碧華の長い一日③
テマソンは水がすぐ目の前まで貯まっている地下貯水槽室の中にはいろうと暴れていた。
「エンリーお前も手伝え!」
呆然としているエンリーにライフが叫んだ。正気になったエンリーと使用人たちの五人がかりでテマソンをその場から引き離した。
「サルジュ! ここの水はどこからきているのか知ってる?」
その場にいた一番年長の執事にライフはテマソンを抑え込みながら聞いた。
「本日一日は城の掘りに水をいれる日でございますから、水門を閉じればもしかしたら水はひくかもしれません」
「じゃあ、はやく水門を閉じるように連絡してくれ」
「はっはい、かしこまりしました」
「後は誰でもいいからバケツとかかき集めて、ここの水を少しでも減らすんだ。早く!」
ライフの叫び声でその場に集まっていた使用人たちが一斉に散らばった。
「叔父さん、冷静になってよ。早く考えきゃ。碧ちゃんはきっとまだ生きている。早くなんとかしなきゃ。もしかしたら、この地下のどこか少し高い場所に避難しているかもしれないだろ。しっかりしてくれよ。あっほら叔父さん、携帯なってるよ、叔父さん!」
テマソンの耳にはすでに何も入ってきていなかった。テマソンは無心になって碧華がいるであろう水の中に飛び込むそれだけで頭がいっぱいになっていた。
その時、後ろにいた優がテマソンに近づき叫んだ。
「テマソン先生!そのメロディーってママからの専用の着信だって言ってませんでしたか?もしかしたらママかも」
その声にテマソンは正気に戻った。
「電話!碧華!」
そう叫ぶとポケットに突っ込んだままになっている携帯電話を取り出し耳に充てた。
「碧華!あなた碧華なの?」
テマソンが叫ぶと、聞きなじみの声が聞こえてきた。
〈あっやっとでた、テマソンどうしよう~〉
テマソンは碧華の声を聞いて急に力が抜けてその場にへたりこんでしまった。ライフがすぐに、テマソンから携帯を奪い、携帯をスピ―カーにすると叫んだ。
「碧ちゃん!無事?生きてる?今どこにいるんだよ」
「ママ大丈夫なの?」
〈あらその声はライフと優?生きてるわよ。三途の河が見えかけたけど、なんとか戻ってきたわ〉
「よかったあ~」
碧華の明るいいつもの声が受話器から聞こえてきて優も栞もその場にしゃがみ込んだ。
「碧華ママ、今どこにいるんですか?地下貯水槽室に閉じ込められたんじゃなかったんですか?」
エンリーがたずねると、碧華から再び声が聞こえてきた。
〈うん、地下の場所をのぞきこんでたら急に後ろから誰かに突き飛ばされて、階段を転げ落ちてしばらく気絶してたみたいなのよ。でっ気が付いたら水が流れ込んできてて、辺りは真っ暗だし、持ってた懐中電灯で入り口みてもしまっててもうだめかなった思ったんだけど、ちょうど、天井に上に通じる換気口みたいな所があってそこによじのぼって今、かなり高い塔みたいな空間にいるの。ここまでのぼってきてまた少し意識をなくしてたみたいだからどれだけここにいたのかまったくわからないんだけど・・・〉
碧華がそこまで説明していると、正気を取り戻したテマソンが電話を取り上げ叫んだ。
「碧華!あなた何やってるのよ。ちゃんと生きてるのね。水につかったりしてないのね?」
〈うん大丈夫。なんかかなりはしごをのぼったから水はここまできてない。でも、ここ畳3畳ぐらいのスペースがあるんだけど、行き止まりで小さな空気公穴みたいなのが開いてる、のぞき込んだら、教会が見えたわ。反対側は高くてのぞけないからわからないけど〉
「よかったわーひとまず安全な場所にいるのね。ケガはしてない?」
〈それが・・・階段を転げた時に頭をぶつけたのかズキズキするんだけど、血はでてないみたい、だけど、右足をひねったみたいで、さっきは必至だったからなんとか登ってこれたんだけど、水がひいてもちょっといたくて、今みたらかなり腫れてきてるみたい・・どうしよう〉
「わかったわ、今あなたの居場所確認するから待ってなさい」
テマソンはそういうと庭園の方に歩き出し上を見上げた。そしてその地下貯水槽室がある建物の側にある細長い塔を指さした。
「あそこね。碧華天井は六角形になってない?」
〈えっと・・・一・二あっそうそう六角形よ、一つの壁に三つの小さな丸い穴が横一列にある〉
「わかったビンゴだわ。碧華今、水門を閉じて、地下の水を汲みだす作業をみんなでしてるから大丈夫よ、じきに助けにいってあげるわ。体は大丈夫水に濡れたりしてない?」
〈うん、足元のズボンがひざ下ぬれたぐらい、カイロ持ってるからそれで温まるから凍死はしないと思う〉
「わかったわ。このまま電話つなげとこうか?」
〈いい、電話代かかるし、充電消耗しそうだから切るわ。なんだかまた眠くなってきちゃったから、カイロつけたら少し寝るわ〉
そういうと、碧華からの電話は切れた。
「ママは?」
「眠くなってきたから寝るって?カイロって温かいの?」
「あっそうか、ママそういえば旅行前に寒いかもしれないからカイロもっていくって貼るカイロや貼らないカイロとかもリュックにたくさん入れてた。あれなら温かいよ。確か十二時間ぐらい温かさは持続するはずだから、水にぬれてなかったんなら大丈夫だと思う。今日のママ毛糸の下にもヒートテックきてたし、かなり温かいかっこしてたから」
栞がいうとひとまず安心したのかテマソンの表情が緩んだ。
「じゃあ、碧華の救出作戦を立てるわよ」
テマソンはそういうと、とりあえず水を抜くのを最優先に考えて、城に常備されている機材をあるめるように指示し、入り口からも水を排水ポンプとホースを使い水を外の排水溝に流し始めた。
だが城に常備されているものだけでは時間がかなりかかりそうだった。水門を閉じたとはいえ、かなり時間がかかりそうだった。その上、消防署に連絡し、災害用の排水ポンプの使用許可を申請要請したが、ちょうどその頃、山火事があり、近隣の全てのポンプ車が出払っているとのことだった。
したがって外部から排水車を借りることはできなかった。テマソンは他から碧華のいる塔への通路がないか城の見取り図を見たがどれもその場所にはつながっていなかった。
そしてその見取り図を見る限る、地下が満タンになると天井からつながった空気穴に水は入りこみ、様々な貯水槽に繋がっている構造になっていた。
すなわち、碧華があの暗闇の中、天井に開いていた空気穴にのぼれたとしてもそこに通じている四つの通路の残り三つはすべて地下貯蔵室につながっているか行き止まりになっていてすべて時間がくると水没する可能性があったのだ。
「テマソンさん、これはかなり難しいですね。水は増えていないようですから、他の地下貯水槽を探して、この場所に行くことは可能ですが、その場所を特定してもここと同じような方法で開くとも限りませんしね」
エンリーは見取り図をみながらテマソンに言った。
「お前、こんなわけわかんない文字と作図の見取り図でよく場所とかわかるな?」
「お前と一緒にするな、我が国の古代文字ぐらい頭にいれてるさ」
「そうよ、あなたもレヴァント家の人間ならこの文字ぐらい読めるようになっておきなさい」
テマソンとエンリーの二人の天才によって、救出作戦がねられていた。だが結論として、今、命の危険がないとわかった以上、機動部隊に依頼するほどでもないと結論ずけ、やはり、足を怪我しているらしい碧華の体調を考慮しても水が引くのをまってから碧華みずからの力で降りてくるのが最善だという結論にたっした。
「仕方ないわ。時間がかかるけど、水が引くのを待つしかないわね。この面積の推量だと水が引くのは六時間ぐらいかしらね」
「そうですね。ですが、今夜の天気は雨の予報が入っています。もし万が一、水門からの水以外で雨水もあの場所に流れ込む仕組みになっていたのだとしたら、水が引くのが伸びる恐れがありますよ」
「そうねえ・・・じゃあ、確かダイビングスーツが倉庫にしまってあるはずだから、それを来て碧華の所に私が行ってくるわ」
「叔父さん、大丈夫なの?あんな真っ暗な所に入っていけるの?」
ライフが言うと、テマソンは笑って言った。
「何よ、未知の洞窟に入っていくわけでもあるまいし、行き方なら覚えたわ。碧華の方がよほど怖かったはずよ。多分海中でも使えるライトもあったはずだし、ダイビングスーツを着れば水も大丈夫よ。それにこの見取り図だと、碧華がいる場所に行く穴は入口からすぐみたいだから、ボンベも必要なさそうだしね。碧華に温かい飲みものや食べ物もなんとか水が入らない方法を考えてつめないと、毛布や着替え、それに、痛み止めとシップもいりそうね。救急箱も袋に密封して水が入らないようにして運ぶわ。ここの水位がひくのは夜中になりそうだから、私がついていてあげるわ。場所も二人分ぐらい休めるスペースがありそうだし」
「テマソン先生、ありがとう」
栞がいうと、テマソンは栞と優を引き寄せて抱き寄せた。
「あなたたちのママのことは私に任せて」
「さて、そうと決まれば、準備しないと」
テマソンはそういうと、準備に取りかかった。そしてちょうど一時間後、準備が全て完了すると、もうすでに薄暗くなってきていた。地下貯水槽室の中はさらに暗く不気味な感じがした。水位は天井から五十センチぐらいは減ったようだったが、まだまだかなりの水位だあるようだった。テマソンは躊躇することもなくゆっくり水の中の階段をおり、胸の辺りまで水につかると寝袋や着替え食糧などコンパクトに詰め込んだ防水性の袋を水に浮かべると、それを器用に中に押し込みながら、中に潜っていってしまった。
「テマソンさんはすごいなあ」
エンリーはその真っ暗闇の中を見つめながら呟くとライフが言った。
「愛の力なんじゃないかな。叔父さんやっぱり碧ちゃん大好きなんだね。あんなに取り乱した叔父さん初めてみたよ」
「パパがいなくてよかったね優、ここにパパがいてもきっとこんな中にパパ入っていけないし、パパやきもち焼くかもしれないもんね」
「うん、これはパパには絶対内緒だね」
二人は顔を見合わせながら言い合った。




