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運命の扉①

「とうとう来たわよ」


テマソンは大きなキャリーケースを持ちながら、胸ポケットに引っ掛けていたサングラスをかけ空を仰いだ。


「まったくなあにこのジメジメとした暑さは。もうすぐ10月だっていうのに汗でべとべとになりそうだわ」


薄い水色の高級ブランドのシャツに濃いブルーのスリットパンツを履き、白のサンダル姿で立つ姿はまるで雑誌の中から飛び出してきたスターのようなオーラを発していた。

そのせいか、空港の出国ロビーをでてからもう十人の人から声をかけられていた。

それは、彼がとても中性的ないでたちに加えその容姿も影響していた。

テマソンはうんざりしながら、耳にヘッドフォンをし、タクシー乗り場に向かって歩いていた。


「ここから一時間以上かかるって書いていたから、うっとうしいからタクシーで行こうかしら」


テマソンは行列を作り客を待っているタクシー乗り場に向かい、流ちょうな日本語で、行先を運転手に指示した。

車が快適な速度で走りだしたのを確認すると、テマソンはかばんからパソコンを取り出し、任せてきた仕事の確認を始めた。

今回の旅行の為にかなり無理をしてスケジュールに休みを割りこませていた。


「お客様、つきました」


テマソンが時計をみると、ちょうど一時間で目的地に到着したようだった。

「あらどの家?」

「お客さん側のドアをでた目の前の家ですよ」

「そう、ありがとう」

テマソンはタクシー代金を支払うと、後ろに積んだキャリーケースを取り出してもらい、小さな玄関の前に立った。

「確かにここであっていそうね。でも衛星画像でみていたとはいえ、物置みたいな家ね。日本人はこんな家に何人も住んでるなんて信じられないわね」


テマソンは玄関のインターフォンを押した。しばらくすると、女性の声がして玄関のドアが横に開き、驚いた顔をしたおばさんが現れた。

内心驚いて言葉をなくしていると、もう一度その出てきた女性は声をかけた。


「あの、家に何かご用ですか?」

「こちら、碧華桜木さんのお宅であっていますでしょうか?」


外国人が突然玄関の前に現れて、自分の名前を告げられた碧華はドキッとして一瞬言葉がでなかった。


「あっはい、碧華は私ですが、どちら様ですか?」

「えっ、アッ失礼、私テマソン・レヴァントと申します。アトラスでディオレス・ルイという会社を経営しております」

「あの、私に何かご用でしょうか?」


テマソンは目の前の女性をまじまじと眺めながら目の前の女性の問いかけに答えた。


「エンリーという青年にペンケースをプレゼントしたことを覚えていらっしゃるかしら」


エンリーという言葉に碧華の表情が一変した。


「ああ、エンリーくんのお知り合いの方ってあなたですか?ええ、彼なら知っています」

「私は彼の友人の叔父ですの」

「ああ~! そういえばエンリーくんから連絡をもらってます」


「私のほうこそ突然訪問してしまい申し訳ありません。実は私、トートバック用の新作を考えていましてね。世界中のさまざまなバッグを調査していまして、あなたが甥に下さったペンケースのデザインも興味深かったのですが、エンリーくんにあなたがあげたトートバッグのデザインにとても興味を持ちまして、今回、日本にいろいろ買い付けにきたついでに、ぜひ貴女にお会いしてみたいと思いましてお伺いしましたの。彼から正式にご訪問のアポイントメントをとっていただこうとしていたのですが、彼も寮に入っておりまして、なかなか連絡がつかなくて、私も今回の旅行は急に決まったものですから、こちらに連絡できず突然来てしまったことお詫びいたします。もし、御都合が悪いようでしたら、後日日を改めますが」


「あっ、私は別にかまいませんが、私が作るものなんて独学で趣味として作っているものですので専門家の方にきちんと説明とはかできないと思いますけれど」


「はあ・・・」


テマソンはまぶしい日差しを手で覆いながら噴出してくる汗をぬぐい大きなため息をついた。


「すみません、少し、中で休憩させていただけませんか?私、日本のこういうジメジメとした厚さには慣れていなくて、めまいがしそうで」


「あっ大変、あっ・・・でも今すごい散らかっていて・・・あっあの少し玄関で待っていただけますか?」


そういうと、碧華は大きなキャリーケースが入るぐらい引き戸を全開に開け、テマソンを中に招き入れた。


「あの、ここに座ってお待ちください」


そういうと、玄関の中に入ると、段差がある床を指さしながらすぐ横にある扉に向かい、狭い建物の中にバタバタと片付けをする音がしばらく続いた。

ようやく音がやんだかと思うと、リビングらしき扉が開き、テマソンに靴を脱いでおあがりくださいと招きいれた。


テマソンは靴を脱ぎ、狭い家の中に入って行った。

碧華はテマソンを比較的ゴミが落ちていない台所に通した。

リビングは今、ミシンをしていてホコリまみれで、掃除機をかけている暇がないので、見た目だけ片付け、和室は布団を積み重ねたままの状態で、正直見せられるものではなかったので、あわててめったにおろさないロールスクリーンを下までおろし台所のテーブル椅子にテマソンを招いた。


テマソンは言われるままにその小さくて狭い椅子に長い脚を組んで座った。碧華はグラスにシソジュースを注いだ。


「私は素人ですし、趣味で作った物を他の人にあげたのはあれが初めてだったんです。あのペンケースを彼が気に入ってくれたのは嬉しかったのですが、店にいけば素敵な品物がたくさん売られていますのに、お恥ずかしいかぎりです」


「ご自分で商品として売ろうとはお考えにならないのかしら、今は手作りのオンリーワンの品はどの国でも人気だと思うのですけど」


「私は今は専業主婦をさせてもらっていますので、鞄作りはただのすき間時間の趣味程度でやってるだけなんです。商品としての品物を作る技術も販売方法など、いろいろ手続きとか大変そうですし、難しいことは苦手で・・・」


「そう、どの国も一般の家庭は共働きが主流だと思っていたのだけれど、違う方もいらっしゃるのね」


「ええ、私、人と接する仕事が苦手で、人付き合いがダメなんです」

「でも・・・もったいないわね。そうだわ、例えば」


そういうとテマソンは玄関の靴の所に置きっぱなしにしていたキャリーバッグを玄関に広げると、中から真っ白い手提げバックと透明な袋にはいった布のようなものを取り出してテーブルの上に置いてみせた。


「この白いバッグをこのサンプルの布を使ってあなたならどのようにアレンジします」


テマソンが広げた布のサンプルはどれも本革でできた高そうな布ばかりだが、赤や青といった原色から淡い色の配色まで様々あったが全て無地だった。

白の手提げかばんも、縦横幅が共に三十センチぐらいで中はきちんとビロードの布で縫製がされていて、大きな貴重品いれのついたファスナーも縫い付けられていた。


「このままでも素敵な商品ですけど・・・私がこれを自由にしていいのなら」


碧華はそういうと、目の前のサンプルを手にいろいろその白のカバンに充ててみた。

そして、ふとひらめいたのか自分が今縫いかけていたカラフルな端切れのつぎはぎされた布の一部を引っ張り出してきて、真ん中に配置し、上の部分にはブルーの本革を配置しその上に重なるように十㎝ずらして置き、淡い水色の布を両サイドに配置した。


「こんな感じにして、ここの濃い青の境目は銀色のファスナーをつけて、ここのトップのファスナーの先にはフックをつけられるようにして、そうだリュック型にもできるように上の真ん中と両側の横にも二カ所フックをつけられるようにしておけば私好みかな。この生地があまったらポーチも同じ柄で作ったらかわいいかも、あーでもこのつぎはぎの所なんかは透明の薄い布みたいなのがあればいいのに」


碧華がいうと、テマソンはまたまたキャリーケースから銀色のファスナーと薄い透明のナイロン生地を取り出してきた。


「そうね。確かに。この商品は新商品なのよ、すごく薄いけれど丈夫で水をはじく素材なの。ところで、そっちに置いてあるミシンは使えるのかしら」


「家庭用のミシンですけど、これらの布は縫えるかどうか…」

「この革は薄いし、糸もあるから大丈夫よ。この端切れ頂けるかしら?ミシンちょっと借りるわよ」

「えっ?ああどうぞ、そんな端切れでよければどうぞ」


碧華が驚いているのを尻目にテマソンはすごい速さで白のカバンに仮縫いされていた糸をほどくと、碧華が配置した布を使って碧華が提案した通りのバックをほんの三十分で完成させた。

テマソンは完成したそのバッグを眺めながら満足そうに何度も頷きながら、そのバッグを机の上において、横でテマソンの作業を眺めていた碧華の方に向き直ると、真剣な顔で言った。


「あなたがいった通りね。すごく素敵だわ。この真ん中のつぎはぎの布がアクセントになっているのね。気に入ったわこの配色。やっぱり、私が思った通りの人ねあなた。どう?私とバッグを作ってみない。今はインターネットが充実しているからパソコンがあれば簡単にテレビ電話がつなげるし、設定なら私できるからしてあげるわ。どうかしら、私はあまり睡眠をとらないから二十四時間の中で、あなたが都合のいい時間帯で話をしてくれていいわ。時差が九時間あるから無理な時間帯もあるかもしれないけど」


「あの・・・私の一存ではなんとも、主人と相談しないといけないですし、まだあなたとは今日初対面ですし、返事はすぐにはできません。ごめんなさい」


突然の申し出に碧華は、驚いてなんと答えていいのかパニックになってしまった。そんな碧華をみて、テマソンは小さく微笑み返すと、腕につけている時計をちらりとみると言った。


「そうね、私、今日の十九時の便で中国に行く予定なのよ。三日後もう一度日本に立ち寄るから、その時までに返答をいただけるとありがたいわ。もし私と仕事をしていただけるのなら、もう一度訪ねてくるわ」


そういうと、紙を一枚取り出し、メールアドレスを書いて碧華に渡した。


「あまりご期待には応えられないと思いますが・・・」


「わかりました。あら、その可愛いカバンもあなたの手作り?」


テマソンはキャリーケースを片づけながら下駄箱らしき横の棚の中にしまわれている黒いリュックに目が留まった。


「ああ、それは子どもが耳としっぽのある黒猫のカバンが欲しいっていうものですから作ってみたんです」


「素敵なデザインね。オリジナルかしら?」

「はい」

「あなたセンスがいいのね。どこかで勉強なさったの?」

「いいえ、自己流ですよ」


「そう、じゃあそれはあなたの生まれ持った才能ね。あのさっきのジュースもう一杯いただけるかしら。癖になる味ね」


「でしょ、シソジュースなのよ。実家の母の手作りなの」

「素朴な味ね。まだまだ世の中にはおいしいものがたくさんあるものなのね」


「そうでしょうね。そういえばもうお昼ですね。十九時の便なら、まだ時間があるから、きつねうどんでも食べます?お口に合わないかもしれませんけど」


「あらいいの?いただこうかしら、よく考えたら私、朝も何も食べていなかったわ」


「あっそれなら、うどんにはあわないですけど、菓子パン食べます?私メロンパンが大好きで、新作があったから買ってきたのがあるんですよ」


「日本のパンは食べたことがないわ」

「それならぜひ半分こしましょう。私も食べたいから」


碧華の飾らない言い方がテマソンは何故か心地いい響きに感じられていた。自分が食べようと思って買ったものを他人に半分あげるなど考えたこともなかったテマソンにとって、新鮮な驚きがあった。それと同時に、この短時間で独特の色バランスとセンスの良さを見せつけた彼女にテマソンは衝撃を受けたのだ。ライフ以外の人間にこれだけ興味がわいたのは初めての感覚だった。        



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