碧華の長い一日⑤
全ての検査が終わって城に戻ってきたのはもうお昼になっていた。
結局、足は捻挫と診断されたが頭は異常がなかった。
心配してずっと待っていた栞たちと談笑しながらお昼を食べ終わり、部屋に戻る途中栞たちに碧華が言った。
「テマソンに話があるから、あなたたちはもういいわ」
「わかった。じゃあ何かあったらいってね」
栞たちは碧華の言葉に碧華の部屋についてくることはなかった。碧華はテマソンに車いすを押されながら部屋に戻り、ベッドに腰かけるように入った。そして部屋の椅子に腰かけ腕を組んでいるテマソンに碧華がしゃべり出した。
「いろいろありがとう。本当はまだ怒ってるんでしょ?あれだけ大人くしてろっていわれたのにあんなことになって・・・」
碧華は頭を下げてから恐る恐るテマソンの顔をのぞき見た。テマソンの表情からは怒っているのかそうでないかは読みとることができなかった。しばらく沈黙が続いてテマソンが言った。
「自覚しているのね。でも過ぎたことだからくどくどいわないわ。あなたがよくわかってるでしょ。もうこれっきりにしてちょうだい。あなた私の心臓を止めたいの?」
碧華は首を横にふって答えた。
「私ね、アトラスに来るようになってから眠るたびに夢にでてくる場所があったの、でっようやくその場所をみつけて好奇心に負けて開けてはいけない扉を開けちゃったのね。勝手なことして本当にごめんなさい。城のみんなにも迷惑をかけちゃったし、反省してます」
「あんなはいつもそう・・・どうして私を待たなかったの?」
「だからあやまってるでしょ」
「何?今度は逆切れ?」
「そんなんじゃないわ。ちょっと様子をみるだけのつもりだったのよ、でも予想外に簡単に秘密の通路が開いちゃったからのぞきこんでいたら落ちちゃったのよ」
「いいのよ隠さなくても、あなたから電話がかかってきた時あなた言っていたでしょ。誰かに突き飛ばされたって、だけど本当はあなた、突き飛ばした相手の顔を見たんでしょ。あの時は電話で咄嗟に誰かて言ったようだけど、また犯人をかばおうとしたんでしょう。犯人の彼女が全部白状したのよ。それであなたの大体の居場所がわかったんだから。あなたから電話がかかってきて生きてるってわかった時点でここの執事が彼女の親に連絡をいれて状況を知らせたら、父親と一緒に警察に自首しますって言っていたそうよ。あなたが落ち着いたら警察からも事情聴取にきてほしいっていわれるかもしれないわね」
「自首ってどういうこと?私まだ何も警察に言ってないでしょ」
「あら当然でしょ。あの場所に水がいっぱいになることを知らなかったとしても、階段の上から突き飛ばした時点で殺人未遂でしょ。まして、地下に閉じ込めるなんて。あなた本当に死ぬ所だったんだから。ごめんなさいで許されることじゃないわ。それにね、城中で大騒ぎになったんだから、今更何もなかったことにはできないわよ。あなた実際こうやってけがを負ってるわけなんだし、昼からでも会社に行くついでに被害届をだしてきてあげるわ」
「待って、どうしてそうなるの?ねえ、私はこうやって生きてるんだから、彼女を許してあげることできないの?」
「何言ってるの?あなた殺されかけたのよ。許されることじゃないでしょ!」
「でも・・・」
「でもじゃないわよ。この間の時は事故みたいなものだったから事件にしなかったけど、今回は違うでしょ」
「でも・・・殺人未遂でつかまったら、刑務所に入れられるかもしれないでしょ。可哀そうじゃない」
「いい加減にしなさいよ碧華!おひとよしもたいがいにしないと、私本気で怒るわよ。私がどんなに心配したかわかってるの。栞ちゃんや優ちゃんだって、あんな可愛い子たちを残してあなた死んでたかもしれないのよ、あなたあの女に何かしたっていうの?勝手に絡まれていろいろいわれただけでしょ。昨日水をかけたのは私なんだし」
「そうなんだけど・・・だけどね・・・」
「さっき警察から連絡があって簡単な詳細を聞いたわ。昨日父親と謝りにきたらしいんだけど、どうやら、親子ともども、レヴァント家に取り入ろうと躍起になっていたようね」
「昨夜の子ってお金持ちなんでしょ。レヴァント家に取り入る必要なんかないと思うけどな」
「あなたはレヴァント家のすごさを分かっていないのよ。どれだけの歴史がある由緒正しい家柄と思っているの?」
「わかるわけないでしょ。私は日本人だもん。それに私そういうの興味ないから。人をうらやんだってしかたないし」
「あなたらしいわね。でも世間一般はそうじゃないのよ。なんとか家に取り入ろうとしてみんな必死なのよ。あの子もね、私のバッグも新作がでるたびに買ってくださっていたお得意様なんだけど、親御さんもあの子を我がままな娘に育ててしまったみたいね。いつも新作発表会に強引に絡んできたり、どうやら父親もママンに私と結婚相手として紹介してもらえないかって何度も話しを持ってきていたようね。その都度、いつもさりげなく断ってくれていたようだったんだけど、本人もあきらめてくれていなかったみたいね」
「えっ?あなたに結婚の申し込み?政略結婚ってこと?あの子どう見てもまだ20代でしょ?40を超えたおっさんを狙うより、ライフを狙った方が年齢的に釣り合うじゃないの?」
「碧華、おっさんは失礼よ。確かにライフの方がいいかもしれないけど、あなたは知らないかもしれないけど、ライフって、評判はあまりよくないのよ。頭もいいとはいえないし、遊び人だしね」
「あっははは!確かにそうね、結婚相手を狙うなら、ライフは今のままだと問題外よね。あなたの方が手っ取り早いか!」
碧華はお腹を抱えながら笑い出した。
「ちょっと笑い過ぎよ。でもそんな所のようね。だけど、フリーのはずの私なのに、ここ最近、ことあるごとにあなたが私の隣にいるのをみて、あなたに嫉妬したみたいね。美人でもない結婚してしているただのおばさんなのに、私の側に堂々といるのが許せなかったんじゃないかしら。今回もレヴァント家の一員として紹介されたのも気にいらなかったみたいだけど。あの子のことは昔からよく知っているけど、やけになれなれしく接してきてたのよね。パーティーでもしつこく私にまとわりついてきたりして、なるべく相手にしないようにしていたんだけど、あんまりしつこいから、ちょっときつく言っちゃったのよ。そしたら昨日恒例の新年のあいさつに父親と一緒についてきて謝りにきたって言ったらしいんだけど、私出かけてたでしょ。父親がリリーと話していったん帰ったらしいんだけど、昼過ぎまた来て、父親と来た時にトイレに行きたいって父親と離れた時にどこかで大切なものを落としてしまったとか言って城に入り込んでいたみたいなのよ。使用人たちが探している間にあの子があなたを見かけてあなたの後をつけたらしいわ。そうしてるうちにあなたに対して怒りがこみあげてきたらしいわね。私があの子になびかないのはあなたがいるからだってね。逆恨みもいい所ね。あなたはなんの落ち度もないのに殺されかけてケガまでしたのよ、だからあの子はきちんと裁判で裁かれなきゃいけないの。あの子がしたのはれっきとした殺人未遂なんだから」
テマソンの説明を聞いて、笑っていた碧華だったが、納得は言っていな様子で、碧華の顔は再び曇った。そして膨れた顔でテマソンの顔を睨みつけた。
「そんな顔をしても今回は本当にだめよ」
睨みつけている碧華にテマソンも真剣な顔で碧華を見つめ返していた。どうやら、テマソンも今回の事件に関しては碧華の意見は聞くつもりはないようだった。しばらくにらみ合いが続いた後、碧華はポツリと言った。
「結局、あの人が私に殺意を抱いたのは、テマソンがあの人に好きでもないのに愛想をふりまいていたのが原因なんじゃないの?ライフってすごく愛想がいいけど、嫌いな人にははっきりした態度をとるみたいじゃない。でもあなたは違うでしょ。仕事柄仕方ないのかもしれないけど、あなた誰に対してもあいまいじゃない。あの子、あなたに恋をしちゃったってことでしょ。あなたがいけないんじゃない。だいたい仕事だかしらないけどみんなにいい顔しすぎるのがいけないのよ。本当の性格は別なのに!」
「何、私が悪いっていいたいの?」
「そうよ」
碧華はじっとテマソンを睨みながら言った。しばらく沈黙が続いて碧華が付け加えた。
「ねえお願い、あの人、私を閉じ込めちゃったことを後悔したから、私をあそこに閉じ込めたってお父さんに言ってくれたんでしょ。私を本気で殺すつもりだったら黙っていたらわからなかったんだもの、私顔をはっきり見たわけじゃないし、あの子だって断言はできないわ。ねえお願い、私は一人で地下室に入っていたのに気付かないで閉るボタンを押しちゃっただけみたいだって警察の人に言ってよ。そしたら罪にならないでしょ。私は自分で階段からすべってけがをしただけだって、ねえテマソン、お願い」
テマソンは何度碧華が頼んでもがんとして頭を縦にふらなかった。
「もういいわよ、この頑固おやじ!自分で警察に言ってくるから!」
そう言って碧華は布団をはねのけ、ベッドから起き上がろうとしてよろけてしまった。とっさにテマソンが駆け寄り抱き起し、ベッドに戻した。
「離して!」
「碧華!」
「あなたは全然わかってないわ。どうしてわかってくれないのよ」
碧華はテマソンの胸を両手で何度も叩いた。
「心配だからに決まってるでしょ。もし、このままあの子を許してしまったら、あの子またあなたに危害を加えるかもしれないのよ。わかってないのは碧華の方でしょ、あなたにもしもの事があったら、仕方ないじゃすまないでしょ。栞ちゃんや優ちゃんがどんな気持ちだったと思ってるの?私だって」
「ごめんなさい・・・でもわかってよ。私もし、彼女がこのまま裁判で有罪になったりして刑務所に入れられることにでもなったら、一生嫌な気持ちのまま過ごさなきゃいけなくなる。もしもよ、こんなことをされたのが娘達だったら私も絶対許さないわ。刑務所にでも何年でも入ってもらいたいって思うと思うの。でも違ったわ。被害を受けたのは私なの、でっ、幸いにも足の捻挫だけですんだわ。だから今はまだ、あの人を許せるかって聞かれたら今は許せないけど、足の傷が治れば怖い気持ちも薄れていくと思うの。私ね、このアトラスを嫌いな国にしたくないの。もし裁判とかになったら、きっとその人も苦しむし、ご両親だってこの街にいられなくなるわ。そしたら、私は笑ってまたこの城にたずねてこれない。二度とアトラスにはこないわきっと。お願いテマソン、大好きなこの城とあなたを記憶から削除しなきゃいけない事にだけはしたくないの」
「はあ・・・ほんとにもう・・・あなたはいつもいつも」
テマソンは長い間何も答えなかったがやがて振り向き言った。
「わかったわ。まったく頑固なんだから。あなたのいうとおりにしてあげるわよ。だけど、あんな思いは二度とさせないでよね。あなたが死んじゃったかもしれないって思った瞬間心臓が壊れちゃうかと思うぐらいショックだったんだから」
テマソンはそういうと、ポケットから携帯電話を取り出し、電話をかけていた。長い間話をしていて、そっと碧華の前に携帯電話を差し出した。
「日本語ができる刑事さんがあなたにいくつか質問したいそうよ」
「わかった」
碧華は携帯を受け取ると刑事の質問にテキパキと答え、最後にご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。とあやまって電話を切った。
テマソンは碧華が電話で話している間、枕元のベッドに碧華に背をむけるような形で腰をおろしずっと窓の外に視線を向けていた。
碧華は電話の電源を切り携帯を枕もとにおくと、テマソンにそっとテマソンの背中に自分の頭をつけた。
「ありがとう。ほんというとね、死ぬかと思ってすごく怖かったの。でもあなたが冷たい水の中をもぐって、はしごをのぼってきてくれた時、そんな怖さ吹っ飛んじゃったの。だって、あなた寝袋とか濡れていない服とか食べ物とかいろいろ大きな袋につめてのぼってきたでしょ。まるでサンタさんみたいだった。私サンタさんみたの初めてよ。明るくなって水がひいて、塔を降りるまでの時間本当に楽しかったもの。怖い思い出が、一瞬で素敵な思い出に変わったんだから」
「確かに、なかなか経験できないわねあんなこと、まったくあなたのお蔭で寿命が十年縮んじゃったじゃない」
「ごめんなさい。でも私は逆に伸びたかもしれないわ。だってよくいうじゃない。死にかけた人間は長生きするって」
「そんなの聞いたことないわよ。でもまあ、そうかもしれないわね。あなた私の分の寿命奪って自分の寿命を伸ばしたんじゃないの?」
「あら、そうかも・・・ごめんねテマソン」
碧華がそういうと、二人は顔を見合わせて笑い合った。




