年末年始長期休暇②
「あら、エンリーくんとライフくんじゃない。いらっしゃい。今日くることになってたの?」
玄関を開けた広の目の前に立っていたのはアトラスにいるはずのライフとエンリーだった。
突然現れた二人に驚きながらも二人を家に招き入れた。
「おじゃましま~す」
その声に優が反応し、リビングの扉を開けた。
「あれ?エンリーとライフ、えええ~!どうしてここにいるの?」
突然現れた二人に栞も驚きの声を上げた。それを聞いた全員が一斉に扉に視線を向けた。
「ど~もきちゃいました」
ライフがそう言いながらリビングに入ってきた。
「ライフじゃない、どうしたの?」
突然現れた息子に対して、驚きの声を上げながらリリーが聞き返した。
「どうしたのはないよママ。日本に行くなら一言声をかけてよね。息子が家族で過ごそうと、勉強を必死で終わらせて家に帰ったら、ママとおばあ様は日本に行ったっていうじゃないか。そんなのある?どうせ叔父さんもきているんでしょ」
ライフはリビングにいないテマソンの姿を探すように言うと、奥の和室から声を聞きつけたテマソンが顔を出した。
「あら、あんたもきたの?よく飛行機があったわね」
「はい、たまたまキャンセルが出たんですよ」
ライフのかわりに後ろにいたエンリーが答えた。
「でもエンリー、久しぶりに家族がそろうって言っていなかった?」
栞の言葉にエンリーは答えた。
「うん、そろって昼食は食べたよ。けど、兄さんたち二人とも、すぐフランスに帰らないといけないらしくて、夕方の便で帰ったんだ。ちょうどそこに、ライフから日本行きの飛行機にキャンセルがでたから一緒に行こうっていう連絡がきたから、ついてきたんだ」
「そうなんだ、会えて嬉しいけど、私、明日も明後日も補習あるから学校なんだ」
「そう、仕方ないね、ライフと留守番してるよ」
二人が話していると碧華が勝手口から顔をだした。
「あら~あなたたちも来たの?いらっしゃい」
「また突然おじゃまします。今回はきちんと言ってきました」
「そう、成長したじゃないエンリー。ここはあなたの家なんだから、いつでもきていいのよ」
そう言って二人に笑顔で言うと、碧華は台所にいた広に話しかけた。
「お母さん、今日の夕食どうする?寿司セット買ってこようか」
「そうねえ、じゃあたのもうかな」
「わかった。じゃあ買ってきま~す」
碧華はそういうとすぐに家に戻り、全員の分の夕食を買いに出かけた。碧華が寿司を買って戻ると、隣のリビングにはテーブルを二つ並べ、十人分の食事の用意が準備されていた。
「じゃあ、ライフ君とエンリー君も加わってにぎやかになったところで乾杯しよう。かんぱ~い!」
栄治がそういうと口々に話始めた。
「ライフ、あなた帰りの飛行機はとってるの?」
リリーがライフに言うと、ライフは目の前の寿司を口にほうばりながら答えた。
「とってないよ」
ライフの答えにテマソンがお寿司を皿に取りながら言った。
「あらじゃあ、二十九日から私たちと遊園地に一緒に行く?今ね、ちょうど旅行計画をたてていたのよ。あっ明日からなら、ママンたちが京都と三重に行くらしいわよ、一緒に行ってくれば」
「叔父さんはどうするの?」
「私は碧華の内職の手伝いがあるし、夜は栞ちゃんと優ちゃんの宿題をみてあげる約束してるから忙しいのよ」
「そうなんだ。お前はどうするんだ?」
テマソンの返答を聞いたライフがエンリーに視線を向けてたずねた。
「僕はここにいるよ、碧華ママ、日本じゃ年末に大掃除するんでしょ。僕に出来ることがあったら手伝うよ」
「あら、本当に気が利く子ねエンリーは。ありがとう。でも気をつかわなくていいのよ。疲れているでしょ。ゆっくりしてていいのよ」
「碧華、あなた私の時と反応違うじゃない」
テマソンが碧華の言葉に反応して言い返した。
「あらだって・・・エンリーは私の息子なんだもの、子どもには私優しいのよ」
「あらそう」
「ねえエンリー、この後少しでいいから数学と英語教えてもらえないかな?」
隣に座っていた栞がその会話を聞いて小さな声でエンリーにたずねた。
「いいよ」
「あら、私が教えてあげるのに」
テマソンがいうと栞がにっこり笑いかけながらテマソンに答えた。
「先生はママの仕事に集中してあげて、だってそれ仕上げないと遊園地行けなくなったら嫌だから」
「あっじゃあライフさん、私に英語と数学教えてくれませんか?」
優が目の前のライフにたずねると、ライフが急に咳払いを始めた。
「えっと・・・僕は・・・ごめん優ちゃん。英語ならなんとかなると思うんだけど」
ライフはしどろもどろであやまってきた。
「ごめんなさいね優ちゃん。優ちゃんはまだ中学3年生だけど、数学に関してならもう高校の教科を勉強してるんでしょ。うちの子数学は特に苦手なのよ。無理よね~ライフ」
テマソンはそういいながらライフの顔をチラッとみた。ライフはムッとしていたがその通りなのか、言いかえさなかった。
「優ちゃんも僕がみてあげるから安心して」
エンリーの言葉に優はどう返事をしていいのか迷っていた。
「ありがとう、でも・・・私やっぱり自分で頑張るから大丈夫です」
「何言ってんのよ優、私の部屋においで、一緒に気合で宿題終わらせるよ!数学は悩んでいる時間がもったいないよ。優が間に合わなかったら行けないんだから!」
栞は優に右手をだし、握手を求めてきたので優は嬉しそうに頷き握手した。
「よし、じゃあエンリー先生、早速宜しくお願いします。マジで終わる気がしないから・・・ごちそうさまでした」
栞は急いで食べ終わると、食器を流しに運んだ。
「あっ栞ちゃん待って、私も行く、ごちそうさまでした」
優もそういうと立ち上がった。
「そうだ、テマソン先生、遊園地の件お願いします。それから、ヴィクトリア様、リリーおば様、お休みなさい。明日は学校だからお見送りできませんけど、楽しんできてくださいね」
栞はそういうと、ヴィクトリアとリリーに近づき、それぞれに一礼した。
「ええありがとう。栞ちゃんも、優ちゃんも勉強頑張ってね」
「栞ちゃん、優ちゃん、今度は私にアトラス観光エスコートさせてね。女の子の流行スポット案内してあげるわよ」
「わあー、ありがとうございます。リリーおば様大好き!」
栞はそういうと、リリーに飛びついた。リリーも嬉しそうに栞を受けとめると笑顔を向けた。優もヴィクトリアとリリーにお休みの挨拶をそれぞれにすると、リビングをでていった。
「私たち下で作業してるけど、栞とママと優の布団は優の部屋にひいておくから」
「わかった」
そういうと、栞と優は先に家へ戻って行った。エンリーも残った大人たちに挨拶をすると、玄関に置きっぱなしのキャリーバッグをとりに行き、栞たちの後をおった。
「あら、あなたは一緒に行かないの?ライフ」
リリーは面白そうに息子をからからかうようにたずねた。
「ふん!どうせ僕は頭が悪いから、数学なんか教えらないしね。邪魔になるだけだから遠慮したんだよ。恥かいちゃったよ。中学までだったら教えられたのに、何で中学生がもう高校の数学やってるんだよ」
「ごめんね。優は一応あれでも中高一貫教育の進学校に行ってるから進みが速いのよ」
碧華がフォローをしたつもりがライフは完全にすねてしまっていた。
「ふふっ、可哀そうな私の可愛いベイビー、じゃあすることがないんだったら一緒に京都と三重に連れて行ってあげましょうか?」
リリーが笑いながら言ったがライフは嫌だと言っているようだった。碧華は子離れができているリリーがすごいと感心するばかりだった。自分の好きな自由を手に入れている。でも子供はきちんと育って、海外ですら一人で旅行するなんて、自分には無理だと思う碧華だった。二人のやり取りを聞き流していた碧華の視界に突然栄治の手がさえぎった。
「ビックリした。何?」
「三人の今夜の宿泊先ホテルに問い合わせてみたんだけど、どこもいっぱいみたいなんだけど、今から布団三人分とか用意できるか?」
栄治は突然訪ねてきた三人の為に、ヴィクトリア達が宿泊予定のホテルに問い合わせてくれていたのだ。テマソン一人分ならなんとか家で用意できるのは栄治もわかっていたがさすがに三人分はないだろうと分かっていたからだ。
「えっ、ああそうね。新しいシーツとかはあるけど、布団がないなあ。お母さん、来客用の三セット布団貸してもらえるのある?」
「あるよ、なんだったら、碧華さんが旅行にでる時、こっちの戸締りして行ってくれたら、ここ自由に使ってくれていいけど」
「どうしようかな・・・でも留守に使うのはやっぱり気になるから、布団だけ借りようかな。テマソン、ライフ、家の和室で四人一緒でもいいかな?」
リリーと話していたライフと、ネット予約を検索していたテマソンに向かって言った。
「私は別にいいわよ」
「うん、僕もいいよ別に。それより碧ちゃん、僕のすることある?なかったら、もう寝ようかなって思って」
「あら、たくさんあるわよ~。手伝ってくれるの?」
「内容にもよるかな」
ライフは何を言われるのか少し様子をうかがうような視線を碧華に向けた。すると、碧華はライフではなくリリーの方に向き直った。
「リリーお姉様、息子さんをこき使ってもいいかしら?」
碧華はライフに何をしてもらいたいかをいう前にリリーに向かって聞いた。
すると、リリーは笑いながら答えた。
「あらいいわよ。そのためにわざわざ、父親を一人アトラスにおいて、日本にきたんだものね。ドンドンこき使ってあげて」
「ママ、僕は一応パパも誘ったんだよ、だけど行かないって自分で言ったんだよ。栄治おじさんとの旅行の準備の買い出しやキャンピングカーのメンテナンスをしたいからって、パパすごく楽しみにしてたよ。そうだ栄治おじさん、パパから伝言で、アトラスの冬の釣はかなり寒いからあったかい防寒具があったら着てきてって言ってたよ」
「そんなに寒いかい?アトラスは」
「今年はまだましなほうだよ。そうだ、ネットでみたんだけど、カイロっていうの日本にあるんでしょ。それアトラスにはないんだけど、あるなら釣をする時持っていくといいかもしれないよ」
「そうか、カイロは用意してなかったな。ありがとうライフ君」
「どういたしまして」
「栄治さん、カイロなら貼るカイロもたくさん買ってあるから、鞄の中に入れとくわ」
ライフの話を聞いていた碧華が栄治に言った後ライフの方に向き直りながら付け加えた。
「ライフ、疲れているなら明日でもいいんだけど、あなたのお母さまからお許しをもらえたから、テマソンの会社である新春オークション用に出品するキーホルダーを作るの手伝ってもらえるかしら」
「僕に出来る?」
「できるからお願いしてるのよ、だってライフセンスいいもの、デザインはテマソンに書いてもらうから、端切れを組み合わせて裁断して縫製するつもりなのよ。でも端切れの組み合わせの仕方で仕上がりのイメージががらりと変わるから難しいのよ。時間がないからどうしようかって内心焦っていたのよね。手伝ってくれると本当に助かるんだけど」
碧華はライフの顔を見てたずねると、ライフは少し考えてから答えた。
「なんだか面白そうだね。いいよ。僕そういうのだったら好きだし。よし、早速やろうよ。先に戻ってるよ。そうだおばあ様、ママよい旅を」
ライフはそういうと、急に表情が明るくなって、ヴィクトリアとリリーの頬にキスをすると、軽く抱きしめてから、自分のキャリーバッグを持って勝手口に向かって三人を追って隣へと行ってしまった。
それを見ていたヴィクトリアが碧華に言った。
「碧華さんはライフの性格をよくわかってくださっているのね。扱いがお上手だわ。ねえリリー」
「そうね、あんなに嬉しそうに。私たちはついあの子をからかって怒らせちゃうのに、あんなニコニコして進んで手伝うなんて言ったの初めてみたわ」
「ふふ、ありがとうございます」
碧華はそういいながら、しばらく三人と取り留めない話をしてから夕食を片づけ始めた。全てきれいに片づけると、ゴミを回収し、外のポリバケツの上にのせ、広から布団を三セット借りるためにもう一度戻り、布団を運び始めた。それにはテマソンと栄治にも声をかけテキパキとこなしていた。
「みてママン、あのテマソンが文句も言わないで手伝ってるわよ」
「ホントねえ、碧華さんって本当に人を使うのがお上手ね」
「碧ちゃんの人柄かしら、つい手を貸したくなっちゃうのよね。人徳ね」
「それもあるけど、この桜木家にきてわかったわ。私たちは広い家に住んで、何不自由のない生活をしているけれど、今夜のように食事中に笑い合いながら食べたことなんてないわ。でもここには私たちが経験してこなかった家族のぬくもりがあるのよ。こんなに狭い空間なのに息が詰まらない。それどころか、隣にいってみんなで並んで寝てみたいって思ってしまうほど、ここは居心地がいいわね」
「そうね」
その日の夜遅く、栄治の車で広はヴィクトリアとリリーと共に、駅近くのホテルで宿泊し、翌朝早く電車で京都へとまず向かい、夕方三重に入り、二十八日は三重の伊勢神宮参拝や真珠など買い物をし夜の新幹線で東京へと向かった。一方栄治は二十八日の夕方、仕事が終わってすぐに電車にとび乗り、日付が変わる直前に東京へ到着し、駅のすぐの近くのホテルで一泊し、早朝成田空港でヴィクトリア達と合流し、四人はアトラスへと向かった。