エンリーの心の葛藤②
一時間後、けたたましい音が玄関ホールに響き、執事が玄関のドアを開くなり、ライフは執事に何かささやいただけで、ずかずかと屋敷に入って来た。エンリーは自分の部屋の窓からその様子を眺めていて胸の興奮を抑えるのに必至だった。
そしてスマホの録画機能をオンにして、窓に寄りかかり、部屋の扉をじっと見ていた。
「おいエンリー!あの写真はなんだよ。あれ?いないのか?」
部屋をキョロキョロ見渡して叫んだ。ライフの位置からはエンリーの姿は見えなかったようだ。
「いるよ、今手が離せないから机の上に置いているやつだ」
その言葉を聞くなりライフは勝手に部屋の中に入り、机の上の包みを手にとった。
「ワオ!思った通りだ!すごいじゃないか、僕の理想そのものだ!これどこで手に入れたんだよ。すげーじゃん、いいなあ、この手作り感、なあ、これ本当にもらっていいのか?返せっていわないだろうな」
ライフはそのペンケースを目の色を変えて眺めながらエンリーに言った。
「言わないよ。それは君が欲しがるだろうなと思ってもらったものなんだから」
「もらった?」
「そうだよ、もらったんだ、日本で」
「ちょっと待て!もらった?日本って、まさかお前が留学していた時にか?」
「そうだよ」
「あれから何日過ぎてると思っているんだ。お前、ペンケースはなかったって」
「ああいったさ。お前の態度に腹を立てていたからね。それにそれは、僕がもらったものだからね。だから僕があげたくないと思えばそれは今でも僕の物だ」
「ちょっと、ちょっとまってくれ。考えさせてくれ、お前が物をもらう?何か別のものを渡したのか?」
「いや何も」
「よく受け取ったな、何の見返りもなしにお前が?お前よく、無料で何かをやるというやつは信用できないっていうじゃないか」
「いいだろ、僕だって信じられないよ。だけど彼女は言ったんだよ。僕のありがとうの笑顔が代金だって。ずっと考えてたけど、僕にはやっぱり理解できないことだけど、僕は受け取ったんだ」
「まっいいか、お前がよく知りもしない人から物を受け取れるなんていいことじゃないか。そのおかげでこんなレアもの手に入れられたんだから」
「ホントにそれ欲しいのか?」
「これ見たところハンドメイドだろ。どこの職人が作ったか知らないけどもろ好みだしな」
「それ、留学先のクラスメイトの母親の手作りなんだそうだ」
「ほんとか?すごいな!ただの主婦ってことか?叔父さんが聞いたら卒倒ものだな」
「叔父さんって、デザイナーだったっけ?」
「ああ、最近じゃ、いろいろ手掛けてるけど、バッグをよくデザインしてるよ。最新作はいつも家に持ってくるんだ。最近までは僕のカバンは全部叔父さんのブランドだったんだけど、最近は別のをいろいろ試してるんだ。なのに懲りなくてね、違うのを使ってると文句を言うんだよ」
ライフはそういいながらも、今手に入れたばかりのペンケースをうれしそうに手でいじりながら言った。
「それよりお前は明日もどこにも行かないのか?せっかく寮からでられてるのに」
「僕はいいよ、苦手なんだ、知ってるだろ?」
「そうだったな。まっいいか。だけどお前さっきから何してるんだ?」
エンリーはライフの話を聞きながらパソコンの画面にかかりきりになっていた。その画面をのぞき込みながらライフは叫んだ。
「なんだよう!僕じゃないか?お前さっきから僕をとっていたのか?僕のことが好きならそう言えよな、モデルならいくらでもしてやるぜ」
「誰がお前なんか、僕はただ、そのペンケースをくれた人に報告をしようとしているだけだよ」
「報告?」
「そうだよ、さっきも言っただろ。それは僕がもらったものだって。だけど、二つもらったからね。友人にあげることをきちんと報告したほうがいいと思ってね」
「そんなのいいんじゃないのか、いらないからお前にくれたんだろ?これ安物だろ?」
「あの人を侮辱するな!」
エンリーはすごい剣幕で怒り、ライフの手からペンケースを取り上げた。
「これはあの人の真心がこもっているんだ。そんな気持ちならお前にやるのはやめた。帰れ!」
「なんだよ。おまえ、日本で何かあったのか?何むきになってるんだよ。そんなに怒ることか?そのデザイン確かに僕の好みにドンピシャだけど、手作りのもらい物なら、律儀に報告なんかいらないんじゃないのか?もらったものはもうお前のものなんだし、あげようが捨てようが勝手なんじゃないのか?」
エンリーはしばらく考えていた。
「ああ、お前の言う通りだ。僕も少し前ならそういっただろうな。僕にもよくわからないんだ。だけど、これを作って僕にくれた人が言ったんだよ。ありがとうって」
「はあ?」
「おかしいだろ、わざわざ何の得にもならないのに、娘の一言で、貴重な時間を割いてこれを作ってくれたんだ。その上、僕に言ったんだ。喜んでくれてありがとうって。僕の笑顔が何よりの代金だって」
「確かに変わった人みたいだな。物をあげてありがとうなんてな」
「だけど、日本はそうだぜ、買い物をしたら必ず店員がありがとうございましたっていうんだ。おもてなしの心だ」
「ふーん僕には理解できないな」
「そうだろうな。僕もだ。損得でしか生きてこなかった。だけど、なんていうのかな。あれからへんなんだ。ありがとうの日本語が頭から離れないんだ」
それからエンリーはだまってしまった。ライフはエンリーが奪ったペンケースをじっと眺め、口をへの字にしながらしばらくその場に立ち尽くしていたが、突然頭を下げて大声で言った。
「ごめん!」
「なっなんだよ。今さら謝られても遅いよ、もう帰ってくれっていっただろ」
「本当にごめん」
ライフはそう言うと、そっぽを向いたエンリーに近づいて、エンリーの肩に自分の腕をまわしてもう一度言った。
「なあ、ごめんって、許してくれよ。それやっぱ欲しいよ。どんないきさつでそれを手に入れたのか知らないけどよ。なんだろうな。みればみるほど愛着がわいてくるんだよ。僕に使ってくれっていってる気がするんだよ。なあ聞こえるだろ。僕のとこにきたいって言ってる声が、なあ機嫌なおしてくれよ。失言でした。なんでもするからよ~」
「ほんとに大事にするのか?すぐ捨てたり誰かに売ったりしたら、もうお前にはノート貸してやらないからな」
「わかった、大切に使うよ。約束する。なっ、だからいいだろ」
「そうだな…条件が二つある」
「なんだよ。一つにしてくれよ」
「嫌だ。できないなら、これはあきらめて、帰れ!」
「お前冷たい奴だな、僕なんかデートの約束断ってきたんだぞ」
「だから?」
「ああもうわかったよ、でっなんだよ条件って」
「お前もお礼の手紙を書くことだ」
「はあ?手紙?メールとかじゃダメか?自慢じゃないけど手紙なんか書いたことないぜ」
ライフは自分の頭をかきむしりながらエンリーのベッドに腰かけた。
「僕だって手紙は初めてだ。だけど、仕方ないだろ、彼女が通っていた学校は携帯持ち込み禁止だったんだから。僕は持っていってもよかったけど、彼女は持ってきていなかったから、メールアドレスを聞けなかったんだ。だから僕の寮の住所を教えたら、彼女も教えてくれたんだ。僕も書くからお前も今から書けよな。そしたらやるよ」
ライフはもう一度頭をかきむしりながら言った。
「すごい学校に行ってたんだなお前。そうだな、じゃあ、お前がさっき撮った動画は送るなよ」
「いいじゃないか、おまえが本気で喜んでいる映像がうまく撮れてるし」
「あんな恥ずかしい映像見られてたまるか。手紙は書くけど、これは譲らないぞ!」
「仕方ないな。映像は消してやるよ」
エンリーは軽くもう一度ため息をついてから、そのペンケースをライフの前に差し出した。
ライフはそれを受け取ると、嬉しそうに眺めていた。それをみたエンリーは急に笑い出した。
「なんだよ急に、気味の悪い奴だな」
「ごめん、思いだしたんだよ。あの人が言った言葉を」
「はあ?」
「人は目をみれば、心から喜んでいるのか、お世辞で喜んでいるふりをしているのかわかるもんだって聞いたけど、お前本当に気に入ったんだな」
「なんだよ、だからデートを断ってきたんだろ。それでなきゃ、せっかくの週末だぜ、好き好んで男の所なんか来るかよ」
「お前はそういう奴だよな。どこまでも自分の心に素直だよな。相手のことを優先して考えたことなんかないだろう」
エンリーは、ようやくペンケースを手に入れてご満悦のライフを眺めながら、もう一つのブルーのペンケースをとり出し眺めながらいった。
「あっ、お前それなんだよ。なんで色違い持ってるんだよ。それもいい感じじゃないかよ。見せてみろよ」
ライフはふと視線を上げたその先に、別の色の同じ形のペンケースを目にしてベッドから起き上がり、エンリーの手に持っているペンケースを奪おうとしたが、エンリーはさっとかわした。
「二つ持ってたんなら、どうして今までくれなかったんだ?」
「お前のその図々しい所が気にいらなかったんだ」
「エンリー、人間ってのは、人の事ばかり気にしてたら損ばかりするんだぞ。自分の心に素直に従って強引に生きた方が絶対得するようになってるんだ」
「僕は僕の生きたい様に生きるさ。この性格で損をしたなんて思ったこともないしね」
「そっか、お前はお前だもんな。まっ考えようによったら慎重派のお前がいなきゃ僕はとっくに落第してるな。感謝感謝だ。愛してるぜ。エンリー」
ライフはそう言うともう一度ベッドに腰をおろして、また貰ったばかりのペンケースを嬉しそうに眺め始めた。それをみたエンリーは小さくため息をつきながら自分も椅子に腰をかけると持っていたペンケースを机の上に置き言った。
「お前は調子いいよな。二つ目の条件は、今夜家で食べてけよ。料理が余っているらしいからさ」
「なんだそんなことか、それならもちろんそのつもりでママにお前の所に泊ってくるって言ってきた。荷物は車の中に置きっぱなしだったから、運転手が運んでくるのを受け取っておいてくれってお前とこの執事に頼んでおいた。ついでに月曜日提出のレポート参考にさせてくれよ。どうせ、いくつか考えているんだろ。お前のことだから、もうやってるだろ?寮に置いてきてるなんてなしだぜ」
エンリーからの条件が深刻な内容ではなかったことに安堵しながらライフが言った。
「さてはお前、僕が呼ばなくても家にくるつもりだっただろう?」
「なんのことかな?」
「白状しろ!この」
エンリーはライフに掴みかかると、あおむけにベッドの上に倒れこんだライフの上にまたがり、脇をくすぐり始めた。
「うわあ~やめろよ~わかったわかったよ。デートっていうのも嘘だよ。叔父さんがまた新作のバッグを持ってきて使えってしつこいから逃げてきたんだよ」
「だと思った」
ライフの告白を聞き出すとエンリーはライフの上から移動し、隣にあおむけになり天井を眺めた。ライフは肘をつ
きながら荒い息遣いを整えながら言った。
「はあはあ、お前脇はやめろっていつもいってるだろ。叔父さんも僕が嫌がるのわかっててなんかやたらと引っ付きにくるんだよな。たまんないよ」
「愛されてるんだよお前は。いいことじゃないか、スキンシップができてさ、僕なんかそんなことされた記憶すらないよ。今夜も二人ともパーティーだと、息子が帰ってきてるのにさ、気になるのは息子の成績だけみたいだな」
「お前の両親はクールだもんな。この愛らしい僕ですら、お前の一族に二人並ばれると、窒息しそうになるもんな」
「ほめていただきありがとう。僕も同感だ」