心とプレゼント②
二十分後、ライフが大量の写真を持って戻ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「御苦労さま。テマソンの様子どうだった?」
ライフから写真を受け取りながら聞いた。
「うん、一時頃からだったら休憩一時間ぐらいとれそうだって。あっ碧ちゃんに伝言で、こっちのめどがついたら、下に仕事手伝いに来なさいって、伝えろって目を吊り上げて言ってたよ」
「ええ~!なんで私が今日も仕事しなきゃいけないのよ」
「なんか、碧ちゃん指名でバッグの配色依頼がかなり来ているみたいだよ。今しなくても、日本に帰ったら仕事が溜まってるからっていっとけって」
「う~んどっちもやだなあ」
ライフはどんよりとした顔をしながらブツブツいっている碧華をみて笑いながら付け加えた。
「あっ、ちなみに今日仕事してくれるなら帰りに現金支給か、振り込みどちらでも好きな方法でアルバイト料としてきちんと支給するって伝えてくれって」
「えっ、アルバイト料でるの? 現金支給? あら~へそくりができるじゃない‼ そう、じゃあ頑張ろうかな」
そんな碧華にライフは笑い出した。
「よし決めた。働くかあ~‼ じゃあ急いでこれ整理するわよ」
そういうと、できあがった写真を買ってきていたファイルに一番から順番に差し込んでいった。そしてすべての写真をいれ終わると、一番から順番に写真と現物があっているか、袋とかにメッセージなど隠れていないかきちんと確認をしていった。ライフはその様子を見て、このアトラス滞在中、けっこういい加減な性格だと思っていた碧華の別の一面を垣間見た気がした。
「よし、バッチリね。じゃあ今度は、それぞれの宛名別に箱に入れていこう。ライフは包装紙とかをゴミ袋にいれていって」
そういって空になった箱の内蓋の部分に碧華・栞・優・栄治・テマソン・お菓子・メッセージカードの箱を作り順番に入れ始めた。やがて全てのプレゼントを片づけ終わったのはちょうど一時になる時間だった。二十箱あったものがお菓子などもかなりあったのと、テマソン宛の抱き枕などが箱を占領していたこともあって日本に送る箱は五箱にとどまった。
「お疲れ様。ライフ本当にありがとうね。今夜はどうするの?私たちは今夜はここに泊まるつもりだけど、エンリーは栞をここに送ったら、一度家に戻るって言ってから一緒に乗って家に帰る?」
「碧ちゃん、本当に僕が帰ってもいいの?」
ライフがニヤリとして言った。
訳が分からないというかのように首をかしげていると、ライフはテマソンの寝室の方を指さした。
「叔父さん怒ると怖いよ。普段易しいけど」
「やっぱり怒るかしら?」
「僕だったらぶちぎれするかな」
「・・・やめておこうかしら?」
真剣に悩みだした碧華にライフが笑いなが言った。
「大丈夫だよ。怒ったら僕が盾になってあげるよ。そうだエンリーも盾用に引き留める?二人がかりだったら何とか叔父さんを押さえられると思うよ。それに、僕叔父さんの驚く瞬間みたいし」
「それよね。私も見たいのよね。なんて声だすのかしらね」
「うわっ!じゃない?テマソン先生ああいうしゃべり方してても男だから」
優がそういうと、ライフが言った。
「ええ、僕はキャーだと思うんだけどな。そうだ、今のうちにエンリーにメールしとこ」
ライフはそういうと携帯を取り出しエンリーにメールを打った。すると、すぐに返事が来た。
「エンリーはオッケーみたいだよ。四時頃ここに来るって、和室の客間に叔父さん布団用意してるみたいなこと言ってたから、僕らは隣のベッドのある方で寝ることにするよ、ちょうどシングル二つあるしね。夕食はどうする?」
「そうね、仕事するなら夕食できるの何時になるかわからないから、昼食食べに行った時に買って帰ることにしようかしら。あなたたちはエンリー達がきたらどこかに食べに行く?」
「優ちゃんはどうしたい?」
「うーん、テマソン先生の家でくつろぐほうがいいかな。ずっとナイフとフォークで食べる食事ばっかりだったから、気楽にここで食べる方が落ち着くかも」
「わかる~。私らは庶民だもんね。高級料理は肩がこるのよね」
碧華は優に相づちをうった。
「そっか、じゃあ買い出しに行くか、そうだ、何か僕らで作ろうよ」
ライフが優にいうと優が答える前にすかさず碧華が言った。
「あっ無理よ。この子お嬢様に育ててるから、まだ料理はできないのよ」
「碧ちゃん、今庶民て言ったばかりだよ。大丈夫だよ、作るのはエンリーだから」
「あらあなたは作らないの?」
「僕が料理ができる人間に見える?」
ライフの問いかけに碧華と優は無言で首を横にふった。
「あははは!やっぱり」
「エンリーはなんでもできるのね。さすがね。じゃあ多めに作っておいてもらおうかしら、楽しみね。でもエンリーには悪いわね。実家でゆっくりしようと思っていたんじゃないかしら。昨日も私たちに付き合って結局実家には泊らなかったし」
「心配無用だよ。あいついかにも碧ちゃんに気を使っているようにみえるけど、実家に行くのまだ、あんまり気乗りしないみたいなんだ。今日はさすがにここに一緒に泊まるっていったら図々しいって思われるよなって言ってたぐらいだから」
「そう、じゃあ私からもメールしとこ」
〈エンリー、夜中テマソンが暴れたらライフ一人じゃ不安だから泊まりにきて。お願い〉
〈ライフからのメールでもよくわからなかったんですけど、テマソンさんがどうして暴れるのですか?〉
〈こっちにきたらライフに聞いて、それから、午後から私仕事が入ったから、あなたに夕食作ってほしいの。テマソンには了承もらっとくから。あなたの得意料理でいいから、こっちにくる途中に材料買ってきてもらえるとありがたいわ〉
〈料理ですか?いいですけど、本当に何でもいいですか?〉
〈ええ、栞に食べられないもの聞いて。よろしくね〉
〈了解しました〉
メールの返信がきた時、ちょうどテマソンから電話がかかってきた。
〈碧華、そっちは片付いたの?〉
「ええ、バッチリよ。昼食べたら仕事できるわよ」
〈本当?助かるわ。じゃあ、下で車をだして待ってるわよ〉
「わかった」
碧華はそういうと、三人でエレベーターで地下まで降りて行った。それから約束通り碧華は昼食が終わるとすぐ仕事に向かった。おやつを六時頃もってきてとライフに合図して。
碧華がディオレス・ルイの企画室に恐る恐る顔をだすと、予想以上に歓迎された。英語で話しかけてくれた。碧華は予想以上の歓迎ぶりに感動して泣いてしまった。
「ちょっと何泣いてるのよ」
「だって、みんな何言ってるのかはわからないけど、優しそうに話しかけてくれるんだもん。私ね、アトラスに来て初めての体験ばかりなのよね。日本じゃ家族以外誰も話しかけてなんかくれないもん。なんか・・・なんかねうれしいのよ。ああ、私英語話せたらいいのになあ・・・」
「あら、今から英語覚えればいいじゃない」
「無理、私英語嫌いなの」
碧華はテマソンから差し出されたテッシュケースからテッシュを一枚取り出し涙を拭きながら言った。
「You are stubborn.」
「テマソン!なんか悪口言ったでしょ」
「いやあねえ。そんなわけないでしょ。じゃあ、仕事しましょ。実はあなたご指名の仕事依頼が今朝からかなり来てるのよ」
「えっこの間の発表会のリュックじゃなくて?」
「あれは今朝からもうデザインを書いて依頼通りに作り始めているわよ」
「すごーい早いわね」
「あら方向性はわかっているし、あなたが細かく詳細を書き込んでいたでしょ。あれはいいのよ。注文が殺到してるのは、発表会の会場でリュックを背負ったスタッフさんのリュックが欲しいって依頼なのよ。それあんたでしょ」
「でも、それもうデザインできてるんでしょ。ならいいじゃない」
「注文の問い合わせがきてるのは、あなたにカラーアドバイスをお願いしてオリジナルを作りたいっていう注文なのよ。それで困ってるんじゃない。あのスタッフはうちの専属スタッフじゃなくて、臨時スタッフだったから無理ですって断っているんだけど、どうしてもって下の店舗にまで来られるお客様がいて困っているのよ。あなた明日帰るんでしょ。帰ってからでもカラーコーディネイトできないかしら」
「無理よ。どんな人かわからないし、適当にカラーバランスできないわよ」
「そうよね。どの人もお得意様なのよね。困ったわ」
「ねえ、じゃあ今から二時間、店で座ってましょうか?もうデザインはできているんでしょ。じゃあ、できたデザインに色を入れていけばいいだけでしょ。誰か通訳の人を・・・そうだわ!テマソンあなたが店に行って直接接客すれば、お客様の細かい注文にも対応できてすぐ、制作部に回せるじゃない」
「私が店に出る?何言ってるのよ。私は他にも仕事が・・・」
「そうよね。無理よね。社長自らなんてね。じゃあ断ればいいじゃない。無理ですって。この間のスタッフは退職しましたって」
「まったくあなたって子は・・・わかったわよ。あなたのアシストしてあげるわ。明日のフライトは明日の夜十一時だったわよね。それまであなた店で仕事手伝いなさいよ。お客様には帰国前の明日一日限定でアドバイザーとして、緊急出社するって通知しておくから」
「え~。明日も仕事なの・・・最終日は観光する予定に・・・」
「憧れのアトラスに来たのに・・・私観光地まったく行ってないんだよ」
「また栄治さんの許可取れたら、またこっちに観光に呼んであげるわよ」
「信じられません」
碧華は疑り深い目でテマソンを見上げた。
「何よその目は、じゃあ誓約書でも書きましょうか?」
「いいわよ。ちょっと意地悪言ってみたかっただけ、私本当はこっちの方とのお話って腹の探り合いとかがなくてストレートだから好きだし」
「あら日本人はそうじゃないの?」
「日本人はめんどくさいわよ。いろいろと、笑顔で親しそうに話してても、影で平気で人の悪口言うしね
。まあ私も日本人なんだけどね。だから日本は人付き合いが大変なのよ。だから私は引きこもりをやってるのよ。ここで仕事してるなんて、自分でも信じられないぐらい。よし、張り切って頑張るわよ。六時のおやつまで。さあテマソン行きましょうか?下へ」
碧華は大きく伸びをすると歩き出そうとした。
「ちょっと待ちなさいよ。あなたその顔と服装で店に出る気?」
「駄目?」
碧華はジーパンに黒のシャツ姿で、髪は後ろに一つにくくり、化粧も全くしていなかった。
「当たり前でしょ、私の店は高級店なのよ。仕方ないわね。とりあえず上に行きましょう。化粧してあげるから。服は接客スタッフの予備のスーツあったと思うからそれを着なさい。ちょっと待ってて、今準備してくるから、リア、フロアスタッフに連絡して、それから今まで問い合わせてくださったお客様には連絡して明日の朝八時から店をあけるから、閉店の八時まで、三十分間隔で表を作ってご来店いただける方には時間を入れていって」
テマソンはテキパキとスタッフに指示を出した。そして、テマソンが離れた瞬間に、碧華はライフに電話をした。
「テマソンが今から上に上がるから、寝室の抱き枕を和室の客間にかくして」
〈どうかしたの?〉
「今から化粧して接客よ。急いで」
〈わかった〉
碧華が電話し終わると、タイミングよくテマソンが碧華に合図し、最上階へと上がって行った。そして、碧華に化粧をほどこすと、テマソンも何故か服を着替え、あわただしく一階の店舗へとおりて行った。
テマソンと碧華が店におりていくと、まだ数分しかたっていないにもかかわらず、すでに碧華とテマソン用の仕切りが店内の真ん中に作られ、緊急オーダー注文承り場という立て札が英語で書かれていた。そして、偶然店内にいた客の数人が既に並んで待っていた。
碧華とテマソンは六時までの予定だったが、既に時間は夜の八時を回っていたが、客は一向に減る気配はなかった。それどころか、どんだけ暇なんだって言いたくなるぐらい来客が多かった。その一方で、碧華とテマソンが店舗にいるという情報がセレブの間に広まるのが早いことに驚きを覚えた。
そして、その日のうちにかけつける暇なセレブの多さにも驚きをかくせなかった。
碧華は結局、おやつも食べられず九時まで押し寄せたお客様の話を聞きながら、お客様の要望するリュックのカラー配色と一部分のポケットやバッグインバッグの制作デザインやらを画面上に追加させたりしながら、手際よくテマソンもデザインを仕上げて、注文ファイルの山を築いていった。
結局二人が最上階に上がってきたのは夜の十時を回っていた。