盗作と碧華の思い⑤
どれだけ時間が過ぎたのか、ようやくスピーチが終わると、ビローム・バローが壇上から会場におりてきた。すると一瞬で彼を取り巻く人々の大きな輪が起きた。
碧華たちはその輪には入らなかった。なぜなら碧華たちを連れてきたという設定になっているカリーナがその場に立ったままだったからだ。
その時、カリーナにある男性が近づき彼女の耳に何かを耳打ちした。彼女は何か答えた後、碧華の方へ視線を向け、近づくと流ちょうな日本語で小さい声で囁いた。
「碧華様、いよいよチャンスですわよ」
「何が?」
「あらお惚けになられなくてもよくてよ。今日こちらにきたのはあの男の正体を暴くためでしょ。今わたくし、ジーラス出版社の社長からあの男に挨拶をしてくれと伝言を頼まれましたの。あんな盗人と会話なんて考えただけでも虫唾が走りますけれど、碧華様とテマソン様のためでしたらわたくし頑張りますわよ」
それを聞いた碧華は、自分は何も作戦を聞いていなかったことに気付き、フレッドの顔をみた。フレッドはすでに顔つきが険しくなってきていた。
「カリーナ様はここでしばらく待機なさってくださいませ、僕はテマソンさんを捜してまいりますので。母さん、碧華さんもいよいよですよ。心の準備をなさってくださいね」
フレッドはあえて日本語でカリーナに言うと、人ごみの中に姿を隠してしまった。
ようやくテマソンとフレッドたちが戻ってきた。そして、テマソンがそろそろ行きましょうかと合図しようとした瞬間、碧華がテマソンの袖をつかんだ。
「ねえ、どうしても今じゃなきゃいけないの?」
「あなた何を今さら言ってるのよ。今しなきゃ、いつするの?そのためにわざわざフランスまで来たんでしょ」
「そうなんだけど、せっかくのパーティーでしょ。別に問い詰めるのはパーティーが終わってからでもいいんじゃないかしら。あんなに楽しそうにしてるし」
碧華は人だかりの中心人物に視線を向けながら言った。
「はあ、まったくまたあなたの悪い病気が始まったわね。あんな男に同情しても仕方ないでしょ。被害を被っているのはこっちなんだから、あなた、このままだと新作が出せないのよ、せっかく考えたのに、それでもいいの?」
「それは困るけど・・・でも・・・お願い。もう少しだけ待って・・・」
「仕方ないわね。後少しよ、でも何もしなくてもじきさわぎになるわよ」
「どういう事?」
「ボンズさんに聞かれて全部話したら今日来ているお友達に話すって言っていたから」
「お友達に話したぐらいでどうしてさわぎになるのよ」
「あなた自分の人気をわかっていないでしょ。みてなさい、彼より注目を浴びちゃうわよ。先にいっとけばよかったって後悔するぐらいにね」
訳が分からないといった様子の碧華にテマソンはニヤリとしただけで、フレッドやカリーナにもう少し様子を見ようとだけいった。
テマソンの不敵な笑いの意味を想い知らされたのはそのすぐ後だった。ボンズからAOKA・SKYが来ていると聞いた友人たちの話を周りで耳にした人々によって周りが徐々に騒がしくなってきたのだ。
そして、一人また一人と、彼を取り巻いていた人たちが碧華に気付き、碧華たちのまわりに集まり始めたのだ。
口々に碧華の周りに集まり何かを話しかけられるのだが、碧華にはさっぱり理解できるわけがなかった。碧華はとっさにテマソンの後ろに隠れてしまった。
「ごめん。私が悪かったわ、あなたの言うとおりにするから助けて」
テマソンは急に笑い出した。
「みんなあなたにあえて光栄だって言っているのよ。ほら十歳の子供じゃないんだから、笑って頭を下げることぐらいできるでしょ」
テマソンに促されて碧華は集まり出した人ごみに向かって笑顔で一礼した。その時、向うからビローナ・バローがすごい形相でこっちに向かって歩いてくるのが分かった。
その後ろには出版社の社長もいた。
「ほらあなたがぐずぐずしているから向うが先に来ちゃったじゃない」
「だって、どうしようテマソン」
碧華は後ろのテマソンに向かって言ったが、テマソンは想定済みとでもいうかのように落ち着きを払っていた。
そしてテマソンの横にはフレッドとシャリー、それにカリーナも集まっていた。
「碧華さん大丈夫ですよ。あなたに危害が及びそうになったら僕が守りますよ」
フレッドは碧華に笑顔で言ったが不安が止まらなかった。
「え~私殴られるのかしら?やだなあ~痛いのは」
そんな独り言をつぶやいているうちに、ビローナ・バローが人だかりの中心にいた碧華の前まで来て碧華に話しかけてきた。
「今小耳にはさんだのですが、アトラスで人気の詩人の方がいらしているとお聞きしましてね。是非ともご挨拶をと思いまして、いったいどうやって潜り込んだのでしょうか?」
フランス語らしき言葉で話しかけてきた彼の言葉をテマソンは日本語に通訳しながらテマソンはカリーナに視線を向けた。するとカリーナが後ろから出てきて言った
「あら、わたくしがご一緒に行きませんかとお誘いしたんですのよ。だめだったかしら?だってあなたの本の中の十作品は彼女の作品なんですもの。その本の出版記念パーティーですもの彼女もいて当然だと思いますけれど」
カリーナをこのホテルのオーナーの娘だと耳打ちした出版社の社長の言葉に少し動揺を見せた彼だったが急に笑い出した。
「これは失礼しました。何か誤解があるようですね。『メモワール』は写真も絵も詩も全て私が生み出した作品ですよ」
彼サイドのファンがそうだそうだと言っているような声が聞こえてきた。その声を聞いてか、彼は小さくニヤリと笑みを浮かべながら碧華に視線を向けて言い放った。
「どなたかは存じませんが、ここはあなたのような方がくる場所ではありませんよ。お引き取り願えませんか?それにしてもアトラス人はこんなアジア人のおばさんの詩を好んで読んでいるなんてどうかしていますね」
彼の言葉にカチンときたのはテマソンだった。碧華は自分の肩に置かれた彼の手に力が入ったのを見逃さなかった。
碧華には何を言われたのかは理解できなかったが、馬鹿にしているのだろうということは感じとれた。その時、怒りというよりも哀れみの方が勝ってしまっていた。
「テマソン私の言葉を通訳して」
「大丈夫なの?ここからは私が言うわよ」
「うん、でもやっぱり私の口から言わないと」
「わかったわ」
テマソンの言葉に碧華は頷くと日本語で話始めた。
「ビローナ・バローさん、突然あなたの大切なパーティーに来てしまって申し訳ありません。私が日本からはるばるここにきたのは、私が次にだそうとサファイヤ出版社に預けていた十作品が突然フランスで別人の作品の中に掲載されていると聞いたからなんですの。現物を見せて頂きましたが、フランス語を読めない私にはそれが私の作品と同じなのかの判断はできませんでしたわ」
碧華の日本語がテマソンによってフランス語に通訳されると、ビロームが突然笑い出した。
「話になりませんね。それでどうやって私があなたの作品を盗んだと証明できるというのですかな。お見受けしたところフランス語だけではなく英語も話せないようですし、言葉もわからないあなたに何ができるというのですかな。冷やかしなら帰っていただけませんか」
ビロームの言葉に今にもつかみかかりそうな勢いでビロームを睨みつけているテマソンの腕を碧華は掴んで再び話しだした。
「そうですね。私一人の力では無理ですわね。ですから私の詩はあきらめることにしました。けれど、あなたは大きなミスを犯しているのをご存じかしら?」
「ミス?何をたわけたことを、言いがかりもたいがいにしてもらいたいね」
「そうでしょうか。わからないのでしたら私が証明して差し上げましょうか?まず一つ目はあなたの掲載している一作目から十作目まで写っている写真は全てフランスのある人物の私有地の写真なのをご存じかしら?あなたはこの写真を掲載する許可をとって使用しているのかしら?」
「許可も何も、こんな湖どこにでもあるでしょう」
「あらおかしいですわよ。あの写真は個人の邸宅のプライベートの湖なんですのよ。警察の方に調べて頂ければどちらの主張が正しいのかわかりますわよ。なんなら、私が今ここで所有者にお尋ねして差し上げましょうか?あなたをご存じですかと?」
「でっできるもんならしてみろ!はったりもいい加減にしてもらいたいな。どこに証拠があるっていうんだ。あれは俺が苦心して撮った写真なんだ」
碧華はその言葉を聞いて、後ろにいたフレッドを手招きした。
「ねえ、彼はこう言っているんだけど、あなた彼と知り合いなの?」
「いいえ、会ったこともありませんよ」
「だっ誰だお前は?」
「申し遅れました。僕はフレッド・ビンセントと申します。あなたが出された本に掲載されていた写真の十作の場所の現在の所有者です」
フレッドは内ポケットから掲載されている写真の別アングルから撮影された写真を見せながら言った。ビロームはその写真を見て顔面が蒼白になった。
「この写真を撮るには、我が屋敷に侵入しないと写せるはずがないんですよ。これをあなたが撮られたとおっしゃるのでしたら、あなたを不法侵入で訴えなければなりませんね」
「あっ、もっもしかしたら、ネットに掲載されていた写真を手違いで使ってしまっていたかもしれませんね。どうです、いくら支払えば写真の使用許可をいただけますか?ご希望の金額を提示して頂ければお支払いいたしますよ」
ビローナは突然しどろもどろになり態度を急変させた。それを見たフレッドは隣のシャリーに向かって聞いた。
「母さん、彼がそう言ってますがどうしますか?」
「わっ私は自分の写真をネットにアップしたことはありませんわ。それにあの本に掲載されている写真はここにいる碧華さんのために提供したものですからあなたに使用許可をあげるつもりはありませんわ」
「あなたのおっしょることには矛盾がありますね。法定で訴えてもいいんですよ。そうすればあなたがあの写真をどこで入手したのか明らかになるでしょうから」
フレッドの言葉を聞いたビロームの態度が急変しだした。
「そっそうだ、今思い出しましたよ。あの写真はある人物から買い取ったんですよ。盗品だとは気づかずに」
「そうですか?碧華さんどうします?」
「そうね、そういわれてしまうと写真の件は警察の方に捜索をお願いするしかないわね。でもあなたのミスはまだありますわよ」
「はあ?いい加減にしてくれ、話にならない」
ビローナはこれ以上話していると不利になると悟ったのか突然踵を返して去ろうとした。だが、彼の後ろにいる大勢の人たちに阻まれ身動きがとれなくなっていた。碧華は話を続けた。
「あなたが犯したミスその2はイラストをそのまま使用してしまったことよ」
「はあ?あっあれは俺が描いたものだ」
テマソンの通訳を聞いた碧華は彼の言葉でテマソンにバトンタッチすることにした。テマソンは碧華の前に一歩進みでたかと思うと、右手をパチンと鳴らした。その瞬間、舞台の後ろのカーテンが左右にひかれ白い壁が現れた。それと同時にスタッフらしき数人によってプロジェクターが運ばれてきた。テマソンは無言のまま舞台に上がると、舞台の横に販売用に積み上げられている詩集を一冊手にとると、プロジェクターにその詩集の1ページ目を映し出した。そして、スタッフがテマソンにマイクを渡した。テマソンはそのマイクを手にすると話し出した。
「皆さま、今からこの絵が誰の作品か証明して差し上げますわ」
「でっできるものか、あれは俺の作品だ。その証拠にそこにビローナとサインが見えているだろうが」
ビローナは舞台に向かって怒鳴り声に近い声で叫んだ。
「これは、あとから書き足したものよ。碧華があなたのミスを指摘したのは、あなたが私の作品を模写せずにそのまま本に使ってしまったことよ。私はね、自分の絵の中に自分でしか分からないように自分のサインを入れるようにしているのよ」
テマソンはそういうと、一ページ目に描かれていた少女がブランコに乗って楽しそうに笑顔で笑っている絵を拡大で映し出し、彼女が腰かけているブランコの板の部分を指さした。ズームされた場所にはよく見るとサインのようなものが描かれていた。
「テマソン、私の本名よ。この本の十作品全ての絵のどこかに私は自分の名前を書いてあるの。これは事前に専門家に鑑定して頂いている鑑定結果書類よ。このサインが誰が描かれたものなのか筆跡鑑定をしてもらってあるわ。結果は見なくてもわかるでしょうけど、私だと証明されたわ。そして私はこの絵をあなたに提供した覚えはないわ」
テマソンはスーツの裏ポケットから一枚の鑑定書を広げて見せながら言った。
「くそ~!お前さえいなければー!」
ビローナが突然そう叫んだかと思うと、スーツの内ポケットから折りたたみのナイフを取り出すと碧華めがけて斬りかかってきた。




