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AOKA・SKYサイン会③

投げつけられたプレゼントの先端がとがっていたらしく、勢いよく飛んできたそのプレゼントが碧華の薄い長袖のブラウスを割き、真っ赤な血が噴き出した。

テマソンは自分の首に巻いているスカーフで碧華の腕の傷口から流れでる血を押さえながら、碧華をかばうように控え室に碧華を連れ戻った。


「誰か、救急箱を取ってきて!」


テマソンは碧華を控え室の椅子に座らせると、真っ赤ににじんだ自分のスカーフを取り、テッシュケースからティシュを数枚とり再び左腕の傷口に当てた。


「大丈夫碧華、ごめんなさいね。私がついていながらこんなことになって」


テマソンの顔は真っ青だった。

碧華は自分でティシュを押さえながら、切れた部分をのぞいてみた。

切り傷は血の量のわりにはそんなに深くはなさそうだった。


「大丈夫よ、傷口はたいしたことなさそうだし、絆創膏をはっておけばすぐ治るわよ」


「あっあの、碧華先生申し訳ありません。お怪我の方は大丈夫でしょうか?救急車を及びいたしましょうか?」


さわぎに気いて慌てて駆けつけてきた出版社のスタッフと店の店長が控え室に飛び込んできた。


「ちょっと!申し訳ないでは済まないわよ。こんなけがをさせられたんだから、警備は十分にしてってお願いしていたはずよね。こんな傷を負わされてただで済むと思っているの?」


テマソンは英語で怒鳴りつけた。碧華はテマソンが何を言っているのか分からなかったが、自分がけがをしたことを彼らに怒っているのはあきらかだった。


「テマソン、あなた何を言ってるのかわからないけど、こんな傷たいしたことないわよ」


「何言ってるのよ。もともと三百人の予定が今日来てみれば五百人に増えていただけじゃなく、思った以上に多く集まった客の収集もできず、暴動までおきちゃって、挙句にこのケガよ。ちゃんと責任取ってもらわないと」


「テマソンあなたこそ何言ってるの。責任って何?さっきの人何を言っていたのか私わからなかったけど、すごく怒っているみたいだったわ。サイン会にきてくれたのに本を買えなかった人でしょ。外にもたくさんの人がまだいたみたいだったわ。もし私が彼らだったらきっとすごくショックだったと思うわ。だからもし彼が私を傷つけたとして拘束されたのだとしたら、許してあげてよ」


「あきれた・・・あなたみたいなお人よしみたことないわ。彼がしたことは許されないことよ。たとえあなたを傷つけるつもりはなかったとしても、何もなかったことにはできないわね。あなたが許しても私が許さないわ」


「テマソン、でもケガをしたのはあなたじゃないわよ。それに私のファンの人でしょ。こんなただのおばさんの書いた詩の本を買いたいって言ってくれた人でしょ。お願い、あなたしか私の言葉を通訳してもらえる人がいないんだから、この人達に通訳して、お願い。私、アトラスにはいい思い出だけ作りたいのよ。二度と来たくない国にはしたくない」


「碧華・・・あなたはいいだしたら聞かないんだから、だけど、後で病院に行くわよ。ばい菌や毒とかはいっていたら大変でしょ。きちんと見てもらっとかなきゃ」


「大丈夫よ。それに外国で医者なんかにかかったら高いでしょ」


「ばか!こんな時ぐらいお金の心配しないでよ。何のために私がついてきてると思っているのよ。私が栄治さんに合わす顔がないでしょ」


「ごめんなさい・・・でも本当に私大丈夫よ。これ以上サインをしろって言われたら無理だけど、握手だったら大丈夫だから」


碧華は腕を押さえながら笑顔を見せた。その時救急箱を持って駆けつけてきたスタッフから救急箱を受け取りとるとけがをした方の袖の上の部分から切り裂き、碧華の腕の傷口を消毒すると、大きな絆創膏をはると、白い包帯をグルグル巻きにした。


そして、大きなカバンの中から、どうしてもっているのか今度は薄い緑色のワンピースを取り出し、碧華に手渡した。


「トイレで着替えてらっしゃい。彼らには伝えとくから」


テマソンの言葉に碧華は新しいワンピースを持ちトイレに向かった。碧華が振り向くとテマソンが店長と出版社のスタッフに何か話をしているようだった。


ようやく碧華が新しい服に着替え終わり、控え室に戻ろうとした時、通路の端の警備室から警察に連れられたさっきの青年が出てくる所だった。

碧華は考える間もなくその場に駆け寄っていた。


「すみません。刑事さん、彼を許してあげてくださいませんか?」


碧華はとっさに日本語で警察官らしい人に話かけていたが、警察官は何を言っているのか理解できず、碧華を押しのけようと大声で怒鳴っていた。


その声を聞きつけてテマソンが通路に顔を出すと、碧華が通路でしりもちをついていたのをみて慌てて駆け寄った。


「碧華あなた何をしているの?」


「あっテマソン、この警察官の人に言ってよ。私、なんとも思っていないから、彼を許してあげてって、警察なんか連れていかれたらかわいそうだもの」


テマソンは碧華が立ち上がるのを手助けしながら、あきれたような顔で碧華に向かって言った。


「あなたの気持はわかったけど、許されることと許されないことがあるのよ」


「そうだけど、彼が怒ったのはこちらの主催者側にも問題があるでしょ。私ならこのぐらい大丈夫だから、ねえお巡りさんお願い」


そんな碧華にあきれながらもテマソンは警察官に英語で説明した。


「この人、被害者なんですけれど彼女が彼を許してあげてほしいって言っているのですけど。彼を放してあげてもらえないかしら」


テマソンがいうと、警察官は店の店長に何か話ているようだった。


「わかりました。ただ、店側から業務妨害の苦情がきておりますので、一応警察の方まできていただかなくてはなりませんが、そちらの女性にけがをさせた件は示談が成立しているとして処理してよろしいのですね」


「はい、よろしくお願いいたします」


警察官は碧華に一礼すると、手錠をかけられた青年を連れてでていってしまった。青年は信じられないというような顔をしながら、何度も後ろを振り返っていた。

碧華はすぐさま、店長に詰め寄った。


「お願いします。店長さん、あの人を許してあげてくださいませんか?」


テマソンが同時通訳すると、店長が困った顔で頭をかきながら言った。


「仕方ありませんね。わたくしどもとしてはあのような行為をされるお客様は警察の方できつく叱っていただきたいのですが。今回被害にあわれた碧華先生が許されるとおっしゃるのでしたらわたくしどもも被害届はとりさげます」


テマソンが通訳すると、碧華が笑顔になって店長に頭を下げた。


「あの、ご迷惑ついでに、お願いがあるのですが」


碧華の言葉を同時通訳でテマソンが英語で伝えた。


「何でしょうか?」


「実は午前中使っていたあの場所を昼からも、握手会として使わせていただきたいのですが、警備員の方とか一日中だと契約外でしょうか?」


「いえ、契約は一日ですので大丈夫ですが、先生の方は大丈夫なのですか?どのぐらいの方の握手会をなされるのかわかりませんが。本日はかなりのお客様が来場されていらっしゃいますし」


「ええ、たぶん大丈夫ですわ。本は完売していて用意できないようですから、せめて、私目当てできて頂いた方に握手でお礼ぐらいさせていただきたいですから。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いいたします」


「あなたのような方は初めてです。わかりました。ではこうしたらいかがでしょう」


碧華の通訳をしていたテマソンもあきれ顔だが、碧華の意思を尊重しようと、出版社のスタッフと店側と打ち合わせをはじめた。出版社の社員も本社に問合せをしている様子でしばらくの間があった。


やがて話し合いが終わると、碧華に簡単に説明し、ネットでの緊急告知と合わせて、館内放送を入れることを伝えた。


〈本日は当店にお越しいただき誠にありがとうございます。本日の碧華先生によるサイン会はご用意いたしておりました五百冊全て完売いたしましたので終了とさせていただきます。なお、本日ご購入できなかったお客様には本日十四時より、駐車場特設会場におきまして、本日販売いたしましたのと同じ本の販売の予約受け付けを臨時に開始させていただきます。なお本日限定でございますのでみなさまこの機会をお見逃しのないようご購入くださいませ。なおご予約いただきましたお客様には十五時より、碧華先生による握手会の参加券も同時に配布させていただきますので、ご希望のお客様は駐車場特設テントまでお越しくださいませ〉


テマソンは碧華に館内放送の内容を日本語で伝えた。


「ありがとうテマソン。さあて、もうひと頑張りしなきゃ。ねえ、栄養ドリンクないかしら?」


「あなた本当に好きね。ちゃんと用意してるわよ。だけど、後悔しても知らないわよ。あなた自分のファンがどれだけいるかいまいち把握してないみたいだけど、握手会、夜までかかるかもしれないわよ」


「そっそんなに・・・また夜の観光できないわね。テマソンこそ、一日付き合わせることになっちゃうわね。ごめんなさい。毎日休みなしで仕事してて、あなたの方が疲れてるでしょ。私がまた余計なことを言ったりしたから・・・」


「私の心配はしなくていいわ。別に休みだったからって一人ですることもないし、それより、本当に大丈夫?貧血で倒れるまで頑張っちゃだめよ。しんどくなったら言いなさいよ」


碧華は大きく頷いた。そんな彼女の様子をみて、テマソンは自分が彼女にひかれる理由を再認識したような気がした。


碧華はいつも自分のことよりも相手を気遣う人間なのだ。そんな彼女だからこそ、テマソンは碧華のサポートをかってでようと思うのだ。

だけどその反面、側にいながら碧華を守りきれなかった不甲斐のない自分自身は許せなかった。



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