カウントダウンパーティー②
「碧ちゃんどうしたんだろ?あの人達に何か言われたのかな・・・みかけない顔だったけど・・・」
ライフも心配そうに碧華は出て行った扉に視線を向けながら呟いた。
「よくわからないけど、ママさっきの人たちに何か嫌味言われていたんじゃないかな。さっきからママの近くで仕切りにクスクス小さく笑っているように見えたから」
優がそういうと、ライフは怒ったように言った。
「まったく、こんなことにならないように、碧ちゃんのエスコートはおじさんに頼んでおいたのに、今まで何してたんだよ。せっかくのカウントダウンパーティーなのに」
「私、ママの所に行ってくる」
「私も」
栞と優が駆け出して碧華の後を追って行った。
その頃、テマソンはホールから連れ出したずぶ濡れの女性と、その連れの二人の女性の二人を控室に連れてきていた。そして使用人に濡れた髪や衣装を乾かすよう指示した。
「あなたたち、どうしてこうなったのか、わかっているわよね」
「・・・」
「わっ私たちは別に何も言ってませんわ」
一緒にいた女性がテマソンに反論した。
「そっそうですわ。いきなり失礼ですわ。わたくしこんな屈辱を受けたのは初めてだわ。わあー!」
そういうといきなり泣き出した。
テマソンはやれやれと言った様子でその女性を見ていた。その時、騒ぎを聞きつけた。年配の男性が控室に飛び込んできた。
「もっ申し訳ございません。家の娘達が何か失礼をいたしましたでしょうか?」
「あらユジンさんとこのお嬢様でしたの?ごめんなさいね。私この子に水をかけてしまったの?衣装代はお支払いいたしますから、もう帰っていただけないかしら?今後一切我が家とは縁をきっていただけるとありがたいですわね」
「そっそんな・・・おい!サラ、一体この方に何をしたんだ?ベラお前も側にいたんだろ!言いなさい!」
「わっ私は何もしていないわよ。いきなりテマソンさんが私に水をかけたんだから」
水をかけられたサラという女性はあくまでもしらを切っていたが、ベラがユジンに小声で詳細を話した。彼女も日本語がわかるようだった。それを聞いたユジンが顔面蒼白になった。
「この馬鹿者!なんて失礼なことを言ったんだお前は」
「だって、お父様だっておっしゃっていたじゃない。日本人がどうやって取り入ったんだろうって。だから
私は直接あのおばさんに聞いてあげようと思ったのよ」
「ばっ馬鹿、あっあれはだな・・・真に受けて直接聞きにいくやつがあるか!ほ本当にすみません」
「はあ!何か誤解があるようですわね。ユジンさん、桜木家の方たちは私たちレヴァント家に取り入ろうなんて微塵も思ってはいませんよ。むしろ逆ね。私たちが桜木一族のお仲間になりたくて必死なのよ。サラさんっていったかしら、あなたがバカにしたおばさんね。確かに英語は話せないけれど、彼女、私の仕事のパートナー兼詩人なのよ。あなたもご存じないかしら、碧華SKYって詩人、本も出してるのよ。彼女なら、あなたのしたことを笑って聞き流してくれるでしょうけど、私はそんなに心が広くないの、彼女を馬鹿されたということは、仕事のパートナーである私も馬鹿にされたってことなの。私は、黙って笑って許せるほどお人よしじゃないの。ごめんなさい」
「・・・」
サラは悔しそうな顔をしたが何も言い返さなかった。
でも、私のしたことは失礼な態度でしたわ。本当に申し訳ありませんでした。でも、あなたも、これからは人を見かけや思い込みで判断しないことをお勧めしますわ。今、着替えを用意させていますから、お着換えになってください」
テマソンはそういうと、サラに向かって深々と頭を下げた。
「いっいえ、とんでもありません。このバカ娘はこのままでけっこうです。桜木様にもとんな失礼をしましたことどうかお許しくださいませ。このおわびはまた日を改めて致します。今夜はこれで失礼します。さっ帰るぞ!」
「えっでも、まだきたばかりだし」
「いい加減にしろ、これ以上わしに恥をかかせるな!」
ユジンは何度もテマソンに頭をさげると、渋る娘の腕を掴んで部屋を出て行った。テマソンは大きなため息をついて控室をでて、執事に、翌日テマソンが見繕った新品のドレスと新作のバッグをユジン家に届けるように指示した。
「あああっ、なんだかな・・・私も英語しゃべれたらいいのになあ・・・はあっけど、英語しゃべれたって同じかあ、住む世界が違うもんなあ。こんなお城でパーティーって本当に場違いもいいとこ。笑っちゃうわ」
碧華はドレスのまま、寝台ベットに仰向きになって寝そべりながら独り言を言った。そして耳にヘッドファンをして音量を高くすると、スマホで音楽をガンガンにかけ目をつむった。
どれだけ過ぎただろう。いつの間にか眠り込んでしたっていたようだった。碧華はあわてて起き上がると、流しっぱなしのスマホを切り、時間をみた。
幸い眠っていたのは四時間ぐらいのようだった。まだ、新年にはなっていないようだった。いつの間にか誰かが布団をかけてくれていたようだった。そして枕元にメモが置かれていた。
〈ママ、目が覚めたら下に降りてきて〉
碧華はふらつく足取りで起き上がると、ヒールを履きホールに降りて行った。
『駄目だ、咽喉が乾いたな・・・なんだか頭重いし・・・。はあ・・・寝るつもりなかったのになあ・・またやらかしちゃったかな・・・』
そうつぶやきながら碧華がホールにつき、そっとホールに通じる扉を少し押し開くと、パーティーはすでにお開きになっていて、きれいに片づけられて誰もいない様子だった。
「あれ?カウントダウンパーティーなのにもう終わっちゃったのかな?私寝すぎちゃったのかなあ・・・」
碧華が心配そうに周りをキョロキョロしていると、背後からいきなり肩を掴まれビックリして振り向いた。
「テマソン!」
「ようやく目が覚めたの。ひやひやしたわよ。このままカウントダウンまで眠っちゃってたらどうしようって思ったじゃない。あなた寝すぎなのよ。飛行機の中でもほとんど寝てたじゃない」
「だって眠いんだもん。みんなは?ヴィクトリア様やリリーお姉様怒っていなかった?」
「かんかんだったわよ」
「やっぱり・・・どうしよう。大切なパーティーだったんでしょ」
本気で心配している碧華にテマソンは笑いだした。
「違うわよ。主賓のリリーに怒られたのは私よ。ごめんなさいね。パーティーが始まってすぐに、取引先の社長さんにつかまっちゃって、あなたのアシストできなくてあなたを一人にしちゃったから、あんなことになって」
「別にいいよ。ほんとのことだし、私が英語しゃべれないからいけないんだし、私たち、レヴァント家にお世話になりっぱなしなんだもん、取り入ってるって言われても反論できないわ。一度お礼言わなきゃって思ってたんだ。テマソン本当にありがとうございました。私を見つけてくれて・・・来年もよろしくお願いいたします」
碧華はそういうと深々と頭を下げた。そんな碧華にテマソンも頭を下げていった。
「こちらこそよろしくお願いいたします。でも安心して、ビルったらリリーをほったらかして栄治さんにべったりだし、ママンも広さんに友達を紹介するって話しこんじゃっていたみたいであなたが途中で消えたことは、娘達と一部の人間しか知らないから」
「そう、よかった。でもみんなはどこに行ったの?」
「ここビザリア地方ではね、カウントダウンはみんな教会で行うのよ。だからみんなグラニエ城内にある教会に移動しているのよ。急ぎましょ。もうすぐ始まるから」
「わかったわ。でもこのヒール高すぎて走れないのよね」
碧華はヒールで転びそうになりながら駆け出した。
「もう、普段から履き慣れとかないからでしょ。もう脱ぎなさいよ。夜だから足の裏汚れても誰も気付かないわよ」
「それもそうね」
碧華はヒールを脱ぎ、ストッキングだけのままヒールを手に持ちテマソンの後を追った。
「もう待って・・・寝起きだからフラフラする~!」
「仕方ないわね。引っ張ってあげるわよ」
そういうと、テマソンは碧華の手を掴んで走りだした。
碧華は心の中で思った。
『あああ~、いつか全てが夢だったっておちにならないといいんだけど、私はこの相棒の為に何ができるんだろう・・・』
碧華はそんなことを思いながらテマソンと教会に向かって走っていた。
「あっでも、あなたたち仏教徒でしょ。リリーは「大丈夫よ」なんていってたけど、教会とか入って大丈夫なの?」
テマソンは教会の前で止まり、碧華がヒールを履くのを待ってたずねた。
「大丈夫よ、桜木家はその、無宗教みたいなもんだから。私の家の玄関に置いていたでしょ。いろんな宗教の神様のミニチュアの像、私はこだわりはないの神様の存在はみんな信じてるの。信仰はしてないけど」
「あらそうだったかしら?」
「そうよ、だからこちらの神様を唯一の神様とは思えないけど、それでも許してくださるかしら?」
「大丈夫よ、きっとあなたなら許してくださるわ」
二人が教会についたのは日付が変わるちょうど三十分前で、ミサが始まっていた。二人は一番後ろの席に座った。
ミサは厳かに執り行われ。静かに新年を迎えた。その後城に集まっていた人々はそれぞれの車に乗り自分の家路へと帰って行った。
「ねえテマソン、みんな城には泊らないの?」
「あら当たり前じゃない。ここに泊まれるのはレヴァント家が認めた人だけよ」
「そうなんだ。私たちは前もここに泊めてもらったでしょ。部屋数もたくさんあるし、多くの人達が泊るのかと思ってたから」
「ここはホテルじゃないのよ。ママン個人の邸宅なんだから、でも年越しはここでパーティーを開くのが昔からの通例なのよ。ママンもみんなにあなたたちを紹介したくて仕方なかったみたいよ。手っ取り早く紹介するのには絶好の機会だったしね。私もあなたを紹介したかったんだけど、結局あなただけ紹介できなかったわ。本当にごめんなさい」
「別にいいわよ。私ああいうの苦手だし」
「あらでも慣れて頂かないと困るわ。あなたは私の娘も同然なんですもの」
その声に驚いて振り向くと、ヴィクトリアがいた。
「ヴィクトリア様、すっすみません。遅くなってしまいまして」
「あらいいのよ、体調は大丈夫?あまり無理しないでね。そうだ、広ちゃん、これから、少し話しましょうよ。明日にはもう帰るんでしょ。今夜はわたくしの部屋で過ごしましょう。またいつ会えるかわからないんですもの。じゃあみんな、また明日ね」
ヴィクトリアはそういうと、隣にいた広の腕をとってまた楽しそうに話しながら先に行ってしまった。
「娘・・・素敵な響き」
碧華はしばらくぼーっとしていたが、ふと視界に栄治が入ったのでビルと歩く栄治の元に碧華は駆け出した。
「栄治さん」
栄治は碧華だと気づくと歩くのをやめ碧華に向かって言った。
「栞から気分悪くなったから休んでたって聞いたけど大丈夫か?」
「あっ、うん寝たから大丈夫、栄治さんは?」
「あっ僕なら大丈夫、明日の飛行機の中で寝るし、今夜はこれからビルと朝までゲームをするから先に寝てていいよ。明後日から仕事だろ?無理しないようにな。それでなくてもよく倒れるだろ」
「うん、気をつける。栄治さんも四日から仕事なんだからあまり無理したらだめだよ、もうお互い歳なんだから」
「碧華さんに言われたくないな。眠くなったら休むよ。じゃあ明日な」
「うん、また明日。あっそうだ。今年もよろしくお願いします」
そういうと栄治に頭を下げた。栄治も同じ言葉を言って、笑ってビルと共にどこかに行ってしまった。碧華は栄治を見送ると、テマソンと娘達のいる所に戻ってきた。
「待たせてごめんね、栄治さんこれから徹夜でビルさんとゲームだって」
「そう・・・でもいいの?その・・・夫婦一緒に過ごさなくて」
「うん、大丈夫。栄治さん結婚してから友達と遊びに行くとか全くしていないから、今楽しくてしかたないみたい。家族の為に今まで仕事一筋だったんだもの、こんな時ぐらい楽しんでもらわなきゃ。ビルさんには感謝ね。私もあなたと仕事したりするのすごく楽しいし、お互い、人生の後半は好きなことをして楽しもうって話してるの。いつだったか。以前友達だった人に、夫婦は、同じことをしていつも一緒にいるのが幸せなんだって言われたことあるけど、私はそうは思わないの。片方が我慢して同じことをして始終一緒に過ごすより、お互いの好きなことをして過ごす夫婦があってもいいんじゃないかって、離れて過ごしても私の家族だってことは変わらないもの」
「いろんな夫婦の形ね。でもあなたにも友達いたのね」
「そう・・・ただの知り合い以上親友未満の友達だった人ならいたよ。もう話すことは二度とないだろうけど」
碧華は少し悲しそうに言った。
「あらどうして?」
「絶交したからよ。彼女ね、私にいつも自慢してたのよ。たくさんいる幼馴染の親友のこと、あのころ私には友達が一人もいないって知らずにね。私もずいぶん傷ついたけど、今思うと、私も子供のいないあの人に自分の子供自慢をたくさんしちゃってあの人の心を傷つけてしまってたかもしれない。人生最大の後悔よ。悔やんでもどうにもならないけど。でも私にもようやくあなたという喧嘩できる相棒ができた。テマソンは私が娘自慢しても、自分の子供のようにすごいって感心してくれるでしょ。いつかもし、あの人と話ができる機会ができたとしたら、謝りたいわ。ごめんなさいってね」
「そう、いつかそんな時が来るといいわね」
「うん、たぶん無理だけどね。だってさよなら言っちゃったから。ねえ、テマソンもやっぱり、娘達の話とかする私ってウザイと思う?」
碧華は急に不安になりテマソンに恐る恐る聞いてみた。すると、テマソンはすぐに、はっきりと断言した。
「いいえ、あなたと栞ちゃんや優ちゃんは込みじゃない。あの子たち本当に可愛いし、何も話してくれなくなったらさみしいわよ。安心しなさい。私はその彼女とは違うわよ。私はあなたと簡単に絶交なんかしてあげないから」
「テマソン・・・ありがとう」
そういった碧華だったが、ふと絶交した彼女のことを思い出した。
『今の私ならあなたの友人として堂々とお話しできるかな。家族自慢じゃなくて友達自慢の話を、もうマイナス思考だって言われないかな』
碧華は澄み切った満天の夜空を仰ぎながら、遠い場所にいるかつての友に思いをはせた。そして彼女の新しい一年の幸福を祈った。