テマソン高熱事件⑦
一時間後、テマソンの家につくと、ライフがすっかり車の中で熟睡してしまっていた。碧華が起こそうとすると、リリーが口に手をあてて静止した。そして助手席に回り込むと、助手席を開け、ライフが持っていた紙袋をそっとライフの手から外すとそれだけをもつと、運転手に英語で何か指示している様子だった。
その後、ライフを車に乗せたまま、二人だけでテマソンのいる最上階に上がると、リリーはテマソンにその紙袋を渡しながら英語で話しかけた。
しばらく話してから、碧華の方をくるりと向き直ると、碧華をギュッと抱きしめた。
「碧ちゃん、今回は本当に来てくれてありがとう。こんな弟でも私には大切なの。これからも日本の家族の次ぐらいでいいから愛を分けてあげてね」
「あらもちろんです。りりーお姉様もテマソンもレヴァント家の皆さまは私には大切な家族です。私ができることならさせていただくわ。いつもお世話になりっぱなしなんだもの」
碧華はリリーをギュッ抱きしめ返しながら言った。
「今夜もテマソンのおもりよろしくね。ライフはこのまま連れて帰るから」
リリーはそういうとウインクして、碧華から離れると、ライフの荷物を客間から持ち出すと、今来たばかりの玄関に戻って出て行ってしまった。
「リリーお姉様も元気になってよかったわね」
そういう碧華にテマソンは小さくつぶやいた。
「まったく相変わらずおせっかいなんだから」
玄関を眺めながらテマソンはさっきリリーが入ってくるなり口走った言葉を思い出していた。
「テマソン、今夜は碧ちゃんを独り占めさせてあげるわ。うちの子がいるとゆっくり話しもできないでしょ。碧ちゃん明日にはもう帰っちゃうし」
「あら、別にライフがいたっていいのに」
そういったテマソンの心の内を見透かすような目をしたが、リリーはニヤリとしただけで何も言わなかった。ただ、碧華はヴィクトリアからの飛行機代は受け取らなかったことだけを伝えた。
「私ね、改めて碧ちゃん大好きになったわ。お金の為にあなたの看病に来たんじゃないんですって、よかったわね」
リリーの言葉を聞いたテマソンの瞳が自然と微笑んだ。
その日の夜は碧華はテマソンとゆったりとした時間を過ごした。
「テマソン、これ」
碧華が突然、和室に戻ったかと思うと、A4サイズぐらいの大きさの可愛い紙でラピングされたものをテマソンに差し出した。
不思議そうにそれを見ているテマソンに碧華は言った。
「あのね、去年約束したでしょ。来年の誕生日にはあなたへ詩をプレゼントするって、本当は航空便で送るつもりで用意してたんだけど、どうせなら直接渡したいなって思って持ってきたの。少し早いんだけど。お誕生日おめでとうテマソン。今年一年、すごく楽しかった。この先もずーとお互いおじいさんお婆さんになっても仲良くしてね」
突然の予想外の出来事にテマソンの思考がショート寸前だった。
しばらく思考が止まってしまった。
「受け取ってくれないの?嬉しくない?」
「えっ、あっ、そっそんなことないわよ。ビックリしただけよ。あの時の事覚えてくれていたのね。開けていい?」
碧華は少し照れたようにうなずいた。
テマソンは碧華から受け取ると、早速包みをほどいて額にはっているその詩を見た時、自然と頬を伝う涙に気が付いた。
「テマソン?」
心配そうに見上げた碧華にテマソンは慌てて涙をぬぐうと碧華を抱きしめた。
「ありがとう碧華、私、こんな素敵なプレゼントもらったの初めてよ」
テマソンは碧華を放してからも本当に嬉しそうにその詩とファミリーみんなのイラストが描かれた額を眺めていた。
それから毎年テマソンのリビングには一年ごとに同じような額が一枚ずつ増えていくのだった。
テマソンは一日の終わりに、リビングで大好きな音楽をかけ、その額を眺めながらワインを飲むのが毎日の日課になっていった
相棒へ
私を見つけだしてくれてありがとう
大切なあなたへたくさんのありがとうを贈ります
私はあなたの役にたてていますか?
いろんな言葉を紡いでも
感謝の思いが溢れるばかりです
いつか・・・みんな一緒に住める日がくればいいのにね
これから先も、たくさん笑ったり、喧嘩もしようね
そして一緒に幸福の風船をたくさん膨らませていこうね
約束だよ、ずっとずっと永遠の・・・
さよならは言ってあげないから覚悟なさいね
翌日、碧華は約束通り、早朝にもかかわらず碧華目当てで続々と来店してくる客の対応に追われ、昼食もとる暇なくタイムリミットギリギリまで仕事をした。
だがそんな忙しい一日だったが、碧華は心の底から楽しんでいる自分がいることに驚いていた。自分にもできる仕事があることが無性にうれしいのだ。
もう少しいたい気持ちを抑えるのが大変なくらい、この国と、この仕事を愛し初めていた。
その日の夕方、テマソンは空港まで碧華を車で送迎し、出国する直前、碧華にライフが買った家族へのお土産を手渡した。
碧華は帰国して初めて、その中に自分宛のお土産も入っていたことに気が付いた。その中に短いメッセージが描かれていた。日本語を書くのが苦手なテマソンが一生懸命に書いたのが目に浮かぶように、直筆の文字が書かれていた。
『碧華、ありがとう』
短いそのメッセージにはテマソンのたくさんの思いが込められている気がした。碧華はそのメッセージカードをそっと、宝物入れにしまったのだった。
そして、後日、一日仕事をした報酬として送金しておくと言っていたお金が振り込まれていたのを確認した碧華は驚きの声を上げた。それは、一日のアルバイト料金にしてはかなり高額な金額が送金されていたのだ。もちろんすぐに苦情の電話をテマソンに入れたが、テマソンは、間違いじゃないと平然といいきり、返金には応じないの一点張りだった。仕方なく碧華はリリーにメールを送って相談したがリリーからも同じような内容のメールが送られてきた。
〈いいじゃないもらっておきなさいよ。どうせ、お客からすごい金額のお金をぼったくっているんだから、碧ちゃんへの当然の報酬よ。それより、あの後、家の子ったらすねちゃって大変なのよ。あれから寮に戻ってからも電話しても出てもくれないのよ。どうやら碧ちゃんともっと話したかったらしいのよね。空港にも見送りに行かせなかったからよけいすねちゃって、いつでもいいから、仲裁メールをライフに送ってくれないかしら?〉
碧華はそのメールを読んで、アルバイト料金のことはありがたくいただいておくことにしたが、同じ母親として、子供に口をきいてもらえないのは辛いとリリーに同情し、さっそくライフにメールを送った。
〈ライフ、この間は看病お疲れ様。でもすごく楽しかったわ。
息子がいたらこんな感じなんだろうなってふと思えた数日間だったわ。
素敵な時間をありがとう。あまりリリーお姉様を困らせないであげてね。
また、すぐ会えるわね。それまで元気で勉強してね。 碧華より〉
〈追伸、日本に戻った翌日あなた宛にエアメール送ったんだけどまだついてないよね?
あなたには本当にお世話になったから、お礼の気持で作ったお守りも同封してます。
これから先もいい事がありますようにって願いを込めました。受け取ってくれるとうれしいです。
あなたの寮の部屋番号聞いてなかったので、毎週末家に帰るって聞いていたから、家の方に送っておきました〉
碧華のメールを読んだライフは、その次の週末からはリリーに何もなかったかのように話しかけてくる姿があった。リリーはやれやれといったため息をつきながら独り言をつぶやくのだった。
『テマソンに、ライフ、今度はママンまで碧ちゃんの虜になっちゃって、どこにそんな魅力があるのかしら。とびぬけて美人でもない、おしゃべり上手でもない、なのに憎めない、また会いたくなる。不思議な子だわ、碧ちゃんって、私も早く会いたいわ。どうせ、独り占めできないだろうけど』
リリーはそんなことを思いながら、ご機嫌で秘密の計画を練り始めていた。実行まで一か月を切っていた。