AOKA・SKYサイン会②
二人が今日のサイン会が行われる本屋が入っているアトラスの首都から車で二時間の郊外にある大型のショッピングモール内の駐車場に着いたのはサイン会開始時間の二時間前だった。
しかし千台はいる大型駐車場はすでに満車に近い車が入っている様子だった。駐車場の空き待ちの車の誘導をしていたスタッフの一人にテマソンは自分の名前をいい、声をかけると、無線で誰かと話したかと思うと、慌てたように車を業者専用の裏口の方に回るように誘導をし始めた。
テマソンは指示通りに車をショッピングモールの業者専用入り口に回り込むと、そこにもすでにスタッフが立っており、テマソンの車が見えると、中の倉庫駐車場に誘導し始めた。
「ねえ、すごい車だったわね、誰か芸能人でもくるのかしらね。それともいつもああなのかしら?」
「ばかね。全部あなた目当ての車に決まってるじゃない」
「え~、またまた冗談ばっかり、だって告知したの昨日でしょ。そんなに急に人が集まるかしら、それに私の本をまた新しく買わないとサイン会に参加できないんでしょ。同じ本を二冊も買うかしら?」
「あら言ってなかったかしら、この間、担当のテイムさんが増刷するにあたって、新しい詩を5点ばかり追加で書いてもらえないかっていうから、あなたの新作の中から適当なの送ってあげたのよ。もちろん私のイラスト付きで」
「はあ?聞いてないわよ。また勝手にそんなこと・・・あなたじゃなかったら裁判で決裂パターンよ」
「何それ、大丈夫よ。あの本のタイトルに即した内容ばかり選んでおいたから」
「そういう問題じゃないんだけど・・・まあいいか。それより、私、あんなにたくさんサインできるかしら?握手なんかもしないといけないんでしょ。なんか明日手首が腱鞘炎にならないかしら、ハンドクリーム塗ってくればよかった」
「あら、じゃあそこのボックスの中に入ってるから塗っときなさいよ」
碧華は言われるまま目の前の助手席の前に置かれていた箱を開けると、化粧道具がたくさん入っていた。その中でハンドクリームらしきものを取り出すとそれを手に塗り込んだ。
「男のくせに、本当にいろいろ持ってるのね。感心しちゃう」
「あらおほめ頂いて恐縮です。碧華先生。あなたも必要最低限の化粧品ぐらいそろえることをお肌の為にお進めしますわ。もう若くないんだから」
「あらやぶへびだったわね」
二人がそんなやり取りをしていると、黒い背広をきて、右腕に出版社の名前の付いた腕章をつけた人物が車に近づいてきた。テマソンが窓を開けると、英語で何やら話し始めた。
「碧華、中にきてほしいそうよ」
「了解、テマソンもきてくれるんでしょ」
一人で行ってこいと放り出されそうならいかないとごねようと真っ先にたずねた。
「大丈夫よ、出版社の人には私が同行するの伝えてあるから。じゃあ、はい手だして」
碧華が言われるがままに手を差し出すと、テマソンが自分の手を重ね、何かをつぶやいた。
「はい、緊張しないおまじない完了よ」
それを聞いてほっとしたような顔した碧華に、テマソンはクスッと小さく笑った。二人は本屋のバックヤードを通りながら、控室らしき場所に案内された。そこにはロッカーがたくさん壁際に並べられ、中央に長方形の机と椅子が四脚置かれていた。
二人はとりあえずそこに座っていると、二人の男性が姿を表した。一人は本屋のエプロンをしていることからして、店長らしいことはすぐにわかった。もう一人は挨拶をしてわかった。出版社の担当者ら
しかった。碧華が先に握手を求められた人物だった。
「先生。ティムと申します。今日はサイン会をお引き受けくださりありがとうございました。本日は五時間も前から行列ができておりまして、パニックになりそうでしたので数時間前に整理券を配らせていただきました。先着五百冊限定なのですが、既に枚数にたっしているにも関わらず、一向に整理券から外れた人達が帰ろうとしなくて、このように車が既に満車状態になっておりまして、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
テイムは英語でそういうと、テマソンが碧華の横で日本語に通訳した。
「五百人・・・そんなにサインするの?」
碧華は人数を聞いて驚いてしまった。その様子をみてティムが頭を下げてから言った。
「もうしわけございません。そちらに置いているのが以前からお約束していました十冊の本になります」
彼が指さした方に視線を向けると、そこには、日本語で書かれた新しい本が五冊と英語の本が五冊積まれていた。
「えっこれ何?」
「あなたへのご褒美よ、あなた欲しいって言っていたでしょ日本語版の本、今回の新装本の印刷にあたって日本語版も特別に作ってって頼んでおいたのよ」
碧華は目を輝かせながら日本語で書かれた新しい詩集の本をパラパラとめくった。
「テマソン、ありがとう。すっごく欲しかったのよね。今回で一番うれしいかも」
「あら、そうなの?私の最高傑作のカバンを四つもあげたのに?信じられないわ」
「それとこれとは別よ」
碧華はそれだけいっただけでまた本に目を向けた。
その後、サイン会が始まると、人々はひとめAOKA・SKYを見ようと長い行列を長時間待ちわびたように碧華の本にサインをもらうと感激を口ばしりながら握手を求めた。
テマソンは碧華の座っている横に座り、サイン以外にも碧華にプレゼントを持ってきたファンからの贈り物を碧華から受け通り、後ろの箱にしまったり、通訳をしたりと碧華のサポートにてっしてくれたおかげでサイン会もスムーズに進行していった。
テマソンはいつもの派手な服装ではなく、地味な紺のスーツを着て、髪は後ろに束ね、サングラスをかけていたため、誰もAOKA・SKYの隣にいるのがディオレス・ルイの創業者だとは気づいていない様子だった。
どれだけ過ぎただろうか、さすがの碧華も腕が疲れ、笑顔もひきつってきていた。
後二十人ぐらいまで来た時、サイン会場のある本屋の入り口付近でさわぎが起きた。
「先生!自分は五時間もかけてきたんだ。サインが無理なら握手だけでもしてくださいよー。緊急告知なんかされたってすぐに来れない人間もいるんだ。本も限定販売なんてふざけるな、何様だ!詐欺だ!」
という大きな声が聞こえてきたのだ。もちろん、碧華は何を言っているのか理解できなかったが、警備の人に静止され、暴れている若者が目に飛び込んできた。
碧華はテマソンに彼が何を言ったのか聞いたがテマソンは首を横にふるだけで、何を言っているのか通訳しなかった。
碧華は気になりながらも予定通りの五百人の人にサインと握手をやり遂げた。
その後、立ち上がり一礼すると、裏の方にはいろうとした時、大きな声を上げていた男性がガードマンの静止を振り切って、碧華のいる場所に駆け込んできた。そして、それを追いかけて静止しようとしている多くのスタッフともめていると、見ていた周りのファンもどっと碧華に押し寄せてきた。
その時、とっさにテマソンが碧華をかばおうとしたが、その少しのタイミングで男は自分の持ってきていたプレゼントを碧華めがけて投げつけたが、不運にもそのプレゼントが碧華の腕に勢いよくぶつかった。その瞬間、腕に鈍い音と激痛が走った。
「痛い!」
碧華が叫んだと同時に左腕から赤い血が流れていた。