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テマソンの衝撃②

二時間後、エンリーがわけもわからずレヴァント家にやってきた。

玄関ホールに待ち構えていたライフがすぐさまエンリーに近づくと、エンリーの耳に小声で囁いた。


「すまん、実は叔父さんが来ててさ、お前にもらったペンケースに嫉妬しちゃって、詳しく聞きたいって聞かないんだよ。お前のも持ってきてくれたんだろうな?」


「ああ、持ってきたけど、お前の話はよくわからないな」


エンリーはわけがわからないといた表情でライフの顔を睨みつけた。


「僕も同感だよ。まったく、出かける予定があったのに、叔父さん言い出したら聞かないからさっ、まっとにかく、叔父さんに何か聞かれたら、よくわからないですって、とぼけるのが一番だぜ」


そういうと、ライフはエンリーを応接室に通した。二人がリビングに入ると、テマソンは自分専用のノートパソコンで何かを打ち込みながらエンリーに話しかけた。

りりーはすでにいなかった。


「エンリー君お久しぶりね」

「ご無沙汰しております」


エンリーはテマソンに頭を下げて挨拶をした。


「急に呼び出してごめんなさいね。あなたも家に戻っていてよかったわ。早速だけど、ライフがもらったっていう日本の人が作ったペンケースを見せてもらったわ。あなたも持ってきてくれたかしら?」


「はい、これです」


エンリーは持ってきたペンケースをトートバッグから取り出すとテマソンに手渡した。それを受け取ったテマソンは興味深げにそれを眺めて言った。


「まあ、こっちはブルーが基調になっていて、さっきのとまたカットの仕方が違うのね。同じ形なのに雰囲気がまったく違うわね。こんなのは初めてだわ。縫製はまあまあだし、生地も安物を使っているみたいだけど、問題はデザイン性ね。とても興味がわく品物ね。そのトートバッグも同じ柄が使われているみたいだけど、もしかして同じ人が作ったものなのかしら?」


テマソンは手に持っていたエンリーのトートバッグに視線を向けてたずねた。


「そうですけど、あの・・・それで、僕に何か御用でしょうか?」


「そうそう、この作品を作った人物を紹介してもらえないかしら?住所とかご存じなら教えていただきたいのよ。メールだけならメールアドレスを教えて頂けないかしらと思ってあなたに来てもらったのよ」


テマソンはペンケースをエンリーに返しながら真っ直ぐエンリーを見て言った。


「住所は知っていますが、どうしてなのか理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。勝手に他人の個人情報を教えるわけにはいきませんので」


「あら、さすがビンセント家の御子息ね。簡単にはアドレスを教えてくれないのね。いいわ。実はね、私が以前から企画していた配色とデザインが理想的な仕上がりなのよ。これが偶然の仕上がりなのか、それともデザイナーとしての才能がある人物なのか確かめたいと思ったものだから。ちょうど今、配色のデザインアドバイザーを探していてね、もし本物ならディオレス・ルイ社にスカウトしたいと思ったのよ。配色の仕事ならネットでのやり取りだけでも仕事はできるから」


エンリーはしばらく考えてからテマソンを真っすぐに見返しながら答えた。


「ディオレス・ルイ社は有名ブランドバッグ社ですよね。僕は彼女とは一度だけ日本でお会いしただけですが、彼女はごく普通の専業主婦のご婦人のようでしたので、あなたが求めているようなタイプの方ではないと思います。英語も話せないようでしたし、あなたの会社と取引できるような人物ではないと思います。別の人をお探しになられた方がいいのではありませんか?」


「そう専業主婦なの、でも、ただの趣味としてあれを作っているのだとしたら、もったいないわね。問題は英語が通じないことね・・・日本語ねえ。昔お父様が言ってらしたことはあながち嘘ではないのかもしれないわね。運命なのかもしれないわねえ」


 テマソンはブツブツ独り言を言ったかと思うと突然、エンリーに宣言をした。


「いいわ!三ケ月たったらまたあなたに連絡をとっていいかしら、たぶんそれぐらいで日本語はマスターできると思うから」

「あの、僕の話を聞いてくださっていましたか?」


エンリーは少しイライラした口調で言い返した。


「ええ聞いていたわよ。でもね、その彼女に才能があるのかないのかを決めるのはあなたじゃないわ。今はただの専業主婦かもしれないけれど、すごい才能を秘めているならもったいないわ」


エンリーはテマソンのその言葉に何も言えなくなってしまった。


「叔父さん、日本語話せるの?」

「いいえ、これから勉強するのよ」

「叔父さん、日本語はそう簡単じゃないよ。僕も日本語を専攻してるけど、とても発音が難しいんだよ」

「かわいい坊や、私を甘くみてほしくないわね。私が三ケ月っていったら、三ケ月よ」


「わかった。叔父さんがそう言い切るなら僕と賭けをしようよ。叔父さん、確認しておくけど、実は日本語を話せるなんてことないよね」


「大丈夫よ、日本語はまったく知らないわ」


「よし!じゃあ、もし叔父さんが今日から三ケ月後に日本語を流暢に会話できるようになっていたら、僕が責任をもってコイツからペンケースの製作者の女性の名前とアドレスを聞き出すよ。でももし、日本語を話せるようになっていなかったら、この話はなしで、僕とコイツをクリスマス休暇にでもフランスに旅行に連れて行ってよ」


「あらそんなことでいいの?いいわよ。もし私が三ケ月の間に話せるようにならなかったら、二人ともドイツとフランス、スイスとスペインに買い付けにいく予定だからそれに同行させてあげるわよ。私が買い付けしている間自由に観光してていいわよ。もちろん費用は全額私もちでね」


「おっおいライフ!勝手に賭けなんか止めろよ!それに僕はフランスなんか・・・」


「いいじゃないか、お前フランスに行きたいってこの間言っていただろ。大丈夫だよ、仕事をしながら日本語をたった三ケ月でしゃべれるようになんかなるもんか。お前でも半年かかっただろ。仕事に追われている叔父さんがたった三ケ月でマスターできるもんか。これで、ヨーロッパ旅行はいただいたも同然だぜ」


ライフは親指を立てて、エンリーにウインクしてみせた。エンリーはまだ不安な顔を見せていた。だが二人ともテマソンの不的な笑みには気づいていないようだった。



それから三ケ月がすぐに過ぎ、約束の日の週末、実家に戻っていたライフは日本語を話す叔父をみて呆然としてしまった。

ライフはエンリーも呼んで二人でそれぞれ日本語で質問をしたが、テマソンは全て完璧な日本語の発音で答えてしまったのだ。

仕方なくエンリーは約束通り、彼に彼女のアドレスを書いた紙を手渡したのだ。



それからしばらくの間、テマソンは実家に顔をみせにこなくなった。いろいろ言い寄ってこなくなった分嬉しい反面、どうやったら仕事をこなしながら覚えたのか詳しく聞き出したい心境でもあった。

ライフは悔しそうに、いつもの調子でペットのジョンソンに向かってブツブツ独り言を言っていた。


「なんでだよ。僕ですら日本語をマスターするのに二年はかかったっていうのになあジョンソン。叔父さんは本当は昔から日本語を話せたんじゃないかなあ。そうだ!それしか考えられない。くそー。旅行できると思っていたのになあ」


「テマソンったら、ようやく日本語をマスターする気になったのね」


隣で本を読んでいたリりーが顔を上げてライフにむかって言った。


「ようやくってどういうこと?ママ」

「あらあなたうちの家訓知らないの?」

「家訓なんかあったっけ?」

「ええあるわよ。たった一つ。日本語を話せるようになっておくこと」


「なんだそれ!なんでフランス語やドイツ語なんかじゃなくて遠い島国の日本なの?あっ!だからママは日本語選択コースがあるあの学校を僕に進めたの?」


「ええそうよ。だって強制的に教えてもらわなきゃあなた覚えようとしないじゃない」


「確かに、日本語ができたってメリットなさそうって思ってたし。でっ、その家訓ができたわけって何?」


「うーん。私も詳しくは知らないんだけど。日本が鎖国していた時代から、遠くはるばる海を渡ってきた日本人とどういうわけか縁が深かったんですって、仕事のパートナーになったり、まだ、結婚したっていうご先祖様はいないらしいけど、命を助けられたとか、とにかくいろんな日本人の人たちとかかわりをもってきたようね。おじい様も戦地で日本人の人に命を助けられたらしいわ。だから戦争が終わって敗戦国になった日本に対しても援助をしてきたらしいわ。でも今じゃ経済大国だものね日本は、たいしたものよね。勤勉でまじめな人が多いからかしらね」


「へーそうだったんだ。でも、じゃあ、叔父さんも日本語を勉強させられた時期があったってことだよね」


ライフはテマソンの不正を暴いたとでもいうかのような目でリリーにたずねた。


「いいえ、私が日本語を先に勉強し始めるのをみて、あの子、すごく毛嫌いしてみようともしなかったわ。あの子自分の興味のないことは誰がいっても聞かない子でしょ。お父様もあきらめてたわ」


「じゃあ、叔父さんって本当に今まで日本語は話せなかったの?」


少しがっかりとした様子でライフがリリーにもう一度聞き返した。


「ええ、あんな小さな国の言葉なんか知らなくてもこまらないわ。なんていってたのに」

「ていうか、ママ驚かないの?他国の言語をたった三ケ月で話せるようになったんだよ」

「何をいまさら、あの子すでに十ヵ国語話せるじゃない」

「ええ!そんなに話せたんだ。くそー!やっぱり叔父さんは天才だったのか」


「あら、あなた今頃気が付いたの?私なんか、あの天才とずっと比べられてきたのよ。何をするのもまったく苦労もしないでサラッとこなしちゃうんだから。あの子は昔から人間に興味がないのよね。他人がどう思うおうとお構いなし、興味がわいたものにしかやる気をみせない。でも不思議ね、あの子も日本に自然と興味を持つなんて、でもなんだかおもしろくなりそうね。そうだわ、ママンに教えてあげようかしら。ママンきっと喜ぶわね。ライフ、その日本の人とテマソンが接触したっていう情報をエンリーくんから聞いたら私に教えなさいよ。これお小遣いあげるから、きちんと報告するのよ」


 りりーは財布から札束を何枚かライフに手渡した。


「わかったよママ、わあ~いつもより多めだ!ラッキー!」

「情報提供料よ」


そういうとリリーはライフにウインクしていそいそと出て行った。


「二人とも敵にすると怖いけど、味方につけると最強なんだよな。よし、エンリーに言っておくか、絶対すぐに日本にいきそうだもんな叔父さん」


ライフは早速エンリーにメールを送信した。


〈叔父さんが日本に来たって知らせがあったら教えろよ。ママが叔父さんが日本の人に失礼なことしないか気にしてたからさ〉





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