ディオレス・ルイ新作発表会二日目①
ディオレス・ルイの新作発表会二日目は比較的、普通の顧客も招待されていて規模的にはこちらの方が人の出入りが多いようだった。それというのも、二日目は展示販売会も同時に行われるからだ。
開催の合図で一斉に新作のバッグの展示ブースに人々が群がった。それと同じだけ群がっているブースがあった。それは一年に一度行われる店舗から引き上げた展示品の処分セールだった。
開催の挨拶から引き上げ会場の裏側に戻ってきたテマソンに向かって碧華が言った。
「ねえテマソン、今日は販売だけなの?」
「そうよ。普段よりかなり格安に販売されるからこの日を狙って買いに来るお客様も多いんじゃないかしら。新作も今日は一割引きで数量限定で販売されるし」
「ふーん、ねえ、じゃあ私今日はここにいなくても別に良かったんじゃないの?」
碧華は睨むようにテマソンの顔を覗き込んだ。
「あっあら、そっそんなことはないわよ。ほっほらもしかしたら、昨日これなかった人が今日きて、あなたに会いたいっていってくるかもしれないじゃない。新作の制作チームの一員に名前は入っているんだから」
テマソンは顔を背けながら苦しい言い訳を始めた。
「まったく、どうせあなた一人が働いて、私が娘達と観光するの嫌だったんでしょ。どうして自分だけ働かなきゃいけないの!なんて思ったんでしょ!」
テマソンは図星をつかれて顔をひきつらせてしまった。
「そっそんなこと・・・」
「はあ・・・しかたない、店舗からの引き上げ品の売れ残りでいいからバッグ三つプレゼントで手を打ってあげるわ」
「はあ?今回はちゃんと仕事料金支払う契約してるでしょ。飛行機代も払ってあげてるのに。あなたディオレス・ルイのバッグ一体いくらするか知ってるの?」
「ふーん、じゃあ、リリーさんに愚痴ろうかしら、テマソンが私をだまして不当に会社に拘束しようとしているって」
そういうと碧華は携帯を背中に背負っているリュックから取り出し、どこかにかけだした。それをみたテマソンは慌てて、碧華から携帯を取り上げた。
「まったく油断も隙もないんだから、リリーの番号なんていつ知ったのよ」
「昨日私が泊まるはずだった部屋に荷物を取りにいってる時にもらったの。テマソンが私に酷いことをしたら電話してって」
「あの女狐。いつの間に余計なことを・・・」
「あら私、リリーさん素敵な方じゃない。私、何でも気軽に話せるお姉ちゃんがほしかったのよね。
ちょうど年は私の方が歳下だし」
「仕方ないわね。でもどうして三つなのよ。広お母様とちゃん娘二人とあなたの分なら四つでしょ。栄治さんはかばんには興味なさそうだったからいらないとしても」
「私の分はあなたがくれる見本の布で自分の好きな形につくるからいいのよ。高級品をもらっても使い道ないし、それにあなた言ってたじゃない。毎回、店からの展示品の売れ残り品はすべて処分するって、ねえあなたたちも捨てるなら欲しいわよね」
碧華は二人のやり取りを遠巻きに見ていた若いスタッフの子たちに向かって聞き返した。日本語が分かるアドルフが真っ先に反応した。
「僕は欲しいです」
アドルフの返答を聞いたテマソンが周りのスタッフにたずねた。
「そうなの?みんなはどうなの?」
テマソンがたずねると、アドルフから通訳してもらい話の内容を理解した他のスタッフもぽつぽつと手を挙げていた。
「あらそうだったの?じゃあ今年は、展示品があまったら、さらに社員割引で処分特別価格で販売してあげるわ」
「わあー!」
スタッフも一斉に歓声があがった。
「あら、無料じゃないの?ケチねえ」
歓声を上げている声に水を差したのは碧華だった。
「あんたねえ、私を破産させるつもりなの!」
「そんなことないわよ。でも、ここの商品確かにすごく素敵だけど、すごく高いじゃない。とても手がでないわ。一般庶民には・・・」
「はあ・・・まったく日本の主婦には負けるわね?わかったわよ。じゃあ、今日休日出勤してくれたみんなには特別に、今日新作の売り上げが百個達成したら。B3倉庫に積み上げている返品の商品は傷ものだから売り物にならないけど、個人が使う分には十分使えるものもあったはずだから、それなら一人一つまで無償であげてもいいわよ」
「わあー!ほっ本当ですか社長!」
「ええ、本当よ」
「ありがとうございます。頑張ります。みんなやるぞー!」
アドルフは目を輝かせて社長に向かって一礼し、後ろにいるスタッフ一同にむかってこぶしを突き上げた。社員一同も歓声を上げた。それをみた碧華がニコリとほほ笑んでいた。
「あなた、わざとあんなこといったんでしょ」
テマソンが小声で碧華に囁いていた。
「ふふっ、今朝ね、倉庫にアドルフと降りて行った時にね、若いスタッフの子たちが話していたのをアドルフに通訳してもらって聞いたのよ。自分たちも欲しいけど、高くて買えないって。素敵じゃない、自分が働いている会社の商品を愛してくれているって、きっと使ってくれたら、もっと好きになってくれるんじゃないかしらって思ったのよ。今度はブランドのイメージも大切だけど、一般人でも買えるような普段使いできる格安のトートバッグみたいのも作るのもいいんじゃないかしら」
「そうねえ、考えてみるわ。大量生産しすぎてもだめだから数量限定販売で、テマのかからないデザインでだったら何とかなるかもね。あなたのデザインセンス次第ね」
テマソンと碧華は顔を見合わせてニヤリとした。
その日一日、社員一丸となっての新商品の売り込みの結果、予想を上回る三百個の注文が入った。それは、碧華の斬新なデザインセンスと、主婦の目線で細かく工夫されているかばんの内部構造を新しく採用した新作が多くのディオレス・ルイのファンの心を掴んだ瞬間だった。
そして、その日の会場内に設置されていたアンケート用紙の新作人気ランキングで一番を獲得したのは意外なものだった。それは、店のスタッフジャンパーをきた日本人が背負っていたブルーのリュックと書かれたものだった。
スタッフが何のことか考えあぐねていると、アドルフが思い出したのだ。スタッフジャンパーをきて会場中をブルーのリュックサックを背負いながら歩いていた人間。そう碧華の私物だということを。
それは碧華が背負っていたリュックサックだった。そのリュックサックは碧華が今回のアトラス行きのために急遽作ったもので、新作のデザインサンプルのブルーを基調に三色の色合いが波打っている新作デザインバッグと同じ柄のリュックサックだった。