第一回ディオレス・ルイオークション③
翌日、昨日の緊急告知が功をそうしたのか、入場料は無料だったが座席指定券をもたない入場希望者の当日券を求める行列ができ、配布15分でソールドアウトとなった。碧華はその様子を会場となっているコンサート会場の控室から入り口の様子をのぞき込みながら眺めていた。
「ねえ、私も百ポンド上限のオークションに参加したいんだけど、客席に行っちゃだめ?一枚ぐらいどうにかならないかしら?」
「何言ってるのよ。それでなくてもまだ足が治ってなくて車いすのくせに、あなたは常連客の間では顔バレしてるのよ。販売する側がオークションに参加してたらおかしいでしょ」
「残念~」
「何よ、あなたカバンが欲しいなら自分で作ればいいじゃない」
「・・・最近作るのめんどくさくなっちゃって、歳かなあ・・・小説とか詩を考えてパソコンに向かってるほうが楽しいのよね」
碧華はそういうと、のぞいていた窓から離れ、化粧台にすわった。
「スッピンででれば・・・ばれないかも・・・」
「碧華、見苦しいわよ、ダメなものはダメよ」
「だってえ、さっき出品予定の商品見に行ったら、すごく私好みのトートバッグがあったんだもの。百ポンドでも欲しいぐらいなのよ。わかる?この私が百ポンドもだしてでもほしくなったのよ」
「そんなに欲しいなら作者に頼んで作ってもらえばいいじゃない。私がお願いしてあげましょうか?」
「だめよ、同じものがない一点もののオークションなんだもの、ズルはいけないでしょ」
「碧華、あなた変な所で律儀なのね」
その時扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
テマソンがそういいながら扉に近づき扉を開けると、そこにはテマソンの会社の女子社員が二人立っていた。
「あっ、あの社長、すっすみません。実は、メッメイクをお願いできませんか?」
「どういうこと?今回はかばんを制作したスタッフも舞台に上がるから、衣装やヘアースタイルやメイクなんかをきちんとするんだって、ヘアメイクさんを雇ったって言っていなかった?」
テマソンは部屋に女子社員二人を招き入れ聞き返した。二人の女子社員たちはおびえながら答えた。
「あっあのすみません。実は、そのお願いしていたヘアメイクスタイリストの人達を乗せた車が事故を起こしたとかでこれなくなったと連絡がきたんです。それで、あちこち連絡しているんですけれど、急なので来られる人が見つからなくて。衣装やメイク道具や髪をセットする機材一式は先に届いていて、それらを使用してもいいという許可はいただいたのですが、舞台用にセットできる人間がいなくて、髪の毛のセットはしないで、そのままでるしかないって話になっているのですが、あの・・・碧華さんのメイクや髪のセットを社長がなさっているってお聞きしたものですから・・・お願いできないかと思いまして」
「ねえ、テマソンどうかしたの?何かトラブル?」
碧華がテマソンに聞き返すと、テマソンは簡単に状況を碧華に日本語で説明した。碧華はテマソンが明らかに不機嫌になっていることは感じ取った。
碧華はその様子をみながらテマソンはやはり怖い存在なんだなと改めて思っていた。
仕事上のトラブルの解決を社長にお願いするということがどれほど恐ろしいことなのか。碧華は想像するだけで可哀そうになってきた。
テマソンは本気で碧華を睨んだことはなかったが、会社で碧華の離れたところで厳しく社員たちに怒っているテマソンの姿を見たことがあった。それは、身もすくむような冷たい表情をしていた。ここまでの地位を築くということは優しいだけではだめなのだということを碧華自身も知っていた。ここにお願いしに来るということがどれほど勇気がいったことだろうと頭で思いながら、目の前で明らかに震えているその女子社員の子たちがかわいそうになってきた。他でもない、会社主催のオークションでのトラブルなのだ。碧華は車いすを押しながら二人の女子社員とテマソンの間に近づき、膝の上においてあったスマホをかざしながら聞き返した。
「ねえ?メイクや髪の毛のセットを必要としている人は何人いるの?」
碧華の日本語が英語に変換された碧華の質問に女子社員たちは涙声で答えた。
「はっはい、メイクはなんとか女子社員たちで手分けしてしているのですが、今メイクとヘアセットができていないのは十人です」
女子社員の英語がスマホの変換アプリで日本語に変換された言葉を聞いた碧華はチラッとテマソンの顔をのぞき見た。
明らかに不機嫌な顔をしていた。何も言わないテマソンの代わりに碧華が答えた。
「わかったわ、開演まで一時間、オークションが始まって終盤までなら三時間あるわ。十人なら、最初にテマソンが挨拶に舞台にでてから、終盤テマソンが出るまでの時間三時間ぐらいありそうよね。それなら十人ぐらいなんとかなるんじゃないかしら、メイクも手直ししてくれるわよ。なんたってあなた方の社長はなんでもできるすごい人なんだから。ちょっと彼と話があるから、十分したら行くって伝えて」
「ちょっと碧華!何勝手に返事しているの!」
テマソンの言葉に驚いた女子社員たちに碧華は手で早く行くように合図すると、部屋を出て行くよう指示した。
女子社員たちは頭をさげて部屋をでていったのを確認した碧華が車いすを動かし、怒りで震えているテマソンの手を握り言った。
「ねえテマソン、そんなに怒らないで。はい!深呼吸して!腹がたった時は目をつむって十数えるのよ」
テマソンは碧華が言う通り大きく息をはき出し、目を閉じて十数えた。その間も碧華はテマソンの手を握りながら言った。
「あなたが腹をたてているのもわかる気がする。でも今この会場であの子たちの危機を救えるのはあなた一人しかいないのよ。私があなたの代わりに舞台に立って挨拶や、髪の毛をセットしてあげられる力があったら、私がしてあげるのに、私にはそれをできる力がない。だからお願い。力を貸してあげて。だって、あなたに言いにくるってよほどのことでしょ。誰のオークション?あなたの大切な会社の子たちのオークションでしょ、成功させてあげたいじゃない。未来の金の卵たちなんでしょ」
「まったく、あなたのお人よしにはあきれて言葉がでないわね」
「あなたはできる人だって私が一番よく知ってるんだもの。だってこんなおばさんをこんな素敵な女性に変身できるんだもの。普段裏方として縁の下の力持ちとして素敵なバッグを制作してくれている女性たちに一生忘れられない舞台にしてあげてほしいもの。だって彼女達がいなかったらどんなに素敵なデザインをしても、たくさんのお客様に素敵な商品を届けることができないんですもの」
こわばっていたテマソンの表情が徐々に元のテマソンに変わっていくのがわかった。
「じゃあ、今夜帰ったら私に何かごちそうしてちょうだいよね」
「そうこなくっちゃ。わかった。今夜はあなたが日本で唯一おいしいっていってくれた肉じゃがを作ってあげるわ。肩もみもさせていただきます。テマソン先生」
「もう!仕方ないわね。嫌だわ、碧華の口癖が移っちゃったじゃない」
碧華とテマソンは互いに笑いあった。
「テマソン、私はここにいるわ。一緒にいってもこの足じゃ何もお手伝いできないから、私の出番がきたら誰かが呼びにきてくれるように伝えておいてくれる?」
「こんなとこにいたらオークションがみれないじゃない。そうだわ。アナウンス室に連れて行ってあげるわ。あそこなら舞台の進行状況が全部みれるわよ」
「でも私がいったら邪魔じゃないかしら?」
「大丈夫よ、何かトラブルがあったら、先にあそこに情報がいくから、あなたが私に連絡すべきことかそうでないのか判断してちょうだい」
「そんな重要なこと私できるわけないじゃない。本当にここでいいから」
テマソンはそういう碧華の言葉を無視し、碧華のリュックを膝の上に乗せると、後ろに回り込み車いすを押し出した。
「ねえ、聞いてるテマソン、私にそんな判断できないって」
碧華は後ろを振り向きながらテマソンに訴えたがテマソンは気にしない様子で部屋をでて、先にアナウンス室に向かった。アナウンス室につくと、テマソンは先に中に入ると、スタッフたちに何かを話している様子だった。そしてすぐ部屋からでてくると、テマソンは碧華の前に回ってしゃがみ込んで碧華の耳にだけ聞こえる声で言った。
「あなたは私の相棒でしょ。あなたはやればできる力を持ってるはずよ。自信を持ちなさい。二十歳の小娘じゃないんですもの。あなたのその左腕の腕輪は幸運の腕輪よ。ピンチの時にはあなたにひらめきを与えてくれるわ。時には自己暗示も大切なんでしょ。ディオレス・ルイはあなたも必要としているのよ。碧華先生!じゃあ、また後でね」
テマソンはそういうと、ウインクして立ち上がると歩きだした。
「頑張ってねテマソン!あまりイライラしてみんなを睨んじゃだめよ」
碧華の言葉にテマソンは右手を上げて手を振った。
碧華はテマソンを見送ると、アナウンス室の扉をノックすると、スタッフが心よく招きいれてくれた。碧華は邪魔にならないように、部屋の一番端にいるといったが、一番中央に車いすを案内された。碧華は戸惑いながらも仕方なく覚悟を決めた。
『私は一度死んだんだも同然の経験をしたんだし、前と同じじゃダメだ。碧華! あなたはやればできる!よし!』
碧華は両頬を両手でパチンと叩き気合いを入れた。