AOKA・SKYサイン会④
午後三時からのAOKA・SKYのサイン会は参加者はテマソンが恐れていたことが現実になり、なんと、三千人を超える人が集まっていた。
限定本が予約できるという噂は一瞬のうちにネット上に流れ、さらに人が集まってきた。テマソンは受付担当者に碧華宛のプレゼントはここで渡すように伝えるように指示をだしたおかげで、握手会の際にプレゼントを渡す者はいなかった。
碧華もようやく全員との握手を終え、閉店間近の館内の控室に戻って体を休めていた。さすがに精魂尽きた様子で、脱力感が半端なかった。
それはずっと碧華の横に立ち、ファンの言葉を通訳していたテマソンも同様のようだったがテマソンは碧華を控室につれていくと、テマソン自身はまだスタッフの人達となにやら話している様子だった。
碧華が控え室で帰る準備ができるまでの時間、用意されていた缶ジュースを飲んで休息していると、エンリーとライフと娘二人の四人が入ってきた。
「まあ、あなたたちどうしたの?」
「ママの方こそ、すごい人気なんだね。ビックリ、日本じゃただのおばさんなのにね」
「ホントよね」
碧華は笑顔でいったが栞は碧華に近づき手の包帯をみて驚いた。
「ママどうしたのその傷?」
「大丈夫よ、ちょっと切っただけだから、テマソンが大げさに包帯でまいたの」
「そう、たいしたことがないならいいけど」
その時、ノックをする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
碧華がそういうと、そこには、店長が立っていた。青年はずいぶん反省している様子で、警察から何も罪に問われることなく帰された彼が、碧華に一言謝りたいと伝えてほしいと伝言を伝えにきたと説明した。帰り支度があらかた終わっていたテマソンがそのことを碧華に伝えると、碧華は店長に通訳してもらうようにテマソンに伝えた。
「店長さん、私も彼にもう一度会いたいと思っていたんです。お話しできますか?」
碧華の言葉をそのまま英語でテマソンが店長に伝えると、店長は少し驚いた様子で一礼をし戻って行った。
数分後、もう一度扉がノックされ、テマソンが顔を出すと、そこには店長につれられた青年が立っていた。
「あなたのしたことは自己中心的な犯罪よ。自分の想い通りにならなかったからといって、あんなものを投げつければ誰かがけがをするかもしれないことは想像できるでしょ。そのことをよーく覚えておきなさい。碧華だから許してくれたけど、本当だったらごめんなさいでは済まないわよ」
テマソンが英語で話している言葉を碧華は横にいたエンリーに通訳してもらった。
そのことで、碧華が座っている場所からは誰がいるのか見えなかったが、そこに相手がいると気づいた碧華が部屋の机の上に置かれていた碧華宛にもらった英語版の方の本を手にすると、扉の向こうの廊下にかけだした。
すると予想通り青年が立っていた。それをみた碧華は、その青年に自分用の本を彼の前に差し出した。
青年は信じられないと言うように驚いた顔をしながらそれを受け取ると呆然としてしまった。
「あなたは遠くからわざわざきてくださったのでしょ。ありがとう。これは私からのプレゼントよ」
本を持ってテマソンの横から顔をだした碧華に驚いているテマソンの代わりに碧華の後ろからエンリーが碧華に後ろから英語で今の碧華の言葉を通訳した。テマソンは信じられないというかのように碧華に向かって言った。
「あなた何自分用の本をあげてるの?本が欲しいなら彼が自分で買えばいいだけでしょ」
「でも、予約販売もう終わってるでしょ。いいじゃない。それに私英語の本より日本語の本をもらってるでしょ。私はあれがもらえればそれで満足だから」
「まったく・・・、あなた、他の人には内緒にしてね。あなただけにひいきしたって思われて困るのは碧華だから、いいこと。その本は彼女個人が受け取っている本なんですからね。大切になさいよね」
「はい、はい、ありがとうございました。本当にすみませんでした。二度とこんなことは致しません」
何度も何度も頭を下げる青年に碧華は笑顔で言った。
「気をつけて帰ってね。それでね、約束してくださるかしら、世の中って自分の想い通りにならないことだらけよ、だけど、今後一切けっして、怒りに任せて暴力的行為をしないこと。忘れないで、相手を傷付けてしまうと、あなたの心も同時に大きな傷を負ってしまうのよ。もし、カッとなりそうになったら。目をつむってゆっくり十数えて心を静めるといいわよ」
碧華の言葉をエンリーは同時に通訳し伝えると、その青年はその場で頷くと泣きだしてしまった。
「仲直りの握手をしましょ」
碧華の言葉に驚いた顔をしている青年は碧華の差し出された手を重ね何度も謝りながら握り返した。
後から聞かされた話によると、彼は碧華の詩集の大ファンで、この日、碧華のサイン会があるとネットで知った彼は、五時間かけて車で来たが、時すでに遅く本はすでに完売になっており、手にいれられなかったことに絶望して、あんな行動をとってしまったという。
実は彼は家族と共に明日からアメリカにしばらく行くことが決まっていて、最後にどうしても、彼女に会って自分の運命を変える決断をするきっかけをくれた碧華にお礼がいいたかったのだと聞かされた。
碧華は仲直りできてよかったと小声でいった。
その後、彼はアメリカで成功し、一大企業の社長にまでのぼりつめた。その彼の社長室にはいつも大切にしている宝物が飾られていた。
それは碧華があの時渡した本だった。彼はいつも決断に迷った時、その本に手を置き、自分の心に問いかけるのだった。
『相手も自分も幸せにできる方法は必ずあるはずだ』と
人の出会いは不思議なものである。ある時ある人に出会ったことで人の運命は変わるものである。