テマソンの衝撃①
『ああ~つまらないわね・・・何か面白いことでも起きないかしら』
最近テマソンはいつもそう考えている。容姿端麗を絵にかいたような美形で、長身、髪はブロンド色に少し癖毛がうまい具合に跳ね上がり首元を揺らしていた。
甘いマスクに加え、幼い頃から頭脳明晰で、十か国語を操り、国際弁護士資格を持ちながら、今はバッグデザイナーの道に進み、五年前、自らのブランド『ディオレス・ルイ』をアトラスの首都であるウエスタの一等地に二十階建てのビルを建設し、三年で既に有名ブランドに並ぶ人気ブランド店になりつつあった。
彼の作り上げるブランドは斬新な風合いを醸し出し、出す新作は全て数か月待ちになるほどの人気ぶりだった。
彼は人の好みには男女の区別はつけない人種なので、そして、肝心なことを書き忘れていた。彼の口調はお姉口調であるということだ。だけどおかまではないと本人は思っている。
だが、そんな彼でも、富裕層のご婦人の間では絶大な人気があった。彼の財力、それに頭脳と容姿、加えて家柄の良さを考慮すると、その四十歳という年齢にも関わらず、こんな好物件の人間には中々出会えないと思えるほどの魅力を持ち合わせていた。
だから、「結婚したい」と、狙っている女性がたくさんいた。
そして、結婚しているご婦人方の間でも彼にオリジナルバッグを作ってもらいたいという上流階級のご婦人たちからの依頼が後をたたなかった。
だが、彼には全く男女共に、恋人ができたという浮ついた噂が立つことはなかった。
そんな彼だったが、唯一、愛してやまない人間が一人いた。それが姉の子供のライフ・レヴァントだった。
今日も週末、寄宿舎から実家に帰ってきている甥っ子に会いに姉の家にきていた。
「叔父さん、僕が寮から帰るたびに家に来ていないでどこかに遊びに行けばいいのに。叔父さんが誘えば喜んで一緒にデートしてくれる人いくらでもいるでしょ」
「あら、あなたが家に戻ってこないで寄宿舎にずっと入ればいいのよ、そしたら諦めてこないわよ」
「原因は僕かあ・・・僕もそうしたいんだけど、ママが定期的に家に帰らないと小遣い振り込んでくれないんだよね」
「あら、そんなに金欠なの、リリーに内緒でお小遣いあげましょうか?」
「だめだよ。ママ地獄耳だからね。この間も叔父さんにもらったのばれて、小遣い減額されたんだから」
「あなた、無駄遣いしすぎなんじゃないの?」
「ネットを見てると欲しいものが多すぎて大変なんだよ」
「忘れていたわ。あなた飽き性だったわね。興味がなくなると友達にあげちゃうんでしょ」
「叔父さん、僕がそんな得にもならない事すると思う?今はネットショッピングの時代だよ。全て売るに決まってるじゃないか」
「なるほどね、あなた金持ちの息子なのにケチね」
「お金はいくらあっても困らないしね。今日もお金さえもらったら早速でかけるんだ。最近カード利用額が制限されちゃってさ、今月なんか現金支給なんていいだしちゃって、めんどくさくて嫌になるよ。叔父さんもたまにはデートした方がいいよ。そうだ、一緒に行かない?これから合コンなんだけど一人足りないんだよね。相手は二十歳以上の大学生だって言ってたから叔父さんがいたらきっと盛り上がるよ。叔父さんイケてるし」
ライフは手に持っていたスマホに視線をおとしたまま言った。
「嫌よ、お子ちゃま相手にすると疲れちゃうのよね」
「もったいないな。叔父さんまだ四十歳なんだし、叔父さんがその気になったら選びたい放題じゃないか、なんで今も一人でいるのかわからないよ」
「何言ってるの一人の方が気楽でいいわよ。人間は裏切る生き物なのよ」
テマソンの言葉に理解できないと言った様子でライフが言い返した。
「うーん、僕は一生独身は嫌だな。今は自由な恋愛を楽しみたいけど、結婚はしたいな。僕思うんだけど、叔父さんの欠点はそのおねえ言葉だよね。おかまさんと間違えられてるから、結婚できないんじゃない?」
「あら、このしゃべり方のおかげで、うるさいハエが寄ってこなくていいわよ。それに他人と一緒に住むなんて考えただけでもぞっとするわ」
「だけど叔父さん、家には平気で泊まるじゃないか?」
「あら、ここは私が育った家だもの。あんたの母親が私から奪ったんじゃない」
「ひとぎきの悪いこと言わないで、あなたが二十年前にお父様に独身主義を通すから跡継ぎは私にって全部押し付けたんでしょ」
テマソンの言葉に即座に反論したのは、さっきまで別の部屋にいたライフの母親であり、テマソンの姉のリリーだった。
りりーはライフにお金を手渡すと、テマソンの隣のソファーに腰かけた。
「あらそうだったかしら?だってしかたないじゃない。私以上の人間に出会えそうもないんだもの。損得勘定なしに行動する人間なんていないでしょ。みんな欲のかたまり、醜いったらないわ。おおいやだ」
「あっ、損得勘定っていえば、この間、エンリーが留学した日本に面白いおばさんがいたっていってたな」
「日本?なあに?あなたの友達はあんな小さな国に留学に行ったの?」
「うん、日本は今じゃすごい経済大国だしね。ビジネスの勉強する学生やアニメなんかもすごい人気だよ。僕の学校にも、フランス語やドイツ語選考の他に日本語選考もあるぐらいだからね。まっ、あいつ自身はどこでもよかったらしいんだけど、あまってた留学先が日本だったんで父親の命令で行ってきたらしいよ。そこに留学した時、俺がほしかった和柄のペンケースを無料で二つくれたおばさんがいたんだって。それがすごい僕好みのデザインでさっ、あいつから奪うのに苦労したんだよ。あいつ、僕の土産にするつもりでもらったのに自分が気にいってしばらく隠してたんだよ」
「ちょっと、それ聞き捨てならないわね」
「叔父さんもそう思うだろ?エンリーのやつ酷いだろう?」
「いいえあなたよ。ペンケースが欲しいなら私に言えばいいじゃない。私が作ってあげるわよ」
「あっ・・・そうだよね。だけどほら、僕が欲しかったのは和柄だったから、それに叔父さん忙しいと思って、今度頼むよ」
「そっそう。でっそれ今持ってるの?」
テマソンはかわいい甥のライフから断られて、なんだかおもしろくなかった。無性にライフがお気に入りだと言ったその品物をみてみたい衝動にかられた。
「うん、確か持ってきてるはずだよ。まだレポート残ってたから」
「ちょっと見せてくれないかしら?」
「いいよ。だけど取らないでよ」
そういって、横に置きっぱなしになっている鞄からペンケースを取り出した。
「ばかね、ただのおばさんが作ったペンケースなんか取らないわよ」
テマソンはそういいながらライフからそのペンケースを受け取ると、テマソンの表情から笑顔が消えた。
「こっこれはどこのデザイナーが作ったって?」
「くわしく聞かなかったけど、留学先のクラスメイトの母親っていってたよ」
「ただの主婦ってこと、こんなデザインカット初めてみたわ。布は安っぽい生地ばかり使っているのに、まったく安っぽくみえないわ。布をでたらめにつぎはぎにしているかと思えば、そうでもなくて、すごく感じがよく組み合わされてる。こんなのが日本で流行っているのかしら?」
「うーん・・・僕も知らないけど、それオリジナルらしいよ。もういいだろ、叔父さん返してよ。マジで気に入ってるんだから」
「ライフ!今すぐエンリーくんを家に呼びなさい!もう一つのペンケースを持ってね。聞きたいことがあるから」
「ええ~、嫌だよ、僕これから出かけるって言ったよね、聞いてる叔父さん!」
ライフの抗議の言葉は既にテマソンの耳には入っていない様子だった。ライフはため息交じりにスマホを取り出しエンリーにメールを打ち始めるとリリーが隣で面白そうにつぶやいた。
「テマソンったらまた病気がはじまったみたいね?」
「どういうことママ?」
「この子、自分以外の人間が作ったいい商品を見つけると、その製作者に会ってとことん作り方を追求しないと気が済まないのよ」
「何それ、叔父さんってやっぱりめんどくさい性格だね」
「諦めなさい、ああなったら何を言っても無駄よ」
「くそー!楽しみにしてたのに」
悔しそうに言ったライフにリリーは息子の頭を撫でて、一人先に部屋を出て行ってしまった。
ライフはその後、今日の合コンの予定をキャンセルしたのは言うまでもなかった。
テマソンは久しぶりに胸の高まりを感じワクワクしていた。
『私がずっと探していたデザインカットだわ。いったいどうやって配置を考えるのかしら?ああ、忙しくなりそうだわ。日本ってどんな国だったかしら、見てなさい、今に化けの皮をはがしてやるんだから。無料で人にプレゼントをするなんて、絶対何か裏があるに違いないんだから』