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エンリーの心の葛藤①

『やっぱりおかしいよな。貴重な時間を割いて自分が手作りしたものをプレゼントした相手にありがとうなんていうのは・・・僕なら絶対に言わない』


エンリーは日本から帰国し、いつもの日常に戻っていた。今日も退屈な授業が終わり、自分の部屋の自分のベットの上に横になりながら、青色の合皮と、さまざまな青を基調にした和柄の布を縫い合わせて幾何学模様のような模様に縫い合わせられたペンケースを眺めながらずっと考え込んでいた。


『やっぱり納得いかない。僕はありがとうと言われることはしていない。だけど、なんだろうな、あんな気持ちになったのは初めてなんだよな。あの手のぬくもりもなんだろう。すごく心が暖かくなった気がした』


「はあ・・・」

「お前さっきから何をそんなにため息ついているんだ?悩み事か?」


エンリーはその声に驚いて勢いよく起き上がった。


「ライフ!おっお前何してんだよ」


エンリーは慌てて、手に持っていたペンケースを自分のベッドと壁のすき間に隠した。

ライフは気付いていないようだった。


「何って、明日の講義に発表するテーマみせてもらおうかなって思ってよ。いくら考えてても浮かんでこないからよ。お前もうやってるだろ?」


そういいながら、エンリーを見向きもしないで机の上の棚をあさっていた。


『よかった。自分の関心のあること以外は目に入らない奴で。これ見ると絶対に欲しいっていうに違いないもんな。今のあいつの関心事はどうやら、僕のノートにあったようだ。助かった』


「どうかしたのか?お前が昼間からベッドに横になっているなんて、昼寝は人生の無駄なんじゃなかったのか?」


「僕だって考え事をする時ぐらいあるんだ。それより、いい加減僕を頼るのを止めたほうが自分のためだぞ、僕だって留学していた三週間の間の講義、お前をあてにしていたのにまったくとっていなかったせいで、リッチー先生に特別講義をしなおしてもらうの頼むの大変だったんだぞ」


「いいじゃないか、結局あのケチなリッチ―先生が講義してくれたんだろ。そのノート見せてくれっていってんだよ」


「嫌だっていったら?」


「ああ~、いいのか?そんな事言って、僕の頼んだ日本の土産買ってきてくれなかったこと、許してやろうと思ってたのによ」


「なんだよそれ、おかしいだろ。お前にはちゃんと渡しただろうが、十個も、まだ不満か?」


「お前に言ったよな。日本風のペンケースを買ってきてくれって」


「だから、買ってきてやっただろう。だいたい僕が留学したのは田舎の学校だったんだ。買い物に行

く場所なんか限られててあるかよ。そんなに欲しかったら、ネットで買えばいいだろ?」


「ああそうするよ。まっあれとこっちの都合は別だけどな。あれ?これなんだ?誰かからのプレゼントか?彼女でもできたのか?」


ライフは机の棚の奥に置いてあった包みを引っ張り出した。


「それに触るな!」


エンリーは慌ててベッドから飛び降りると、ライフが今にも中をみようとしている包みを強引に奪った。


「なんだよ。別にみたっていいだろ」


「これはダメなんだよ。ほら、ノート貸してやるから出て行ってくれ!僕はお前と違って忙しいんだ」


エンリーはその包みを左手でつまみながら、棚の中から一冊のノートをとり出しライフに手渡した。


「ありがとう。けどよう、そんなに怒らなくてもいいだろう」


ライフはそう言うと、ばつが悪そうにそれ以上は何も言わずにそそくさと部屋を出て行った。

エンリーはその包みの中からたった今まで眺めていたペンケースと同じ形の色違いの別のペンケースをとり出しじっと眺めた。


『はあ、あいつこれきっと欲しいっていうだろうな。もろあいつの趣味にドンピシャの色合いだもんな。なんでだろうな、渡したくないんだよな。なんでだろう』


エンリーは自分でもよくわからなかった。そのもやもやの正体を・・・



それから数日間は状況は何も変わらなかったが、十日後ようやくその心の正体がわかった。


「エンリーさん、久々の我が家はいいでしょう。ゆっくりしていけるのでしょう?」


エンリーは週末を利用して実家に帰省していた。息子が帰ったにも関わらず、自分のことしか関心を示さない相変わらずの母親だった。


「はい、気が向いたら服を買いに行こうかと思ってるところです」

「そっ、楽しんでらっしゃい」


母親はそういうと、いそいそとドレスアップした自分の姿を玄関ホールの大きな鏡に映して満足そうに出ていた。


『いつものことだ、子どもに関心を示したことなんか一度もない、僕も期待なんかしない、だけど彼女の母親は違っていた。娘のわがままも笑顔で聞いてくれていた。だからかな、彼女の笑顔が気になって仕方なかったのは、きっと僕と違って愛されて育ったんだろうな。今夜にでも昨日届いた手紙の返事を書こうかな』


エンリーはそう思うと何だかウキウキしてきた。


「エンリー様、お夕食はどうなさいますか」


執事が話かけてきた。


「父上もいないみたいだね」

「はい、旦那様も取引先のパーティーにご出席のご予定ですので」

「そう。僕も外食した方がいいかい?」


「お召し上がりしていただけるのでしたら、すでにご夕食をご用意いたしておりますので、助かりますが」


それを聞いたエンリーは執事に返事をする前に、ポケットにいれていたスマホを取り出しライフにメールを入れた。


〈渡したいものがあるから今日家にこないか?今どこだ?〉


〈何をくれるんだ?久しぶりの外泊なんだぜ、女の子とデートに決まってるだろう。お前でかける予定ないのか、もったいないなあ。一緒にでかけるか?別の子紹介してやってもいいぜ〉


いつものことだがライフは返事が速かった。


〈僕はそういうのに興味ないからパスだ。だけど残念だよ。今日だったら、これをお前にやってもいいかなって思ってたんだが、別の奴にやることにするよ〉


エンリーはその文章と共に、日本でもらったグリーンを基調とした和柄のペンケースの写真を添付して送ってやった。すると思った通り、今度はすぐに電話がかかってきた。


〈おい、それどうしたんだ。今まで見たことのないデザインじゃないか。月曜日学校でじゃダメか?〉


「残念だよ、僕は今日だったらやるつもりだったんだけど、月曜日じゃな。他の奴にやることにするよ。じゃあな。デート楽しんでこいよ」


 エンリーはそういうとわざと話しを終わらせスマホの電源を切った。


『ふん、あいつばかり楽しみやがって、まっ僕はああいうのは好きじゃないけどな。ああ、日本はよかったな。そうだ、返事を早く書かないとな、レターセットなんか持っていたかな』


「今夜は家で食べるよ。二人分用意しといて」


エンリーは近くにいた執事にそう伝えた。


「かしこまりました」


執事が頭を下げてさって行った。

エンリーは鼻歌混じりに自分の部屋に向かった。そしてもう一度ペンケースをとり出しそれを眺めながら日本でのあのやり取りを思い出していた。


日本から帰国してから何度思いだしても心がポッと温かくなってくるのだ。

なんだろうこの気持ちは・・・エンリーは自分でも納得のいく答えを導き出せずに何度も思い出しては考えていた。


『僕はうれしかったのかなあ?僕のためだけにペンケースを作ってくれたあの人の言ったありがとうの言葉が、でもなあ、ありがとうはやっぱり変だよな』


『僕は他人に貸を作っても借りは作らない。誰かに何かをしてやってこっちからお礼をいうなんて考えられない。だからなのか?変な違和感があったのは、この気持ちはいったいなんなんだ?』


エンリーはしばらくの間、同じ言葉を心の中で繰り返していた。そしてようやく一つ答えを導き出した。


『そうか、僕は単純に嬉しかったのか、ありがとうの言葉が・・・そうだ。この気持ちは感動かあ。僕のためだけに作ってくれたあの人の真心に感動したからか』


エンリーはずっと心に引っかかっていた心のもやがスッキリして気分がよくなった気がした。


『そうだ、あいつの驚く姿を映像に撮ってやろう』


エンリーは一時間後、慌てて駆けつけてくるであろうライフの姿をとらえられるようにスマホを部屋全体が映る場所にセットした。





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