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エンリーの失踪②

テマソンがビンセント家に到着したのはもうすでに夜の十一時を過ぎていた。が、通された玄関からすぐの大広間には多くの使用人や学校関係者たちも集まっていた。


寮の人の話では、エンリーがいなくなった時間帯に防犯カメラの映像にはナンバープレートを隠した、みたことのない不審な車が寮の前にあったという証言から、誘拐ではないかという話もあり、大広間の中央の前には電話がおかれ、みな心配そうにしていた。


ライフが入ってくると、皆の視線がライフに集まり、ライフが何か知っているのではないかと一斉に質問してきたが、ライフ自身は木曜日の夕方から会っていないと言った。ライフの様子から、うそはついていないようだ。


ライフも友人関係にスマホで連絡をとっている様子だった。

エンリーの情報を求めてパスポートや財布などもなくなっていることから、家出のことも考え、空港に問い合わせたりもしている様子だった。 


エンリー捜索の電話をかけているビンセント家の使用人たちや心配そうにおろおろしているシャリーのじゃまにならないように、テマソンは壁際に寄りスマホを手に何かを打ち込んでいた。すると画像付きで返信がきた。

それをみたテマソンは小さく噴きだしてしまった。


「ぷっ!あっすみません。なんでもありませんわ」


テマソンは一瞬向けられた視線に対して手を横に振り、そっと扉に向って玄関ホールにでた。そして、そこに置かれていたソファーに腰をおろすとメールを読み返した。


『あいかわらず面白い子ね。何をやっているのよまったく、こんなおもちゃどうして持ってたのかしら。でもよかったわ。あの子の避難場所が一カ所あって』


テマソン宛に送られてきた画像にはエンリーが両手に手錠をかけられている写真が添付されていたのだ。もう一度みてまた小さく声をひそめて一人笑いださずにはいられなかった。なぜなら、エンリー自身の顔が笑顔だったからだ。そしてその画像の前には短いコメントが書かれていた。


〈エンリー・ビンセント、逃亡の疑いありのため確保しました。これから事情聴取をしますのでしばしお待ちを〉


テマソンが待っていると再び返信がきた。


〈大変です。エンリーが何も答えてくれません。そっちで何か事件でも起きたのでしょうか?

彼はキャリーケースも持たず、私があげたボデイーバッグ一つだけ背負って、頬の大きなあざを隠すために空港で買ったというマスクをして現れました。

非常に怪しいのですが、そちらの詳しい状況をお知らせ願います〉


碧華からのメールにテマソンはすぐに返信を返した。


〈エンリーが金曜日に、寮に一度戻って以来姿を消したってすごい騒ぎになって、誘拐かもしれないって大事になってるのよ。

ライフが何か知らないかって電話があって、ビンセント家に来てるの。

私はたまたま、リリーと一緒に食事をしてたもんだから、私がまず遊び人のライフ確保に駆り出されたってわけ。でもどうやら誰にも内緒で家出したみたいね。

学校関係者もきているみたいだし、警察に通報なんてことになったら大事になりそうよ〉


テマソンのメールをみた碧華が大きな叫び声を上げたのはいうまでもなかった。

その後、しばらく碧華からのメールが途切れてしまった。テマソンは通りかかった使用人にドリンクを頼み、ゆっくり咽喉に流しこんだ。


『まっ、彼がまちがった選択はしていないことがわかってよかったわ。あそこにいるなら安心ね。いいわね。私も行きたいわねえ。でもこの状況どう切り抜けようかしらね。このままじゃあ、桜木家の立場が悪くなりかねないわねえ』


どれだけ待っただろうか、テマソンがいろいろ考えあぐねていると、再び華から画像付きの写真と共にコメントが届いた。


〈事情聴取の結果、彼は無罪と判明しました。

あのあざは父親に殴られた模様です。以上報告まで〉


そんなメールが送られてきてから今度は栞と優も含めた三人が笑顔で写った写真と共に数分後また長いメールが届いた。


〈テマソン、エンリーはずいぶん疲れているようなのでちょうど今日から日本は五日間祝日だから明日から我が家はレンタカーを借りて旅行に行く計画をしてたので、ついでにエンリーも一緒に旅に連れていくわ。

というわけで、仕事は明日からしばらくお休みしますのであしからず。

明日の準備をしてからエンリーの着替えを買いにショッピングにもでかけるのでしばらく連絡できません。

ご家族の皆様に我が家が誘拐犯にならないために、エンリーは無事日本につきましたのでご心配なくとなんとかうまく伝えてくれるとありがたいです。よろしくお願いいたしま~す〉


〈追伸、肝心なことを書き忘れていました。エンリーは、ライフに金曜日のお昼に、病院の診断書と一緒に一週間ほど休学して休養する申請書の届けを学校に出しておいてほしいと預けたはずだと言っております。よって、今回の事件の真相はライフがにぎっている模様でありますので、ライフの事情聴取を要望いたします〉


「なんですって!」


テマソンはおもわず声を上げて立ち上がった。あわてて周囲を見回した。誰もいないことを確認すると、大急ぎで大広間に入り、ライフの腕を掴んで立ち上がらせた。


「カバンを持ってちょっと来なさい!」


「なっなんだよ叔父さん。僕今忙しいんだから。あいつ何度連絡しても電源切ってて繋がらないし、他の仲間も何も知らないみたいで、あいつホントに誘拐されちまったのかな」


「いいからいらっしゃい。リリーあなたもきて」


テマソンは嫌がるライフの腕を掴んでそれ以上何も言わず、ライフを引っ張って大広間をでると、玄関に向かい、自分の車の助手席にライフを押し込んだ。後からリリーもわけがわからないと言った様子で家から出てきた。二人がテマソンの車の中に入ったのを確認すると、自分も運転席に入りこんだ。


「テマソンどうしたの?すごい顔してるわよ」


後ろの席に座ったリリーがテマソンの顔をのぞき込んで言った。


「どうもこうもないわよ。エンリーくんのパスポートもなくなっているって言っていたからもしかしたらと思って、行方不明だって聞いた時、碧華にメールを送っておいたのよ。あの子、メールあまりちょくちょく確認しないから返事がなかなかこなかったんだけど。さっきようやくきたのよ。そしたら案の定エンリーくんは日本に行ってたわ」


「日本だって!なんだよ、あいつ日本に行ったのかよ。行くなら行くって言えよな。人騒がせな奴だな」


「このおばか!」


テマソンはのんきに言ったライフの頭を小突いた。


「痛いよ叔父さん」

「そうよ、私のライフを殴らないでよね」


後ろで聞いていたリリーがライフの頭をなでながら二人の間に割って入ってきた。


「リリーは黙ってて。ライフ、あなた昨日の金曜のお昼、エンリーくんに会ってるでしょ」


「昨日?…昨日って金曜だろ?金曜っていったら、一日講義がつまってて・・・あっそうだ!忘れ物したからいったん寮に戻ったんだ。そしたらあいつがいて・・・あっそういえば、あいつ今週は金曜は講義がないし、父親から呼び出しくらったから日曜日まで実家に帰るって木曜の夕方言ってたのに、寮にいて、なんか様子が変だったから聞いたんだけど、なんでもないって、そうだ、あいつらしくない大きなマフラーしててさ、これから遊びに行ってくるってうらやましいことをいいやがって、ああっ!」


そう叫ぶなりライフは持っていた自分のカバンの中に手を突っ込んで何かを捜し始めた。


「そういえば、これを学校に戻ったら事務局に届けといてくれって頼まれていたんだった。すっかり忘れてた。どうしよう叔父さん」


「なんですって!このおバカ」


今度はリリーがライフの頭をおもいっきりはたいた。


「あなたって子はどうしてそんな大切な頼まれごと忘れるのよ。あなたさっきも何も知らないって言っていたじゃない。だからみんな心配して、どうするのよこの騒ぎ!」


「そんなこと言ったって、僕は過ぎた日のことは忘れる性分なんだよね。いろいろ考えること多いからさ」


「肝心なことぐらい覚えておきなさいよ。本当におバカなんだからこの子は!」

「まあまあ、落ち着いて、それよりそれちょっとみせなさい」


テマソンはライフからエンリーから預かったという封筒を奪うと、幸い封がされていないその封筒の中身をのぞいた。すると中には封筒が一通と手紙らしきものがはいっていた。テマソンはそれを取り出し広げてみると、それは休学届けだった。


そこには、病院の診断の結果、しばらく学校からも家からも離れて静養するように医師から指導されましたので一週間休学いたします。とだけ書かれ、エンリーの直筆サインもされていた。


それを読んでいる間、テマソンは密封されていたもう一つの封筒を開封して中身を確認していた。


〈家庭内暴力の恐れあり。ただし、本人からは、進路に関しての口論の末の出来事のため、大事にはしないでほしいとの要望もあり、警察への通報はいたしませんが、しばらくは親御さんから距離を置き、学業からもしばらく離れる必要があると診断いたします〉


と書かれていた。そしてその後ろには、頬の周辺が殴られたような大きなあざと、両腕にも何か固いものでも殴られたかのような古いあざの後が何カ所もある写真が添付されていた。


「ひでえ、そういえばこの間、また何かおじさんともめたとかで、はらいせにテストを最低点とったみたいで、親父さんにまた殴られそうだって笑ってたけど・・・本当に殴られてたんだ」


「あら、エンリーくんあなたより頭いいんじゃなかったの?」


りりーはその診断書を真剣に眺めながらライフにたずねた。


「頭はいいよ、あいつ天才だし、去年の二学期はオール満点普通にとってたし、でも一年前はいつもあいつはわざと間違って最低点とってたな。何考えてんのかわかんなかったけど、最近はやめていたから安心してたんだけどな。俺達いつも定期テストが近づくと、的中率九割の予想問題を見せてもらってるぐらいだから。あいつの部屋限定だけど、一教科一時間いくらって感じで見せてくれるんだよ」


「あらお金をとるの?」


「ああ、なんかお金を貯めていろいろしたいことあるっていってたな。今回の旅行のお金ためてたのかもなあ。けどあいつのテスト予想はいつも完璧でさ。それが本当にそのままなんだよ。あいつ答案を作成する教授の癖やノートや授業の様子と過去のテストのデータを収集して、予想問題を立てるんだ。それが毎回ドンピシャなんで、仲間内では有名な話だよ。僕なんかも苦手な科目は見せてもらって何とかなっているって感じなんだ。まっ苦手な科目は見たって一時間で覚えられないから覚えた場所だけ点を取れるってわけ。けっこう集まるんだぜ」


「そんなに好評なら先生にばれたりしないの?」


「バレるわけないだろ。みんなあいつ頼みのやつらばっかりだぜ、ばれて見せてもらえなかったら落第者続出だよきっと」


「そんなことしなくてもお金ならたくさんもらってるでしょうに」


「あいつ、親のお金は学費以外は使いたくないって、なんか意地になってたな。他にも塾からデータ収集とか頼まれてやってたみたいだけど。天才のすることはわかんないね」


「子どもを殴る親に、わざと悪い点をとる天才児ねえ。この家には何か深い闇があるようね」


テマソンは車の窓からそびえたつビンセント家の外装を見上げながら言った。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。どうするのよそれ!」


リリーは中身の紙を指さしながら言った。すると、テマソンは笑顔で言った。


「あら決まってるじゃない。悪いことをした人にはきちんと自分の罪を自覚させてあげないと」


「何をする気なの叔父さん?」

「まあ見てなさいライフ、あなたのミスを私がお手柄に変えてあげるわよ」

「さすが叔父さん。でもどうするの?」


かなり落ち込んでしまっていたライフの顔が急に輝きだした。


「ついてらっしゃい。ふふふっ、久しぶりにワクワクしてきたわ」


テマソンはそういうと、先に車を降り二人が降りるのを待っていた。

不気味な笑みを浮かべながら・・・


「ねえママ、僕ら無事ここから帰れるかなあ・・・」


心配そうに言うライフにリリーは笑顔で答えた。


「大丈夫よ、あなた知らないの。テマソンがワクワクしてきたっていったら、勝利を確信した時じゃない。なるようになるわよ。ふふ、ママンが後で聞いたらくやしがるわね。こんな素敵なショーを見れなくて」


リリーの言葉でもライフの不安はぬぐいされなかった。


「でもなあ・・・あの親父様が相手だしな。なんか気分が悪くなってきた。あああ神様」


ライフは夜の星空を見上げて祈りをささげた。





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