停電とテマソンの計画
「ねえ、あなた今度はいつ来れるのよ」
アトラスから戻っていつもの日常に戻った九月久しぶりにテレビ電話で話したテマソンが次の休暇について碧華にたずねた。
〈そうねえ、お正月休暇かな〉
「はあ?何か月先だと思ってるのよ」
〈そんなこと言ったって、三人がまとめてとれる休みなんてそうそうないわよ。栞の学校は特に土曜日も学校あるし、家はお手伝いさんがいるわけじゃないんだから、家のことほったらかして家を空けるなんてまだ無理よ〉
「そうね・・・無理よね・・・」
〈ごめんね。日本でできることはするわよ〉
「それがね、あなたが日本に帰ってから、特注のリュックの納品は終わったんだけど、どれもすごく好評なのよ。で噂を聞きつけたマダムたちがあなたにぜひカラーバランスをしてもらって作ってもらいたいっていう問い合わせが殺到してるのよ。あなたの来日予定は未定だっていっても納してもらえなくて困ってるのよ。普段、世界中を飛び回ってるマダムたちでしょ。理解できないみたいでね。旅費をだすからきてほしいっていうマダムまでいるのよ」
〈そうなの、ありがたいわね。でもやっぱり無理よ。私も仕事したいけど、家庭を放棄してまで仕事命にはまだなれないわよ。アトラスに行くならみんなが休暇の時じゃなきゃ。家庭崩壊したくないもの〉
「そうね、何とかするわ。じゃあ、栄治さんのお正月休暇とやらはいつから休みなの?」
〈そうね今年だと十二月二十九日から一月三日までかしら〉
「それだけしかないの?」
〈だいたい日本じゃそんなもんよ。栄治さんの会社も十二月は一年で一番忙しい月だから休みも日曜日しかないわ。娘たちも私立の学校だから二十八日まで授業あるみたいだし・・・まっ栄治さんさえよかったら娘たちは休暇が一月八日まであるから、娘たちも一緒にアトラス滞在を伸ばすことはできると思うけど〉
「そうわかったわ」
テマソンはテレビ電話を切ると、机の横に置かれていた卓上のカレンダ―を見ながら大きなため息をついた。
「まだ九月のはじめよ、年末までなんて先が長いわね。何かいい方法ないかしら。新しい何か新商品を考えないとだめね」
それから数日間は、テマソンに直接問い合わせがくるマダムたちからの電話もしばらくの間途絶えることがなかった。
「奥様、申し訳ありません。碧華桜木は我が社に勤務している専属社員ではないんです。日本ではごく普通のサラリーマンの夫を持つ主婦なんですの。子どもたちもまだ学生ですし、夫や子供の世話をしなくてはならないみたいなんですのよ。それにほら日本人ってよく働きますでしょ。長期間はとれないんですって。ですから、家族の世話を放棄して彼女だけアトラスにきて仕事をするなんてことできないっていうんですのよ。わがままで申し訳ありません」
「あらそうでしたの。残念ですわね。仕方がありませんわね。気長に待ちますわ。碧華桜木さんがアトラスにこられましたら、お声をかけてくださいませね」
マダムにそういうとあきらめてくれる、そんな繰り返しだった。
改めて碧華の接客がよかったのだと実感させられるテマソンだった。
「そうだわ、今年は休暇をまとめて十二月二十五日から一月一日までにしようかしら。そしたら二十四日の夜最終便で日本に行って、二十八日の夜から日本を出発して年末年始をアトラス観光にあてて休暇を満喫してから、二日から碧華には仕事してもらおうかしら。栞ちゃんと優ちゃんのガイドはライフたちは学校が始まるから無理だから、リリーに頼もうかしら。そうよ、そうしましょう。ふふふっなんだか楽しみになってきたわ。それまで計画をねっておかなきゃ。そうだわ新春企画発表会ってのもいいかもしれないわ。忙しくなりそうだわ。早速会議に提案しなきゃ。商品が間に合わなくなるわね」
テマソンは独り言をブツブツいいながらも、今までにない計画に一人ワクワクするテマソンだった。
テマソンは新作発表会を一月の新春に焦点をあわした。
「みんな!これから新しい新作を制作するわよ」
テマソンの発表は社内に動揺が走った。
「社長、四か月しかありませんし、時間的に足りないかと思うのですが」
「あら大丈夫よ、この間、結果的に一番を売り上げたのは、碧華のリュックを基調としたオーダーメイドだったでしょ。次の発表会は販売はなしよ。全て新作一点ものを作って作成して、それをオークション形式にして販売しましょ。お祭りみたいでおもしろそうでしょ。その中で一番人気がでたものをそれを基調としたデザインを次回の新作として起用するわ」
テマソンはいうと、社員たちがざわつき始めた。
「あの、ではデザインは誰が担当するのですか?」
「我こそはというものがあれば立候補してもいいわよ。空いた時間にデザインして、政策部門の子と組んで一品作って出品してもいいわ。もちろん、企画部門を通過して、OKが出たものじゃないと、ディオレス・ルイの作品として認められないけどね。チャレンジするのは自由よ。今回のデザインには私は関与しないからあなたたちで進めて頂戴。セルあなたが責任者よ。選定の審査のメンバーはデザイン部から数名と、制作部から数名選んでおいて、最終的に残った作品は一応最後に私も確認させてもらうけれど」
テマソンがそういうと、セルは早速そのことをメモに残しているようだった。社員たちも口々に話始めた。
その時、アドルフがテマソンにたずねた。
「あの社長、碧華さんはその発表会には参加されるのでしょうか?」
「ええ、呼ぶ予定よ。五日ほど出社するよう伝えてあるわ」
「あの、では、何か作品を作られるのでしょうか?」
「さあ、わからないわ。この間は今は娘のテスト対策問題作りに忙しいから、無理!って言いきっていたし。今時間があればパソコンで詩集の方を制作してるみたいね。まったく、センスがあるんだから真剣に考えてくれたらいいんだけど、本人いわく、ひらめきは突然くるものらしいから、今はその流れじゃないんですって」
「そうなんですか・・・惜しいですね」
「そうね。でもあの子の今の本業は主婦らしいから。まっ気まぐれだから。期待してないわ」
「でも、発表会には参加されるんですよね」
「そうね、まっ別の日にでも、あの子専用のブースを店内に作ろうかとも思っているから、この間あの子がアドバイスしたリュックを買ったお客様がリピートしたいっていう依頼がほぼ全員からきてるのよね。来日したら必ず教えてっていわれているから、オークションには碧華を見にくるお客が来て下さると思うから、あなたたちも碧華目当てにくるお客様に自分の作品を売り込むチャンスよ。頑張りなさいな」
「はい!」
威勢のいい返事と共に多くの社員たちがそれぞれの持ち場へと戻って行った。
テマソンもたまっている仕事をこなすために社長室に戻ると、視線を机に向け作業を始めた。
〈只今停電中~今回の台風ヤバイよ!(悲鳴)いろんなものが飛んでる。家の中は暑いし、雨戸閉めてると暗いし、もう笑っちゃう。冷凍庫のアイスがデロデロだよ~オール電化だと暗くなると何もできない。けど、家は水がでるからまだましだけど。テマソン家も停電すると何もできないんじゃない?非常階段で二十階おりるなんて大変だろうな、もしもは起きるかもしれないから停電対策あなたもきちんとしときなさいよ!〉
九月の中頃、突然碧華からそんなメールが届いた。
最近、碧華は詩集を作成していたこともあり、テマソンの会社の仕事はあまり頻繁に受けていなかったというのもあり、娘達は毎日テレビ電話でテマソンと話をするが碧華自身はテマソンとテレビ電話を毎日する機会は減っていた。
ただ、毎日、簡単な会話のメールはやり取りしていた。
その日の朝も栞ちゃんからテレビ電話があり、今日は台風接近中だから学校が休みだと笑っていた。
外の様子もまだ、晴れていると明るい口調だった。
だが、その数時間後、突然碧華からメールが届いたのだ。
〈テマソン、家が急に停電しちゃったあ。その上すごい風と雨が唸り声をあげて荒れ狂ってきたあ〉
〈停電って台風被害は?みんな無事なの?〉
テマソンは碧華からのメールを読んですぐに返信したが、碧華からの返信はそれから数時間なかった。
心配になって、ネットニュースを見たりしたが、アトラスからでは詳しい状況は全くわからなかった。
碧華から返信がきたのは、日本時間ではもう八時を過ぎている頃だった。
〈家族は無事だよ。ただ、カーポートの屋根は飛んじゃうし、お母さんの家の屋根瓦も一部破損しちゃうし、周りの植木がぐちゃぎちゃだし、けっこうヤバイかも・・・けど今、停電してて、そっちの方がヤバイよ、もう七時間も停電してて、周り真っ暗になってきた。
電気がつかないから、ろうそくの炎だけだと薄暗いし、外は雨だから窓開けれないし、こんなこと初めてだよ。
人間快適な生活になれすぎちゃってると、こういう時は辛さが倍増だね。でも笑っちゃうよ。暗闇の中、納豆食べてるなんて私らだけかなあ(笑)〉
碧華からのメールと共に、薄暗いリビングに何本ものローソクをともして笑っている碧華たちの写真が添付されていた。
「まったく、碧華らしいわね、怖がっているのかと思って心配してたけど停電も楽しんでいるみたいじゃない。人間ピンチの時こそ笑える人でありたいわね。でもよかったわ無事で」
テマソンは遠い空の下にいるファミリーに思いをはせていた。
「ファミリーって楽しいけれど、心配ごとが尽きないものね。こんなに遠くだと、何もしてあげれないのが一番もどかしいわ」
テマソンは社長室のデスクの上に飾られている写真を眺めながら独り言を呟いた。
後日、日本での台風被害はかなり深刻なようだと碧華から聞いたテマソンは
「あなたの家、大丈夫だったの」
と心底心配するのだが、碧華も同じように笑いながら
「大丈夫」
などと言っていたが、「台風ばかりはどうにもならないしね」と諦めの境地だと笑っていた。そして、「台風がくると何ともありませんように」っては神頼みするしかないと開き直りながら笑ってテレビ電話で話す碧華に、テマソンはその通りだと言いながらも、内心は「アトラスに住めばいいのに」という言葉を飲み込んでいる自分に気づいて苦笑いした。
碧華が日本で台風の被害にあっていたころ、テマソンの会社では、一月のオークションに向けて、様々な案が飛び交っていた。
テマソン自身でも多くのデザインをしていた。
だがまったくときめくようなデザインが思い浮かんでこなかった。
「そろそろ私もデザイナー引退かしらね」
テマソンは社長の椅子にもたれながら独り言をつぶやいていた。
「あら、あなたでもスランプなんてあるのね」
テマソンが顔を上げると、目の前にリリーが立っていた。
「それとも、碧ちゃんロスかしら?」
「はっ?何よそれ?」
「何ってね、ビルやママンが桜木家ロスに陥ってちゃってて、今大変なのよ。ボーッとしちゃって、それに日本は台風が今年多いんでしょ、ネットをみるたびに大丈夫かなあなんていいながらブツブツ言ってるのよ」
「何、ビルも心配してくれてたの?」
「当然よ、栄治さんの家族が被害にあったら、アトラス旅行なんてまた来てくれるような状況じゃなくなっちゃうでしょ」
「何、そっちの心配なの?ビルったら、そんなに栄治さんとの休暇が楽しかったの?」
「そうらしいわ。次はいつくるんだって本人には聞きづらいから代わりに聞いてくれってうるさいのよ。ママンもだけどね。でっあなたなら知ってるかもしれないから聞きに来たってわけ」
「短時間で行ったり来たりできる距離じゃないものね。日本のサラリーマンは特に休みがとれないみたいだし」
「ビルだってそうでしょ」
「そうなのよ。なんかもう恋煩いみたいな症状なのよ」
「さすがね・・・桜木家。私もね碧華に聞いたんだけど、祝日の休みがあっても三人の休みがバラバラでなかなか合わないらしいわ。確実なのはお正月休暇の時みたいね」
「お正月休暇?」
「日本じゃまとまった休暇が年末年始にあるんですって。栄治さんの休暇は十二月二十九日から一月三日までですって」
「短いわね。でっくるって?」
「一応招待はしてるんだけど、まだわからないらしいわ」
「そうなの、クリスマス休暇を一緒に過ごせると思ったのに残念ね」
「普通に28日まで学校もあるみたいよ」
「そう・・・じゃあ、また今年も代わり映えしないメンツでお祝いってことね」
「あら、私は行かないかもしれないわよ」
「どうして、他に予定でもできたの?」
「内緒よ」
テマソンはまだ確実ではない思いつきに内心胸が高鳴っていたが、平常心を装い、リリーを社長室から追い出した。