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平凡な日常と些細な縁②

「ああ~忙しくなってきたな、留学生なんてお金持ちだろうに、あんなつぎはぎのペンケースを欲しがるなんて変わった子ね。でも、欲しいなんて言われたの初めて。まっ、すごいっていうのはどうせお世辞だろうけど、青色のいい柄あったかなあ」


碧華はブツブツいいながらもなんだか嬉しくて、いそいそとミシンを取りに押し入れに向かった。


「どれにしようかな」


家にある合皮の布や和柄の布を床に並べて、真剣に悩んだ。家にあるいろんな色の青を見比べて、水色に近い色の布を数枚を選んだ。ファスナーは家にある黒を選んだ。時間がないからこの際悩んでいる時間はない、買い出しに行ってる時間もない。

碧華は急いで裁断し、ミシン縫いを開始した。このペンケースは簡単だった。時間を気にしながら、作り始め二時間後、ようやく完成した。

碧華はそのペンケースを入れる小さなトートバッグもあまり布を組み合わせて簡単に手作りした。


「できたあ。我ながら上手!誰にも面と向かって言われたことないから、ただの自己満足だけど」


碧華はそう独り言をいいながら完成品を眺めた。


「もっとかっこいい和柄があったらよかったんだけどな。まっどうせ会話のつなぎにお世辞でほめてくれただけだろうから、まあいいか、けっこう私的にはいい柄になったと思うし」


マイナス思考の碧華にはそれ以外考えられなかった。

心の底から喜んで「欲しい」と思ってくれているなんてどうしても思えなかった。



夕方、いつもの時間、碧華は栞を迎えに学校まで車でむかった。


「なんだかドキドキしてきたなあ・・・手作りのものを家族以外の誰かにあげるなんて初めてだな。喜んでくれるといいけどな」


碧華は早めに着いた駐車場の車の中で独り言をブツブツ言っていた。

どれだけ待ったか、外は薄暗くなってきていた。


「持ってきてくれた?」


栞が近づいてきて車の運転席の窓をたたいた。

碧華は窓を全開に開け、助手席に置いていた手作りのトートバッグごと栞に手渡した。


「持ってきたよ、ついでに同じ形の青色のも作ったから両方プレゼントしてあげて、いらないようなら持って帰るけど」

「えっ! ママわざわざ作ってくれたの? ありがとう」


栞は嬉しそうにそのトートバッグの中身を確認した。


「そんなのでよかったの?ペンケースなんかお店でもっといいのがたくさんあるのに」

「いいえ!そんなことないです。手作りはオンリーワンです」

「えっ」


栞だけかと思って話していたら、後ろに背の高い金髪のイケメン青年が立っていた。

驚いている碧華だったが、その青年の顔をちらりとみて笑顔で言った。


「こんなものでよかったら使ってくれるとうれしいわ」


栞からそのトートバッグを受け取った青年は早速開けて何やら早口で英語を口走っていた。

薄暗くて表情は読みとれなかったが、お世辞で喜んでいるのではない事はわかった。


「あっありがとうございます。たっ大切にします!あの、このトートバッグ、同じ柄のようですがこれも手作りですか?」

「ええ、可愛い袋がなかったから。家にあったあまり布で作ったものなんですよ。きれいな紙袋じゃなくてごめんなさいね」

「いえ、僕こういう柄好きなんです。ありがとうございます。あっあの、お金払います。おいくらですか?」


彼はポケットから財布らしきものを取り出しながら流ちょうな日本語で言った。


「お金なんかいらないわよ」


碧華は慌てて手を振って言った。


「そんなわけにはいきません。こんないいものを作っていただいたのですから」

「本当にお金はいらないわ。家にあった布で作ったんだし、私はお金儲けのためにそれを作ったんじゃないもの。あなたのその笑顔だけで十分よ。こちらこそ喜んでくれてうれしいわ。ありがとう」

「なぜうれしいのですか?あなたは何も得をしていません」


彼は心底不思議そうに首を横にかしげていた。


『ああそうか、彼はまあいいかって聞き流せない性格なんだろうな。納得がいかないことは解答を聞くまでスッキリしないタイプなんだ。私は好きだなこんな性格、それに、金髪イケメンだし』


なんて心の中で思いながら碧華は簡単に説明した。


「私は、そのペンケースを売り物として作ったわけじゃないし、私の作品を気に入ってくれたあなたの心が嬉しかったからもう一つ作ったのよ。だから料金はあなたのその心からの笑顔で支払ってくれたことになるのよ。目をみればお世辞で喜んだふりをしているのか、本気で喜んでくれているかはわかるわよ。あなたは本気でそれを喜んでくれている。だから私はあなたにありがとうといったの」

「僕の笑顔?」

「エンリーくん、お母さんがいいって言ってるんだから本当に気にしなくてもいいよ。さあいこいこ、お別れ会まだだし、みんな待ってるよ」


栞はまだ納得がいっていない様子の彼に向かってせかすように言った。


「栞、帰るのもう少しかかりそう?」

「うん・・・ごめん」

「いいよ。じゃあゆっくりしておいで」

「NO!お母さん、待たせるのよくない」


彼が口をはさんだ。


「でも、みんな残ってるし」


なんだか寂しそうな栞の顔をみて碧華は付け加えた。


「エンリーくんは本当に優しい子なのね。栞、ママのことは本当に気にしないでいいから、本当言うと食材買い足ししたいと思ってたからその辺のスーパーで買い物してるから、終わったら電話で知らせて」


「わかった。もう少しだけ。じゃあね。ありがとうママ!」


栞はうれしそうに向きを変え、彼を校舎へとうながした。

碧華は手を振ってそれを見送った。けれどすぐに彼だけが戻ってきた。


「どうかしましたか?」

「これは大切にします。ありがとうございました。あの・・・握手していただけませんか?」


彼は大きく一礼すると、最高の笑顔を碧華に向けて右手を差し出した。碧華は年甲斐もなく内心ドキドキで手を差し出した。


「じゃあね。もらってくれて本当にありがとうね」

「僕の方こそ」


彼は栞に促されて駐車場を後にした。碧華は笑顔で手をふった。

一人残った車の中で碧華は車の天井を見上げながら一人呟いた。


「ああ~、若いっていいなあ・・・私にもあんな時代があったはずなんだけどな。いい思い出がなさすぎる。いいなあ・・・これからだもんなあ。私の人生はなんてもう先が見えているし・・・お金もない、友達もいない、毎日、テレビをボーッとみてる毎日かあ・・・つまんない老後だろうな。はあ・・・どうやったら運命を変えられるんだろうなあ」



「ママ! ママお待たせ!」


いつの間に寝たんだろう。気が付いたら寝てしまっていた。慌てて車のエンジンをつけるともう七時をかなり過ぎていた。


「エンリーくんとのお別れ会は無事終わったの?」


「うん、すごい盛り上がったよ。先生がね食堂の自動販売機でクラスみんなにジュースをおごってくれてパーティ―をしたんだよ。先生が前を向いている隙にスマホ持ってきてる子とメール交換したりもしてたし、すごく楽しかった」


「そうなんだ、栞もスマホ持って行けばよかったね」

 

碧華は車を発車させながら、車のルームミラー越しに栞をちらりと見ながらいうと、予想外の言葉が栞から返ってきた。


「うん、でも、あのね、実はみんなには内緒なんだけど、今朝教室で会った時にエンリーくんから、今住んでいる寮のアドレス教えてもらって、手紙のやりとりをすることになったんだ。だから、私の住所も教えちゃった。いいよね」


「そっか、いいんじゃない。ママはメールより文通の方がどっちかというと好きよ。郵便ポストに手紙を見つけた時はうれしいもんだしね。いい子ね、今時文通なんかしようって言ってきてくれる青年がいるのね。素敵じゃない。文通かあ」


碧華は栞が嬉しそうに秘密を話してくれるのが嬉しくてたまらなかった。それ以上に『あんなイケメンの彼から文通を申し込まれるなんてやるじゃん』と内心自分のことのようににやけ顔になっていた。


「へへっ、最初は私から書くってことになったんだけど、何を書けばいいと思う?私、よく考えたら文章書くの下手だし・・・面白いことなんか何もないし、どうしようかな・・・」


「そんなのいつもの日常でいいんじゃないの?私ら日本人にとったら何でもない日常でも彼にしたら面白い出来事かもしれないじゃない」


「そうかなあ」


「ありのままの日常を書けばいいと思うけどな。変に無理して書いてると栞のほうが考えすぎて疲れるでしょきっと」


「わかった、そうする」


『ガンバレ娘よ!さて、ようやく家にご帰還だ。これから夕食作って、明日の準備をして・・・今夜は早く寝れるかな』


一日はこうして終わっていく。たいしてすごいことが起きた一日でもない。

ただ、心がほっこりできた一日、だけどきっとそんな一日が幸せなんだろう。

そう信じたい。


『今夜も自分が幸運を掴んでいる空想にふけりながら眠りにつくかな、平凡な主婦の些細な楽しみ、自分の頭の中だけは自由だもんね、夢の中の自分は若くて輝いてる、現実の鏡に映っている自分を見ると幻滅するけどね。だけど、今日は一ついいことがあったな。エンリーっていったっけ、いい子だったなあ、もう会うこともないだろうけど』


『頑張っていい人生掴んでね』


久々に人の幸せを願った気がする。こちらこそありがとうだ。






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