テマソン高熱事件①
テマソンはその日、何だか体がやけに熱く感じるなあと思いながら仕事をしていた。最近忙しかったからか、あまり寝てはいなかった。なんだか頭がぼーっとする感覚はあったが、睡眠不足なだけだろうと思っていた。
その日も日課通りにお昼の十二時に栞からのテレビ電話を待っていた。
「ハロー」
テマソンはいつものように英語で簡単な会話をしながら三十分が過ぎようとした頃だった。急に意識が遠くなっていくのを感じた。
驚いたのは話をしていた栞だった。
「テマソン先生?」
画面の向うのテマソンが急に画面の前の机の上にうつ伏せになって動かなくなってしまった姿を見た栞が台所にいた碧華を呼んだ。
「ママ、テマソン先生の様子がおかしい。早く来て‼」
台所で夕食の食器を洗っていた碧華を慌てた様子で叫ぶ栞に、碧華は驚いて駆けつけた。
「どうしたの栞?」
碧華が画面をのぞき込んだ。すると、確かにテマソンが画面の前でうつ伏せになっていた。顔はみえなかったが微かに聞こえるのは荒い息遣いだった。
「テマソン、どうしたの?テマソン!」
碧華が呼んでも全く反応がなかった。
「ねえ、ママテマソン先生どうしちゃったんだろ?」
「わからないわ。でも息遣いが荒いからしんどいことは確かね、意識がないのかもしれないわ」
そういいながら、碧華はリビングのテーブルの上に置いてあったスマホを取り出し、テマソンの会社で唯一電話番号交換してあった日本語が話せるアドルフの携帯番号に電話をかけた。
〈ハロー、碧華さん?お久しぶりです。どうかしたんですか?もしかして今アトラスにきているんですか?〉
明るい口調ですぐにアドルフが出た。
「私は日本よ、アドルフ、今どこにいるの?」
〈なんだ日本なんですか残念。僕は今、会社の玄関ですよ。今お昼休憩中でお昼を食べて戻ってきた所ですよ〉
アドルフはお昼を何食べただとか、話しが長くなりそうだったから、手短に要件を言った。
「アドルフ、至急社長室に行って‼ テマソンの様子を見てきて欲しいのよ」
〈はあ?どうしてですか、喧嘩でもしたんですか?お昼に社長室に入ると社長すごく機嫌が悪いんですよ〉
アドルフが遠回しに嫌だと言ってきていると察知した碧華は命令口調で叫んだ。
「いいから今すぐ行ってちょうだい!あなたしか頼める人いないんだから、お願い、今テレビ電話でテマソンと話していたんだけど、テマソンの様子がおかしいのよ。なんともなくてあなたに怒ってきたら、私が行けって命令したって言っていいから、急いで!お願いよ」
アドルフは碧華の切羽詰まった口調に尋常じゃない何かが起きているんだと察知したアドルフが慌てて駆け出した。
〈わかりました。また後でかけ直します〉
アドルフはそれだけいうと電話が切れた。それから数分後、画面にアドルフが映った。アドルフは英語でテマソンに話しかけたが反応がなく、そのまま、床に倒れこんでしまった。そのままパソコンが倒れたのか、画像が乱れて繋がらなくなってしまった。
それから一時間後、テマソンがどうなったのかわからず気をもんでいると、ようやくアドルフから電話がかかってきた。
〈碧華さん!〉
「アドルフ、待ってたのよ。テマソン大丈夫だった?」
〈それがどうやら、インフルエンザにかかっていたみたいなんですよ〉
電話の向うから病院らしき声が聞こえてきていた。
「インフルエンザ?でもまだ十一月よ、早くない?」
〈そうなんですよ。僕も先週かかったんですけど、今年は爆発的に流行が早まって、今こっちはすごい病人があふれちゃってるんですよ〉
「そうなの?大変ね、でっ容体は?テマソン意識は戻ったの?」
〈それが今処置はしてもらっている最中なのですが、意識は戻っていないんです。ただ、病室がどことも満室みたいなんです。でっ、今点滴をしてもらってますから、それが終わり次第社長を会社まで連れて帰るところなんですが、我々もずっと看病するわけにもいきませんし、社長のお姉様に連絡しようとしているんですが、どういうわけか、お姉様の邸宅に繋がらないんですよ。それで、碧華さんなら、お姉様の携帯番号か、他の親族の方の連絡先をご存じないかと思いまして〉
「大変、ごめんなさいね。あなたたちに迷惑をかけて、わかったわ、誰かに連絡つかないか電話してみるわ」
〈お願いします〉
電話を切った碧華は早速リリ―の邸宅にかけてみたが本当に繋がらなかった。その後リリーの携帯電話にもかけてみたが同じく繋がらなかった。
「リリーお姉様どうしちゃたんだろ?」
「ママ、テマソン先生どうなの?」
栞も優も心配そうに聞いてきた。
「インフルエンザなんだって、栄治さん、ビルさんの携帯番号わかる?」
碧華は同じリビングでスマホをいじっていた栄治にたずねた。栄治はスマホをいじったまま答えた。
「わかるけど、ビルさん確か、昨日から一週間アメリカに出張だってメール来てたけどなあ」
「ええ~だめじゃん。ああ~もうどうしよう」
碧華は頭をかきむしりながら叫んだ。
「ママ、ライフさんは?」
優が言うと
「そうだライフがいるじゃん、栞、あなたさっきエンリーとメールしてたよね。昼から授業あるとか言ってなかった?」
「確か、今日は昼からの授業はないって言ってたよ」
それを聞いた碧華はさっそくライフに電話をかけてみたが、こっちは電話のコールすらかからず電源が入っていないようだった。
「もう、どうなってるのよ!」
碧華はしばらく考えてからエンリーの携帯に電話をかけることにした。
「あっエンリー?今いい?」
〈はい、大丈夫ですけど、どうかしたんですか?〉
「あのね、その辺にライフいない?」
〈ライフですか?え~と確かお昼休憩中にみかけましたけど、今日は午後から講義がないからどこかへ遊びに行くとかっていってたような〉
「なんですって、もう遊びにでかけちゃったかしら?急用なのよ、ライフったら携帯切ってるみたいで繋がらないのよ、何とか捕まえられないかしら?」
碧華の切羽詰まったような声にエンリーはただ事ではない様子を察知して聞き返した。
〈何かあったんですか?〉
「実は、テマソンがインフルエンザで倒れたのよ、会社の人が病院に連れて行ってくれてるんだけど、満室で入院は断られたんですって、でっテマソンの家に連れて帰ってくれるらしいだけど、そのままほっとくわけにいかないし、レヴァント家の邸宅も誰も出ないのよ。ビルさんは出張中らしいし、リリーお姉様の携帯も反応ないし。ライフだったらリリーお姉様の居場所とか分かるんじゃないかと思って」
〈わかりました。あいつを探してみます〉
エンリーは電話を切ると、寮に戻っているであろうライフを捜しに走りだした。エンリーが寮内を走り周りながらようやくライフを見つけるとライフはちょうど、寮を出ようとしている所だった。
「おいライフ、ちょっと待てよ!」
寮の玄関でライフをようやく見つけたエンリーは息を切らせながらライフの肩を掴んで息を整えた。
「ハアハア・・・」
「何かあったのか?お前がそんなに息を切らせるなんて珍しいな」
「お前携帯どうした?」
「えっ持ってるよ」
ライフはズボンの後ろから携帯を取り出して見せた。
「じゃあなんで繋がらないんだ!」
「えっ?あっごめん。電源切ってたんだ」
ライフは電源をつけながらいった。
「あれ?碧ちゃんから電話何回もかかってる。なんだろう?」
「はあ・・・テマソンさんがインフルエンザで倒れたんだそうだ。でも救急病院も今満室で入院できないらしいぞ。症状がどうであれ、看病する人間が必要だろ?それでリリーおばさんに電話したらしいんだけど、繋がらないって碧華ママの所に誰か親族の人の連絡先を知らないかって連絡がきたみたいなんだよ」
「叔父さんもインフルエンザで倒れたの?ヤバイな」
「叔父さんもって誰かも病気なのか?」
「今、家ヤバイ状況だよ。ママも使用人もインフルエンザで倒れたっていってたよ。だから家は今閉鎖中なんだ。ママはヴィクトリアおばあ様の所にいるって言ってたよ。でもあそこもインフルエンザで倒れた使用人も多くてそのまま城でみてるって一人元気なおばあ様が昨日電話で言ってたよ」
「じゃあ、テマソンさんを看病できる人間いないじゃないか」
「そうなるね、一応おばあ様に連絡入れてみるよ」
ライフは早速ビクトリアに電話を入れると、出たビクトリアも何だか体調が悪そうだった。
「うん、わかった大丈夫。叔父さんのことは僕に任せて」
すぐに電話をきったライフが暗い顔で言った。
「だめだ、あそこも病人さらに続出中でおばあ様もしんどくてとても叔父さんまで看病できないって」
「会社の人に頼んでみてって言われたけどさっ見てくれる人いると思うか?いなかったら城に運ぶよう手配するって言ってたけど」
「インフルエンザだからな。お前はこの間真っ先にかかったから大丈夫だろ?お前が看病に行ってやれよ」
「僕が?無理だよ、病人の看病なんてやったことないもん。飯だって作れないし」
ライフの言葉にエンリーはしばらく考えて答えた。
「仕方ないな、テマソンさんには夏にお世話になったし、僕も一緒に行ってやるよ。学校と寮には事情を説明して休学届だしていこうぜ。インフルエンザは高熱が三日ぐらいだろ?けど、看病ってそんなにすることないと思うけど、一応誰かついてないと危険だからさっ、ある程度落ち着いたら、会社の人にお願いしたらいいじゃないか」
ライフは明らかに嫌そうでしばらく考えていたが、しぶしぶ了承した。
「けど、お前はかかっていないんだろ?うつるんじゃないか?」
「一応予防接種を十月にうったからかかっても軽くすむと思うよ。インフルエンザになったらお前に看病たのむよ」
「はあ?」
そういったライフだったが、この一大事、自分一人ではどうにもならないことは明らかだった。父親もすぐには帰れないと言っていたしどうすることもできない状況なのは事実だった。城もヴィクトリアおばあ様の話ぶりだと今テマソンを受け入れられる余裕はなさそうだった。
「わかったよ、叔父さんもお前も俺に任せろ!」
腹をくくって胸をたたいて強がっているライフにエンリーは肩に手をあてて、二人は寮の事務所に向かった。ライフは折り返しビクトリアに電話をいれ、エンリーとテマソンの看病に行くと伝えた。
二人はそれから二時間後、テマソンの家に到着した。最上階のテマソンの家に入ると、スタッフの一人が看病に残ってくれていた。二人は事情を説明して、後は自分たちでみるからとスタッフに礼を言って看病をかわった。テマソンは珍しく、荒い息遣いで意識がなく辛そうだった。
スタッフの人の話だと、レヴァント家の主治医が明日の朝、診察に家に来てくれることになっていると会社に連絡が入ったと伝えた。
二人になったライフとエンリーはとりあえず、テマソンの様子をのぞき、そっとリビングのソファーに腰かけた。
「ああ・・・今日は映画に行くつもりだったのになあ」
ライフは両腕を頭の後ろにあてて大きなため息をついた。
「お前なあ、テマソンさんにはずいぶん可愛がってもらってるんだろ。こんな時ぐらい恩返ししないと罰が当たるぞ」
「そうだよな。けどお前がいてくれてたすかったよ」




