テマソン高熱事件②
二人はその日、眠っているテマソンの様子を一時間おきに確認しながら、交代で睡眠をとった。その日は何事もなく過ぎた。
翌朝七時頃、レヴァント家の主治医が看護婦を伴ってやってきた。話によると、主治医の病院も今大変な状況らしかった。病院が始まる前に診察にきたと言っていたが病院の医師もあまり寝ていない様子だった。医師は点滴を打ちおわると、薬を注射し、意識が戻ったら、なるべく水分を飲ませるようにと指示を出し、夜当たりから食べられたら、何か流動食を食べさせるように指示し、また次の患者の待つ病院へと戻って行った。
「医者っていう仕事も大変だよな。僕には無理だな」
ライフは主治医を送り出しながら言った。
「僕も同感だな、家が病院じゃなくて助かったよ」
「なんだ、お前でも苦手なものあるんだな」
「僕はなれと言われればなれる自信はあるさ、なりたくないだけでさ」
二人はそんな会話をしながら、テマソンの様子をちょくちょく監視しながら、リビングでくつろいでいた。二人は食糧とテマソンが意識を取り戻した時用のイオン飲料などを交代で買い出しに行き、ちょうどお昼も済ませ、医者の指示通り、汗をかいているテマソンの体をふき、二人がかりで着替えをさせて終わった時、玄関のチャイムがなった。ライフはスタッフの誰かだろうと玄関のドアを開けるとそこに意外な人物が立っていた。
「!」
ライフは固まっている所にエンリーがテマソンの部屋から汗で濡れたパジャマを持って顔をだすとエンリーも驚いた顔をして動きが一瞬止まってしまった。
「きちゃった」
笑顔で大きなキャリーバッグを抱えてそこに立っていたのは日本にいるはずの碧華だった。
「よいしょっと、一人でここまでたどり着けたなんて奇跡だと思わない。親切な運転手さんでよかったわ」
碧華は驚いて言葉をなくしている二人を横目に、碧華はキャリーバッグを運び和室に入って行った。そして楽な服装に着替え、エプロン姿の碧華がでてきて、まだ玄関で棒立ちになっている二人に向かって手招きした。
「もう二人ともなにそんな所で立ってるのよ、早く玄関閉めなさいよ。寒いじゃない」
その碧華の言葉で正気を取り戻した二人は碧華に駆け寄り口々に話かけた。
「本当に本物の碧華ママですよね。昨日は何も言っていなかったじゃないですか」
「あっ碧ちゃん、きてくれたの?でも家は大丈夫なの?」
碧華は質問攻めにしてくる二人に対して、先にリビングに入り台所や冷蔵庫の中を確認しながら、林檎ジュースを冷蔵庫から取り出しコップに注ぐと一気に飲み干した。
「さすがエンリーがいてくれてるからどこもかしこもきれいなままね」
そういうと、飲んだカップをさっと水洗いすると、ふきんで拭き片づけ、ソファーに腰をかけた。
「昨日寝る前に思いついたのよ。栄治さんも娘達もあなたたち二人が学校を休んでまで看病するなんてかわいそうだからって行ってあげたらって行ってくれてね。運よく、早朝便のキャンセルがあったのよ」
「でも交通費かかるのに」
「ライフ心配ありがとう。おかげ様でテマソンからお給料振り込んでもらったばかりでね。大丈夫よ。それにね、お金っていうものは必要な時はけちっちゃいけないものなのよ。日本はまだインフルエンザは流行してないし、私も今年はめずらしく十月に予防接種して、調べたらアトラスで流行している型と同じ型だってわかったから、思い切ってきたのよ。会社もテマソンが抜けていると大変でしょうし。かと言ってインフルエンザは一人で放置しておくと大変なことになるといけないし、暇な私でもいないよりましかなって思ってね。テマソンのことは私が看病するから、あなたたちは明日から学校に戻りなさいね」
「碧ちゃんが来てくれて正直ほっとしたけど、でも、栞ちゃんや優ちゃんも学校あるでしょ」
「大丈夫よ、最近親離れしてくれてね。笑顔で送り出してくれたわ。栞なんか学食食べれる。お寿司だ、ラーメンだって夕食は外食する気満々で喜んでたわよ。我が家の状況が大変な時なら今ここに来ていないわ」
「それならいいんですけど、でもせめて後二日はいますよ。さっき二人がかりで汗拭いたり着替えをさせたりしたんですけど、碧華ママ一人じゃ無理ですよ」
「そうだよ、叔父さんけっこう重いんだよ。熱は三日ぐらいで下がるって朝主治医が来て言ってたから、熱が下がって叔父さんの意識が戻ったら碧ちゃんに任せて学校に帰るよ。それにねコイツ、僕の授業が遅れたらやばいだろうって、朝からずっと数学の補修を延々とするんだぜ、正直学校行ってるほうがらくだけどさっ、こんな時に叔父さんに恩を売っとかなきゃ困った時助けてもらえないと困るから」
「あなたらしい発想ね。でも、いい子ねあなたたちは。困っている人を助けてあげられる人ってなかなかいないわよ。あなたたちインフルエンザはかかってるの?」
「僕はもうかかったよ。コイツはまだだけど」
「そう、じゃあもうかかってしまったかもしれないけど、エンリーあなたはもう寮に戻りなさい。テマソンからインフルエンザがうつったって知ったらテマソン落ち込むと思うから」
「でも、碧華ママも同じですよね」
「私はいいのよ、とにかくあなたがついてきてくれてよかったわ。ありがとうね」
「そうだよ、叔父さんの看病は僕と碧ちゃんに任せておけよ。お前はもう学校に戻って休んでいる間のノートとり頼むよ」
ライフがすかさず言うと、エンリーもしぶしぶ寮に戻ることを承諾した。
碧華は立ち上がると側に腰かけた二人の頭を順番に撫でた。
「そうだ、日本でる時にね、空港でおいしそうなお菓子たくさん買ってきたのよ。看病って体力いるでしょ。おやつにしましょうよ。紅茶でいい二人とも?」
「いいよ」
「よし、テマソンの様子をのぞいてからおやつにしましょ。あなたたちは先に手を洗ってきなさいよ。テマソンを触ったんでしょ」
碧華はそういうと、リョックの中から使い捨てのマスクを取り出しつけながら言った。二人は不思議そうにそのマスクを眺めた。
「あら、何変な目でみて、ああこれ?そういえばアトラス人はマスクをしないんですってね。日本人はマスクは予防の為によく着けるのよ、インフルエンザも飛沫感染でしょ。手荒いうがいは当たりまえだけど、マスクをきちんとつけてると鼻や口からの感染も防げるでしょ。完全じゃないけどね。一応持ってきたのよ」
そういって碧華はマスク姿のまま、テマソンの部屋に入って行った。
それからおやつを三人で食べてからエンリーが寮に戻る前に、碧華は近くのスーパーにエンリーと一緒に買い出しをし、テマソンの家にない日本食の調味料などエンリーに訳してもらいながらたくさんの食材を買い出しをした。
その日の夕方、会社の社員たちがテマソンの見舞いに訪れては、碧華がいることに驚いて帰って行った。よく朝には碧華が来ていることが会社中に広まっていたらしく、家から手作りの消化のいい料理を持参してきてくれる女子社員たちが大勢押し寄せてきた。
碧華はライフと遅い朝食を食べながら、話をしていた。
「叔父さんって結構人気あるんだね。昨日もそうだったけど、僕が下におりてスーパーに買い出しに行こうとしたらけっこう声をかけられたよ。まっ碧ちゃんがわざわざ日本から看病に来ているってことの方が気になるみたいだったけどね」
「そっかあ、他人がみればそうよね。私もそう思うわ。やっぱりまずかったかしら?テマソンのイメージダウンかなあ?」
「大丈夫だよ。会社の人達、今じゃほとんど碧ちゃんのファンだってこの間叔父さん言ってたから、でも僕不思議なんだよね。僕、碧ちゃんを他人だなんて思えないもん、本当の叔母さんみたいでさっ」
「そうね、私もよ」
「なんだ、僕たち相思相愛なんだね」
碧華とライフは笑いながら朝食を食べた。
お昼前には主治医が診察に来られて驚かれたようだったが、大人の碧華が看病していることを知り安心したようだった。
ライフは碧華に主治医の言った言葉を通訳し、碧華も指示されたことをメモし、気をつけることやすべきことを詳細にたずねた。




