初めての親友②
車は渋滞を抜け、郊外にあるレストランに到着した。気取った作法のない田舎のフランス料理を提供している家庭的なレストランをフレッドは予約していた。
店についた碧華もかわいらしい外観のレストランに感激しているようだった。一行はその店の外観でも写真を撮り中に入った。食事を終えてしばらく窓から見えるフランスの田園風景を眺めていると、急に栞と優が立ち上がり、テマソンに近づいて話しかけた。
「ねえテマソン先生?お願いがあるんだけど」
「あらなあに?」
「あのね、さっき中に入る時にみかけたんだけど、この隣の建物可愛いグッズがたくさんおいてある雑貨屋さんみたいだったの。今フレッドさんに聞いたら、ここのお店の店長さんが趣味で集めたフランス中の雑貨を売っているんですって、私たち、学校の友達にお土産選びたいなって思っているんだけど、私たちセンスないから、テマソン先生も一緒に選んでほしいの。テマソン先生センスいいから」
「あら、そうねえ。碧華も一緒にみる?」
「あっママはだめよ」
優が焦ったように碧華に言った。
「あらどうしてよ?ママも可愛い雑貨みたい」
不機嫌な顔を娘に向ける碧華に栞が付け加えた。
「あっあのね、車椅子は入っていけないみたい。それにほら、ママ、エンリーと三人でシャリーおば様とお話ししたいって言ってたじゃない。今チャンスじゃない。エンリーは行かないっていってるし」
「あら、それもそうね。じゃあ、フクロウの可愛いのあったら教えてね」
「うんわかった。じゃあテマソン先生行こう」
栞はそういうと、テマソンの手を引っ張って優と一緒にレストランをでて行った。その後をライフも追いかけて行った。それを見届けると、碧華はシャリーと同じテーブルにいたエンリーの所に車椅子を動かし近づいた。
「エンリー、シャリーさん、今いい?」
碧華に気付いたエンリーは立ち上がると自分の椅子をどけて、すでに片づけられて紅茶がおかれていたティ―カップを横にずらすと碧華の車椅子を引き寄せた。そして店員に碧華の分の紅茶を注文した。
「ねえエンリー、シャリーさんは日本語を喋れないんだったわよね」
「はい、あっ僕が通訳しますよ。母さん、碧華さんがお話しがあるようなのですが、僕が通訳しますから、少しお話ししてもいいですか?」
「ええ、フレッドあなた私の英語を日本語に訳してくれる?」
「いいですよ」
話が決まったようで、エンリーは碧華に話すと碧華は嬉しそうにしゃべり始めた。
「あっあの、シャリーさん。私あなたにもう一度お会い出来たらお礼を言おうとずっと思っていたんです」
「えっ?」
エンリーの通訳を聞いたシャリーが不思議そうに首を傾げた。
「私、あなたにお礼を言われるようなことは何もしていないわ」
「シャリーさんは私の詩集を褒めてくれたでしょ。私、本当にうれしかったんです。あの本が宝物だっていってくださったあなたの言葉は、どの人の言葉よりもうれしかったんです。ありがとうございました。いつかきちんとお礼を言いたいと思っていたんです」
碧華はそういうと頭を下げた。
「まあそんなこと、あの本は本当に素敵な本ですわ。あっあの、碧華さん、実はわたくしもあなたにお話しがあってあなたにもう一度お会いしたかったんです」
シャリーの英語をフレッドが訳すと、碧華は驚いたような顔でシャリーを見た。シャリーはぎゅっと握りしめていたかばんの中から一冊のファイルを取り出した。
「あっあの、私実は趣味が写真撮影なんです。そっそれで、あの、碧華さんの詩のイメージに合う写真を探してファイルしてみたんです」
そう言ってシャリーは自分が今まで撮りためた写真とその横には碧華の本から抜き取った詩が書きこまれていた。
それはテマソンの絵とはまた違った素敵なものになっていた。
「まあ、素敵!絵とはまた違う雰囲気になるのね。あっあの他のもみていいかしら?」
碧華が目を輝かせながらシャリーの顔を見ると、シャリーは照れながらうなずいた。どの写真もすごく素敵な風景だった。横に添えられている詩ととてもマッチしていて素晴らしい出来だった。
「シャリーさんすごいですね。わああー素敵ねえ~。こんな素敵な写真いりの詩集本を作ってみたくなるわね」
その言葉を聞いたシャリーは驚きと共に感激が入り乱れ涙目になっていた。
「そっそんな風に言っていただけるなんて感激ですわ」
「そうだわシャリーさん、明後日帰国する前に出版社の方と新しい新作の詩集本の制作を依頼されていて、その打ち合わせがあるんだけど、実はまだ誰にも話してはいないんですけど、次の新作は写真と絵をコラボした写真集のような詩集を作りたいと考えていたんです。もしご迷惑じゃなかったら、写真を担当していただけませんか?お金のこととかは全部テマソンに任せているから折り合いがつかないようだったら諦めますけど・・・」
シャリーは思いがけない碧華からの提案で感激のあまり言葉をなくしていた。
「母さん、どうかしたの?どうするの?」
エンリーの問いかけに戸惑うシャリーに横にいたフレッドが言った。
「やらせていただいたらいいじゃないか母さん。部屋の中にためておくばかりじゃなくて、本になるんだったらすごいじゃないか」
「あっあの本当に素人の私の写真技術でとったものでいいのですか?プロの方に依頼されたほうが・・・」
「あら、私はあなたのこの撮り方好きですわ。でも詳しく、現実にできるのかわからないですけど、一緒に本を作ったら最高のものができる気がするの。私の直感ってわりと当たるんですよ。それに、撮っていただきたい方は、私の心を読み取ってくださる人にお願いしたいと思っているんです。ダメなら自分で撮ろうかななんて考えていたんですけれど、こんな素敵な写真を撮られるシャリーさんにならぜひお願いしたいです」
「ほっ本当にわたくしでよろしいの?もしそうでしたら報酬なんていりませんわ。碧華さんとお仕事できるのなら」
「あら、でもテマソンがよくいうのよ、報酬はきちんときめておかなきゃだめなんですって、親しき中にも礼儀ありって日本のことわざあるんですけど、こういうことはきちんとした方がいいんですって、後でテマソンに相談してみます。なんだか楽しみになってきた~。シャリーさん、握手しましょ」
碧華はそういうとシャリーとにこやかに握手をした。
「あら何?なにか面白い話でもあったの?」
碧華がもう一度シャリーの写真をみながら楽しそうに笑っている所に、テマソン一人が戻ってきた。
「あらお帰りなさい。あの子達は?」
「あなたを呼びにきたのよ。車いすは無理だけど、お姫様だっこならお店の中を見れそうだから連れていってあげようかと思って。あなた好みのフクロウの置物やグッズがたくさん置いていたから、後でブツブツいわれても面倒でしょ。栞ちゃんが多すぎて選べないっていうし」
「まったく優柔不断なんだから。私は子どもじゃないんだから選んでくれたものに文句いったりしないのに」
「あら選びたかったっていう文句もいわないのね?」
「言うかもしれないけど・・・」
「ほら、どうする?見に来る?」
「しょうがないわね。シャリーさんちょっと席を外していいかしら?」
「どうぞ」
シャリーはフレッドに今の会話を通訳してもらい笑顔で承諾した。
「あっあの、その写真後でもう一度ゆっくり見せてもらってもいいかしら?」
碧華の言葉にシャリーは
「あの、これは碧華さんにプレゼントしようと思って作ったものなので、よろしければ差し上げますわ。もともと詩は碧華さんの本からを勝手に引用してますし」
「えっ、いいんですか?」
碧華は車椅子の向きをテマソンに変えようとしていたのを元に戻し、シャリーをもう一度みた。すると、シャリーは照れながら頷いた。
碧華はそれをみて嬉しそうにそのファイルを受け取りパラパラともう一度めくり、大切そうにリュックの中に入れてあるファイルケースを取り出すとそれを入れリュックにしまった。
「碧華、それは?」
「内緒。夜にでもゆっくり話すわよ」
「そう」
テマソンも自分の質問を軽く受け流した碧華をそれ以上追求したりはしなかった。碧華はリュックを背負うと、テーブルに手を置き、重心を手にくわえながら、左足に力を入れて立ち上がった。そこにテマソンは軽々と碧華を抱き上げると、レストランに併設されているお店に向かって歩き出した。
碧華は後ろを振り向き、エンリーに声をかけた。
「エンリーは行かないの?」
碧華の言葉にエンリーは立ち上がると母親と兄に何かを囁くと碧華の後について立ち上がった。その場に残ったシャリーはフレッドに話しかけた。
「碧華さんってやっぱり思っていた通り素敵な方だわね。とても純粋な方なんだわきっと、あのエンリーがあんなに楽しそうにして話しているの初めて見たわ」
「そうですね。僕らに話す時のあいつは心を閉ざしている感じですからね。少なくともあんな笑顔では話しませんね。まったくどっちが本当の家族なんだかわからなくなりますね」
碧華と並んで笑顔で話しながら歩いている様子をみながらフレッドは言った。そして隣の母の顔をちらっとみてたずねた。
「面白くないんじゃないですか?母親のあなたとしては、息子を取られたようで・・・あいつは母さんの前でも碧華さんのことをママと呼んでいましたしね」
「そうね・・・本音をいうと少しあるわね。嫉妬心、だけど私、それ以上に碧華さんともっと親しくなりたいと思うのよね。こんな気持ちは久しぶりだわ。そうリリーと始めて会った時以来だわ。りりーもね碧華さんのことよく話してくれるのよ。とても心が可愛い人だって、テマソンさんにいつも碧華さんを独占されるから面白くないってブツブツ言ってたわ。今のような感じなのでしょうね」
シャリーはそういうと小さく笑いながら楽しそうに店の外に歩いて行く三人の姿を眺めながら言った。
「あなたにはまだ息子が二人もいるのだから、寂しくなったら愚痴でもなんでも聞いてあげますよ」
「あらそうね。ありがとう。でも、わたしテマソンさんには負けたくないわ。そうだわ。日本語を話せるように勉強しようかしら。りりーも話せるって言っていたから教わろうかしら」
「いいんじゃないですか、あなたはもともと語学の天才なんですから、その気になればすぐに話せるようになるでしょ」
「そうね。多分」
隣で目を輝かせている母親を横目でみながらフレッドは思うのだった。
『碧華桜木、確かにあなたは人を引き付ける何か不思議な力があるようだ。この僕でさえ、あなたの世界に取り込まれそうですよ』
その後、フランス市内観光をし、六時に空港に到着した。全ての手続きが完了し、碧華は改めてフレッドに話しかけた。
「フレッドさん、今日はフランスに招待して頂いてありがとうございました」
碧華がいうと、栞と優も碧華の後ろで頭を下げた。
「ありがとうございました」
娘達も碧華と同じ言葉をかけた。その態度にフレッドは笑顔を三人に向けた。
「いえいえ、お会いできて光栄でした。あなた方は私が想像していた通りの人で安心しました。母共々、エンリーをよろしくお願いします」
「こちらこそ、エンリーにはいつもお世話になりっぱなしなんですよ。フレッドさんもお忙しいでしょうが、あまり仕事ばかりなさっているとお心が疲れてきますよ。たまには仕事から離れて、息抜きをなさった方がいいわよ。少しお疲れのご様子だから。それがご無理なら、こんなことわざをご存じ?『笑いは最高の薬』っていいます。心の中がマイナスの感情で一杯になった時は、楽しいことや面白いことを思い出して思いっきり笑うと案外スッキリするものですよ。ではフレッドさんがもっともっと素敵な人生を過ごせますように祈ってます」
碧華はフレッドに笑顔を見せた。
「ありがとうございます。疲れた時は今日のことを思い出しますよ。こちらこそ素敵な時間をありがとうございました」
フレッドは意外にも心の底からそう思っていた。そして彼女ともう別れてしまうことに残念に思う自分がいることにさらに驚いていた。
『あいつが碧華さんをママと慕う気持ちが分かる気がするな』
こうして碧華たちはフレッドと別れイギリス行きの出発ロビーへと向かった。去り際、テマソンはフレッドの側に行き握手した。
「今日は久しぶりに楽しい休日を過ごすことができたわ。フレッドさんありがとうございました」
「いえこちらこそ、楽しませていただきましたよ」
「それで、碧華と栞ちゃんはあなたの審査に無事合格点を取ることができたのかしら?」
「なんのことでしょうか?」
「あら、とぼけなくてもいいのよ。忙しいあなたが貴重な一日を割いて碧華たちをフランスに招待したのは、大切な弟の恋人とその母親をあなたの目で見定めるおつもりだったからでしょ。もし、あなたのお眼鏡にかなわなければ全力でエンリーと栞ちゃんの仲を壊すおつもりだったのでしょ」
「ふっ、あなたにはかないませんね。ご安心ください、僕の完敗ですよ。弟は完璧なパートナーをみつけたようだ。弟がお正月からずっとそちらにご厄介になっているそうですね。あなたこそお忙しいでしょうに、申し訳ありません」
「あらいいのよ。楽しいことは大歓迎ですもの。私は人生も楽しむことにしたから」
「もったいないですね。あなたほどの人が・・・もう戻るつもりはないのですか。経営アドバイザーに。あなたの助言を受けたい人達がたくさんいるでしょう。バッグデザイナーなどしなくても、今以上に楽な暮らしができるでしょうに」
「そうね、でも、今の生活の方が楽しいのよね。お金ばかり増やしても、心を潤すことはできないでしょ。人生にはお金では買えないものもたくさんあるしね。この歳になってようやく気付いたのよ。人生は一度ですものね。でも、私こう見えてもお金には苦労してないわ」
「そのようですね。あなたの作るバッグは素晴らしいですから。今度、アトラスに戻ったら、お店に顔をだしますよ」
「あらお待ちしておりますわ。少々お待ちしてもらわないとできないかもしれませんが」
テマソンはそういうと軽く頭を下げ、歩きだした。少し歩きだしたが、不意に振り向き、小声で言った。
「あっ、そうそう、今日のお礼に一つご忠告申し上げておくわ。レシャント社の商業部門の業績が少し下降気味ね。もう少し、輸入関連のルートを強化して、アジア圏の販売ルートを調べなおした方がいいかもしれないわよ。小さな所にできたほころびって早めに対処しておかないと気づくのが遅れると大変なことになるわよ」
テマソンはそうフレッドに耳うちするとウインクして碧華たちの所に戻っていった。
『テマソン・レヴァント、あなたはもう終わった人だというやからもいるようだが、どうやら違ったようだ。味方につければ最強だが、敵にはしたくないタイプだな』
フレッドはそう心の中でつぶやきながら、こちらに向かって手を振っている碧華たちに向かって最高の笑顔で手を振った。今日、彼にとっても大きな収穫があったからだ。
『エンリー、お前のことはうらやましくもあるが、俺は当分は仕事だけで十分だな。だけどいつか、テマソンさん、あなたのように心を許せる相棒を見つけられるといいんだが・・・こればかりは神のみぞしるだな』
フレッドはそれぞれの相棒をみつけている彼らが少しうらやましくもあるのだった。