碧華の長い一日⑦
テマソンは碧華の部屋を出た後すぐに、碧華の監視役に栞と優、それにエンリーとライフの四人を部屋に行くように伝え、城の全ての従業員を再び地下のある庭園に招集した。
「みんな、お疲れなのに集まってもらってごめんなさい。今日はもうひと仕事頼みたいことができたの」
「テマソン、それって私たちもここにくる必要があるの?」
ヴィクトリアとりりーもそこに招集されていたからだ。二人は昨日の夜遅く戻ってきて事情を知ってまたさらに大騒ぎがおきたのだが、朝碧華が無事に生還するのを見届けてようやく落ち着いたようだった。
「ママンと、リリーには見届け人になってもらいたいからなの?」
「見届け人?」
「そうよ、私たちの祖先様の1人がそこの地下に長い間閉じ込められたままになっているらしいの。碧華がその閉じ込められている鍵を見つけたの」
テマソンが碧華からあずかった鍵をみせいうと、ヴィクトリアの表情が一変した。
「テマソン、それはもしかしたら・・・」
「ママン。碧華がそこの地下でアーメルナの亡霊に命を助けられたらしいの。彼女の魂があの地下にずっと閉じ込められたままになっていて、亡骸があそこのどこかにあるはずだから探してあげてっていうのよ」
「なんですってアーメルナの、じゃあ・・・あの子は、あの子はずっとこの城にいたの?」
「ええそうよ。また詳しいことは後でゆっくり話すわママン、でも今は一刻も早くアーメルナをレイモンドの隣に埋葬してあげたいのよ。私一人ではいってもいいんだけど、何があるかわからないから、みんなにも手伝ってもらいたいと思って」
「わかりましたテマソン様、我々もアーメルナ様の御遺骨の捜索に協力いたします」
執事がそういうと一緒にいた全員が賛同した。
「ありがとう。じゃあしてもらいたいのは。まず城内墓地に行ってアーメルナの墓を掘るメンバーと、棺は多分もう朽ちているはずだから、そうね後は、葬儀屋に行って子供サイズの棺を買ってきて、帰りに神父様を連れてきてちょうだい。女性陣は七歳ぐらいの子供の白いドレスと棺にいれる花とか集めてきてくれるとありがたいんだけど、後の者は教会の葬儀の準備と、数名は私と懐中電灯と箱を持って一緒に地下に入ってもらいたいんだけど」
テマソンが言うと、召使たちはそれぞれ分担を決めテキパキと行動に移し始めた。テマソンは石の壁の前に歩み寄ると、手にもっていたブレスレットを石の壁にはめ込んだ。すると、ゆっくりと向かいの石壁が開き地下の階段が姿を表した。水は全てひいていたが、ひんやりとした空気が外に流れこんできた。
「じゃあいくわよ」
テマソンが足元に置いていた懐中電灯を手に持つと、ゆっくりとした足取りで地下に入って行き、数人の男たちもその後に続いた。上では、リリーやヴィクトリアが心配そうに見守っていた。地下の中はかなり高く、身長百八十センチあるテマソンでもまだ天井は着かないほどだった。階段をおりきった地下はかなり高さがある空間だった。テマソンは懐中電灯を暗闇の先に照らし出すと、真っすぐな通路がぼんやりと浮かびあがってきた。テマソンは先に歩きだした。するとすぐに、碧華が言ったように、天井近くにはしごが上に繋がっているのが見えた。高身長のテマソンなら簡単に届く高さのはしごだが、碧華なら、この石壁をよじ登るかジャンプしなければ届かなかっただろう。まして子供の身長ではとても無理だろう。
「テマソン様、入り口から光が差し込んでいるとはいえかなり暗いですのに、あの扉が閉ざされていたとするとこの暗闇の空間でよく碧華様はこのはしごをみつけることができたものですね」
テマソンの後ろから歩いていた一人がたずねた。
「あの子、城の中でもいつも大きいリュック背負ってるでしょ。今回も背負っていたのよ。あのリュックのファスナーの横のポケットに小さい懐中電灯のキーホルダーがつけていたんですって。さすが日本製よ、見せてもらったけど、人差し指ぐらいの大きさなのに、かなり明るくて十時間も持つんですって」
「それはすごいですね」」
「懐中電灯のキーホルダーですか?そのようなものまで持っていたとはさすがですね」
「でしょ。何をカバンにつけてるのかしらって思うけど今回はそれが役に立ったみたいね」
テマソンはそういいながらも先を歩きだした。そして通路の突き当りまでくると周りを懐中電灯で照らしてみた。すると、左右に小さな扉が何個かついていた。それを1つ1つ確認していくと、一番の扉の前に星のマークが刻まれていた。テマソンはその錆びた鉄の扉の鍵部分にその鍵を差し込むと、籠が開いた。テマソンはその扉を開けると、右端の小さなすき間にアーメルナの遺体が見つかった。
テマソンはそっと手をあわせ、持ってきた箱にそっと一つ一つ骨を拾い集めた。そして、地上に上がってくると、侍女たちが既に聖水を持って待機していた。テマソンは用意された聖水が入った桶にひろってきた遺骨を丁寧に移し、きれいに洗った。その後、遅れて到着した棺にそれをひとつひとつ、本来あるべき場所に骨を並べ替え、その上に白いドレスをかぶせた。
そして棺に蓋をすると、城の教会の祭壇の前に置いた。
そして厳かに神父の祈りと共に、順に花を一人一人棺にそっと置きアーメルナの冥福を祈った。
最後の1人が花をささげた時、教会に車いすの碧華が入ってきた。碧華は教会に入ると、後ろを押していたエンリーに支えられながら立ち上がると、松葉杖に持ち替えて、棺に向かって歩いてきた。テマソンは碧華がくるのを祭壇の隣で花を持って迎えた。
碧華はその花を受け取ると、右側の松葉杖を下に置き片足立ちになると棺の前でしゃがみこんで棺に花を添えた。
「アーメルナ、私を助けてくれてありがとう。今度こそ、レイモンドと一緒に天国で幸せに過ごしてね」
碧華はそういうと、そっと両手を合わせた。そして立ち上がろうとした碧華のすぐ横にいたテマソンが何も言わずに、碧華を抱き抱えると長椅子まで運ぶと座らせた。
神父様のお言葉が終わり全ての儀式が終了すると、アーメルナの棺が閉じられ、男たちの手で、墓地へと運ばれた。そのすぐあとで城中の全ての使用人たちが参列し、レイモンドの隣に掘られた穴の中に棺が納められた。少しずつ土がかぶせられ元通りに土が整えられた。碧華は教会から墓まで、無言のままだったテマソンに抱きかかえられて全てを見届けた。
使用人たちはすぐにそれぞれの仕事場へと戻って行ったが。碧華とテマソンとリリーとヴィクトリアはその場に残っていた。ライフとエンリーと栞と優の4人も後ろの方で立っていた。
ヴィクトリアはレイモンドとアーメルナのそれぞれの前に花束を一つずつ捧げると声を震わせた。
「やっと二人が一緒に眠れたわね。ごめんなさいね。ずっとこの城の中にいたのに、気づいてあげられなくて、もうあなたは一人じゃないわ。これからは天国で幸せにね」
ヴィクトリアの涙が地面にこぼれ落ちたその瞬間、アーメルナの墓の下から小さな光の玉が浮かびあがってくるのが見えた。そして空からも同じような光の玉が降りてくるような光が見えた。
二つの魂はからみあい、そして一つになり、空から降り注いだ光の階段をゆっくりとのぼっていった。
その時、碧華の耳に、「ありがとう」という少女の声が聞こえた気がした。その声はテマソンの耳にも届いていた様子だった。