テマソン高熱事件⑤
土曜日の早朝、会社自体は休みだったが休んでいる間に仕事が溜まっているらしく、朝から仕事をすると言いだしたテマソンに付き合うために、午前中は碧華も仕事をすることになった。
そのため朝五時に起き出して朝食を作っていると、エンリーも起き出し何も言わずに朝食の準備を隣で始めた。二人でお味噌汁と卵焼きを焼き、魚を焼いて並べて、起きてこないライフの分はそのままにしてテマソンとエンリーと碧華の三人で朝食を食べた。
その後エンリーは実家に行くためそうそうに家を出発した。出発直前にエンリーは碧華に栞あてのプレゼントと手紙を託した。
「実は航空便で送ろうかと思っていた所だったんです。栞ちゃんにわたしてもらえますか?」
「わかったわ。確かに預かったわ。エンリー最近はご両親とうまくいってるの?」
「はい、今碧華ママがアトラスに来ているって電話で話したら、母が会いたがっていましたけど、看病なら無理だってあきらめていました」
「私も残念だわ。今度シャリーさんとはゆっくりお喋りしたいなって思っていたのよ。素敵なお母様じゃない。もっとあなたから話しかけてあげたらきっと壁はなくなるわよ」
「そうですね。最近そう思えるようになってきました」
「行ってらっしゃい」
碧華はそっとエンリーを抱きしめて送りだした。
「行ってきます」
エンリーは照れくさそうにしながら、軽く一礼すると、出て行った。
お昼過ぎ、テマソンと碧華がお昼を食べるために最上階に戻ると、ライフがまだパジャマ姿のままリビングでボーっとしていた。
「あなた今まで寝てたの?寝すぎじゃないの?」
あきれたようにいうテマソンに対して、ライフは大きなあくびをしながらだるそうに答えた。
「昨日動画をみてたら寝るの遅くなっちゃってさ、もうエンリーの奴いったみたいだね」
何度もあくびをするライフにテマソンがあきれ顔で言った。
「エンリーを見習いなさいよ、朝ちゃんと早起きして、朝食の手伝いをしてくれて出て行ったわよ。栞ちゃんもいい彼氏をゲットしたわよね。彼だったら安心だわ」
「私もそう思うわ。なんてったって三男坊だし、もしかしたらお婿さんにきてくれるかもしれないし、なんて夢も見れるしね。でもマメよねエンリーは、メールだけじゃなくて、定期的に手紙も届くのよ。プレゼントもね。自分で作ったって素敵な銀細工のネックレスなんかもあるのよ、これがすごく素敵なのよ。今回のもそうなんじゃないかしら。私も高校時代あんな素敵な彼氏ほしかったなあ」
「あらあなた彼氏いなかったの?」
「あ~馬鹿にしてるでしょ。どうせ十代は彼氏ゼロでしたよ。テマソンはモテモテだったんでしょ。どうせ」
碧華がすねたようにテマソンにたずねると、テマソンはそれには何も答えなかった。
「昔のことはいいじゃない。今こんなイケメン二人と一緒に過ごせているんだから」
「今は別に男は必要ないんだけどね。過ぎた過去を悔やんでもどうにもならならないものね」
「そうよ、今、そして未来が大切なんだから」
「ねえねえ、碧ちゃん、僕も優ちゃんにプレゼント買うから渡してよ」
テマソンと碧華の会話を聞いていたライフが突然言い出した。そんなライフに向かって碧華は笑顔で答えた。
「ごめんなさい。それは止めてもらえるとありがたいわ」
「え~なんか差別を感じる。エンリーのプレゼントは栞ちゃんに渡してあげるんでしょ。誰からももらえないなんて優ちゃん可哀そうじゃないか。叔父さん、叔父さんもそう思うでしょ」
「あら、私も反対よ。なんか今のあなたからは優ちゃんにたいする愛っていうか誠意を感じられないのよね。私の大切な優ちゃんがあなたからプレゼントなんかもらったらなぜだろうって悩んでいるのを想像するとかわいそうだわ」
「なんでそうなるんだよ?プレゼントをあげたいっているだけなのに」
納得がいかないライフにテマソンが言った。
「じゃあこうしましょ。お使い頼めるかしら?私から栞ちゃんと優ちゃんと栄治さんと広さんにおみやげをあげたいから、あなたのチョイスで今日ママンの見舞いの途中で買ってきてくれなかしら。電車で行くんでしょ?」
「そんなことしても僕の得にならないじゃないか」
「あらそんなことないわよ、ちゃんとあなたが選んでくれたのよって言って渡してあげるわよ」
すねていうライフに碧華がすかさずフォローした。
「はあ・・まあいいかあ。でも僕が選んだって優ちゃんに本当にちゃんと伝えてよね」
「わかった!約束する」
碧華の言葉で納得したのか少し機嫌がなおったライフにテマソンは財布から多めにお遣いを渡しながら何か小声でささやいていた。ライフも軽く頷いた。
それから一時過ぎに碧華とライフは電車でヴィクトリアに会いに向かった。途中、デパートに買い物に立ち寄った。碧華もお土産を少し買った。
三時前に城についた二人はまずヴィクトリアに挨拶に行った。
すると、ヴィクトリアは思ったより元気そうだった。
昨日からようやくインフルエンザで寝込んでいた使用人たちも元気に働けるようになり、今日は普段通りの日常に戻ったと話してくれた。
ライフはヴィクトリアに挨拶を済ませると、用事があると行ってすぐ戻るからと言ってどこかに姿を消してしまった。
碧華はヴィクトリアに話しかけられ二人で紅茶を飲みながらたわいもない話をしていた。
それからどれだけの時間が過ぎただろうか、ヴィクトリアが立ち上がり、碧華に近づくと、棚の上に置いていた封筒を手に取ると、それを碧華の目の前のテーブルの上にのせ、碧華の目の前にそっと置いて話した。
「碧華さん、これはほんの気持ちよ、わざわざ日本からテマソンの為にきてくださってありがとう」
ヴィクトリアはそういうと、碧華に封筒を差し出した。それをじっと見つめた碧華は首を横に振って答えた。
「ビクトリア様、それは受け取れません」
「なぜ?こう言っては失礼かもしれないけれど、日本からアトラスまでの飛行機代だけでもあなたにはかなりの負担でしょ」
「そうですね、ですが、私が今これを受け取ってしまうと、今回の看病がビジネスになってしまいます。私はお金の為にテマソンの看病に来たんじゃありませんから」
「でも、それならあなたのダンナ様はいい気がしないんじゃないかしら?」
「栄治さんはそんなに心が狭くありません。私はきちんと栄治さんの了承を得てきてます。テマソンは私たち桜木家にとってかけがえのない家族なんです。一年に何度も往復するとなると、我が家の経済状況ではさすがに来るのは無理ですけれど、できる範囲で助け合っていけたらいいと思っているんです。それが家族というものだと思うんです」
碧華はそういうと頭を下げた。それをみたヴィクトリアは小さく笑った。
「私の負けね」
「えっ?」
ヴィクトリアの言葉に驚いている碧華に対して、ヴィクトリアの視線が続きの間に移動したのをつられてみるとそこから出てきたのはリリーだった。