盗作と碧華の思い④
会場に着くとカリーナはバッグから招待状を見せると、その名前に驚いて受付がヘッドマイクで誰かを呼んでいるらしかった。しばらくすると、ジーラス出版社の社長がいそいそと姿を見せた。
「これはこれはお嬢様自らおこしいただけるなんて光栄です」
「今日はお招きありがとうございますわ。今夜は父が急用でこれなくなってしまってわたくしが代理できたんですの。でも急だったものですから、わたくし海外からのお友達と一緒でしたので同行してもらったんですの。一緒にはいってもよろしいかしら?この後、クラブにも行きますの」
「お友達の方でいらっしゃいますか本日はご招待状のない方のご入場はお断りいたしているのですが」
「あらそうなの、じゃあわたくしも帰りますわ。一人でなんてつまりませんもの。ではごきげんよう」
カリーナが急にその場から帰る仕草をすると、社長の態度が一変した。
「わっわかりました。他ならぬお嬢様のお友達の方がたならさぞご立派なかた方々でしょうから、どうぞおはいりくださいませ」
ジーラス出版社の社長はペコペコしながら言った。
「あらありがとう。お父様にはあなたのこと伝えておきますわ」
「ありがとうございます」
カリーナはそういいながら後ろの碧華たちに向かってウインクした。
会場内はかなりの人が既に集まっていた。会場の両側にはテーブルが置かれ、その上には料理が所せましと並べられていた。
「かなり盛大ね。そんなに売れているの?」
碧華は横のテマソンに小声で話しかけた。
「そうよ、既に五万部突破しているみたいよ、出版社の社長も必死で隠したいわけよね。本当のことが明るみになれば全てがパーですものね」
五人は会場内を歩きながら周囲の様子を伺っていた。
「ご来場の皆さま、おまたせ致しました。ゼローム・バロー先生が到着いたしました。皆さま拍手でお迎えいたしましょう」
司会者がいうと、会場内で雑談していた客が一斉に前方の舞台に注目がいった。そして拍手の中、一人のきらびやかな衣装をきた若い男性が登場した。
「なあにあの衣装は、アイドルじゃないんだから、もっと他の衣装を選べばいいのに」
テマソンは金のラメいりの衣装をきてサングラスをかけた男を見てけげんそうな顔をしながらブツブツ言ってきた。
それに対して碧華はさすがに十二時間のフライトの後ということもあり、かなり疲労感がマックスに近づいていて、会場中から聞こえるフランス語が子守唄のような作用を引き起こし、大きなあくびが口からでてしまった。
「碧華、せめて主役が挨拶してる時ぐらい演技でも感動しているふりをしなさいよ」
「だって、何を言っているのかさっぱりわかんないんだもの、子守唄にしか聞こえないのよ。なんかもうどうでも良くなってきちゃった」
碧華はまた大きなあくびをしながら涙を拭きため息をついた。
「もう仕方ないわね。眠気覚ましに冷たい飲み物でももらってきてあげるわ」
テマソンはそういうとその場を離れた。碧華はだらだらと長い挨拶をするゼローム・バローという男をボーっと眺めていたが、いよいよ眠気がピークに達してきた。
周りをみると、会場内の人々はまるでアイドルか神をみるかのような眼差しを舞台のその男性に向けている様子だった。
碧華は首をぐるりと回しながら必死に眠気と戦っていた。
その時、碧華の肩を掴む人物がいた。碧華は驚いて振り向くと、大きな銀縁のサングラスをかけ、黒い背広をビシッツと着こなしたガタイの大きな男性が立っていた。
その男性はフランス語で何かを碧華に仕切りに話かけている様子だったが碧華はわけが分からず困惑してしまい、二歩前に立っているシャリーに助けを求めようと手を差し出そうとした瞬間、聞きなれた日本語が耳に入ってきた。
「あの、人違いでしたら失礼、あなた碧華先生ではありませんか?」
「えっ?」
碧華が驚いていると、その男性はサングラスをとって笑顔を見せた。
どこか見覚えのある顔だった。だが名前がどうしても出てこなかった。
「あっあの」
碧華が戸惑っていると、男性は碧華にさらに近づき
「ディオレス・ルイの新作発表会でお話ししたビンズです」
「ああ~、お久しぶりです」
碧華はようやくその男性を思い出し、笑顔を向け一礼した。
「あら、こんな所でお会いするなんて奇遇ですわね」
「本当ですね」
「ビンズさんは彼のファンなんですか?」
「いえ、実は僕は自分でいうのもなんですが、僕はかなりの読書家でしてね。ブログなんかに気に入った本を紹介してるんですよ。これでもかなり影響力があるんですよ。今日もブログに紹介してくれと頼まれましてね」
「そうだったんですか」
「しかし、あの本は僕も読みましたが、どこか変な違和感がありましてね、正直迷っているんですよ。でっ本人を見て考えようかときてみたんですがね」
「どのような違和感があるのですか?」
「大きな声では言えませんが、確かに内容はとてもいいものでしたよ。だが、まとまりがないというか、全体的にアンバランスなんですよね。大きい声では言えませんが、詩や絵が碧華先生の作品に似ている気がしましてね。気になってきてみたんですよ。先生はどう思いますか?」
「あら、さすがすごい洞察力ですわね」
碧華の言葉にまさかという表情を浮かべたビンズに碧華は右手の人差し指を立て唇の所に持ってきて「しー」というジェスチャーをしてみせながらウインクしてみせた。そのタイミングでテマソンがグラスを持って戻ってきた。
「まいったわよ。ジュースがないっていうのよ。しかたがないから、ただの水を入れてもらってきたわよ」
テマソンは碧華にグラスを渡して、碧華の隣にいる男性に気が付いた。
「あらビンズ様。変な所でお会いしますわね」
「まっまさか、テマソンさん、いやー中性的な人だとは思っていたんですが、やはりそのお姿、どちらも似合いますなあ~」
「あらそう?褒め言葉として受け取っておくわ」
二人は英語で会話をはじめたので碧華は何を言っているのかわからずテマソンが持ってきた水を飲みながらまだ続いているスピーチをボーっと眺めていた。
「碧華、私ロビーでビンズさんと話してくるわ。くれぐれも動いちゃだめよ」
テマソンはそういうと、前のシャリーとフレッドに声をかけビンズとどこかへ行ってしまった。テマソンはその前にカリーナに何かささやいていったようにも見えた。碧華は小さなため息をついてこの後どうなるんだろうと考えていると、突然シャリーが後ろを振り向き碧華を手招きするとフレッドの間に碧華を招くと、碧華の腕に左手をからませて笑顔を見せた。
「なんだか私、迷子にならないようにじっとしてなさいっていわれている子供みたいじゃない。どこにも行かないわよ」
そういう碧華に首をかしげるシャリーにフレッドが通訳すると、シャリーは笑顔で
「NO!」といった。
「僕も母さんに賛成ですよ。あなたを一人にすると大変ですから。碧華さん、あなたはご自分が思っている以上に有名人なんですよ。ここにはフランス人だけの集まりのようですけれど、アトラスでのあなたの本やディオレス・ルイのファンの方も多くいるようですよ。ここであなたの正体がばれると、彼が霞んでしまって主役の座をうばってしまいかねませんよ」
「またまた冗談ばっかり、私なんかまだ一冊しか本を出していない唯の日本人よ知っている人なんか」
「そんなことはないですよ。気が付きませんか?さっきからチラチラとあなたを盗みみている人間がかなりいますよ。化粧を変えているとはいえ、わかる人にはわかるのですね。あなたの本はここフランスでもネットで有名ですよ。サイン会で姿を見せてますからね。あなたの顔はファンの間ではバレているんですよ。本の印税もかなり入って来たでしょ。それだけ買っている人間がいるってことですからね」
「そうなのよ、びっくりしちゃったわ。でもあれのお蔭で、娘達には行きたい大学にどこでも受験していいよって言ってあげられそうなのよね。読者の人たちに感謝感謝ね」
「碧華さんらしいですね。そこがあなたの魅力の一つなんですね。ご自分の為に使わないのですか?」
「あらそんなことはないわよ。家族の為に貯金をして少しだけ年末に自分へご褒美をしようかと考えているわよ。でも、私基本的に今すごく楽しんでいるから、欲しいものってないのよね」
「そうですか、でも困りましたね。母さん、碧華さんは欲しい物がないそうですよ」
フレッドは英語でシャリーにいうと、シャリーはシーとジェスチャーしてみせた。フレッドは笑って日本語で碧華に言った。
「碧華さん、母が何を渡しても驚かないでくださいね。母は昔からすごいものをプレゼントする癖がありますから」
フレッドの言葉に首をかしげる碧華に彼はただ笑っていた。その後、碧華は通りかかったボーイに空のグラスを渡した。これからどうなるのか、気になりつつ、ひたすら眠気と格闘していた碧華だった。