エンリーの失踪③
「でもさすがだね。今回ほど叔父さんすごいんだって実感したことなかったよ。ありがとう。僕もまさかあいつが日本に行くなんて予想つかなかったよ」
「あなた彼の親友なんじゃないの?」
「親友かあ・・・僕らはまだまだってことだね」
テマソンとライフの二人は数時間後、正確にはもう日曜日の朝になっていたが、自宅のリビングで早い朝食を食べていた。
「はあ・・・結局徹夜になっちゃったわね。私このまま仕事に行くわ。碧華ったら私に事前申請もしないで家族旅行なんて行っちゃうらしいし、新しいアイデア練り直さなきゃ」
「ねえ、碧ちゃんってやっぱりすごい人だったんだ。大丈夫なの?しばらく仕事休むんでしょ。いいよな・・・旅行かあ、僕も行きたかったな」
「碧華は素人よ、こっちはプロ。碧華がいなくっても私がいれば全然問題ないわよ」
「でも最近は、新作はいつも碧ちゃんのアドバイスを聞くって話してたでしょ叔父さん」
「馬鹿ね、碧華が何もしないで急に休暇なんかとるわけないでしょ。新作のアイデアを送ってきてるわよ。きっと」
「なんだ、やっぱり当てにしてるんだ。よかったね叔父さん。いいパートナーに出会えて、だけど仕事だけにしなよ。不倫はだめだよ。僕、碧ちゃんの家族がバラバラになるの嫌だからね」
「ばかね、そんなことになるわけないでしょ。栄治さんは懐が広いのよ。私栄治さん大好きなんだから。こそこそあんなおばさんと変な関係になるわけないじゃない。仕事上のパートナーよ。単なる」
「碧ちゃんが聞いたら怒るよ。おばさんなんかいったらかわいそうだよ。確かにおばさんだけど、僕大好きなんだよねあの人。おもしろいし。かわいいんだよね。性格が」
「そうね。私も好きよ。一人の人間としてという意味だけどね」
「でも叔父さん今回はホントにありがとう。けど、いつの時点でエンリーが日本にいるって気がついたの?」
「そうねえ・・・パスポートもなくなっているって聞いた時かしら」
「えっ、どうして?ヨーロッパかもしれないでしょ。僕だったらどうせ行くならアメリカ辺りにするかも」
「まだまだね。あなた岬で、私がエンリーくんがいなくなったって話した時言っていたじゃない。最近またノイローゼ気味にブツブツ言いだしたって、あれはね私も経験あるけど、ストレスがマックスに近づいてきてる症状なのよ。まっあの頑固そうな父親と対等にやりあうのは天才とはいえまだ十七歳の青年には無理でしょうね。でも彼の判断は正解ね」
「何が?黙って日本に行ったこと?」
「父親に殴られてすぐに病院に行って、診断書を医者に書かせたことよ。凡人だったらとっくに天国に行っているでしょうね。救いはあの子は自分でちゃんと自分の居場所を見つけていたってことね。でも、あんなものがもし、本当にあのまま先に学校に提出されていたら、大変なことになっていたでしょうね。今のご時世親といえども暴力は許されないから。先生方も見なかったことにしますっておっしゃってたし、あの子が落ち着いたら、自分で答えをだすでしょう」
「ちょっと待ってよ、もしかしてエンリーの奴、僕が忘れるかもしれないことも計算に入れてたっていいたいの叔父さん」
「彼の方があなたの性格をよく理解しているのかもしれないわね。ふふっ!エンリーくんが帰ってきたら今度ゆっくり話したくなってきたわね。この私まで巻き込むなんて大した策士ね」
「シャリーがね、あなたにお礼をいっといてって帰りがけに何度も私に言っていたわよ」
その時、リリーがようやくビンセント家から帰ってきた。
「あらリリー遅かったわね」
「まいったわよ。久しぶりに自分で運転したら迷っちゃったのよ」
ビンセント家に残っていたリリーがようやく戻ってきたからだ。リリーは肩を回しながら、執事が入れてくれたローズマリーティ―を一口口に流しこんだ。
「なあに、あんな簡単な道順も覚えられなかったの?普段自分で運転しないからよ。行くときは夜中だったのに迷わずに辿り着いたのに朝迷うなんておかしいんじゃないあなたの方向感覚」
「失礼ね。でも当分は運転はこりごりね」
「それはそうと、叔父さん、帰り際、シャリーおばさんと何を話していたの?」
「ああ、スマホのアドレスを交換していたのよ。エンリーくんの写真を自分にも送ってくれませんかって言われた時はあれって思ったけれど、さっそく送ってあげたら、嬉しそうに彼の写真を眺めていたから、あの家族はコミュニケーションが不足しているだけだと思うわ。今回の事がいいきっかけになるといいんだけれど」
「そうね・・・シャリーは少しシャイなのよね。自分の息子が大好きなのに、どう接していいのかわからないって言ってたから、うまくいけばいいんだけど」
「なんだ、メールかあ、いいよなあ、あいつ。僕も学校なんか休んで日本にいきたいなあ」
「何いってるのよこの子は、凡人はちゃんと勉強しなさい。もしかしたらもう、エンリーくんは予想問題を作らないかもしれないわよ」
「不吉なこと言わないでくれよ叔父さん。そうなったら僕の学園生活がやばくなるじゃないか」
「可哀そうな私のライフ。今日から真剣に自力で勉強なさい。だってこれからは母親っていう最強のファンからお小遣いをもらえるんだから」
「あいつ素直になるかな」
「仲直りできるわよ。からまった糸をきちんとほどけば」
「そうよ。テマソンも父さんと、最後は仲直りできたものね。結局、結婚はしないってことだけは歩み寄れなかったみたいだけど」
「仕方ないじゃない私の運命の相手が現れるのが遅かったんだもの」
「ねえ、叔父さんそれって碧ちゃんのこと?」
「さあね。今日は徹夜になっちゃったわね。あああっ仕方ないから仕事しに戻ろうかしら、碧華ったらきっと、途中までの未完成の作品送ってきてるだろうしね。ああ忙しくなりそうね」
テマソンはライフの問には答えなかった。ただ、なんだか楽しそうに立ち上がった。それを見送ったライフが母親にもう一度訪ねた。
「ねえ母さん。人間ってわかりあえるものなの。元は赤の他人なのに」
「そうね、夫婦でいえば、できなければ離婚、できればいい夫婦になるそれだけよ。親子の縁は中々きれないだろうけどね。テマソンはね、ずっと待っていたのよ、自分の分身のような魂がつながった相手をね。きっとみつけたのよ。だから大切にしたいのよその関係を。だからあんな言葉遣いをわざとしているのよ」
「そっか、叔父さんの思い、いつか通じたらいいね。だけど、なんとか収まってよかったよ。僕正直焦ったよ。あんなもの何も考えずに提出していたらすごいことになっていたんだろうなって考えただけでもビビるよ。エンリーの奴、帰ってきたら覚えてろよ。あいつがスマホみるまでイタメール送り続けてやる」
「そういえば、シャリーがさっきメールよこしてきたのよ。これから息子さんたちと家族会議を始めるそうよ。なんだか嬉れしそうだったわ。その後、エンリーくんにみんなでごめんさい動画撮るって張り切っていたわ」
「あいつどんな顔をするんだろうな。あいつ驚くだろうな大量のメールをみてさっ」
「ああ、疲れちゃったわ。ビルも結局帰ってこなかったし、まったく、仕事で泊まるなら泊まるって一言連絡ぐらいしてもいいのに」
「でもママ。パパがお爺ちゃんの会社の事業を引きついで経営してくれているからそのおかげ遊んで暮らせるだよ。感謝しなきゃ」
「あらいうようになったじゃない。あなたもせいぜい勉強頑張って経営学を学んでビルを手伝ってあげてよね」
「えっ家は子供には自由にさせてくれるんじゃないの?」
「何言ってるのかしら?さて、私はもう寝るわ」
「やれやれ、まあいいか、先のことは先の僕がなんとかするさっ。僕も寝ようっと、徹夜で遊ぶより疲れちゃった気分だ」
ライフはそういうと大きなあくびをしながら自分の部屋へと向かった。