになったからあの部屋空いているのよ。あの場所、もともと事務所仕様にしてあるからあなたたちが使うパソコン机や私の絵を描く机なんかも入れても十分な広さがあるし、シャリーもね、今は会社の仕事以外でも詩集用の写真を整理するのも会社でできたら便利なのにってぼやいてたからちょうどいいからその場所提供してあげるわ〉


「素敵じゃない。さっそく後でシャリーにメールしておくわ」


〈いいわね。私も絵を描きたいわ〉


「あら、描けばいいじゃない」


〈今出版社の訴訟準備でそれどころじゃないの知ってるでしょ。あなた他人事のようにそっちはまったく関心ないみたいだけど、今忙しいのよ〉


テマソンの話を聞いていた碧華が突然叫んだ。


「もうやめちゃえばそんなこと!あっみんな起きちゃうわ。ちょっと場所移動するから待って」


碧華はそう叫んだ後しばらく階段をのぼる音と共に声が途絶えた。



一分ほどして再び碧華の声が聞こえてきた。


〈テマソン私ね、あなたの出版社の人を訴えるって話、ここ数日聞いてて言おう言おうってずっと思ってたんだけど〉


「何よ、また許してあげてっていうんじゃないんでしょうね。もうそんな話は聞かないって前に言ったわよね」


〈そうよ、だから今まで言わずにあなたに任せていたんでしょ。でもね、出版社を訴えて勝ったとしても、あんまりたいした成果はないんじゃないかって思うのよね。ビロームさんは罪を認めて正直に自供してくれたんでしょ。彼の自供であの原稿はサファイア出版社から盗まれたものだって証明されたんでしょ。それでいいじゃない。私は彼に刺されそうになったことは訴えていないし、ジーラス出版社もビロームさんの盗作を認めてあの本の自主回収始めたんでしょう。あなたの絵の権利も戻ったんだし、もういいじゃない〉


「いいわけないでしょ!」

〈どうしてよ〉


「ビロームが確かに一番悪いわよ。でもね、彼の罪を知ってて彼を利用した人間はまだその罪を裁かれていないのよ。このままじゃ証拠不十分で何も罪に問われないおそれがあるわ。サファイヤ出版社だってそうよ、被害者だって大々的にアピールしまくって、すべては担当者のティムの不注意だってことで、トカゲの尻尾きりしてこの騒ぎの鎮静化をはかろうとしているのよ。真相が明らかにされないままね」


〈それは私も納得がいかないけど〉


「そうでしょ、だからきちんと裁判で真実を明らかにさせないといけないのよ。そうしないと、あの出版社に今後は任せられないわ。だから、私たちの原稿をいい加減に扱った真犯人を法定で明らかにする必要があるのよ」


〈私は誰が真犯人かなんてもうどうでもいいけど、ティムさん大丈夫かしら?彼はもうあの会社には戻れないんでしょ。これからどうするのかしら?まだあなたに会ってくれって会社の外にいるんでしょ。私は本当のことが分かればそれでいいわ。真実を知っている彼が今あなたに会いにきてくれているんでしょ。簡単な決意じゃないと思うわ。私は会ったこともない出版社の代表や編集長さんのことなんてどうでもいいもの。ねえ彼の言い分を聞いてあげてよ。そんなにイライラしてやらなきゃいけない裁判なんか止めなさいよ〉


「あの元担当者の彼が会社の外にいるって誰にきいたのか知らないけど、相変わらず考えが甘いわよ碧華。こういうのは法定できちんと裁判しなきゃいけないものなのよ」

〈・・・〉


「納得できないってとこかしら?その沈黙は」

〈だって・・・〉


「碧華、この際だからはっきりいっておくけど、あなたみたいに甘い考えでいると、悪い人間はどんどんつけあがるのよ。きちんと裁判で証明しなきゃ。相手に落ち度があるんだったらね」


〈はあ・・・めんどくさい世の中ね。もういいわよ。あなたの好きにしたら。どうせ私の意見なんて聞く気もないんでしょうから。じゃあね〉


碧華はそういうなり電話を切ってしまった。そして、携帯の電源も切り電話が鳴らないようにした。なぜなら納得のいかないテマソンは必ずすぐに折り返し電話をかけてくることを知っていたからだ。


『まったく、毎夜毎夜、裁判裁判って馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返しちゃって、もういいじゃないよ。過ぎたことなんだから、詩なら私が新しくもっといいの作り出してあげるわよ。何よ一番私の才能を信じていないのはテマソンじゃない。もう、出版社が信用できないんだったら自分で作ればいいじゃない。お金あるんだから!ああもうムカつく、すっかり眠気が飛んじゃったじゃない。もう地味に三時だし』


 碧華はそう呟くと、下におりていき、また短い睡眠をとることにしたが、やはり眠れず仕方なく、台所で一人パソコンで詩を考え始めた。だが、思い浮かんでくるのはマイナスな詩ばかりでいい詩は思い浮かばずに悶々と時間だけが過ぎていった。




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